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第3話 一歩進んだ二人

「せっかくだし。僕らも、部屋で話さない?」

「ええ?ええと、あの、その……」


 笑顔の、なおくんの提案に、頭の中が真っ白になりそう。

 そんな、今の時刻に、部屋で二人っきり……。


「ちゃんと、話したいことがあるんだ」


 真剣な目つきで私をみつめてくるなおくん。

 あ、そっか。考えてみれば、正式な返事はまだだっけ。

 ちゃんと考えてくれてたんだ、と嬉しくなる。


「うん。じゃあ、お邪魔するね」


 少し、心臓がドキドキしてきたけど。でも、楽しみ。

 どんな告白をしてくれるんだろ。


 見慣れたなおくんの家に上がって、彼の個室に行く。

 おじさんは、例によって、遅いだろうな。

 うちもだけど、裁判官は凄いブラック職種だし。


 そして、おばさんはといえば、何故か個室に居るみたい。

 まさか、なおくんが事前に……?


 でも、どうしよう。いつもなら、ちゃぶ台の前に二人して座るんだけど。

 

「こっち座ってよ。ゆいちゃん」


 ベッドの縁に座りながら、ポフポフと、隣を叩いて合図を送ってくる。

 なおくん、これは相当、昨夜辺り勉強した気配がする。

 つい数日前は、こんなに雰囲気を作るのが上手くなかったはず。


「うん。それじゃあ」


 隣に座って、ちょっと身体を預けてみる。

 そう。こういうシチュエーション、憧れてたんだよね。

 なおくん、さんざんニブチン、ニブチンと心の中で言ってごめん。


「まずさ、きっかけから話そうかな」

「うん。教えて?」

「確か、ゆいちゃんは、小二の時に、官舎に越して来たよね」

「うん。よく覚えてる」


 裁判官という職種はとにかく転勤が多い。

 物心つく前にも、幼い私を連れて全国を転々としていたらしい。

 幸い、こっちに越して来てからは、そんなことはない。

 パパが、転勤しても引っ越ししないでいいように、配慮してくれたのだ。


「最初、静かな子だなーって思ってたけど。でも、すぐ、読書趣味で仲良くなれた」

「ね。パパの書斎にある本読みふけってた所とか、そっくりだったよ」

「だから、なんだか、似たところを感じて、惹かれていったのかな」

「そっか。私も、そんな感じ」

「あとは……大きくなってからは、深夜に二人きりで電話するの、楽しかった」

「あ、あれは……。私が、ちょっと寂しくなって、つい……」


 そんな時間は大好きだけど、言われると恥ずかしい。


「別に今更恥ずかしがらなくても。僕も嬉しかったんだし」

「そうなの?私が話聞いてもらってたこと多かったけど」

「でも、僕の本当の夢って、話したの、君だけだし」

「人間の脳の仕組みを解明する!ってやつ?」

「そう。今でもだいぶ解明されて来ちゃってるけど」


 なおくんの昔からの興味は、人間の知能と心の仕組みを解明することだった。

 人情の機微に疎い彼だったから、なおさら、「心」が知りたいって言ってたっけ。


「今ホットな分野だし、別に隠さなくてもいいと思うけど」

「だって、大言壮語して、わかりませんでした、とか言いづらいよ」


 少し恥ずかしそうに漏らすなおくん。

 彼なら、何か大きなことが出来ると思うけど。

 だって、私たちは、なおくんの事をよく「天然」なんて言ってるけど、それは、私達の誰も真似出来ない、凄い能力を持っている、という意味でもある。

 今日だって、ほんの数日で、私をエスコートしてみせちゃったし。

 一度本気で学び始めた彼は本当に凄い。でも。


「なおくんの夢を私だけが知ってるって、ちょっと嬉しいな」

「ま、うまく行かなかったら、笑ってくれていいから」

「笑わないよ。絶対」


 深夜に情熱的に何度も語り合った日々を思い出す。

 実のところ、だけど。

 私も、彼に影響されて、人の心の仕組みが知りたいと思うようになった。

 だから、なおさら彼の夢を笑うなんて出来ない。


「あとは……僕って、昔から、変な子どもだったでしょ?」

「うん。でも、別に皆から好かれてたし、気にしないでも」

「受け入れてくれた皆には感謝だけど。ゆいちゃんが初めてだったんだ」

「そっか。初めての理解者になれたなら良かった」

「今は、慎介たちも、だけど。でも、一番わかってくれてるのは、君だと思う」


 そっか。そんな風に思ってくれたんだ。涙が出そうに嬉しい。


「だから、ゆいちゃん。大好きだよ。一緒に……色々知っていきたい」

「恋人になれるってこと?」

「うん。その言葉はまだ、しっくり来ないけど。でも、そんな感じ」

「また、単語の意味にこだわるんだから。でも、じゃ、付き合おっか!」

「色々女心に疎いけど。その辺はご指摘よろしく」


 なおくんらしい言い回しに、笑いそうになってしまう。

 と、ぎゅっと抱き寄せられる。ええ?


「ひょ、ひょっとして、キス、とか?」

「うん。してみたい」


 ちょっといきなり過ぎて心の準備が出来てないんですけど!ですけど!

 でも、彼は一度決断したら、それをやっちゃう人なのだった。

 覚悟を決めて、目を閉じて、その時を待つ。


 ちゅ。その音とともに、湿った感触。と思ったら、また。

 と、ドキドキが覚めやらぬ内にまた。ちょっと、ストップ、ストップ。

 私の心臓が持たない!


「ちょっと、なおくん。ストーップ!」

「ええと、なにか、まずかった?」


 困惑してるなおくんだけど、これは彼が悪いよね。


「いきなり、そんな情熱的にキスとか、心が持たないから……!」

「そ、そっか。ごめん」

「あ、もちろん、気持ち良かった、けど。少しずつ、ね?」

「ああ、また、やっちゃった……」


 もう、本当に極端なんだから。でも、付き合うことに微塵も不安はない。

 だって、人情の機微には疎くても、いつも寂しがりな私に寄り添ってくれたし。

 

 こうして、私達は恋人になったのだった。

 なおくんの事だから、色々トラブルはあるだろうけど。

 そんな事も楽しみに思えている。


◇◇◇◇後日談◇◇◇◇


「というわけで、私となおくんはお付き合いすることになりました」

「なんだ。まあ、よろしく」


 官舎組の、慎介君と沙羅ちゃんに、学食で事の次第を報告する。

 

「そっか。いやー、めでたいな。これで、ようやく、直樹と猥談出来るぜ」

「僕はあんまり猥談は趣味じゃないけど」

「別にいいだろ?いつかは通る道だし。それに……イタッ」


 机の下を見ると、沙羅ちゃんが慎介君のスネを蹴っていた。


「こんなところで言わない!それだと、直樹君にデリカシー云々言えないよ?」

「まあ、そうだな。その辺は後でこっそりやろうぜ」

「いやいや、そっち方面は勘弁してよ」


 なおくんは本当に嫌そうだ。彼は、そっち方面の話、好きじゃないもんね。


「でも、二人ともありがとね。なおくんに色々アドバイスしてくれたみたいで」

「結子も直樹も、なんだかんだいい奴だからな。幸せになって欲しかったんだよ」

「そうそう。ほんと、二人とも純情だから、くっつけてあげなくちゃ!てカンジ」


 笑い合って、でも、ふと、思う。

 こうして、幼い頃からの友達がたくさんいるのっていいよね。と。


 人はそれを幼馴染と呼ぶのだろうけど。

 でも、私達の辞書には、たぶん、「幼馴染」という言葉は無い。

 だって、それが普通だったから。

ちょっと、特殊な環境の幼馴染二人(+二人)のお話でした。

裁判所関連の描写は……ある程度事実、とだけ。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど。官舎に家族残して、単身赴任かな。そりゃまた、お父さんも大変だったろうなあ。いつ戻ってこれるか判らないし、家族に会える機会もそう多くはないだろうからなあ。 不憫。 ここで視点切り替…
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