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「結局あれは何なのさアッキー」
「知るか。俺もお前と同じで最初はヒサルキかと思ったんだけど、ありゃなんか違うしなぁ」
「身体についてたのも………あれって、なんだろう」
翌日。この日は予定ならバスで近くの村まで行き、そこで伝統工芸品について製作体験など行うはずだったのだが、8人もの生徒が行方不明になった事によって旅館から一歩も外に出てはならなくなってしまった。
臨海学校は切り上げとなり。明日の朝には帰りのバスが旅館まで迎えに来ると言う。
そうした事もあって暇になってしまった僕とアッキーは、旅館の一階のロビーに降りて、ビンのラムネを片手に昨晩のあの化け物について話し合っていた。
互いに情報を交換し合い、アッキーの怪異についての豊富な知識でその正体を掴めないかと思ったのだが、中々それらしき怪異についてアッキーは思い至らない様子だった。
そもそも昨日のあの出来事自体、あまりにも急だった上に理不尽にも程がある体験だった為、全ては恐怖から見た幻なんじゃないかとも思い始めていた。
「身体に? なんか付いてたっけか、アイツ」
「ついてたよ。なんか、白っぽくてブツブツしたやつ」
「そりゃあフジツボだな」
それでもどうにか正体を掴めないかとアッキーと話していると、カーキのジャケットを着た40代ぐらいの男が話し掛けてきた。
僕もアッキーも知らない初対面の男。彼は僕らに旅館の売店で買ったらしきキャラメルを一粒づつくれると、僕らの座るベンチに腰掛ける。
「俺は木嶋 健二。ここいらに住んでる」
「ぁ………どうも。僕は獺魯士 景です。宜しくお願いします」
「俺は小寺 晃雄。宜しく頼んます」
「ああ、宜しく。それで、君達が見たって言う化け物についてちょいと話を聞きたいんだけど、良いかな?」
「良いですけど………木嶋さんの方が詳しいんじゃないんですか? 僕はあのブツブツがフジツボだって気付けませんでした」
「あー、それは、元になる話を知ってたから大体の予想からって所だな。ずっと海の中だったんだから、ついててもおかしくないだろうし。二人はこの土地に伝わる鬼の話は知ってるかい?」
「ん? あぁ! それなら知ってるぜ。常飢猿鬼だろ?」
木嶋さんの話を聞いたアッキーは何かピンときたようで、パチンと指を弾いて顔をあげた。アッキーが言った『常飢猿鬼』という名前を聞いて、木嶋さんは表情を険しくする。
「そう。その常飢猿鬼だ。実は村の方でもここ数日行方不明者が続出しててね、俺はこいつが原因なんじゃないかと睨んでる」
「常飢猿鬼がか? あれは完全な創作物だって俺は聞いたんだけどな」
「ただの創作物なら、子供に向かって親が『絶対忘れないように』なんて言って読み聞かせたりしないさ。だろ?」
「そんな事言われるのか………」
「あー、村の外から来た人じゃこんなの知ってる人の方が少ないか。先生方はなんかわかってるみたいだったから勘違いしてたよ」
面目無いと彼はぽりぽりと頬をかき、また僕らに一粒づつキャラメルをくれる。なんでそんなにキャラメルをくれるのかと聞くと、『考えるのには糖分を使うから』と彼は言った。
とはいえ、これ以上話についていけなくなった僕は、木嶋さんとの会話をアッキーに任せてしばらく二人の話を聞き続ける事に専念する事にした。元の怪談を知らない以上、無理に僕が話に割り込むよりも二人に話させていた方がスムースに進む。
僕がじっと見つめる前で、アッキーと木嶋さんの二人は険しい表情で議論を続ける。
「じゃあ、その常飢猿鬼ってやつだとして、対策はあるのかよ。話じゃあ結局殺せなくて、鉄の棺桶にぶちこんで海に沈めたんだよな。現代でそんなこと出来るのか?」
「結論から言うと、出来る。ここの旅館の談話室の方に行ったことがあるなら知ってると思うが、常飢猿鬼を封印した棺桶と同じものが飾られてるんだ。寺の坊さんに聞いた話だが、あれは万が一、常飢猿鬼が海から戻ってきた時の為に作られた予備のものだそうでな」
「へえ。じゃあ常飢猿鬼を取っ捕まえてその中にぶちこんじまえば良い訳だ」
「まァ、簡単に言えばそういう事だな。問題はその捕まえるって事なんだが……」
そう言うと木嶋さんは難しい顔になって腕を組んだ。どうやらまだ常飢猿鬼とやらを捕まえる算段が整っていないらしい。数人の先生達が出す金属音にさえ、あの化け物は怯えて逃げ回っていたのだから特別大人数でなくとも大丈夫そうなものなのだが。
「ンー、まず村の方でも常飢猿鬼を信じるやつと信じないやつで二分しててな。この常飢猿鬼が活動してンのは夜中だけらしいから、金属を鳴らしながら山狩りをすると『夜中にどんちゃん騒ぎするな』って苦情が結構あって…………」
「あーっ。確かにオカルトなんて信じてる人間の方が少ないからなぁ。一目見れば否応なしに信じるしか無くなるんだろうけど」
「まぁそんな事もあって、今まで賛同してくれた人達と何度か山狩りをしたんだけどその度に妨害されてね。結局常飢猿鬼を捕まえることはかなわずに今度はこれだよ」
現在、先生たちは生徒が外に出ないように旅館に残って見張るグループと、未だに見つからない9人の生徒を探すグループに別れて行動している。
一応見つからない9人は行方不明という扱いになっているのだが、きっともう手遅れなのだろうと何となく思う。
「もう殺されてますよ、残りの9人は」
「やっぱ獺魯士くんもそう思うかぁ。先生方の対応は別に悪くなかったんだけど、化け物が相手じゃあなあ」
そう言って溜め息をつく木嶋さん。村でも行方不明者が続出していたと言っていたが、恐らくはその人達も………。
その時だった。何かに気付いたのか、考え込んでいたアッキーが顔をあげて目を見開いた。
「違う。常飢猿鬼じゃない」
「えっ?」
「は?」
それはこれまでの話し合いを全て否定する一言。しかし彼は何か確信を得たのか力強く話し続ける。
「どうもピンとこないと思ってたんだ。一番大事な事なのに忘れてたから」
「大事な事?」
「あぁ。まず胆試しに行く予定だったメンバーなんだが、旅館では先生達が生徒が外に出ないように見張ってるから一人や二人ならともかく14人なんて見逃さないだろ。おかしくないか?」
「あっ、確かに」
「そして次に俺ら。同じ部屋にいたお前を除いて、五人がいつの間にか森の中に立たされていた。誰一人理由もわからずに、だ。常飢猿鬼について俺は特別詳しい訳じゃないが、ヒサルキに近い怪異だと仮定すればおかしな話だ。あれにそんな器用なマネは出来ない」
アッキーの話を聞いて思わず木嶋さんと顔を見合わせた。このような話は予想だにしていなかったのだろう。木嶋さんの顔色は話し始めた最初と比べて明らかに悪くなり、目は焦点があわないのかブルブルと揺れている。
「最後に、木嶋さん、常飢猿鬼が活動するのは夜中だけだって言ってたよな」
「あ、ああ。俺はそう聞いてるが……」
「俺が最初にヤツの気配を感じたのは昨日の昼間だった。飯盒炊爨の準備をしてた時、遠くから」
思わず口に溜まった唾液をごくりと飲み込んだ。
心当たりがあった。昨日、飯盒炊爨で使う薪を手押し車で運び、その手押し車を返しに行ったあの時だ。何も居ない森の奥を、無言でじっと見つめていたアッキーの姿が鮮明に浮かぶ。
「あの時はまだその気配が何の物なのかわからなかった! でも今なら確実に言える。あれは俺とケイが見たあの猿の化け物に間違いない! あれは昼間も活動していた!」
興奮のあまりアッキーがベンチから立ち上がり、そう叫んだ瞬間だった。パリン!とガラスが割れたような音が旅館の上の階から響き、続いて聞き覚えのある女子生徒の叫び声が聞こえる。
「きゃあぁぁっ!」
「彩風さんっ!?」
その声を聞いた瞬間、ベンチから弾かれたように立ち上がった僕は、頭で考えるよりも先に駆け出していた。