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7 アリス VS ゼーゼマン

 私の家を焼く炎の勢いは弱まることなく、その業火は私の顔を赤く照らした。

 家から離れていても、ここまで熱波が届く。


 私の頬を汗が流れる。

 炎の暑さによる汗か、強敵を前にした冷や汗か……。

 私は汗が目に入りそうになり、片目をつむった。


 その瞬間を見逃すまいと、ゼーゼマンは素早く杖を構えた。

 銀色の杖の先から青白い光が十メートルほども伸びる。

 同時に、杖を振りかぶり、地面すれすれのところを勢いよくスイングした。


 青白い光の刃は地面の草を刈り取りながら足元に迫ってくる。

 私は飛び上がり、自らに浮遊魔法をかけた。

 彼が切りつけた地面や草には触れないほうがいい。

 この刃は切れ味が鋭いだけではなく、触れたものに呪いをかける。

 私にとっては大した呪いではないが、解呪により一手遅れる。

 ゼーゼマンはその隙をついてくるつもりだ。

 彼の得意戦法だ。


「七十年前と変わらないわね。なんだか安心したわ」


「ここからが本番だ!」


 ゼーゼマンはオーケストラの指揮者のように杖を振った。

 すると、空気が強制的に逆巻きだし、小さな竜巻が発生した。

 竜巻は、そのあたりの土や小石だけではなく、さきほど彼が刈り取った草も巻き上げた。


「さあ、その草に触れると呪われるぞ!」


「……『カーム』」


 私は手首のスナップをつけながら杖を振り、『カーム』の魔法を発動した。

 竜巻は消え失せ、草は私に届くことなくパラパラと宙に舞った。


「『アイスバインド』!」


 間髪入れずにゼーゼマンが叫ぶ。

 すると、宙を舞っていた草がみるみる凍りだした。

 草は尖り、一本一本が小さい槍となる。


「逃げ場はないぞ! アリス・アリーヌ!」


 気が付くと、私は全方位を草の槍で囲まれていた。




 ――――ゼーゼマンが素早く杖を振る。

 その瞬間、草の槍は私目掛けて勢いよく射出された。


「確かに逃げ場がない。やるわね。……でも、守るのは性に合わないの」


 私は草の槍が迫る中、杖の照準をゼーゼマンにぴたりと合わせた。





「『ドラゴン・バイト』!」




 詠唱と同時に私の杖の先に極大の火球が出現した。

 火球は巨大な龍に変化し、うねりながらゼーゼマンのいる方へと飛び出す。

 金色に輝く火龍は、彼の顔を明るく照らし、七十年前と変わらない鋭い眼光と白い長髪を露わにした。


「くっ!」


 ゼーゼマンは慌てて身を翻すが、火龍はその大きな口で彼を周りの空間ごと飲み込んだ。

 ゼーゼマンを飲み込んだ火龍は、そのまま彼の背後にある私の家に突っ込み、凄まじい轟音とともに爆散した。


 あたりに家の木片やレンガ片が飛び散る。

 私は素早くクロエさんの元へ駆けつけ、魔法障壁を張り、自身とクロエさんの身を守った。


「クロエさん!」


 私はクロエさんのことを観察した。

 意識はないが、脈はある。間に合った。

 あとは解呪するだけ、……私なら数秒で終わる。


 私は解呪の魔法をクロエさんにかけた。

 緑色の光がクロエさんを包む。

 念のため、治癒の魔法も同時にかけておこう。


「クロエさん、本当にごめんなさい。私のせいで、ひどい目に遭わせてしまって……」


 私はクロエさんの髪を撫でつけた。

 クロエさんのことは、彼女が子どものときから知っている。

 喫茶店の先代が亡くなってから、ずっと見守ってきた。

 おこがましい感情だが、私は彼女のことを娘のように想ってきた。


 私は深く息を吐いた。

 ……なんとか助け出すことができた。


 護衛の人たちはどうなっただろう。

 振り返ってみると、護衛の一人は茫然とこちらを見ていた。ほかの二人は、縛り上げられた黒いローブの三人を監視していた。

 どうやら、あちらも勝利したらしい。


 私は自分に刺さった草の槍を引き抜いた。

 痛い。だが、治癒の魔法は不要だ。

 私は竜の血をあびた不老不死の魔女。この程度の傷はものの数秒で自己再生される。


 私が草の槍を引き抜き、自身にかけられた呪いを解呪していると、崩れた家の瓦礫の中からふらりと立ち上がる者がいた。


 ――――ゼーゼマンだ。どうやら、とっさに防御の魔法を自身にかけたらしい。

 それでも、服は焼け焦げ、頭からは血を流している。利き腕の肩は溶けた服が張り付いて癒着してしまっている。

 手に杖はない。火龍が爆散したときの衝撃で手放したか。


「生きていたのね……」


「監獄内でも牙を磨いていたつもりだったが……。まだ届かなかったか」


「あなたは攻撃と防御の両方を考えなければならないけど。私は不死の魔女。防御は二の次でも構わない」


 さきほどの攻防において、実は、ゼーゼマンの攻撃のほうが先に私に当たっていた。

 だが、呪いが得意なゼーゼマンの物理攻撃力はさほど高くない。

 それならば、防御を無視して、捨て身のカウンターを食らわせればよいというのは、不死である私にとっては当然の選択だ。


「私の必中必殺の攻撃を受けて生きているとはね。監獄で退屈な日々を過ごしていたはずなのに、腕を上げたじゃない。……さあ、大人しくお縄につきなさい。すぐに私の弟子も来るわ。もうあなたに勝ち目はないのよ」


 ベルトランはもう五分もすれば到着するだろう。

 いかなゼーゼマンといえども、杖を失った状態で、私とベルトランの二人を相手取っては手も足もでないだろう。

 すでに勝敗は決した。

 だが、ゼーゼマンは不敵に笑った。


「……フッ。一対一では勝てなかったか。やはり、正面からやり合うのは性に合わんな。さて、貴様の応援が駆けつける前に逃げる準備をさせてもらおうか」


「逃がさないわよ」


「今の貴様にできるのか? すでに一歩も動けないのに?」


 言われて気が付いた。

 体が動かない。立ち上がることができない。

 これは、……呪いだ!


「うぐ……」


「貴様は俺のことを過大評価していた。いや、自身のことを過小評価していたのだろう。俺が貴様に一対一の戦いを挑むことなどあるわけがなかろう? 不老不死にして、史上最大量の魔力を有し、千を超える魔法を操る魔女など、俺のような狡賢いだけの魔法使いではとうてい太刀打ちできぬわ」


 ゼーゼマンは瓦礫の中から出てきて、遠巻きに私のことを見ている。

 護衛の人たちは異変に気づき、私のほうへ駆け寄ってくる。


「こっちに来てはダメ!」


「……蝿どもが」


 ゼーゼマンが護衛の人たちに向かって手を振ると、突風で護衛の人たちを三人とも吹き飛ばした。

 宙に投げ出された護衛の人たちは、そのまま勢いよく地面に落ちた。


「ちっ。杖がなければこんなものか」


 助けに行きたい。

 そんな私の思いとは裏腹に、体はビクともしない。


「さすがの貴様でも動けんだろう? お前たち、もう出てきてもいいぞ」


 ゼーゼマンがそう言うと、私の周りの地面がボコりと隆起して、ローブを着た人間が何人も地面から這い出てきた。

 私を取り囲むようにして、地面から次々に這い出てくる。

 全部で十人。全員が杖を持っている。


「最初から地面の中に身を潜めていたのね」


「そのとおりだ。貴様がその女を助けるために、今いる場所に来ると予想した」


 私がクロエさんを助けるためにここに駆け寄ったとき、すでに地面の中で呪いの詠唱をし始めていたのか。

 ゼーゼマンが私と戦ったのは油断させるためだった。

 私がクロエさんに解呪の魔法をかけて勝利を確信したとき、地面の中から十人の魔法使いが私に呪いをかけていたのだ。


「たいした作戦ね。さすがは元参謀総長」


「それだけではない。貴様でも身じろぎひとつできないのは、その魔法使いたちの配置にある。そいつらは呪いを波状にして空間を伝播させている。十人全員がだ。波と波はぶつかって干渉し合うことで、強め合ったり、弱め合ったりする。貴様が今いる場所は、ちょうど十人全員の呪いの魔法が強め合う位置になっているのだ」


「……魔法物理学。監獄でお勉強したのね」


「軽口を叩けるのもそこまでだ。そろそろ体の変化に気づかないか?」


 私は自分の体を見つめた。

 何も変化はないように思えるが、……私は手を見つめた。


 ――――すると、爪に変化があった。

 爪が縮んでいっている。

 どんどん縮んでいって、気が付くとまた爪が元の長さに戻っている。

 そう思うと、またどんどん縮んでいっている。


 髪の毛にも変化があった。

 髪が短くなったり、長くなったりするのを繰り返している。


「これはいったい……」


「若返りの呪いだ。嬉しかろう? 齢二百を超える貴様にアンチエイジングのプレゼントだ」


 そういうことか。

 私は二十代のころに竜の血を浴び、不老不死の体になった。

 だから、死へ向かうような呪いや攻撃は全て効かない。

 体をバラバラにされてもしばらくすれば元に戻れるし、絶対の死を与える呪いを受けても一瞬気絶するくらいで済む。


「不老不死の貴様が若返ったらどうなるか。見物だな」


 ゼーゼマンは勝ち誇った顔で私のことを見下した。



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