【26話】 闘技場のリリア
リリアは酒場でやさ男と意気投合してお酒を飲んでいた。
ヤキトリを食べた足で酒場に来たら、程なく話しかけて来た男だ。細身でちょっと陰気臭い雰囲気があるが、何かディープな話題をしてくれて面白いところもある。リリアが闘技場で試合を見るのに興味があると言ったら、ちょうど良い、俺も今夜は見たいファイトがあるから一緒に行こうとなって、二人で酒場を後にした。
闘技場入り口でチケットの列に並ぶ。
見上げると“ビッグファイト〇月〇日・空中殺法 虎覆面 vs 天候術士 プリンセスウェザー”と看板が出ている。近々タイトル戦があるようだ。
今夜のバウト・スケジュールを見ると“潮かけ婆 vs 大泣き爺”の試合が終わったところらしい。
「あぁ、この試合見てみたかったなぁ…」ちょっと残念なリリア。きっとエキサイティングな試合だったに違いない。
「次の試合は… ヴぇ! 大カメムシ vs 匂い袋!」絶対事故物件だ。事故るにおいしかしてこない試合。こんな試合見ながら酒なんて飲む気がしない…
「あぁ… もうちょっと夜風に当たってから入らない?…ね? 美味しいコーヒーのお店を発見できそうな感が働いてるのよねぇ…」そう言うとリリアは匂い袋の試合を残念がる男の手を引いてラインから外れていった。
リリアとやさ男は闘技場が見える席に座ってお酒を飲んでいる。変な残り香ある気がする、事故物件を回避して正解。
「もっとこう… 荒くれ者や男臭い場所だと思ったけど案外、違うのね…」リリアが見回しながら言うとやさ男が
「今夜はこの後、月一回のスラム・ファイト・ナイトだからね」と説明した。
なんでも、スライム同士で戦わせて賭けるらしいのだが、長丁場となるので、月一回だけ、一晩時間をとって行うイベントらしい。ディープでコアなファンを獲得しているイベントで、普段より違った客層が今日は来ているとのこと。
「せっかく来てスライムかぁ…」ちょっと不満だが、ギャンブルとしては盛り上がるのかもね、勝ったの負けたの大騒ぎしちゃうわよ!
「皆さん、スライム・ファイト・ナイトにようこそ。メインイベントの開始です。ボックスAからスライムA! ボックスBよりスライムB! ボックスCより…」アナウンスが響き渡る、皆フィールドの淵に集まる、リリアと男も淵に張り付く。さぁ、エキサイティングショーの始まりだ!…
「………… えっと… これは何なの?…」なんじゃこりゃ…
ボックスのゲートが開いたが肝心のスライムときたら、ノソソソっとグニャグニャ出てくる。こんなのっそりと動き回っている連中がいつ戦うんだこれ…
「スライムだよ、こんなもんだよ… 何だと思ったの?…」男は普通に言う。
「それはそうかも… 知れないけど… もっとこう… あたしの中では…」と、
“スライムAの攻撃 ピュルルン バシッ!!”
“スライムBの攻撃 ピュルルン バシッ!!”
“スライムCは逃げ出した ザガザガザガ!!”
こんなんじゃないの?と説明したら
「物語か何かの読み過ぎだよって、スライムはそんな早く動かない」と言われた。
“まぁ、それはそうかも知れないけど…”なんか納得できない。
「おおぉ!今日のスライムAは動きがいいな!」
「なんの!スライムBもつやがいいぜ」
「Cはいつもマクって来るんだよ」と周りは大興奮だ。
リリアは見るけど、まだボックスから半分程度も出てきていない。ブルブルしながらノソノソ這いつくばっている。違いがわからん。皆何をそんなに興奮しているのか。
「ハァ… とりあえずお酒飲みながら様子みね…」リリアは席に戻って行った。
「あんなのを面白がる人っているのねぇ… リリアのプルンプルンのお胸を見たら、鼻血で噴水が出来るわね」お酒を飲んでいると
「おぉぉ!Aが優勢かぁ!」
「いやいや、Bも逆転狙ってるぞぉ!」
にわかに大騒ぎしだした。リリアもやっとかと思い、フィールドの淵に行って覗く。
“……… うーん… 皆にはリリアに見えない何かが見えるのかしら…”
見るとスライムAの端っこがちょっとBに被さっていて、皆大騒ぎしている。
「Aすげぇよ、こりゃマウントポジションとるんじゃね?」
「地獄のボディプレスか!」
「Bは必殺のちゃぶ台返し狙いだろ!」
「Cはとりあえず様子見だ」
マウント?ちゃぶ台返し?様子見? スライムって思考しているのかしら?
しかも「極楽浄土の騎乗位」とか「乱交ミルフィーユ」とか「めくりあげてクパァ」とか必殺技なるものがイチイチ卑猥な響きを帯びていて、大の男が青筋立てて叫ぶのだから、聞いているリリアの方が恥ずかしくなる。
ただの欲求不満達の集いにしか見えない。
「あの… あたし、用事思い出したんで帰るね」リリアがやさ男に言う。
「あ?… あぁ… これから山場だけど… 最後までみれないの?」やさ男は残念そうだ。
見るとスライムAとスライムBはちょっとだけ重なって、スライムCはまだまだ様子を見ているようだ。
リリアはちょっとイラっとしたので、賭けの券を丸めてゴミ箱に捨ててさっさと闘技場を後にした。
「リリアはもっと刺激的な夜が好きなのよ」そう呟きながら酒場の方角に戻って行った。




