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ぼっち希望は夢を見ない!  作者: 唯
第一章
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俺はぼっちを希望する!#5


 授業は滞りなく過ぎていき、その間特に変わった様子はなかった。それこそ教室にギリギリで入った五時限目の前も安定に視線すら向けられず、これなら俺サボってもバレないんじゃね。と思ったほどである。

 たまにチラチラとこちらを見るような視線を感じたが、まぁ気のせいだろうと思い授業に集中する。


 六限の終鈴が鳴り、一気に教室の空気が弛緩する。ガタガタと椅子を引く音や机を揺らす音が騒がしさを強調してそれに比例するように自然に会話の声も大きくなる。

 逃げ出そうという思いで少し急いでバックにやや乱雑に筆記用具等を詰める。まだ殆どの人が話しながら荷物を片付けている中、そっと気配を消して教室後方のドアに向かう。特に問題もなくドアをくぐると、忍者になれるんじゃないかなと思えてきた。

 そのままいつも通り昇降口に向かおうとしたが、ある事を思い出しUターンして反対側の階段に向かう。


 一階、職員室のある廊下を抜け昼休みに訪れたところへ戻ってきた。すっかり忘れていた外れたドアが立て掛けてある。ここ使ってるの俺しかいないだろうから見つかったら春宮先生に怒られてしまう。

 手近なところに鞄を置き、ドアを持ち上げる。大して重くはないがどうもバランスがとりづらい。ガチャガチャ、レールの上に無理やり乗せようと斜めに入れたり押し込んでみたり試行錯誤してなんとか入った。

よし、これで説教アンド鍵没収コースは避けられたな……。

 ドアは依然、動きが悪く油でもさしたほうがいいくらいだが、なんとか元どおりになった。

 どうせこのまま帰るだけだから少し寄ってくか。

 思い至ってドアの隙間から二図書へ入った。


 外から吹く風がガラスをカタカタと揺らす。夏といっても残暑。もうそろそろここにも寒さが押し寄せて、ゆっくり、でもはっきりと季節が変わっていく。

 しかし、外のそんな季節の変化もこの空間には関係ないかのような、窓の揺れる音と、時折開いた本のページがめくられる音のみ支配する。ここだけは時間の流れが止まっていた。

 そんな、この空気感には居心地の良さを覚える。


 いいな、この静かさ。いつものことなのに今日だけこんなしみじみ思うのはなぜだろう。あーそうか、今日は疲れたんだ。いつも以上にうるさかったんだ。


 少しばかり頬を緩めていたことに気づき、気持ち悪いと自分に思いつつぽつり、思わず言葉が漏れ出ていた。


「ほんと、うるさかったな」


「誰がうるさいじゃー!」


 ーーっ!?

 大きなツッコミと共に直したばかりのドアが勢いよく開けられる。おい、そんな乱暴に扱うなよ。せっかく直したのに。


「な、なんで夏見さんがここに……」


 そこにいたのは夏見さん。(半ば強制的に)昼をともにした人である。

 彼女の再来とともにここの時間が再び動き出したように外でいつのまにか鳴いていた蝉の声や落ち始めた日の光、何よりおそらく走ってきたのだろう彼女の整えるような息遣いが一斉に耳に入ってきた。


「秋月君帰るの早すぎ……急いで追おうと思ったら玄関口と反対に歩いてるの見かけて」


 なんで追ってきたんですかね。やっぱりこの子……友達いないのかな……。

 そんな嘆きの目線を向けると汲み取ったのかは分からないが、うがーと怒る。


「何その意味ありげな視線!……昼休みの、大丈夫かなって思ったから」


 あー、この子ほんとに優しい子なんだなぁ。大体の奴なんて俺が体育祭の百メートル走って転んでも声なんて一つもかけてこない。というか、ちょっとキレられるまである。

 彼女の視線は依然こちらに向けられ、その瞳からは不安が見受けられる。


「大丈夫だって。あんな痛み、入学して間もない頃のクラスの奴らからの視線に比べたら痒いくらいだ」


 哀れみやら珍しいものを見るようなあの嫌な視線。あれ刺さるんだよなぁ。どうせ刺すなら体のツボとかにさして欲しい。

 疲労回復効果あり!とか言って宣伝すれば社会人とかみんな一人になろうとするのだろうか。それじゃあ刺す人いなくなるな。うん、平和。

 と、下らないことを考えていると彼女は若干顔を引きつらせて、半歩体を引いていた。

 言葉にしない分まだ優しいと思う。が、体は正直みたい。

 こほんとわざとらしく咳をしてその場の空気をリセットする。


「まぁ、悪いな変な気遣わせて」


 まぁ、一応謝った。気遣わせたわけだし一言言うのは礼儀ってもんだろう。礼儀大事。たとえぼっちでも礼儀はしっかりしていないと社会的に落ちてしまう。もっとも、人との関わりという観点においては落第レベルだが。


「え、いや全然全然。むしろ無事でよかったって感じだし」


 彼女の顔には見慣れた明るい笑顔があった。


 彼女が来たおかげで本を読む手はすっかり止まり、次第に読む気力も無くなっていた。

 二人の間にはしばしの沈黙。

 それを少し気まずく思い、そういえばと夏見さんへ話題を振る。


「友達はいいのか?」


 え?と一瞬疑問符を浮かべていた彼女だが直ぐに笑顔が上書きされ、大丈夫大丈夫と大袈裟に手を仰ぐように振る。深追いはせず、その代わりにふっと短く息を吐き、自嘲気味に笑う。


「友達と居られる時はいた方がいいぞ。いなくなる時なんて一瞬だからな一瞬。もっとも、そんな経験ないからなんかの受け売りだが」


 彼女は苦笑する。それがどんな意味を孕むのかはあまり考えないことにした。

 その代わりにいつもと同じことをして気を紛らわせる。

 今は放課後、場所は二図書。今日もぼっち、まじぼっち。俺はぼっちだ。よし。


 そこからは特にこれといって会話はなく、二言三言話したことも大した事ではなくあまり頭には入らなかった。

 こうして放課後が終わる。流石に一緒に帰ることなどしない。そう!ぼっちだからね!

 鍵を閉め、夏見さんを見送る。彼女は「じゃあまた明日」と手を振りながら笑いかけながら昇降口へ向かう。次第に振り返ることはなくなり、そうして俺も歩き出した。


 なかなかに今日は騒がしかった。それにしても夏見さん、なんか引っかかるんだよな……。て、いつから人のことを気にかけるようになったんだろうな。もう、ぼっちの風上にもおけんな。

 やっぱり、俺は一人の静かさが好きなのだと思う。


 また言葉には出さないながらも色々考えていた。

 今日のこと、彼女と話している時や授業中。放課後の彼女が来るまでの時間。色々と思い返す中で一つ、自分の中で(結論というほどでもないが)思い至ったことがあった。

 ふと、窓を見ると夕陽が差し込み眩しい。

 そんな中でつい一言。


「俺は、ぼっちでいたいだけなんだよな……」

 

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