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おとろし  作者: 青蛙
いち・常餓猿鬼編
10/17

8

久々ノ、コウしン。






 結論から言って、おとろしさんはどうやら協力してくれることになったらしい。彼の話し方は独特でわかりにくい所が多いが、例の化け物を襲っていたり、僕の事を強くすると言っていたり、今の所は僕に協力的なように思う。何より、彼が僕の想像上の存在ではなく、実在していた事実に安心した。


「わるィこ、しばラクこない。いそいデおてラ、いく」

「わかったよおとろしさん。おとろしさんのお陰で道が安全になった。ありがとう」

「んン? んー………これハ、おしょくジ」

「お食事……」


 大したことでは無いと言うように、彼はヒラヒラと大きな手を振る。人間を猿の化け物が喰い、その猿の化け物を人間の中に住んでる別の化け物が喰う。嫌な食物連鎖を見た。

 寺に着くまでの間、おとろしさんは終始ゆったりとした様子で、彼の言った通りに道は安全そのものだった。金属の塊である車が多く通る道路には例の化け物は来たがらないのか、村の近くの大通りまで出るとおとろしさんが『こコは、かんケイなイ』とニコニコしていた。


「ココかラさきは、ケイひトリ。おうちかエル」

「え?」

「まタね」

「おとろしさん? ちょ、ちょっと!」


 寺に到着すると、彼はニタニタと笑って僕の身体の中に引っ込んでしまった。お坊さんに会いに行くのに自分は必要ないと判断したようだが、出来ることなら出たままにして欲しかった。おとろしさんについて、何か聞けたかもしれないのに。


「まあ、仕方ないか……」


 帰ってしまったものは仕方がない。僕は一人でお寺の門をくぐり、本堂へと向かった。

 寺はこぢんまりとしたつくりだったが、その分細かな所まで手が行き届いているのか「美しい」と一目見て思えるものだった。


「すみませーん。どなたかいらっしゃいますかー?」


 本堂に着くと、大きな声をあげた。あまりにも人気が無いものだから心配だったのだが、十数秒もすると建物の中から僧衣を着た男性が現れる。歳の程は40半ばといった所で、想像していたよりは若い。アッキーのお父さんとも歳が近いのではないだろうか。


「おや………よくぞいらっしゃいました。急ぎのようですから、すぐにお上がりください。話しは中でしましょう」

「わかるのですか?」

「ええ。勿論ですとも」


 促されるままに靴を脱いで本堂に入ると、お坊さんがどこからともなく座布団を二枚持ってきて、向かい合うようにして部屋の中心に座った。横を見ると、大きな仏像が丁度此方を見下ろすような位置になっている。


「此処ならば仏様が常に見守って下さいます。悪いものはまず入ってはこられないでしょう」


 畳に染み付いたお香の香りが鼻の奥をくすぐってくる。慣れない匂いに少しむずむずしていると、お坊さんが飴を差し出してきた。ミント味の、コンビニなんかでよく袋売りにされているやつだ。


「貴方には少し、居心地が悪いかもしれませんね。これをどうぞ」

「い、いえ、そんな事は」

「気を遣う必要は御座いません。原因は貴方の中に居る者でしょう。この国に古くから居るもののようですから、この空間とは相容れぬものです」

「………凄い、アッキーでも気付かなかったのに」


 飴を舐めるよう促され、袋を破いて中の白い粒を口に含む。途端に爽やかなミントの香りが鼻の奥から外へと抜けていき、幾分か鼻の奥のむずがゆさが楽になった。


「相談に来た理由。今しがた話されたご友人についてでしょう?」

「はい……昨晩の化け物、アレを倒そうとその友達が一人で行動しはじめてしまって。今は行方もわからず、どうにか彼を死なせないためにも助力をお願いしたく」

「そのご友人は、もしや『木霊寺』のご子息ですかな?」

「ええ、その通りです」

「ふむ、やはり………」


 そう言うと彼は口をつぐみ、腕を組んで考え込む仕草を見せる。暫くしてから彼は顔をあげて、再び口を開いた。


「昨晩の山狩り、近隣の皆様からの依頼で私も参加致しました。このような除霊には必ず対価を頂いて、依頼して下さった方とのご縁を結んでからと言うのが常ですが、学生である貴方では対価を用意出来ないでしょう」

「な、ならアッキーはどうすれば!」

「落ち着いて下さい。何も『助けない』とは言ってはいません。学生である貴方から対価は頂けないと言う事です。ですから、私は『貴方の中にいらっしゃる方』に、対価をお願いしたい」


 穏やかに見えていた彼の瞳に、突如として力強い光が宿る。恐ろしさすら感じさせる視線は僕の身体の中心、胸の真ん中へと注がれ、思わず背筋がぴんと延びた。


「…………ボウず、よんダ……?」

「はい、お呼びしました。彼の頼みを引き受ける為に、貴方から『対価』を頂きたい」

「たいカ………タイか、うん……リカぃ」


 ふと背中に違和感を感じたかと思うと、いつの間にかおとろしさんが僕の身体に覆い被さるようにして立っていた。彼が現れた途端に香の匂いは更にきつくなり、まるで僕をここから追い出そうとしているかのように蝋燭の炎もバタバタと激しく揺れる。

 おとろしさんはお坊さんの言葉を聞くとゆったりとした動作で数度頷き、掌から何かを出した。それは金属で出来たのっぺりとした板のようなもので、不思議な事に揺れるとチリンと鈴の鳴るような音がする。


「こレ、ウけとる」

「はい、ありがたく受け取らせて頂きます。これで頼みを引き受ける事が出来ます」

「ナニかあタら、それ、ニギル。ヨブ、かけツケる」


 お坊さんに取り出したものを渡して何かを伝えると、おとろしさんはすぐに僕の身体の中に引っ込んでしまった。すると香の匂いは元のように薄くなり、蝋燭の火も揺れ動かなくなる。

 おとろしさんにとっても、この場所は居心地が悪かったのかもしれない。確かに彼の見た目は、仏様や神様のようなありがたいものとは真逆に位置している。


「いやはや………まさかこのような物を頂けるとは。しかし、何はともあれこれで貴方の頼みを引き受ける事が出来るようになりました」

「あ、ありがとうございます!」

「礼なら先ほどの御方に。覚悟してはいましたが、まさかあれ程のものとは想像すらしておりませんでしたから。私の助力が必要かも怪しく思う程です」

「そうなのですか? おとろしさんとも、まだ昨晩出会ったばかりでして」

「ならばよく感謝しておきなさい。あの御方は全身全霊で貴方の身を護っていらっしゃる。まことに有り難き事です」


 そう話す彼の額には、まだ暑い季節でも無いのに汗の粒が光っていた。

 彼はおとろしさんから受け取った金属板のようなものを懐に仕舞うと、姿勢を正して此方と視線を合わせてくる。


「さて、やるからには早速始めましょう。『木霊寺』の住職はその手に関しては非常に優秀ですからご子息も簡単にはやられはしないでしょうが、彼があの化け物にやられない為にもまずはこちら側に標的を向けるのが良いでしょう」

「標的を此方へ? そんな事が出来るのですか」

「狙っているものが判れば可能です。人間、特に子供といった弱い対象に執着する性質。ですがそれ以上掴めておりません。どうも文献に残っている『常飢猿鬼』とは少し違うようでして」

「違う……?」


 アッキーの言葉が甦る。

 『違う。常飢猿鬼じゃない』。そう彼は言っていた。


「ヒサルキに近い性質で、かつ知能はそれらよりも遥かに高く、学生を狙っていて……」


 そういえばおとろしさんが片腕を食っていた。ならばそれだけ弱体化しているか、傷を癒すために更に餌を求めるか。


「既に片腕をおとろしさんが食べました」

「食べた? 確かにあの方ならば………そうなると傷を癒すのに餌を求める筈。標的を此方に引き付けやすくなるかもしれません」


 お坊さんはそう言うと、暫し考え込む。

 そして少し表情を歪めながら顔を上げた。


「『三枚のおふだ』という昔話はご存じですか?」

「はい……子供向けの昔話というイメージがありますが、知っています」

「小坊主さんが和尚さんから貰った三枚のお札を使って鬼婆から逃げるというお話でしたよね。あのお話の中ではお札が別のものへと変化して、鬼婆の足止めをしてくれていたと思います。実際にはそのような事は出来ないのですが、似たような事ならば出来ないことはありません。正直、誉められたようなものでは無いですが」


 彼から立ち上がるように促され、彼に連れられて建物の中を移動する。着いた先は小さな一室で、お坊さんはその中に入ると部屋に置いてあった箪笥を開いた。


「ええと……ああ、ありました。此方をどうぞ」

「これは、御札……」


 お坊さんから御札を三枚手渡された。

 アッキーから受け取ったものとは随分と見た目が違う。書いてある文字は達筆すぎて全部を読み取る事は出来なかったが、お寺の名前とそれぞれ『水』『山』『炎』と書かれている事だけはわかった。


「先程お話しした『三枚の御札』、それを実際に作ったものです。それぞれが違う意味を持ち、『水』は川や橋といった境界線を作る力、『山』はかの孫悟空を地に縛り付けた大岩の如く悪しきものを封じる力、『炎』は悪しきものへと襲いかかり傷を負わせる力。正しい製法はずっと昔に失われていますので、力はそう強いものではありませんが……」

「いえ、ありがとうございます。ですが、どうやってアッキーを見つければ」

「それは私にお任せください。先ずは村まで行きましょう。そこで村の猟師さんと合流してから、次は山です」


 そうして、寺の戸締まりを手伝い、二人で山の麓に広がる村へと向かった。

 村に着くまでの間、行きと同様にあの化け物は終ぞ現れなかった。




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