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不死身の師匠と死に急ぎの弟子  作者: 雨美乃ユウ
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4.悪夢殺し.中編

 馬に乗った彼らは現場に向かう。カルディアら三人は皆一様に乗りなれているようで軽快に先を急ぐ。


「もうすぐだ!」


 先頭を行くカルディア、その後ろを進むフリア、シュイを抱えるようにして馬を走らせるローリエは通信機を片手に現状を先方に伝えているようだった。

 馬が三頭しかいなかった事もあるが馬の乗り方など知らないシュイには誰かに支えられるほかに選択肢などなかった。同行を許可したカルディアは自分が乗せていくと言って聞かなかったけれど、彼女の馬の扱いは手慣れていたが荒っぽく却下され、最終的にはなんだかんだ責任感の強いローリエがその役を担うことになる。


「大丈夫か?」

「だ、だいじょうぶですっ!」


 初めての馬上にシュイはというと背に感じるローリエの体温など気にする余裕は無く、ただ落ちないようにするので精一杯だった。

 大した時間もかからず何も無い草原を横切る線路が見えてくる。そしてその横断鉄道を背にした丘の上に機銃兵が並んでいた。彼らは皆一様に紫玉の森に目を向け、カルディアはその一団の先頭に出た。その生い茂った木々の深い深い暗闇の中に意識を集中するカルディア。


「来た」


 カルディアがそう呟いたのと同時に、森から“闇”が吹き出す。それはあたりの草花をたちまち飲み込み蒸発させていった。魔力を吸収しているのだとルーパスが言っていたのをシュイは思い出す。

 それを観察していた時、真っ黒な染みが広がる地上に何かが勢いよく飛び出した。

 人、子供だった。

 裸足で泣き叫びながらこちらへ向かって心臓が弾けんばかりに走っている。誰もがその姿に駆け寄ろうとした次の瞬間、何本もの漆黒の影が槍のように放たれその子供を貫いた。


「……っ!!」


 誰かが息を呑んだすぐ後、その槍が今度は互い違いにカッターのようにあるいはハサミの様にその体を切断する。

 その子供は目を見開き悲鳴すらあげられず、ボロボロと崩れ落ちた。その肉塊を飲み込む様に影がバクリと広がって子供の姿は文字通り消滅した。

 あれがナイトメア。最も古典的な魔物であり最も身近で最も恐れられたそれは世界の悪夢そのものだった。


「……ドォ…、オシィ…デー」


 嗚咽のようなその声に機銃兵たちもおぞましさを感じた様にざわめく。


「被害者たちの言葉を真似ているんだ」


 誰とはなしにそんな言葉が聞こえた、けれども不思議とシュイに恐怖はなかった。ただまっすぐにナイトメアへと目を向ける。

 ナイトメアの集合体と呼ばれるそれは段々と人の形を模していく。安定した形を持つナイトメアはそれだけ魔力を蓄積していると言う。ナイトメアは魔力を生成することが出来ない。だから彼らは生物を襲うのだ、その魔力を求めて。


「構え!」


 機銃兵たちは一斉に魔導機銃を構える。

 魔術師ではない機銃兵ではあるがそれは魔術を発動させる才がないというだけの事、生物はその量に違いはあれど皆等しく魔力を有しておりそれを弾丸に変換するのが魔導機銃。

 魔術師のそれと比べ魔導機関の作り出す魔法は繊細さに欠けるが列を成す機銃兵の放つ弾丸は面を成す。


「放て!」


 急遽集められたであろう機銃兵たちではあったがその人数は百を超え、彼らの放つ無数の弾丸が小さなナイトメアの体へ一斉に光の筋となって集結し、素人目には到底当てられそうにないその距離で全ての弾丸がナイトメアを貫いた。

 シュイははっと息を呑む。

 ナイトメアは被弾の衝撃にぶくりと膨らみ形容し難い叫びを上げる。そして次の瞬間盛大に弾け飛んだ。

 呆気なく破裂するそれだったがあまりに呆気なくシュイはもう一度ナイトメアがいた森の方へ目を凝らす。墨液をひっくり返したように黒く染まるあたりで微かにその染みがぶくぶくと泡立つのが見えた。そしてそれが急激に吹き出したと思った時、再びその悲鳴があたりに木霊した。


「……キュキキャキャキャ!!!」


 おぞましい金切り声に機銃兵の多くが顔をしかめるのを待っていたかのように膨れ上がったその影が無数に分離し弾かれるように宙へと放たれた。それはまっすぐ放物線を描く様に丘に並ぶ機銃兵たちの頭上へと落ちてくる。


「……!!」


 そこでやっと恐怖を思い出した機銃兵たちが今まさにこちらを飲み込もうとする影に弾丸を放つがこちらへ猛進するそれに命中した弾丸は数えられる程度。地獄の番犬のように大口開けた闇が降りてくると誰もが死を悟ってしまった時、その閃光が闇を切り裂いた。


「まだだ!奴らは破片からでも再生するぞ!」


 カルディアが叫ぶ、その手には白く輝く剣が一振り。その剣は眩い光を放ち、それがとてつもない力を帯びていることは素人目にもよく分かった。カルディアが両断した無数の影の破片があたりに落ち地面にぶつかり水風船のように弾ける。そして今度は直ぐに湧き上がり異形を形作る。


「いったい何体のナイトメアが混ざってやがるんだ」


 口汚く呟いたローリエが馬を飛び降りる。シュイは慌てて続こうとしたが、小柄で不慣れな彼はそう簡単に降りられそうにない。その間にも刀を抜いたローリエが点在するナイトメア達を切り裂いていく。カルディアの魔術の剣とは対象的にローリエの刀は年季の入った代物であったが、ローリエのほのかに紫色を帯びる短髪を風に揺らしながら草原を駆け抜けて行く姿は鬼神のようだった。

 無数のナイトメアの殲滅は現状個々に対処する他なく規則的だった発砲音も各個撃破となった今、各所から忙しく響く。百近いナイトメア、これほど多く発生するというのはそうあることでは無い。


「きりがねぇぞ!弱点とかねぇのか?!」

「んなもんねぇよ!動かなくなるまで撃ちまくれ!」


 機銃兵たちからそんな声があがった。その一方でようやく馬から下りることに成功したシュイがあたりを見回すと眼の前にひょろひょろと進むナイトメアが一体。それはシュイにゆっくりと近づいてくる。そのおぼつかない動きにシュイは思わず手を伸ばす。


「あ、あの……」


 シュイはナイトメアの知識などほぼほぼ持ち合わせていない、だが1つの感情をこの怪物に対して持っていた。それは疑問かはたまた好奇心か、何にせよシュイはナイトメアに心惹かれてたまらなかった。


「こんばんは?」


 この子は喋れるだろうか?あのナイトメアのように。

 そのナイトメアに顔は無かったが確かにこちらを見たように感じた。その直後、それは大きく二つに裂けシュイの身の丈を大きく上回る程に大口を開ける。

 ナイトメアは生き物を呑み込んでその魔力を吸収し、魔力を失った生き物は存在を保てなくなり崩壊する。ルーパスから聞いた知識をシュイはぼんやりと思い出していた。


「おい!何をしてるんだ!!」


 ローリエが叫んだ。その声は荒々しかったが彼女は焦り顔を浮かべてこちらに向かってくる。だが依然としてシュイはナイトメアと向き合っている。


「そっか、君は違うんだね」


 なんの意味も持たない嗚咽を発するナイトメアにシュイはそうつぶやくと少し寂しそうな顔をした。


「飲み下せ緑苑」


 シュイの唱えたそれは呪文は違えど緑珠の魔術、だがゴロツキを捕らえた時とは違う。地面から瞬く間に現れたツタがナイトメアを包んだと思えばそれは急激に収縮する。

 ぶちりと音がした。

 黒いしずくが弾け飛んでおぞましい悲鳴がたんと区切れる。

 ローリエは目を見開いた。それは彼がナイトメアを倒したということに対してのみではない。シュイはその瞬間に「ごめんね」と言った。あの怪物には謝ったのだ。

 ナイトメアに恨みはあれど憐れみを持つ者などローリエは見たことが無かった。


「お前は一体……?」


 ローリエがシュイを呆然と見つめていたのは戦場の微かな瞬間に過ぎなかったが、この時感じた狂気の片鱗を彼女はきっと忘れないだろう。

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