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差し伸べられた手

「ねぇ」


七海は後ろから声を掛けられた――ような気がした。

名前を呼ばれた訳でも無いので無視をする。

今は、もう下校時間。

今日は部活も無いし帰ろうかと昇降口へと向かう所である。


「ちょっと、呼んでるでしょう!」


少し苛立ったその声は聞いた事のない女子の声。


「近野七海!」


反射的に七海はその声のした方角を見る。

そこには、可愛い女子生徒。

芸能活動とかやってそうな顔立ち。

大きな瞳にぷるんとした唇。

同性ながら、可愛いなぁと七海は見とれてしまう。


「何、ボーッとしてるのよ」

「えっ、はっ! ごめんなさい!! あれ、誰!?」

「3年A組の沢田みさき」

「先輩ですね! 初めまして」

「初めまして、よろしくお願いします!」


七海の勢いにつられて、みさきは挨拶をする。

それから、顔を見合わせて黙り込む。


「それで、何の用です?」

「あなた、小野くんと今すぐ別れなさい」

「は?」


圭亮とは恋人のフリであって付き合っている訳では無いが、藪から棒に言われることでは無い。


「理由を訊いてもいいですか?」

「彼が完璧だからよ」

「は?」


理由になってない。

もしかして、すごくめんどくさい人に絡まれているのではないのだろうか、と七海は思った。


「完璧な人は、追い掛けるものでも愛でるものでもないの。そこにあるのは畏怖――崇め奉る物なのよ」


あっ、これヤバい人だ!

声に出しそうになるが慌てて飲み込む。

代わりに


「はぁ……」


と情けない相槌を打つのみ。

それに気を良くしたのか、みさきは言葉を続けた。


「彼は孤高でなくてはならない。彼の隣にいていいのは、彼と同じ高みにいる者のみ。わたしたちのような泥水を啜っているような者たちは彼の視界に入るのも烏滸がましい」

「それでは、学校生活が破綻するのでは」

「本来ならば、彼の視界に入らない様にすべきなの。でも、彼はわたしたちのような低俗な者にも慈悲を与えてくれているの」


その瞳の先は虚ろであったが、おそらく妄想の圭亮をとらえているのだろう。


「だから、ね? あなたは小野くんのそばにいてはいけないの」

「それを決めるのはわたしと……圭亮サンであって、あなたではないのでは?」

「まだ分からないの?」


ため息混じりに言われてカチンときたが、七海は少しずつみさきから離れる事にした。

彼女と話すのはどう考えても得策ではない。

気付かれないように1歩ずつ後退する。


「ここにいたんだね」


救世主!!

そう思い声をした方を見れば見知らぬ男子生徒。


「え、誰?」

「花村春樹!」


七海とみさきの声が被る。

声量は明らかにみさきの方が大きい。

春樹と呼ばれた男子生徒は七海の手を取り駆け出した。


「行くよ!」


手を引かれて、七海は連れて行かれるまま進んだ。

後ろでみさきが何やら叫んでいるようだが、気にせずに進む。

春樹の髪が陽の光に当たって茶色に見える。

黒い髪が似合う素朴そうな顔立ちだったけれど。




連れて行かれた先は、圭亮のクラスだった。

圭亮の周りには、誰もいない。

たまたま1人だったのか、それとも?

みさきのような考えの者がこのクラスにいるのだとしたら、圭亮はずっと1人だ。


「あ」


圭亮がこちらに気付き、やってくる。


「今日は部活もないですからね。ここかと思いましたよ。帰らないんですか?」

「今から帰る所だよ、春樹は帰らないの?」

「帰ろうかと思ったんですが、沢田さんに絡まれてたんで」


2人の会話を聞いていて、なんだか違和感を感じた。

圭亮がフレンドリーに話しているのに対して春樹の口調は、クラスメイトと言うよりは部下のような感じ。

そこにも何か見えない壁があるかのよう。


「小野先輩」


その壁を取り除いてしまいたくて、後先考えず七海は口を開いた。


「一緒に帰りましょう」

「喜んでお受けします」


おどけて言う圭亮に七海は手を差し出した。

一瞬、瞠目しその手を取るべきか悩んだようだが、意を決してその手を取る圭亮。

何が孤高の人か。

彼はずっと手を差し伸べられるのを待っていたのでは無いのか。

七海はその手をぎゅっと握った。




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