11 死んで、新生活スタート!
私の家は街はずれにあるので、あたりは真っ暗闇だった。
そのため、警官隊は残党の捜索を切り上げて、引き上げることとなった。街の防衛も疎かにはできないので、私たちもベルトランの屋敷に戻ることにした。
私とベルトランは一緒の馬車に乗り込んだ。
クロエさんや護衛の人たちは、別の馬車に乗った。
「……クロエさん、大丈夫かしら」
「あなたの魔法のおかげで外傷はない。さっき一緒に確認しただろう?」
「そうじゃなくて、私のことよ……」
「うむ……酷いとは思うが、乗り越えてもらうしかないだろう」
私はさきほどのゼーゼマンとの戦いで死んだことになっている。
七十年前にも大戦で死んだことにしているから、これで二度目の死亡ということになる。
私が死んだことにしておけば、敵を欺くことができるし、この街にいる私の大切な人たちを守ることにもなる。
今回のように、また人質にとられて、クロエさんやポールさんを危険に晒したくない。
しかし、私の訃報は、クロエさんたちを悲しませることになるだろう。
嘘で騙して、みんなを泣かせてしまうことに、胸が痛む。
「ねえ、クロエさんだけには本当のこと言ってもいいでしょう?」
「駄目に決まっておろう。なんのための偽装工作だと思っている」
「……そうよね。ごめんなさい」
「今は辛いだろうが、全てが終われば、またこの街に戻ってこられる。そう落ち込むな」
うなだれている私に、ベルトランは珍しく慰めの言葉をかけてくれた。
……そうよ。落ち込んでは駄目。みんなのためにも、気持ちを新たに頑張らなくちゃ!
私は顔を上げた。
「有り難う。ベルトラン。さあ、これからどうする?」
「奴らがここに来た狙いがあなただったのなら、もうこの街には用はないはず。ゼーゼマン以外の三人が来ていないということは、ほかの三人は別の任務に取り掛かっているのだろう。数日中には、その任務がなんだったのか明らかになるだろうな。そこから、奴らの次の狙いを推理しなければならない」
「次、ね。……結局は何を仕掛けてくるか、それがわからなきゃどうしようもないわね」
つくづく、ゼーゼマンを逃がしたことが悔やまれる。
まあ、彼を捕まえたところで、情報を吐くことはありえないだろうが。
「ただ待っているつもりはない。アリス、あなたには私とともに王都に行ってもらう。そこで参謀総長にお目通り願い、旧帝国軍の亡霊どもを捕らえる策を練る」
「旧帝国軍の亡霊ね……。だけど、裏で糸を引いているのは、現役の政治家かもしれないって言ってなかったかしら?」
「その通りだ。現在のリンベル帝国は、現首相のオットー・カイテルがもともと外交官だったときのコネクションを活用して宥和政策を推し進めているが、その影ではかつての強国リンベルを取り戻そうと画策している政治家がいる。社会主義リンベル労働党のゲオルク・アーペルあたりが怪しいと見ているが、そのアーペルすらも強力な権力を持った貴族や裏社会の人間の代理でしかない。本当の黒幕が誰なのかはわからんな」
「政治家に貴族、裏社会の人間か……。なんだか、懐かしい響きね」
かつてはそんな人間たちが周りにたくさんいた。
口に出す言葉と、心の中の言葉がいつも反対になっている人たち。
あの人たちと話をするのは得意じゃない。
昔は私の代わりにランベールがうまく駆け引きしてくれていたから助かっていたけど……。
私が眉をひそめて口を尖らせたのを見て、ベルトランが付け加えた。
「あなたは死んだ身だ。表に立ってやり取りしてもらう必要はない。新しい戸籍を用意する。私が運営している孤児院の子どもという設定にするつもりだ。新しい名前も用意するから間違えないようにしてくれ」
「有り難う。気が利くわね。逆に、私にできることはあるかしら?」
「ふむ、……そうだな。まず、あなたには自分の葬式をしてもらいたい」
「お葬式?」
「そうだ。あなたは、ゼーゼマンとの戦いで体を小さくされ瓦礫に押しつぶされて死んだ、ということにする。当然、葬式は必要だろう。葬式をしないとアリスの遺体はどこに行ったんだと不思議がられる。敵にも、ちゃんと死んだと思わせなければな」
「じゃあ、自分で自分の遺体を作れってこと!?」
「左様。そのうえで火葬する。土葬だと証拠が残るからな。全部燃やすのだ」
「このあたりって土葬よ」
「あなたはもともとこの土地の人間ではないだろう? 外の人間だから風習が違うとでも言っておけばよい」
まさか、自分で自分の遺体を作って焼く日が来るとは。
人生とは、長く生きているとかくも不思議な出来事が起きる。
「ところで、さっき私が土の中で気絶しているときに何があったのよ」
そうそう。これを聞き忘れるところだった。
どうしてベルトランがゼーゼマンを逃がしたのか。
ベルトランの実力なら、捕まえられると思っていたのだけど……。
「む……。それはだな……」
かくかくしかじか。
ベルトランはさきほどの状況を話してくれた。
「ふふふ。なるほどね。私が大岩に潰されると思って助けてくれたんだ」
「要らぬ世話だったようだがな」
「そんなことないわよ。嬉しいわ。さすがは私の弟子ね!」
「あなたの弟子ではないと言っているだろう。私はランベール様の……」
「ええ? さっき言ってたじゃない。跪きながら『偉大なる我が師』って。……そういえば、そのときポケットに何かしまってたわよね。何をしまったの?」
「……!! いや、何もしまっていない……」
「嘘よ! しまってたわ! あれは私の服の切れ端だったんじゃない!? いじらしいことするわねぇ。見せてよ」
「違う。何もしまっていない」
「じゃあ、ポケットの中を見せてごらんなさいよ。そっちのポケットよ」
私がベルトランのポケットに手を伸ばすと、ベルトランは素早く自分のポケットに手を突っ込んだ。
そして、ズボっと手を引っこ抜くと、手の中が赤く輝きだし、煙が出てきた。
「あっ燃やしてる!」
「燃やしてない。ポケットの中には何もなかった」
ベルトランの手のひらには煤だけが残った。
そこまでするかね……。
心配していたことを知られるのがそんなに嫌なのだろうか。
ベルトランはむすっとした顔でこちらを睨んでいる。
「む。そういえば、アリス。髪の色が変わっていないか? 目の色も……」
「え?……あっ本当だ。あの赤い髪と目の色は不老不死の証だったから……。今は元の色に戻ったのね」
私の髪の毛の色は、元の金色に戻っていた。
確認していないが、目も青色に戻っているのだろう。
「なるほど。したがって、不老不死の証でもある赤髪、紅瞳ではなくなったということか。あなたが竜の血を浴びて不老不死になったのは二十台のころだった。ふむ。今の体の大きさからして、十歳くらいまで若返ったようだな」
「いや~ん。体の発育具合を分析しないでよぉ」
「はあ……どうやら体が縮んだ際に、脳も縮んだようだな」
「ひどい! 今でも頭脳明晰なアリスちゃんよ!」
え? 脳、縮んでないよね?
「なんにせよ、長年の呪いがやっと解けた。せいせいするわよ」
「いや、これはかなり不利になったぞ。不死身の体ではなくなったのだ。これまでのような無茶な戦い方はできん」
「たしかに。より慎重になる必要があるわ。怪我くらいなら自分で治せるけど、これまでのようにバラバラにされても大丈夫ってわけにはいかないわね。不死の魔女って二つ名も返上ってことで!」
「返上もなにも、これからは別人として生きてもらうぞ」
「わかってるわ。思いがけず、新生活のスタートね!」




