XXX We Wish You a Merry Christmas
20/12/24
*本話は本編と全く繋がりの無いパラレルワールドの話です。本編と辻褄の合わないところなどありますが、ご了承ください*
*キャラ崩壊等もあります*
21/1/3
番外編に移植しました。
「雪が懐かしい」
ほんの小さな声であったのだが、私が呟いたそんな言葉が、まさかこんなに大ごとになるとは思いもしなかった。
* * *
アビゲイルとの別れから初めての冬。
最後の肉親の死をなんとか乗り越えたが、やはりこの季節になると故郷のことを、家族のことを思いだして胸がキュッと締め付けられる。
馬に乗りながら俯いた私に、隣で同じように馬に乗っていたフェリクスが心配そうに口を開いた。
「大丈夫か?まだ任務に出なくてもよかったのに・・・。それに今日は冷えるし・・・」
「すまない、大丈夫だ。・・・冷えるか?」
「え?だいぶ寒いよな、スヴェン」
「でんでんざぶくない・・・!!」
フェリクスの問いにスヴェンは強がって答えるが、歯がガチガチとなっていて何を話しているのかよく分からない。
それにしてもこの程度で寒いとはずいぶんなものである。
「ジェーンは寒くないのか?」
「ああ。本当に今冬なのか?」
「もうクリスマスも一週間と少しあとだし、十分な寒さだよ」
「いや確かにいつもより涼しくはあるが・・・」
故郷ハリカルナッソスよりもずっと暖かいのに、これで冬とは驚き桃の木山椒の木である。
「確かあれだ、地中海の気候でビュザス半島の温度は下がりにくいってやつだ」
「なんだそれは。雪は降るのか?」
「降らないよ。従者の時、講義で習っただろ。寝てたのか?・・・ってなんだその顔・・・」
驚愕の事実である。鳥が入るほどの大口をあんぐりと開けてしまった。この世界で雪が降らない場所などあったのか・・・
あまりの衝撃に打ちひしがれていると、よく通るハキハキとした声が後ろから聞こえてきた。
「帝都でも雪が降らないわけじゃないわ。記録によると三十年前だったかしら、10cm程度積もって大変だったみたいよ」
「こ、皇女殿下!私語を申し訳ありません!」
三人の後ろを行くエルトリア帝国第一皇女オリエッタが、頭を下げる私たちに「いいのよ」とクスクス笑う。
「別にカーマイン卿にも言いつけたりしないわ。私、あなた達のそういう自由なところ好きなんだもの。ジェーンの見た目とは裏腹に大食いなところとかね」
「殿下っ!」
たまらず顔を真っ赤にして私が叫ぶと、オリエッタは「キャー!」と声を上げてまた面白そうにケラケラと笑った。
オリエッタ・マリー=フランス・ルクレツィア。長いし覚えにくいがそんな堅苦しい名前とは逆に、彼女の明朗快活で自由奔放、どこか皇族とは思えぬその雰囲気は、私は嫌いではなかった。
「でも・・・降っても10cm・・・」
「そうか、ジェーンの故郷は大雪が毎年降るところだもんな」
フェリクスの言葉に私は頷いた。
「・・・雪が懐かしい」
ホワイトクリスマスが当たり前であった私にとって、雪というものには散々な苦労したと同時に、ある一種の思い入れのようなものがあり、それが無いというのは少し悲しかった。目は見えずとも、それの美しさは脳裏に焼き付いていた。
今年はそれがないのかと肩を落とした私に、フェリクスがポンッと手を打った。怪訝な顔をする私を他所に、彼はオリエッタの方へ馬を寄せると何やら耳打ちした。
「・・・どうですか?」
「!・・・くはないわね」
「・・・?」
「・・・そうね」
いくら耳には自信があるとはいえ、流石に彼らが何を話しているのかまでは聞き取れなかった。
「なんのはなぢをじでだんだ?」
私の疑問をスヴェンが代弁―もっとも彼にそんな気などないのだろうが―すると、フェリクスはクスリと笑って「クリスマスプレゼントだよ」と答えた。
* * *
騎士団本部
一体フェリクスのいうクリスマスプレゼントとは一体何なのだろうか。悶々とした気持ちで、厩舎で馬の世話をしていると、突然誰かに後ろから抱きしめられた。
柑橘系の酸っぱいような甘いような匂いと、背中に押し付けられた、たわわに実った二つの実。
「・・・カーラ」
「せいかーい!さっすが、よく気づいたね」
「それ以上私をその豊満な胸で押すな」
「あら?ジェーンちゃん、もしかしてジェラシーかしら?」
「私がこのまま会釈すれば、糞の山に落ちることになるぞ」
耳元で妖艶にささやくカーラだったが、私の言葉に瞬時に後ろに飛び退いた。
「恐ろしい子・・・!!」
「お前が飛びついてきたんだろう」
井戸から汲んできた水で床を洗い流し、汚れたエプロンを手に厩舎を出ようとするとその行く先をカーラが塞いだ。
「さっき随分とフェリクスが嬉しそうにしてたけど、何たぶらかしたの?」
「私に聞くな。知りたいのはこちらの方だ」
「あれ、てっきりジェーンがクリスマスを前に遂にフェリクスに愛を告白したのかとおもったのだけれど・・・?」
「なっ、カーラ!!」
思わず叫ぶと、カーラはヒラヒラと手を振って走って逃げてしまった。
オリエッタといい、カーラといい、困ったものだ。
私は別にフェリクスとは・・・そんな・・・
「おっ、ハロハロ―」
「ぎぃっ!!」
突然かけられた声に思わず飛び上がってしまった。予想だにしない反応に、声をかけた方も戸惑ったようで「ちょ、大丈夫?」と不安げな声を上げる。
さわやかなようでいて、どことなく深みのある声と、蛇の抜け殻のような独特な匂い。
「すまない、ウィチタ・・・その、少し驚いてしまって・・・」
「少しってレベルじゃないよね・・・「ギィッ!」ってさ・・・」
「氷漬けになりたいようだな」
「すみません、何も聞いていません」
にらみを利かせるとウィチタはヒッと顔を強張らせた。
「それより、お前今日は宮仕えのはずじゃなかったのか?」
「それがさー、聞いてよジェーンちゃん」
「聞いているぞ。むしろ聞いたのは私の方だ」
「いや、そう言う意味じゃなくて・・・」
「日常だとホント天然だよねぇ」とウィチタがぼやく。
確かによくそう言われるが、いったい私の何が天然なのか。人の子として生まれているのだし、人工である。・・・いやよく考えると、そこには人の手が加わっていないわけだから、もしかしたら天然なのかもしれない。でもそうなるとウィチタたちも天然のはずである。
首を傾げる私は、ウィチタが「おーい」と言っているのにようやく気付いた。
「また自分の世界に閉じこもってたでしょ」
「いや、それはお前が良く分からないことを言うから・・・」
「あー、その話はめんどくさそうだから飛ばすよ?・・・実は今日の朝からヴィーランが熱出してさ。風邪みたいで重くはないんだけど。ホラ、俺同室じゃない?だから万が一皇室の方に移したらってことでしばらく待機になっちゃったの」
「悲しそうな声音をいくら出しても、真意は隠せないぞ」
しょんぼりとしてみせるウィチタだったが、私は騙せない。巧妙に隠された中でも彼の声からは何処か楽しんでいる様子がうかがえた。
「・・・そらそうでしょ!クリスマスだよ、ジェーン!ヴィーランが風を長引かせればそれだけ、俺がクリスマスに遊びに出れる確率が上がるんだ!」
「いま自分が死ぬほど最低なこと言っている自覚はあるのか?」
「あるね!でもバチが後で当たっても後悔はしないよ!俺は男の友情よりも、一夜の愛を優先するね!」
「風邪をうつされればいいのに」
「馬鹿は風邪をひかないのさ!」
もはや清々しい位である。これでは苦しんでいるヴィーランがあまりにも報われない。
私がハァとため息をつくのを他所に、ウィチタは陽気に口笛を吹きながらどこかに歩いて行ってしまった。
それにしても・・・
「・・・本当に何を考えているんだ?」
* * *
ビュザス皇城
静寂に包まれた皇城中に足音を響かせながら、敷き詰められた赤い絨毯の上を駆ける。召使いや近衛の銃士などがぎょっとした目で見つめるが、そんなものは気にもならない。
「父上!」
バンッ!と執務室のドアを開けて中に転がり込む。
鼻眼鏡をかけて書類に目を通していた、浅黒い肌が特徴的な皇帝エヴァンジェリスタ二世は、オリエッタの声に顔を上げることも無く答えた。
「オリー。まずはドアを閉めなさい」
「仰せのままに」
オリエッタがガチャンと執務室のドアを閉めたのを確認したとたん、エヴァンジェリスタ二世は書類と鼻眼鏡を放りだして彼女を抱きしめた。
「またお前は勝手に狩りになどで出かけて!大丈夫かけがはしていないのか?服が泥で汚れているじゃないか!火薬の匂いも染み付いてしまって、もうこれは捨てて新しいのを買ってやろう!さぁ、服を買いに行くぞ!お前の好きなものなんでも買っていいからな!」
「父上、早口で何を仰っているのかよくわかりませんわ。それにこの服は洗えばまだまだ着ることが出来ます」
オリエッタの言葉にエヴァンジェリスタ二世は「そうかそうか」と言いながら彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。
無口でミステリアスな雰囲気のあるエヴァンジェリスタ二世だが、娘の前では彼女を溺愛するただのバカ親と化す。それを知っているのは皇室だけだが・・・
「あなた、そこまでにしなさい。皇帝たるものそんな顔を見せたら愛想をつかされてしまうわ」
「母上!」
「オリー、あなたも廊下をバタバタと走らない。ここは皇城、皇太子の権威を損なうような言動は慎めと日頃あれだけ言っているでしょう」
オリエッタとエヴァンジェリスタ二世の耳をつまみながら、皇后ペトロニーユが二人を叱りつける。
「分かっているよマリー。ただオリーを見るとどうしても・・・」
「しかし母上、私は父上にとても大切な用事があるんですの」
口々にいう二人にため息をついて、「あなたはあとで」とエヴァンジェリスタ二世にデコピンしながらオリーに話すよう視線を送る。
「実は・・・」
* * *
騎士団本部
何もない日こそ最も素晴らしい日。
執務室から街の様子を眺めながら、葉巻を吹かす騎士団長代理メインデルトはこの何もない日に一人心の中で祝杯を上げた。
天井まで届かんばかりに積み上がっていた書類の山は、数か月ぶりに帰ってきた団長ヴァイオレットに全て託し、机の上にはもう紙一枚置かれていない。
これほど胸が空いた日も久しぶりである。しかもヴァイオレットは年明けまでこちらにいると言っていたので、それまで書類作業も面倒な業務もする必要がない。
午後は呑みにでも出かけようかと考えていると、ドアがコンコンとノックされた。
「・・・入れ」
一瞬居留守を決め込もうかどうか逡巡した後、苦い顔で告げる。
「おー旦那ァいたいた」
入って来たのは小姓のドミンケスだった。金髪をオールバックに固め、いつも通り軽薄そうな笑みを浮かべている。
「バルタサール君か。何か用だい?」
「皇室からの郵便でございやす」
慇懃無礼なほど芝居がかって頭を下げるドミンケスから、ひったくるように封筒を受け取る。なるほど、確かに皇室の印璽で封蝋されていた。
ペンで走り書きされた文字を追っていくうちに、メインデルトは自分の休暇が見事に吹き飛んだことを思い知らされた。
「・・・まじかい、こりゃあ・・・」
* * *
翌々日
私はガチガチに体が凍り付くのを感じた。
いや、あれほど寒くないと言っていた気温に対してではない。この場の状況に対して、一挙手一投足が凍り付いた。
「フフフ、そう硬くなっていると到着するまでに石になってしまうわ」
「あらあら、石になってしまったら、護衛も務まりませんわね」
「い、いえ!この命に代えても・・・!」
「冗談よ、真面目なのね」
気が気でない。そんな冗談で和らぐほど、私の氷は柔らかくなかった。
目の前にはオリエッタとペトロニーユ。帝国の皇后と皇太子を前にしたら、例えアンナでもガチガチになってしまうだろう。
乗っている馬車は街道の石畳で整備された区画をとうに過ぎ、もう舗装されていないところまで行っているはずなのに、あまりにフカフカのクッションと御者のテクニックで全く揺れを感じない。それすら私には身分不相応過ぎて恐怖であるが・・・
どうしてこうなったのだろう・・・
数時間前
突然朝早くにカーラに起こされた。
眠い目を―別に見えているわけでは無いのだが―擦って、ベッドから起きると、ジャキッと儀仗を目の前に突きつけられた。
「・・・なんだ?」
「任務よジェーン。に・ん・む!」
「・・・あと五分・・・」
そんな思いも虚しく被った布団を剥がされ、寝ぼけている間に着替えさせられる。
カーラに手を引っ張られて寮から本部の広場に出ると、慌しい雰囲気に気が付いた。
「な、何かあったのか?」
「そうねぇ・・・あったといえばあったわね」
「?」
「兎にも角にも、あなたの任務は皇后陛下、皇太子殿下と同じ馬車に乗って護衛につくことよ」
「・・・は?」
こうして私は訳も分からぬまま、馬車に詰め込まれ、今に至るというわけだ。
行き先を聞きたい気持ちも山々であるが、しかしこちらから聞いていいものか・・・
悩んでいるうちに馬車に揺られて一日、また一日と過ぎて行ってしまった。誰も教えてくれないのでよくわからないが、かなりの人数で宿に泊まったり野営したりと、一路どこかへ向かっているようだ。
クリスマスということで何か書こうと月曜日に思い立ち、やっつけで木曜と金曜の二日分(計1万字ほど)を書き上げました。普段こういうのを書くことはほぼないので新鮮ですね。
いつも血なまぐさい戦いばかりなので、癒し回とでも思ってくだされば幸いです(笑)