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談話室にて僕とアッキー、彩風さんと木崎さんの四人は、簡単な自己紹介をしてから例の化け物についての情報を交換しあった。纏めるとこうだ。
例の化け物は毛の無い猿のような姿をしており、その色は赤、または黒。そして体表には白く小さな粒々がくっついている。彩風さんが言うにはその白い粒々は『フジツボ』に酷似していたという。化け物には呼吸などしていた様子は見られず、金属音を苦手とし、また自身が遭遇した経験から『会話(?)をするだけの知能を持っている』という事がわかっている。そして化け物は昼夜問わず活動し、学生達を襲って食い殺している。
「――と、まあこんなところかな」
「聞けば聞くほど気味の悪いヤツだなぁ………霊とかの類いでも無いから俺もあんま相手にしたこと無いしよォ」
「そういえば小寺くんってお寺の息子さん?なんだよね。そういうオカルトっぽい仕事とか、やっぱりあるの?」
「いやぁ。ウチの親父がたまたまそういう仕事もやってるってだけで普通の寺はやらないだろ。俺なんかよく親父の仕事ついてかせて貰ってたけど、正直足手まといでしか無かったし」
「そうなんだ………何か詳しそうだったからどうにか出来ないかなって思ったんだけど」
「悪ぃな彩風さん。ホント俺『見る』事しか出来ないからさ。こういうナマモノ相手だとただの人と変わんねぇし………って、そうだ! アレがあったんだ」
そう言って何かを思い出したらしい彼は、部屋を飛び出していってしまった。
「なんて言うか、嵐みたいな少年だな、彼」
「いつもあんな感じですよ。だけど頼れるし、いい友達です」
部屋を飛び出したアッキーはすぐに戻ってきた。手に持っていたのは茶色い長型封筒。彼は戻ってくるとすぐにその中身をテーブルの上に並べた。
「これ………御札?」
「おう、その通りだ。念の為にって親父が持たせてくれてたんだ。今の今まで忘れてたぜ」
「忘れてたのか……」
木崎さんは「はあ」と溜め息をつき、計8枚あったそれの一枚を手に取って眺めた。
何やら筆で文字がびっしりと書かれている事以外、何の変哲もないただの紙だ。重力に従ってふにゃりと折れ曲がるそれは、あまりにも頼りなく見える。
「本当に効くの? これ……」
「あたりめーだろ。何たって親父の手作りだぞ。流石にこれだけでどうにかなるって事は無いだろうけど、並大抵の怪異ならその場に縛り付けたり、部屋の壁に貼ったりして簡易的な結界を作ることも出来る」
「あの化物みたいなナマモノ相手でもか?」
「勿論。ナマモノっぽいヤツなら、前に親父が福井で『びしゃがつく』って妖怪を相手にした時は相当効いてたぜ」
「『びしゃがつく』? ってのはわからないけど、効くっていう実績があるなら安心、かな。合計で8枚あるけどどうする?」
アッキーは僕ら三人をぐるりと見渡すと、僕と彩風さんに二枚ずつ、既に一枚を手に取っていた木崎さんに一枚御札を渡した。
「一人二枚ずつだ。特に直接接触したケイと彩風さんはまた狙われる可能性が高いから惜しむこと無く使ってくれ。俺と木崎さんは………木崎さん、アンタならわかってるよな」
「えっ、まってよ、それじゃアッキーは」
アッキーのやろうとしている事に勘づき、彼に向けて無意識に手がのびる。
しかし彼は僕の言葉も気にも止めずにジッと木崎さんの目を見つめた。
「ああ、わかっている。俺達はヤツと直接対決するのにコイツを使うってワケだ」
「おう。今夜も先生と地元の人達は山狩りをする筈だ。そん時に、俺らも山に入ってあの化物を捕獲。出来れば封印か消滅かまでやりたいが、霊感雑魚の俺と霊感ゼロの木崎さんじゃあまず無理だろうな」
「全くだな。先生方には俺から対処法を伝えておく。村の皆と旅館の方々にも俺から話して、ヤツを封じ込める為の金属の箱とか貰えるように頼んでおくよ」
「あざっす木崎さん。俺の方も一応親父に連絡しときます。すぐには来れないと思うっスけど」
木崎さんは御札を懐にしまうと部屋の鍵を開けて出ていった。残ったのは僕と綾風さんと、アッキーの三人。
「アッキー、絶対に駄目だ。いくらアッキーに霊感があるからって、危険すぎる」
「なら誰がアレを殺るってんだ? 事情を知ってる大人は多いみてぇだが、プロフェッショナルは一人も居ねぇ。ここの坊さんがその道に精通してるって可能性もあるが、ホンモノかどうかは実際にやってみなきゃわかんねぇのがほとんどだ! これ以上犠牲を出さない為にも、カスでも確実に結果は出せる俺が前に出なきゃなんねぇんだよ!」
「だからってアッキーが犠牲になっていい理由なんて無いだろう!」
「命の価値は平等だ!」
アッキーが僕の胸ぐらを掴む。彼の腕ぐらい、簡単に振り払う事が出来るのに、とてもそうする気分にはなれなかった。
「………家を継ぐ以上、遅かれ早かれやらなきゃならなかった事だ。覚悟は出来てる」
「僕の言葉を聞き入れる気は無いって、事だね……」
「ああ。一回目は運良く切り抜けたんだ。お前こそ、絶対に死ぬんじゃねぇぞ」
腕が離される。
アッキーはそれきり口をつぐむと、さっさと部屋を出ていってしまった。ぶっきらぼうに見えるかもしれないが、彼なりの気の遣い方なのだ。
「景、くん………大丈夫?」
「アッキーはいつもああなんだ。何かある度に自分だけで抱え込む」
「そうだね………あんなんじゃ、死んじゃうよ………」
「鈴さん、信じてもらえるかはわからないけど、僕らはとりあえず先生に話し合った内容を報告しよう。その後は―――」
「その後は?」
アッキーに無理をさせる訳にはいかない。かと言って、何の力も無い僕に何か出来るようにも思えない。一応彼の父に連絡をして助言を貰おうとは考えているが、その後はどうするか。
未熟かもしれないが、彼は本物なのだ。木崎さん以外にも彼を支えてあげられる大人の力が欲しい。
「うん、とりあえず近くのお寺に行ってみようと思う。昨晩、お坊さんが来ていたんだ。助けになってくれるかもしれない」
昨晩、先生や旅館の方々と共に山に向かっていたお坊さん。きっと彼もこの怪異について、何かしら知っているに違いない。
二人そろってロビーへと降りると、そこでは先生たちによって生徒達が集められていた。どうやらかなりの人数が例の化け物を目にしてしまったらしく、彼等の恐怖体験に生徒たちは大盛り上がりだった。
僕と綾風さんは、集団の中に担任の芳賀先生を見つけて駆け寄った。
「獺魯士! 無事だったか!」
「芳賀先生、それよりも報告が」
伝えたのは、今回生徒達を襲っている化け物は、この地に伝わる昔話に関わっていたものではないかと言う事。そして、アッキーが一人で化け物と戦おうとする可能性があると言う事。
前者はやはり先生達も知っていたらしく、あっさりと信じてくれたが、後者にはやはり良い顔はしなかった。
「あの馬鹿……居ないとは思ったがそう言う事だったのか。獺魯士、教えてくれてありがとう。先生達も小寺の事は探しておくよ」
「お願いします。これ以上、危険な目には合わせたくないんです」
「わかってる。生徒を守るのは先生の役目だからな。………まあ、まずはこの騒ぎをどうにかしないとだけど」
先生達が落ち着かせようとしているが、同級生達は落ち着く様子は無い。中学生にとってリアルなオカルトの話題は刺激的で、既に行方不明者(事実を知らされていない生徒はそう思っている)が居ることもあって尋常じゃ無い程に盛り上がっていた。勿論、余りにも不謹慎なこの話題に顔をしかめる生徒も居たが、それは普段から優しい性格をしていたり、今回の事について事実を知っている生徒ぐらいのもの。10人も居ない先生達で100人を越える中学生を抑えるのには無理があった。
「鈴さん、鈴さんはここに残って」
「えっ! だ、駄目だよ外に出るなんて! 景くんもここに……」
「助けが要るんだ。鈴さんは、ここで先生達の手伝いをして欲しい」
「でも景くんや小寺くんばっかりに危ない事なんて」
「大丈夫。弱点はわかってるんだ。移動するだけだから」
彼女も怖いのだろう。震える肩を二度叩き戻るように促すと、少しの抵抗はあったものの大人しく引き下がってくれた。
しっかりと充電しておいたスマートフォンで動画アプリを開き、昨日も流した動画を開く。職人が朱く熱された鉄を叩く所で停止させておき、いつでも音を流せるように準備。
「おい、獺魯士」
「………先生?」
「お前も、止めたって聞かないだろう。だからコレ、持っていけ」
フロントへと向かおうとした僕を芳賀先生が引き留める。その手には鉄製の細長い棒が握られていた。
「先生、これ」
「旅館の方から借りた物だ。『万が一』の為にこういうものも用意していたそうだ」
「ありがとうございます……」
「無茶はするな。すぐに戻ってこいよ」
そう言って先生は戻っていく。どうやら僕もアッキーと同じように問題児のカテゴリに分けられてるらしい。まだ彼よりは聞き分けがある自信はあったから、少し癪だ。でも、こうして荒唐無稽な事も信じてくれて、心配もしてくれる大人が居ることが有り難かった。
僕だって先生に任せていられるのならばそれで良かったし、自ら危険に飛び込もうなんて思ってもいなかった。だが、突っ走りがちな親友を助ける為には行動を起こさなければならない。
旅館を出て外を見ると、赤黒い血が点々とバーベキュー場のある森へと続いていた。あの化け物が逃げていったのだろう方向を眺めていると、森の中から大きなものがぬぅと現れる。
「ニがシタ、ふかク」
「おとろしさん。居ないと思ったらこんな所に」
姿が見えなくなっていた『おとろしさん』が、その右腕を返り血で濡らしながら歩いてくる。その手には、引きちぎったのか化け物の片腕が握られており、おとろしさんはそれをフライドポテトでも食べるみたいにボリボリとあっと言う間に食べてしまった。
「わるィこ、ニゲるとてもはやィ」
「うん、アイツは現れるのも逃げるのも、とても素早いんだ。凄く危険なんだけど友達がアイツを倒そうとしてて、危ないから僕もやらなきゃならないんだ」
「けい、アブない、だめ」
「親友の為なんだ」
「しんュぅ………うぅうううぅぅぅ」
おとろしさんは血のついていない方の手で頭を抱え、唸り始めた。深く悩んでいるのか苦悶の表情で数十秒ほど唸り続け、そして頭から手を離して此方をじっと見つめてくる。
「………ともだち、だィじ?」
「うん」
「ともだち、ひつよゥ?」
「うん」
「わるィこ、やっつケル、いいコと。けい、ツヨくなる、もっトいいコト」
おとろしさんの腕に付着していた血がポロポロと剥がれて浮かび上がり、集まって赤い球になったかと思うとおとろしさんの口に吸い込まれていった。彼の喉がごくりと鳴り、満足そうに彼の大きく裂けた口が弧を描く。
「けンじとの、おやくソく」