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おとろし  作者: 青蛙
いち・常餓猿鬼編
13/17

11

次回で『常餓猿鬼』編、完結です。




◆◆◆


 目の前を少年が駆けていった。

 まだ中学生になったばかりの、幼い少年。


「不味い……このままじゃあの野郎!」


 駆けていった先には猿の化け物。

 どんなに銃弾を浴びせても消耗する気配すら見せず、人を食らい続ける不死身の化け物。


 あれは『常餓猿鬼』ではなかった。

 姿形(すがたかたち)がよく似ているだけの全くの別物。


 鉄が弱点だった『常餓猿鬼』とは違い、最初こそ金属を恐れる様子があったものの実際に効果が無いと気付くや否や非常に攻撃的になり、守りを捨てて襲い掛かってきた。

 小寺少年から貰ったお札を巻いた鉄棒のみは多少の効果を発揮したが、武器を持った大人が十人居ても勝てなかった相手に中学生の少年一人で勝てるわけが無い。


「行かねぇと……っ!」


 鉄棒を杖にして、幾度となく鋭い爪で引き裂かれて痛む足を庇いながら立ち上がった。そして獺魯士少年を追いかけようとした、その時だった。


「待ちなさい」


 左肩を強く掴む手があった。

 振り返れば寺の爺さんが。


「あれは……凄まじい穢れです。近付いてはなりません」

「んなっ、だけどそれじゃあアイツは……!」

「いいえ、違います。穢れを放っていたのは彼です!」


 常に落ちついていて、あまり焦りの感情を見せることの無い爺さんの顔色が真っ白になっていた。

 彼もまた猿の化け物にやられて生傷だらけだったが、そんな満身創痍の状態でもその目は一点だけを力強く見つめている。


『「あはははははははははははははは!」』


「あい、つ……?」


 狂ったような笑い声。少年と低い男のような二つの声が混ざりあい、不気味な音を山中に響かせる。


 前を見れば、獺魯士少年があの猿の化け物を押し倒し、笑いながらその右腕を勢いよく千切っていた。



◆◆◆



「『楽しぃネ。けぃ、楽シイねぇ』」


 僕の身体は僕のものでは無くなっていた。

 身体のコントロールはおとろしさんに全て奪われ、朱で染められた世界の中で一方的に猿の化け物をなぶり殺しにしている。


 押し倒した猿の化け物に馬乗りになり、何度もその顔面を拳で殴り続ける。殴る度に化け物の皮膚に貼り付いたフジツボが剥がれて飛び散り、腕に巻き付けた紙の御札は悲鳴を上げるように朱く発光する。


 楽しくなんて無い。けれど、気分は良い。


「う、ううウウうぅ~……ぉオのレレれレレ!」


 押し倒して仰向けになった猿の化け物が、反撃とばかりにその左腕を伸ばしてくる。掴まれれば、僕の身体ではひとたまりもない。


「『これはネ、こぅスルんダょ』」


 しかし、おとろしさんは何てことでも無いようにその腕を上体を反らしながら避け、左腕でその手首を掴むと右手で肘の外側を思い切り殴り付けた。


「いぎっ、い、ぎぎ、あぁぁああぁぁぁぁ!」


 絶叫。

 骨が砕け、肉が裂ける嫌な音と共に腕が肘の部分から外側に折れ曲がり、振り抜いた右手によって完全に千切れる。自分の身体から出たとは思えないほどの凄まじい力。


「『この子ハねぇ、わるぃコなんだょ。腕ヲ治すためにねえ、まタこどもをフたりもタべチャった』」


 食べられた二人と言うのは、あの夜行方不明になって戻ってこなかった中の二人だろう。おとろしさんに片腕を引きちぎられたばかりだと言うのに、どうして両腕が揃っているのかと思えばそういう事らしい。


「『わるィこ、わるぃコだねェ』」


 猿の顔が恐怖からか醜く歪む。まるで命乞いをする人間のように、「助けてくれ」とでも言いたげな表情で此方を見上げる。近くの村でもコイツによって何人か人が殺されたと聞いている。村の人々も、コイツに殺される時こんな表情をしていたのだろうか。

 生きるために殺したのではなく、遊び半分で人々を殺していた化け物が。娯楽として人を食らい、必ず勝てる相手として子供や身体の弱い老人ばかり狙っていた卑怯ものが。


「『ゆるしテあゲる?』」

――許さない

「『………ぃヒっ』」


 間髪いれずに右手で化け物の首を掴み、じたばたと暴れる化け物を引き摺って森の外へと連れていく。

 夕方で日は陰りつつあったが、太陽の元にそいつを連れ出すともがき苦しむように更にじたばたと暴れ始めた。


「『えい、えい、ヱい、えイ、えゐ!』」


 暴れないように、頭を持ち上げては何度も、何度もコンクリートで舗装された道路に顔面から叩き付ける。よくもクラスメートを殺してくれたな。よくも親友を傷付けてくれたな。一回一回に、奴への恨みを込めながら、念入りに叩き付けていく。

 叩き付ける度に化け物の身体の表面に鎖のような模様が浮かび上がり、その数が増えていくほど化け物の動きは鈍くなっていく。そうして激しく暴れていた化け物も、幾度となく頭を叩き付けられている内に段段と大人しくなっていき、最後は僅かに痙攣するのみになった。


「『かこめかこめ』」


 足で胴体を押さえつけながら、化け物の両足を引きちぎる。

 化け物は虚ろな目で此方を見上げるだけで、抵抗もしてこない。


 ほとんど動かなくなった猿の化け物を地面の上に放り出し、離れながら、しかし目線は一切離すことは無く、左手の人差し指でぐるぐると円を描き続ける。


「『かこめ、かこめ、かこめ』」


 どこからともなく注連縄(しめなわ)が延びてきて、蛇のように絡み合いながら化け物の周りに奇妙な模様を描いていく。

 それは眼のようであり、全てを呑み込む大きな口のようでもあり、やがて完成した模様から無数の細い麻が毛細血管のように化け物へと延びていく。


 猿の化け物の目がカッと見開かれ、その色が恐怖に染まった。


「『おそろしや』」


「いいぃぃぃぃ、げぁぁぁぁぁぁ!」


 左手と右手が交差するように重なる。

 四方八方から延びていった麻が猿の身体に絡み付き、ぷつぷつと孔を開けてその体内へと潜り込んでいく。四肢を失った化け物が我に返ったように必死に抵抗しようとするが、見えない力に押さえ付けられているのかぶるぶると震えるだけでその場から一切移動することが出来ない。


「『ちょット、お元気サンだネ』」


 お坊さんから貰っていた御札の内の一枚、『山』の字が書かれた御札を投げ付けた。紙で出来ていると言うのに札は真っ直ぐ飛んでいき、化け物の真上で突然燃え上がり灰となる。その瞬間、化け物の身体が僅かに地面にめり込み、一切の震えすら見られなくなった。


 化け物に絡み付いた麻が朱に染まり、じわじわと広がっていく。みるみる内に朱は広がり、やがて模様全てが鮮やかな朱色に染まる。


「……ぃ、ぎ………」


 そして、僅かに化け物の身体が痙攣した次の瞬間、化け物の身体は膨らみきった風船のように弾けとんだ。


「『こうヤッて、たたかぅ。けい、おぼぇタ?』」








◆◆◆



 ()()()()()()の上で、化け物は突然痙攣したかと思うと弾けとんで死んだ。


「倒、した……?」


 だが、それとほぼ同時に少年の身体から力が失われ、その場に倒れてしまう。


「っ、獺魯士!」


 相当な時間激しく運動を続けた為かイマイチ力の入りにくくなっている身体だったが、バタバタと転がるように倒れた少年の元へと向かう。寺の爺さんと臨海学校で来てる先生が駆け寄ってくるのもほぼ同じだった。


「……良かった、生きてる」


 首もとに指を当てれば脈はある。呼吸も安定しており、どうやら気を失っただけのようだ。


「今の、どういう事なんですか。()()()()()()があるって言う話は、先輩の先生方から聞いてました。でも、まさか獺魯士くんがこんな……この子は何に巻き込まれてしまったんですか」


 生徒が無事だった事に安堵しながらも、酷く心配した様子の先生がそう聞いてくる。保身からの心配ではなく、心から自分の生徒の無事を祈っている、最近珍しい随分と生徒想いの良い先生だ。だがあいにくと自分はそういった知識は深くなく、寺の爺さんに目配せする。


「それは、私から説明しましょう。ですが今は彼を安全な場所まで運ばなければ」

「ええ……わかっています」


 眉間に皺を寄せながら先生は獺魯士少年を背負い上げる。見たところ少年には目立った外傷は無い。

 特別体つきががっしりしている事も、筋肉の量が多いと言うことも無い平均的な体つきの少年だ。本当にこの少年がたった一人であの化け物を殺してしまったのか。


「戻ろう」

「ああ、って爺さん、どうしたんだ?」


「…………」


 取り敢えず一段落つき、旅館へと戻ろうとなった所で寺の爺さんが後ろを振り返り、飛び散った猿の肉片を眺めている。化け物と言えど、粉々に吹き飛ばされて生きているはずが無い。その筈なのだが、爺さんは険しい表情でぴくりとも動かないそれを見詰めている。


「爺さん……?」

「いえ、何でもありませんよ。旅館まではやく戻りましょうか」

「? うん、それなら、良いんだけどさ」


 どこか落ち着かない様子の爺さんに不穏な物を感じたが、今は気絶した獺魯士少年の方が心配だ。救急車で病院に運ばれていった小寺少年も気になる。

 喉元まで出かかった言いようの無い不安を呑み込んで、旅館へと急いだ。





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