ぼっち希望は望まない!#3
教室に戻れば、それはそれはお怒りの夏見さんが俺の前に立ちはだかった。
「言い訳、聞いてあげる」
あぁ、君はなんて優しいんだ……。それならもう少し表情を柔らかくしてもらえないかな。
まぁ確かに今回は完全に俺が悪いんだろうけども。
だからとりあえずはしっかりと謝ることにした。
「あー、すいませんでした。完全に無視しておりました」
「正直過ぎる……」
はぁーと、ため息と共に肩を落とし落ち込む夏見さん。その表情は悲しげで、すごい罪悪感が襲ってきた。ほんとに悪いことしてしまったなぁ……。これからは即既読、即返信。心がけようかな。
ぼっちでいると決意した数時間前の奴とは思えない心境。これが夏見葵の能力か、やられた!だが、まだ負けてはいない。俺はまだぼっちでいることを諦めた訳ではないからな!
心の中でヒールを演じていると、彼女は訝しげにこちらを見ている。とりあえず、ははは……と、その場しのぎのためだけの笑いをつき、そして、少し真剣に続ける。
「悪かったよ。今度からはちゃんとするから。許してくれ」
そう言うと、彼女はしばらく俺のことをじーっと見ていたが、短く息を吐き、それから彼女の十八番に成り立つある、明るい笑顔が向けられた。
「うん、約束!あっ、そうだ……」
そして、何かを思い付いたかのように左掌をグーにした右手でポンと叩くと、控えめがちに俺に聞いてきた。
「ゆ、許す代わりに、さ?今度なんか奢ってもらおうかなぁーなんて」
ほぅ、たかりにきましたよ、この子。俺そういうの良くないと思うんだけど、状況と、女性免疫ゼロのせいでこういう感じで来られると逃れずらい……。
「……分かった。今度飲み物でも奢るよ」
そう答えると、一瞬彼女が怒ったように見えた。え?君が言ったんだよ、奢れって。何、スイーツでも奢ってもらおうとしてたの?甘い甘い。砂糖より甘い。
しかし、次にはまたはぁっと、短く息を吐き、うん、よろしくね!と明るく答える。
タイミングを見計らっていたように、ちょうど会話の区切りでチャイムが鳴り、お互いの席に戻った。
六限のチャイムを聞いて、帰り支度を始める。とりあえず、教科書とか資料集とかはロッカーにしまい、バックに入れるのはノートと筆記用具と、身軽なものだ。
ガサゴソと机の中を腕で確認し、机の上に積んでいく。ノート、本、後は……。
腕に当たったものを取り出すと、二つ折りになった紙切れだった。
なんだろうかと、開いてみるとびっくり仰天。
『放課後、教室に残っていて下さい』
え?何これ告白されんの?うわーこんなイベント中学校以来かな。「秋月、ちょっと放課後残れ」と、授業をサボった俺へ特別補習として、あの数学担当の小林め……。一回サボっただけだろ。
まぁ、そんなもんだろ。しかも今回の場合よっぽど俺と話したくないのか紙に書いて伝えるとか。それ、もっとひどくない?
ひたすらに紙切れとにらめっこをしていると、ふとスマホが振動した。誰かと思っても、俺のところに送ってくる奴は家族か、公式か、後はうん、この方、夏見さんですね。
『明日、飲み物よろしくね!』
ドアの方を向くと、友人だろう人たちに囲まれていたが一瞬彼女と目が合い彼女は小さく俺に手を振った。だから、そういうことはしないでね。なんかポニーテールの子とかもこっち見ちゃってるから。あとはなんかちっこい子とかも。
各々部活やら帰宅やらに向かい、特にやることもなくトイレと教室を行き来しながら時間を潰しているといつのまにか俺一人になっていた。あれ?おかしいなぁ、バックれられたのかな?うーん、本当にそうなら泣いちゃうぞ☆
一人しかいない教室はどこかいつもとは違った雰囲気を纏っていた。一歩廊下に出れば吹奏楽部の管楽器の音が。いつもは反対にある窓側へ向かい、いつもの街並みを眺めてみる。
普段から一人であることは慣れているが、空間上に一人というのはあまりなく、少しだけテンションが上がる。こういう時ってなんか変な寂寥感みたいなのが込み上げてくる。
窓の外を眺めていた先、いつもの日常の一ページがそこにはあった。その場にいるときは皆そこからの眺めだけで満足している。かくいう俺も、この何気ない日々を当たり前として捉えてきている。
ただ、視点を変えると様々なことが、いつもでは気づかないことが気づけてくることを知った。
あ、あの道あんなところに抜け道が。
あそこの木の上って鳥の巣が出来てたんだ。だからあそこ通るときピーピーうるさいのか。
外周してる奴ら、見られてないからって歩いてんな。まぁ誰一人として知らないから関係ないけど。
視点を変えただけだけど、なんだか新しい場所を見ている気がする。
ボーッとしながら外を眺めていると、ガラガラとドアを開ける音が聞こえ、慌てて振り返る。その挙動が面白かったのか、振り返られて呆けていた顔を覆い隠し少し肩を震わせていた。
「あの……あなたがあの紙を?」
深呼吸をしている彼女に聞くと、なぜか睨まれた。何かしましたっけか。全く思い当たらない。いや、本当に。だって現にこの人の名前さえ思いつかない。
でも多分このクラスの人だと分かったのは、動くたびに揺れている艶の見れる長いポニーテールに覚えがあったからだ。
あれ、帰っていたはずでは?
浮かんだ疑問で彼女をじーっと見ていると、不機嫌そうに彼女が反応してきた。
「…………なに?」
「いっ、いえなにも。というか、用があるのはそちらでは」
チラチラと目線を泳がせる。怖いなぁ……。美形に整った顔立ちのせいか、怖さが増している。怖いなぁ。
稲川淳二の怪談話ばりに怖いな怖いなと思っているとようやく彼女は口を開いた。
「そっ、ちょっとあなたに聞きたいことがあってね」
聞きたいこと?と視線を送る。
「あなたって……彼女、とか、いるの……?」
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