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おとろし  作者: 青蛙
いち・常餓猿鬼編
2/17




 昔々、ある森にに一匹の猿が居りました。その猿は群れの仲間と共に平和に暮らしていましたが、どんな生き物にも寿命はあるもの。年老いた猿はその生を全うしてその魂は肉体から抜け落ちてゆきます。

 残された肉体はやがて腐り、森の虫や死肉をあさる鳥や獣に食われ、森へと還ってゆく。その筈でした。



―――その森に、()が訪れなければ



 遥か遠い大陸よりやってきた鬼は、肉体を求めてこの地を彷徨い、そして1つの猿の死骸を見つけたのです。猿の死骸に乗り移った鬼はその食欲の赴くままに森の生き物を食い尽くし、遂には森の麓の村を襲いました。

 まず最初に襲われたのは抵抗する力の無い子供や女。特に鬼にとっては子供の命乞いをする親の姿や、断末魔の悲鳴は心地好いものだったのでしょう。鬼は妊婦や小さな子供のいる女を好んで襲い、そして食い殺しました。数日の間に、鬼によって十数人もの命が奪われたといいます。

 もちろんそのような事をされて黙っている人間ではありません。家族の命を奪われた村人達は怒り狂いました。当時の寺の住職の知恵を借りて、村人達は鬼の苦手とする鉄と火で武装して山狩りを行いました。鬼はあっという間に村人達に追い詰められ、鉄で編まれた網を被せられて捕まえられたのです。


 村人達はそうして捕まえた鬼を鉄の鎖で何重にも縛り付けて逃げないようにし、そしてとどめとばかりにごうごうと燃え盛る火の中へと投げ入れました。しかし、驚くべき事に鬼に乗り移られた猿の身体は、いくら火で焼かれようとも一向に毛の一本さえ燃える気配がありません。村人達はどうしても殺すことの出来ない鬼をどうしたものかと話し合いました。そして、1つの結論にたどり着いたのです。


 何重にも鎖で縛り付け、身動きのとれなくなった鬼を更に鉄で出来た箱へと閉じ込めて海に沈める。それが村人達が最後に下した決断であり、二度とこのような悲劇を起こさないために出来る最良の選択でした。

 鬼が鉄の箱に閉じ込められ、船に乗せられて沖に沈められた後村は平和を取り戻し、やがて森にも別の森からやってきた動物達が住み着いて元の自然を取り戻すことが出来ました。こうしてこの事件は終結を迎えたのです。


 そして、海に鉄の塊と共に沈められた鬼の名は『常餓猿鬼(とこうええんき)』と名付けられ、今もなおこの地に語り継がれているのです。






◆◆◆



「んぁ? なんじゃこりゃあ。おーい健二さん、こりゃ何だかわかるかね!」

「ああ? 少し待ってろ。今そっちいくからよ!」


 波打ち際に転がった黒い塊。その表面には大量の海草や貝がべったりと張り付いていて、それが何なのかわからないほどに覆い尽くしていた。

 釣りの帰り、偶然にもそれを発見した老人はそれが何であるかわからず、比較的若い男ならば何かわかるかもしれないと共に釣りに来ていた知り合いの男を呼ぶ。40半ばといった外見の男は到着するとすぐに足元の黒い塊を拾い上げて、そして一気に顔を青ざめさせた。


「あ? どうした健二さん?」

「不味いことになった。(あきら)さん、直ぐに町長さんとこに『鉄が上がった』って伝えに行ってくれ。俺は寺の爺さんのとこまでこれを持ってく」


 その顔に明らかな恐怖の色を浮かべた健二に、晃は言い様のない不安を覚える。健二が手に持った黒い塊をよく見ると、こびりついた汚れの隙間から銀色の輝きがチラリと覗いているのが見えた。


「鉄………まさか、あれはただの昔話じゃろう?」

「晃さん、その話を知ってるならわかるだろう。子供の頃から散々教えられてきたんだ、眉唾でも一度は疑ってみるべきだ」

「それを言われるとなぁ。わかった、わしは町長さんとこ行ってくるから、そっちも宜しくなぁ」

「ありがとよ。あぁ、ただし念のために森には近付かんようにな」

「わかっとるよ。そんじゃあまた後での」


 晃はそう言って砂浜を離れると、道路脇に駐車しておいた軽トラに乗り込んで町へと走り始めた。健二も自分の車に乗り込んで、寺への道を急ぐ。


 この地で再び、惨劇の幕が上がろうとしていた。



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