1-004.大乱闘!白熱のギルドバトル!1(一触即発)
スピカは華奢な体格でか弱い女の子に見えることから、ギルドではみくびられた態度を取られるだろうと予測している。冒険者ギルドの扉をくぐってからどんな態度で振舞おうか迷ったが、普通にギルドの扉を開けることにした。
安酒の臭いが鼻を突く。
リスキャムの情勢が悪いため、受付の雰囲気とは裏腹に、冒険者ギルドはガラの悪い連中のたまり場になり、食事エリアはなんとも言えない場末感を醸し出していた。
スピカはさっと周囲を伺い判断する。左が併設の食堂、右がクエスト公示エリア、どうやら正面が受付らしい。一部からは品定めするかのような視線が集中する。
『お?場違いな新人が来たな!』
『おいおいここは女子供が来る様な場所じゃないぜ』
『どうせ貧乏臭い薬草採取のガキだろ』
これだけで初心者は気持ちがくじけて引き返すことを決意するだろう。
スピカは外野を無視してまっすぐ受付エリアのカウンターテーブルに向かう。
「登録をお願いしたいのですが」
―――受付穣はスピカを見て、『きゃぁ可愛い!可愛い服着せたい!はぁはぁ』などと、目をハートにしながら妄想が浮かびつつ、華奢な体格を見て『冒険には向いていなさそうだなぁ』とも思いながら、なんとか我慢して事務的に装った。
受付職員の彼女はグウィネス。魔女として活躍していた元冒険者だ。最終ランクは石英級。
「はい、紹介状か他のギルド章はお持ちですか?」
「初めてですので、特にはないです」
「冒険者登録なら一般登録料は銀貨3枚になります。採取者登録なら銅貨3枚ですが、採取者登録でよろしいでしょうか?」
「冒険者登録でお願いします」
『おい!あのガキが冒険者だとよ?』
『あっさり死んじまうな』
外野が五月蠅い。
「初めてなら請けられる仕事が限られている原石級での登録になります。冒険者登録の場合は仕事の実績で昇級審査を行います」
「なるほどー」
「それから、クエストをこなしていくと英雄ポイントというものが貰えて、ポイントが貯まると提携の武器屋や道具屋から限定アイテムを受け取ることができます」
「それは至れり尽くせりですねぇ」
「依頼達成に応じてポイント溜まり、例えば1000ポイントでグレイビートレインという伝説剣のレプリカと交換できます」
「えっ?グレイビートレイン?…ソ、ソウナンデスネ」
スピカの返事が棒読みになる。このギルド大丈夫かな?
「グレイビートレイン所有者専用イベントやクエストもありますのでお勧めですよ」
「そ、そうですか?不良品はいらないですよ。ちなみにリスキャムには他にも冒険者ギルドってありますか?」
この冒険者ギルドはだめだ、他を当たろう…。
受付嬢は先ほどからうろたえているスピカを見て、事情を知る一人だと思い直し、補足する。
「………ここまでが営業トークで、私ならなまくら剣よりポーションをお勧めしますけどね」
「英雄ポイントが溜まったらそうさせてもらいます」
うん、グレイビートレインはいらない子。
「協賛金を貰っているとはいえ、こうでもして言っておかないと、実力をつけてから他所に流れますからねぇ……ふぅ」
スピカは武器商会が冒険者ギルドに取り込んでいるのだろうと思った。
冒険者が期待してグレイビートレインを入手して、性能知った時点で他所のギルドに移るんじゃないかなぁ。
「あ、それは何ですか?」
グゥイネスはスピカのシンプルなバックパックからはみ出している素材に気付いた。
「道中でいくつか適当に拾ってきているだけですよ。何か買い取れるものはありますか?」
スピカはテーブルに道中で集めてきた採取品を並べた。数々の珍しい薬草、野獣の角。
もともとグゥイネスも元冒険者だったため、並べられたアイテムに感嘆せずにはいられなかった。
薬草は丁寧に処理している。
「これは凄いですねえ。もう岩石級から始めてもいいかもしれないですね。少々お待ち下さい」
グウィネスは一通り品定めしてかごに入れたあと、公示エリアからいくつかの依頼書を回収し、調査部スタッフに声をかけてギルドマスターの部屋に一緒に入って行った。
冒険者ギルドでは、薬草採取や生活便利屋が仕事の中心となる原石級、簡単な自衛が出来る程度の戦闘も含まれる配達・調査を行う駆け出し冒険者の岩石級、戦闘要員・討伐任務主体の大理石級、高難易度任務が認められた金属級がある。大抵の冒険者は大理石級か金属級で一生を終える。一部の信頼と実績のある冒険者は石英級まで昇級することがある。
その先には宝石級や金剛石級があるが、ここまで到達するまでに貴族や大富豪により危険の少ない長期的な身辺警護に雇われたりするので、冒険者ギルドに所属している高ランカーはほとんどいない。
「おい、チャートから開始なのか?」
「ガキはガキらしく石ころから始めりゃいいんだよ!」
ごろつきがいる冒険者ギルドによくある洗礼だ。とりあえず無視する。
「そんなおもちゃみたいな盾じゃ矢の1本も防げないぞ」
「その短剣なんか子供が背伸びしているみたいだな」
「そんなデカイ金属ブーツで1時間も歩けねぇだろ」
「お前は冒険者をナメとるのか?」
「もう帰っていいぞー!」
スピカをからかう冒険者が増え、下品な笑いが巻き起こる。
「おい、冒険に向いてなさそうだから荷物持ちならさせてやってもいいぞ?ただし、ひ弱そうな体を訓練させてやるんだから分け前はねえがよ」
スピカは無視することにした。
「おい!てめえなんか星無しの砂利のくせに無視すんじゃねえ!」
砂利とは原石級の隠語で未熟な子供や使えない大人を意味する。
「ウチはこれでも大人だ」
「へっ、サバ読んでんじゃねえぇよ!ひょろひょろのくそガキじゃねえか」
突如として明るい声が遮った。そして後ろから抱きつかれた。柔らかい弾力を感じるとともにいい匂いがふんわりと漂ってきた。
「はいはーい、リーフライト女神の名の元に、無益な争いは辞めて貰うよ」
透き通るような白い肌に綺麗なブロンド、目が奪われそうな包容力の高いスタイルをしている。特に胸がいまにも弾け飛びそうなはちきれんばかりのアピールをしている。シスターの彷彿としながらヒーラーのようなゆるい衣装をまとっている。
「アリシアかぁ?こんなガキに味方するのか?だが一晩付き合うなら見逃してやってもいいぞ」
「ボクはそんな野蛮な男は嫌いだよ」
「お前の方が嫌われているんだよ!お前とパーティー組んだ奴はいつも誰かが死ぬよな!何て呼ばれてんだっけ?」
「恩恵の喪失だよな」
「それは………」
ヒーラーの表情が曇る。
「それで誰も組んでくれなくなったもんな。お前だけが毎回生き残っていいのか?」
「ボクは必死にがんばったよ……」
「そんなお前にも重要な役割がある。疲れた冒険者の夜の相手をするならトリプルエックス団に入れてやるぞ。夜の相手だけだがな」
「俺様の下半身を癒してくれ」
「がはははは」
また下品な笑いが蔓延する。
「………!!」
トリプルエックス団!?スピカは瞬時に閃く。
「毎回生きて帰れるなら幸運の女神の方がふさわしいよ」
スピカはショックを受けているヒーラーに声を掛けながら、視線をならず者に向けて挑発する。
「どうせパーティが実力不足で回復前提の無茶なクエスト受けているからじゃないの?頭悪そうなおじさん」
「なっ、なんだと!」
「生意気な!」
「パーティ編成にヒーラーがいても、あくまでヒーラーの戦力抜きで達成可能なようにクエスト受けないと、不測の事態に対応できないよ?それとも図体だけ大人で冒険の知識は初心者だった?」
スピカは指を立てて左右に振る。
限度を超えた挑発にギルド内では同時に少し笑いが漏れた。また、一部は反省していたり、ならず者と同じように怒っている冒険者もいた。
「言ってくれるじゃねえか!糞ガキが!」
数人の男が殺気立てて詰め寄ろうとしていた。
「お姉さん、危ないですから下がって下さい」
「ませたことをほざきやがって!!! 」
部屋から出てきたグウィネスは仲裁に入ろうとするが誰かに止められる。
「いっちょ揉んでやろうか?石ころ!」
突如太い腕のストレートパンチが繰り出されるところを、背中を見せながら右に避け、振り向きざまに男の股間をブーツの裏で気絶させない程度に軽く蹴った。
意図的に大きなダメージは与えていない。
スピカは素早く扉に移動すると、あえて子供っぽく、あかんべーして再び挑発した。
「どうせ口先だけの万年初心者のおっさんだろ?何人来ても同じだよー」
「このガキが!」
「わからせてやる!」