2
◆◆◆
「ふあぁ……明日も早いし、もう寝ようか」
「あー、確かに。こんな遅くまで雑談続くなんて思わなかったわ」
夕食とキャンプファイアも終えて、就寝時間までと布団をしいてアッキーと雑談していたのだが、だいぶおそくなってしまった。既に就寝時間を過ぎて、時計の短針はもうすぐ11時を指そうとしている。同室の他の4人生徒たちはとっくに眠っていた。
「でもお前が彩風さんの事狙ってるなんて驚いたぜ。恋愛なんか縁がなさそうな性格なのにな」
「んなっ! 狙ってるなんて、そんなんじゃないって!」
「ハハハ! 誤魔化すなよ、顔真っ赤だぜ」
「そ、そんな。気になっちゃいるけどさ………」
あまりそう笑わないでほしい。僕と話してくれるような女の子なんて、今のクラスでは彼女くらいなものだ。好きになったって仕方ないだろうと思う、多分。
「まだ起きてるのかお前ら、ホントに仲良いよな」
「「せ、先生!?」」
気付いたときにはジャージを着た先生が部屋に入ってきていた。担任の芳賀先生だ。夜間の見廻りだろう、二人揃って頭に拳骨を落とされてしまった。
「っ、いたたた……」
「痛ぇ……」
「こんな時間まで起きてるからだぞ。ほら、仲良しなのは良いがさっさと寝なさい」
「はーい」
「パワハラっすよせんせー」
「小寺!」
「………はい」
怒られたアッキーは不貞腐れながら布団に潜り込む。僕とアッキーが布団に潜ったのを見届けると、先生は部屋の電気を消して見廻りへと戻っていった。
「ったくホントひでぇよな。拳骨落とさなくったって良いだろ」
「まあまあ、時間も時間だし寝ないとね」
「はぁーぁ、んじゃおやすみ」
「おやすみ」
そして、僕と彼は眠りについた。
『おきろ………おきろ………』
―――ドタドタドタ………ドタドタドタ!
「ん、むぅ………うるさいなぁ」
誰かが呼ぶ声と、走り回っているような足音で目が覚めた。いつの間にか部屋の電気はつけられていて、部屋のドアが開いている。時計の針は12時少し前を指しており、部屋にいたはずの生徒たちは一人も居なくなっていた。
「……………は? え?」
近くで寝ていたはずのアッキーも居ない。もしかして寝過ごして昼の12時にでもなってしまったのかと窓から外を見たが、寝る前と変わらず外は暗いままだった。
ドタドタという足音は部屋の外、廊下の向こうから聞こえてくる。
「ったく、一人になるなって言ったのアッキーじゃん。待っててくれても良かったのに、どこ行ったんだ?」
部屋の外に出ると廊下を何かが走る音は聞こえなくなり、代わりに下の階の談話室の方からざわざわという話し声が聞こえてきた。
鉄製の箱が飾られている台の横の扉をくぐり談話室に入ると、中には先生と生徒達が集まっていた。先生達は険しい顔でなにやら話し合っている。対して生徒たちは遅くに起こされて集められた事に不満を言い合っていた。
「あっ、景くん! こっち!」
「鈴さん!」
集団の中から彩風さんの声が聞こえ、彼女の方に急いだ。どうやら班ごとに集められているようだったが、自分の班は彩風さん一人しか居ない。確か、他の三人は肝試しに行くと言っていたか。
「何があったの?」
「何があったって………って、それよりなんで景くんはこんなに遅かったの? 先生達が呼びに行ってた筈なのに、心配したんだよ!」
「え、え? でも僕の所に先生なんて………」
そんな事は無かったはずだ。自分は何かが走り回る音と「おきろ」という声で目が覚めた。あの声はどの先生のものでは無かったし、もし先生がおこしに来ていたら僕が起きていたときにその場にいるはず。それどころか僕が起きたときには誰もいなかった。
「あぁ、でも良かった………もう誰も来ないかと」
「ごめん、待たせて………」
自分の班だけ一人で心細かったのだろう。彼女の目は涙で滲んでいた。彼女が僕の手を握る力が、ぎゅっと強くなる。
「肝試しに言ったメンバーが帰ってこないらしいの。小寺君も居ないらしいから、もしかしたらって………」
「アッキーが? そんな、アッキーは肝試しなんか行かないって」
「でも、現に居ないんだもの」
前では話し合いが終わったのか先生方が生徒たちに向き直って何か話し始めようとしていた。学年主任の先生がパンパンと手を叩いて生徒たちに静かにするように促す。
部屋が静かになると、主任の先生は話し始めた。
「夜中に突然起こして集めて悪かった。今ここにいる生徒たちはすぐに部屋に戻って就寝するように。あと、窓と部屋のドアには必ず鍵をかけるようして、寝ている間は絶対に鍵を開けないように」
おかしな話だと思った。夜間は先生の見廻りで部屋のドアは開けておくように言われていた。なのに、窓だけでなくドアの鍵もかけろとはどういうことなのか。
「最後に、三組の獺魯士 景は話があるので残るように。以上、解散!」
そして、口々に文句を言いながら部屋を出ていく生徒たち。
「景くんに、話? なんだろうね」
「僕、何かしたっけ。なんか物々しい雰囲気だし、彩風さんは部屋に戻った方がいいかも」
「そう、だね。それじゃあ、また明日」
「うん、おやすみ」
彼女と別れて部屋に残る。部屋から生徒が自分以外いなくなると、芳賀先生と主任の先生がやってきて椅子に座らされた。
そして先生たちとはテーブル越しに向かい合う形になる。
「獺魯士、いったい今までどこに居たんだ? そんで他のやつは何処だ? お前の部屋を見に行ったとき誰も居なかったから、あいつらと一緒に肝試しに行ったものだと思ってたぞ」
「え、え? いや、でも僕ずっと部屋に居た筈です。誰かが呼んでる声で目が覚めて、それで皆が集まってるのに気付いて降りてきました」
そう言うと芳賀先生と主任の先生の眉間にシワがよった。これはあれだ。確実に怪しまれている。
「そんなはずはない。確かにあの時お前は部屋に居なかった。本当に、部屋にずっと居たのか?」
「はい、本当です。部屋からは一歩も出てないですし、先生が呼びに来てたのも知りませんでした」
「そうか………そうなると、柴田先生」
「ああ、急いで出なければならないな」
顔を見合わせる先生達。柴田先生は両手で額を押さえると、目を瞑って「ふーーっ」と大きく息を吐いた。そして何やら覚悟を決めたような顔になり、椅子から立ち上がる。
「だから俺は反対したんだ。今年は別の場所にした方が良いって。なのにあの校長ときたら………」
「仕方ないですよ柴田先生。起こってしまったものは取り返しがつきません」
芳賀先生も立ち上がると柴田先生の肩を叩いた。
「獺魯士、正直に話してくれてありがとうな。今日はもう寝なさい。鍵もちゃんと閉めておくんだぞ」
「あ、あの、本当に信じてくれるんですか? こんな話、あり得ないじゃないですか」
「お前は嘘ついてないんだろ? だったらそう言うことだ。さ、今日はもう寝ろ」
「………はい」
なんとも腑に落ちない感じがする。
こんな荒唐無稽な話をどうしてこうも簡単に信じてくれるのか。何か嫌な予感がした。
仕方がないので一人で部屋に戻り、窓を閉めて鍵をかけ、ドアも閉めて鍵をかける。アッキーに連絡がとれないかとスマートフォンのメッセージアプリのLINKで連絡をとってみたが、彼のスマートフォンはこの部屋に起きっぱなしだったらしく、通知音が虚しく響くだけだった。
何も出来ずに仕方なく電気を消して布団にもぐっていると、何やら外が騒がしい。こっそりと外の様子を窓から確認すると、旅館の警備員のおじさんと男の先生達、更には近くの村の人らしき男の人たちが頭にヘルメットを被り、猟銃らしきものを抱えて森に入ろうとしている所だった。しかも場違いな事にお坊さんまで彼等の傍に立っている。話で聞いていた、旅館の近所にある寺の住職さんだろうか。
もしかすると、肝試しに行った連中は熊か何かに襲われたのかもしれない。そして、居なくなったアッキーは熊か何かがいるのを知っていたから彼等を止めに行った、のかもしれない。
「いやいや、そんなんじゃ説明つかないってこれ」
自分の部屋で居なくなった生徒は自分以外全員。僕が眠っていた一時間足らずの間に全員だ。
部屋を出てうろついていたら先生に見つかって部屋に戻されるはずだし、アッキー含めた5人が先生や旅館の人に見つからずに旅館を出るのは無理がある。
そこまで考えて、背筋に嫌なものが走るような感覚を覚えた。きっと、これは関わってはいけないものだ。オカルト的な、何かとても恐ろしいもの。そんな予感がする。
「いやでもアッキー霊感あるし……寺の息子だから大丈夫、だよね」
なんだかとても恐ろしい気分になって布団に潜り込んだ。ぎゅっと目を瞑って、眠ろうとした。しかし、嫌な予感と逃げ場を失ったような感覚で一向に眠ることができない。
なぜ皆は居なくなってしまったのか。どうして自分一人だけが助かったのか。先生達は何をしに行こうとしていて、お坊さんは何故あの場に居たのか。
アッキーは、きっと今危険な状況下にいる。
確実に言えるのはそれだけだ。幼馴染みで親友の彼が危険な目にあっているだろうと言うのに、どうして呑気に眠っていられるだろうか。
「…………助けに、行こう」
布団から抜け出て立ち上がると、部屋の備品である非常用懐中電灯を手に持つ。そして何かあったときの為に、頼りなくはあるがスマートフォンと安物のカッターを自分の荷物から取り出す。先生にバレないように部屋の電気は消したままにした。
おそらく旅館の出入り口には先生が待機していて、外に出ようとする生徒がいないか見張っている事だろう。だから表から堂々と出ていくことは出来ない。
「でも、これなら」
外の先生達にバレないように静かに窓を開けてベランダに出ると、一階まで一直線に続く非常用のはしごを見下ろした。だいぶ古いものなのか塗装が剥げて錆び付いてきてしまっているが、下に降りてまた上るぶんの強度ぐらい残っているだろう。
そしてはしごに手をかけた、その時だった。
『………ひきかえせ……………ひきかえせ』
ふと、どこからか声が聞こえた。
――――ドタドタドタ……
『あははっ! あはははっ!』
『きゃっ、きゃっ!』
一つ上の階の部屋から、子供のような声と複数の足音が突如として聞こえ始める。こんな音はさきほどまでしていなかったはずだ。ひきかえせという声の主も先生かと思ったが、森の入り口近くにいる先生達は此方の様子には一切気付いていないようだった。
ばっと上を向くと、笑い声と足音は聞こえなくなった。無機質な建物の天井が見えるだけだった。先程まで居た部屋の中を振り向いた見てみたが、やはり誰もいない。電気の消してある、暗い部屋があるだけだ。
あまりにも奇妙な事に総毛立つ。足から力が抜けて、膝ががくがくと震え始めた。予想は確信に変わった。
いるのだ。この旅館の近くには、人ならざる何かが。
きっとアッキーや他のルームメイト、肝試しに行った連中はそいつに拐われたに違いない。
「だったら、尚更助けに行かなくちゃ。ぼ、僕一人でどうにかなるものじゃないけど、アッキーは大切な親友なんだ」
情けなく震える足に力を込めて、今度こそしっかりとした足取りで立つ。そして静かに、出きる限り音を立てないようにしながらはしごを降りた。