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おとろし  作者: 青蛙
に・警告標識編
15/17

1

第二章、はじまります。





 6月。

 だんだんと日差しが暖かくなってきて、夏の訪れを感じさせる頃。


 僕たちは日常に戻ってきていた。と、言うこともなく、未だにあの日の事件に囚われたままだ。


 常餓猿鬼のあの事件は警察の方で何かあったのか、熊による食害事件として関係の無い熊の死骸写真付きで連日報道されていた。

 学生と村の人々あわせて15人にのぼる犠牲者はマスコミにとっても衝撃だったのか、『戦後最悪の食害事件』などと大々的に報道されている。そのせいで、学校や旅館への責任問題の追及やら、動物愛護団体による『かわいそうだから熊を殺すな』といったクレームでどこもかしこも慌ただしい。

 そっとしておいて欲しいのに、連日学校や通学路に押し掛けるマスコミに僕たち学生の心もだいぶ疲弊してきていた。学校だって連日送られてくる『大衆の正義』からのクレーム対応で授業を続けるだけでギリギリだ。

 何より、犠牲になった同級生の家族の人達が不憫だった。時折学校を訪れる彼等はすっかり生気を失ってしまったような様子で、だと言うのに何処で調べてきたのかは不明だが情報番組では連日彼等の家の映像と共に事件についての報道が成されている。プライバシーなんてあったものじゃない。


 だが、良いことも一つあった。


 アッキーがすぐに学校に復帰してきた事だ。まだ完全に治ったわけでは無いので包帯は必須だし体育にも参加は出来ないが、普通に生活できる程度にはなっている。縫った部分がまだ痛むと言うが、それもそう遠くない内に良くなるそうだ。


 とまあ、ひとまず今はこんな様子である。

 皆先へ進もうと頑張ってはいるけれど、心はまだ痛ましい事件が起きたあの日に置いてきてしまったような、そんな日々が続いていた。








「はい、じゃあ今日のHRは終わり。みんな帰って良いぞー」


 時刻は四時頃。一日の授業が終わり、先生の掛け声で皆が一斉に部活へ行ったり帰宅していく。特に部活などに入っていない僕も席を立ち、帰宅しようと鞄を背負ったその時、ふと後ろから肩を叩かれた。


「ケイ、ちょっといいか」

「別に良いけど……何かあったの?」

「まあ、そうだな。ちょいと考えることがあってな、それでお前もと思って声かけたんだ」


 そう言う彼は何処か少し様子が怪しい。なんと言うか、そわそわしている。

 彼は僕の手を引っ張って教室の後ろの方まで連れていくと、一枚の紙を彼の鞄から差し出してきた。


「部活、やらねえか」


 出てきた紙は、新しく部活動を作るという内容のもの。そして、問題の部活動名の欄には『オカルト対策研究会』の文字が。

 顧問の欄と部長の欄は既に埋まっており、そして残った名簿の欄に一つだけ『部員』の文字が既に書き込まれていた。


「書け、って事?」

「そうだ」

「なんで……あんな事があったばっかりなのに」

「逆だ。あの事件があったからだよ」


 彼の意図がわからない。少し前にあんな凄惨な事件があったと言うのに、『オカルト対策研究会』だなんて周りから見れば不謹慎そのものではないか。あの事件の真実を知っている生徒達からすれば、この状況を楽しんでいるようにも見えてなんとも印象が悪い。

 困惑する僕を他所に、彼は続けた。


「あの日、俺の力が足りていればあの事件はここまで大事にはならなかった。俺に才能があれば、俺がもっと力をつけていれば、昼間に気付いた気配から奴を追ってそのまま倒す事だって出来た」


 彼の拳が強く握られる。


「でも、こういうのは基本努力じゃどうにもならねぇ。基本才能が全てだ。あの後、親父に俺が強くなる方法をさんざん聞いたが駄目だった。結局俺は見えるだけで、そこから先にはどう頑張ったって進めない。でも、俺は聞いちまった。常餓猿鬼を誰が倒したのかって話を」


 彼の視線と僕の視線が重なりあう。

 今にも逃げ出したい気分だった。僕は彼の期待には答えられない。結局どうやってあれを倒したのかも覚えていなければ、そもそもあの力は僕のものですら無い。


「怪異を見つけられる俺と、怪異をブチのめせるお前。俺とお前の力を合わせれば、もうあんな事件を起こさずに済む。だから頼む、入部してくれ。わざわざ部活って形にしたのは学生として動きやすくする為だ。個人でコソコソするよりも大人の協力も得られやすいし、何か起きて戻れなくなった時に気付く人の人数もある。まあ、親父からそうするように言われたのが切っ掛けだけど………頼む」


 彼に頭を下げられる。だが、僕にはどうしようもない。彼が期待しているような力も無ければ、本心ではあんな化け物に関わるなんてごめんだと思っている。

 オカルト的なものはなんとなく存在するのだろうと前から信じてはいたが、あの経験でそれは明確な恐怖に変わってしまった。見えないからこそ、自分で気付くことの出来ない危険が恐ろしくて堪らない。


「ごめん……無理だ」


 僕にはアッキーのような勇気や強い正義感は無い。常餓猿鬼の事件の時、アッキーを探すために山に一人で入れたのも、鈴さんを助けるために常餓猿鬼の前に飛び出せたのも、それ以外に選択肢が無いぐらいに切羽詰まっていたからに過ぎない。

 所詮、僕はおとろしさんの助けが無ければ何もすることが出来ない『ただの人』の一人でしかないのだ。自信を持って彼の助けになろうなどと、言い切る事は出来ない。


「あ、おい……ケイ!」


 結局僕は、僕の名前を呼ぶ声を背に、逃げるように教室を抜けて学校を出ていった。彼の期待に答えられなかったと言う罪悪感がズシリと両の肩にのしかかる。

 この選択が正しいのか、僕にはわからなかったけれど、ただ一つわかっていた事は、()()()が彼に協力した所で力になれるどころか足手まといにしかならないと言う事だけ。15人もの死者を出したあの事件はそれだけ僕の心に恐怖を遺し、オカルトに対する忌避感を強めた。


 しかし、彼の誘いを断った事が今になって酷い裏切りをしたように思えてきて、顔を上げて歩く事も出来ずに自然と視線は足元へ向く。

 そうして家へと向けて暫く歩いていった時だった。ふと、明るい夕日に包まれていた僕の影が、ひときわ大きな異形の影に包まれた。

 顔を上げなくてもわかる。異常なまでの巨躯と二本角。僕が知っている中でこんな姿をしているのはたった一人だけだ。


 今、僕の後ろにおとろしさんが立っている。


「……久し振りだね、おとろしさん」

「………」

「どこ行ってたのさ。僕の事を強くするとか言ってた癖に、あの事件から音沙汰なしだったね」


 力なく口を突いて出たのは下らない恨み言。こんなことをしても意味なんて無いと理解しているのに、当たらずにはいられなかった。

 言葉に反応して、おとろしさんの影がゆっくりと左右に揺れる。ゆらゆら動く影は、波間に漂う海草のようで少し不気味だ。


「けぃ、ナンでブかつ、さんカしなぃ?」

「そりゃあ、僕が何の役にも立たないからだよ。おとろしさんが強いだけで、僕は何の力も持ってない。僕は……怖いんだ。もうあんなものに関わりたくない。アッキーだって一人じゃ部活なんて出来ないし、あんな事しても無謀なだけだってその内わかるはずだよ」

「……ほンとぅ? アノこが、それだケでヤメると、おもタの?」


 おとろしさんのその言葉に、一瞬肩がぶるりと震えた。

 知っているんだ、彼の事は、誰よりも。

 不良っぽい姿をしている癖に正義感は人一倍強くて、誰かを助けるためなら進んでトラブルに突っ込んでいくような男。今回の件も部活自体は諦めるかもしれないが、結局他の方法で同じことをやるような気がしてならない。

 鳥のさえずりや草木の擦れる音が、嫌に耳に響いてくる。


「そレニ、つよクなるニハ、ぁぃテが、いる。ケイ、は、たたカェばたタカぅほドつよくナる」

「……わけ、わかんないよ」

「わからナクテいい。でモ、つよサはかなラずひつよぅ二なル」


 両肩を大きな手が包み込むのを感じる。

 視界の端に映った指は凶悪に尖った爪が伸びていて、皮はゴツゴツした岩のような感触で、だけど僕を傷付けないように優しく触れてくる。


「ケイをまもる。ソれが、やくそク」



 振り返った時、彼の姿は何処にも無かった。きっとあの暖かな日射しに包まれた日本家屋へと帰っていったのだろう。

 僕以外に誰もいない通学路は静かで、擦れる木々と鮮やかな色味をつけていく空が夏の訪れを醸し出していた。



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