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5 攫われたクロエさん

 治癒の魔法をかけていたポールさんが目を覚ました。


「ポールさん!」


 ポールさんの顔色はだいぶよくなってきていた。

 話せるまでに回復したようだ。


「すまない……クロエさんが、連れ去られた」


「奴らは、何か言っていましたか」


「アリスちゃんの家で待っていると言っていた。それを君に伝えろと……。俺はそのために生かされたんだ。すまない……何も、できなかった」


「敵は、何人いましたか?」


「俺が見たのは……四人だ。四人とも黒いローブをかぶっていて、顔は見えなかった。喋っていたのは一人だけで、男だった。背丈は俺と同じくらいで、背が高かった」


 四人……。

 まさか、デスルーアンの監獄から脱走したあの四人か。


 額を冷や汗が伝う。

 大戦の時代にも、あの四人を一度に相手取ったことはない。

 二人以上が相手となると、敗色濃い戦いにならざるを得ないだろう。


「アリスちゃん、行ってはいけない。ベルナール様を呼んでくるんだ。アリスちゃんとベルナール様は知り合いだろう? クロエさんから聞いたんだ。ベルナール様に事情を説明して、警官隊も一緒に来てもらうんだ」


「いえ、それでは……」


 それではクロエさんが、どんな目に遭わされるかわからない。

 今すぐ助けに向かうべきだ。


「君が一人で行っても、どうにもならない。クロエさんのことが心配なのはわかる。だけど、君が一人で行くことを許すわけにはいかない」


 ポールさんは私の服をぎゅっと掴んだ。

 絶対に一人では行かせないつもりだ。



 ピカッ



 そのとき、窓の外で何かが光った。

 私はとっさに杖をそちらの方向に構えたが、どうやら、誰かが空に向かって魔法を放っただけらしい。


 外で護衛の人たちが「そこに誰かいるぞ!」と声を張り上げている。

 そのあとに、外で争う声が聞こえた。

 私も外に出ようと、ドアの方へ駆け寄ると、誰かが何かを引きずってくる音がした。


「アリーヌ様! 不審な男を捕らえました! 魔法使いのようです! 杖は取り上げました!」


 護衛の一人が、手足を縛られた男を引きずりながら店の中へと入ってきた。

 男は無精ひげを生やした中年の男だった。

 顔の右側が腫れている。護衛の人たちに殴られたのだろう。


「……あなたは、帝国の人間ですね」


 男は肩で息をしながら、私の方を見て薄ら笑いを浮かべた。


「そ、そうさ。あんたに伝言するために、隠れてたんだ。す、すぐにお前の家に来ないと、あの女を殺すってな」


 私はポールさんの方を見た。

 ポールさんはすでに立ち上がり、男の方を凝視している。


「ポールさん、今の話はポールさんも知っていましたね」


 ポールさんからは、私の家で敵が待っているという情報だけを聞いた。

 だけど、こいつは聞き捨てならないことを言った。

 「すぐにお前の家に来ないと」……つまり、ぐずぐずしていたらクロエさんの命はない。

 ポールさんは、そのことを私に隠していた。


 ポールさんは慌てて弁明した。


「……ああ、だが! これは明らかに罠だ! すぐに家に来いっていうのは、応援を呼ぶなってことだろう? だいたい、すぐに来いと言っても、クロエさんを連れ去った奴らはアリスちゃんがここに来ていることを知らないはずだ。だったら、まだ時間はある!」


「そうですね。さっきまではそうでした。ですが、この男が魔法で信号弾を打ち上げた。私がこの家に来ていて、奴らのメッセージを受け取ったことはすでにバレました」


 ポールさんが目を見開いた。

 この男が信号弾を空に打ち上げたときに、私の家で待っているであろう敵もその信号弾を見たはずだ。

 あの信号弾は合図だったのだ。私がこの喫茶店に到着して、奴らからのメッセージを受け取ったことの合図。


 ここから私の家までは、歩きで一刻ほどかかるだろう。

 これで、一刻の内に私が私の家の前に現れなければ、クロエさんは殺される。

 奴らはやると言ったら、絶対にやる。

 そのことは、奴らと戦った大戦の時代に嫌というほど思い知らされている。


 ポールさんは絶望した顔をしている。

 護衛の人たちは、自分たちの手に負える事態かどうか計りかねている様子だ。

 店の中に重苦しい空気が漂う。


 …………ふう。事態に飲まれてはいけない。

 冷静に、今できる最善の行動をとるんだ。

 まずは……。


 私は捕らえられた男に向かって杖を一振りした。

 赤い光が男を包む。


「はがっ!」


「アリーヌ様、何を……!」


「この男に『スタン』の魔法をかけました。強力にかけたので、三時間は指一本動かせないでしょう。ポールさんはこの男を見張っていてください。警官隊が来たら、引き渡していいです」


「う、うむ」


 さて、次は……。

 私は、杖をかざして詠唱を始めた。


「……蒼き翼の小さき獣よ、我が想いを風と共に届けたまえ。遥か彼方の栄光よ、今、彼の手に光とともに届きたまえ」


 杖の先に、青く輝く小鳥が現れた。

 私が「行きなさい」と言うと、ふわりと飛び立ち、ドアの隙間から外へと出て行った。


「アリスちゃん。今のは……」


「ベルトランにメッセージを送りました。少しすれば、ベルトランがここに来るでしょう」


 小鳥は音速に近いスピードまで速度を上げて、ベルトランのもとに向かった。

 一分もすれば、ベルトランに現状が伝わるだろう。

 この魔法は、十年前に私とランベールで開発したが、世の中に発表はしていない。

 奴らも、こんな魔法があったとは知るまい。


「護衛の方々は、一緒に私の家に向かいましょう。ただし、敵は魔法使いである可能性が高いです。十分に注意してください。ここからは歩いて行きます。馬車で向かうと恰好の的になってしまいますからね」


 ゆっくりと歩いて行けば、ベルトランが来るまでの時間を稼ぐこともできるだろう。

 もちろん、あまりゆっくりしているとクロエさんが殺されてしまう。

 不自然に思われない程度にゆっくり向かうことにしよう。


 私の家には、最低でも四人の敵がいる。

 私一人で戦うのは、さすがに荷が重い。

 護衛の人たちは、魔法を使えないが、対魔法使いの戦い方は熟知している。

 ベルトランに鍛えられた護衛なのだから、戦力として数えてもいいだろう。


 私の指示を聞いて、護衛の人たちはすぐさま動いてくれた。

 しかし、ポールさんはまだ困惑しているようだった。


「ポールさん。大丈夫ですか? もしよければ、馬車を使って街に戻っていてもいいですよ」


「いや、俺は大丈夫だ。それより、アリスちゃんが心配なんだ」


「……ごめんなさい。今回のこと、敵の狙いは私なんです。私のせいで、ポールさんにもクロエさんにもとんでもないご迷惑をお掛けしてしまいました。なんとお詫びすればよいのか……。だから、心配なんてされる資格はないんです」


「いいや。事情はよくわからないけど、悪いのは襲ってきた奴らのほうだろう。奴らと少し話したが、情けも容赦もない邪悪な連中だった。あんな奴らよりも、俺はアリスちゃんのことを信じる。むしろ、俺には何もできなくて、申し訳ない。ついて行っても、足手まといになるだけなんだろ? だったら、ここで大人しくしているさ。とにかく、クロエさんのことを頼む。情けないけど、アリスちゃんに任せるよ。クロエさんとアリスちゃん、二人が無事で戻ってくることを祈ってる」


「有り難うございます。必ずクロエさんのことを助けてみせます。少しだけ待っていてください」


 私は決意を固め、自分の家へと向かった。


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