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恋に落ちたくない

梅雨が明けた頃、手芸部は発足した。

圭亮は恋人が作った手芸部へ名前貸しの体で手芸部へ入部した事になっている。

文武両道眉目秀麗さんが手芸部へ収まるのがどうやらよろしくないらしい。

恋人がいるならば、手芸目的ではない手芸部入部者への牽制にもなるだろう。

しかし、そろそろ何かしら圭亮の取り巻きが口を出してもいい頃だろうに。


はて……?


七海は、首を傾げながら手芸部の活動場所となっている家庭科室へ向かう。

ミシンやアイロンなど揃っているので材料さえあれば使いたい放題だ。

今日は何をしよう。


家庭科室の鍵は既に開いていて、中へ入ると圭亮が編みぐるみを作っている所だった。

他の部員はまだ来ていないようである。

圭亮の手元を見れば、有名なキャラクターの編みぐるみがいた。

目を付ければもう完成する所である。


「可愛い……!」


入部する際もらった編みぐるみはストラップを付けて、鞄に付けている。


「聞いても出来ないけど、どうして出来るんですか? いいなぁ、めっちゃ可愛い!!」

「欲しい?」

「もらってもいいんですか?」


七海がそう言うと、圭亮は鞄から箱を取り出した。

今完成した編みぐるみと一緒に渡される。


「好きなのを持って行けばいいよ」


圭亮の言葉を聞いて、七海が箱を開けると有名無名関係なく編みぐるみが入っている。


「じゃあ、このうさぎをいただきます。

沢山貰っちゃうのも悪いのでこの子だけで。

筆箱がうさぎだから、なんだか合いそうです」

「ストラップ付けられる?」

「わたし、そこまで不器用じゃないですよ」

「そうだったかな」


鞄に付けた編みぐるみのストラップを付けたのは圭亮だった。

編み目に引っ掛けてストラップを付けようとしていたのだが、妙に引っ張って編みぐるみが崩壊しそうになっていたのは記憶に新しい。


「そう言えば、小野先輩は期末テストどうだったんですか?」

「普段通り、問題無かったけど。なんで?」

「そう言えば、文武両道の才色兼備さんでしたね……」

「七海は良くなかったの?」

「普段通り、中の下くらいでしたよ」


ふうん……と言ってから、圭亮は少し考える。

その様子はまるで彫刻のようで触ったら、固い石のような質感なんではなかろうかと七海は思案した。

触ってみたい、と思い即座に打ち消す。

付き合っている事にしようとは言われたが、付き合っている訳では無い男子の頬に触れるなんてありえない。


「じゃあ、夏休みは一緒に勉強しよう」


圭亮の申し出に驚いた七海は唖然とした。


「え、何でです?」

「仮にも俺の彼女の成績が中の下は無いでしょう」

「天は三物与えた先輩の彼女ですもんね……」


七海はため息をついて続けた。


「精進します……」

「じゃあ、連絡先教えてよ」


圭亮はライム色のアイコンをタップして七海のスマホを指をさす。


「フリフリでいいです?」

「いいよ」


七海はあの小野圭亮とスマホをフリフリしている自分が何だか奇妙な存在のような気がした。







夏休みに入りまず七海がしたのは、買い物である。

あの小野圭亮の隣で勉強しなければならない。

周りの視線を独り占めするあの男の隣。

どんな服を新調しても彼に相応しい容姿になれるはずも無い事は分かってはいるが、多少なりとも努力した痕跡くらいは遺しておきたい。

いや、自分ごときが痕跡すら残せるのか。

だんだん惨めになっていく自分を奮い立たせ、買い物を続けていく。

流行を押さえた方がいいのか、シンプルにした方がいいのか。

いっそ、制服で行こうか。

店内を三周回ってもどの服もいいとは思えなかった。

どうしようかと散々逡巡した後、スマホを見れば、圭亮からメッセージがあった。


<明日さっそく部室に10時>


王子のメッセージは端的だった。

そのメッセージを見て、七海は店を後にした。

この夏、制服を着ることが増えそうだ。







翌日、七海は夏菜を連れて部室へ向かった。


「いや、くどいようだけどわたし本当に行っていいの?」

「誰も来る予定のない部室に二人きりってどうなの? 二人きりより三人のほうがいいじゃん」

「え、付き合ってるんだよね?」

「つ、付き合って……るよ?」


付き合っているフリをしているのは、夏菜にも内緒にしている。


「付き合ってるなら、わたし馬に蹴られる案件じゃないの?」

「馬がそもそも身近にいないから、大丈夫だよ!!」

「牧場とか競馬場行ったら、馬が集団で蹴りに来る事になりそうだわ」


夏菜の言葉に七海は拗ねたように口を開いた。



「……小野先輩と二人きりで長時間なんて心臓がもたないよ」

「分かる」


話している内に二人は部室である家庭科室に着いた。

彫像のように机に向かう圭亮。

ほぅ、と息をつく。


もうやだ、美形すぎる。


七海は圭亮を見て見蕩れて動きの取れない体を動かす。

圭亮は扉が開かれた事に気付き、顔を上げた。


「おはよう。ああ、松戸さんも一緒なんだね」

「お邪魔してごめんなさい。いない方がいいですよね?」

「七海がいてほしいって言ったんなら、拒否する理由はないよ」


やっさしー!


夏菜は内心感心しながら、七海を見る。

二人きりにならずに済んで喜んでいるようだ。


「一応、部活で使うって許可を取っているから、そっちでもいいし、課題でも七海と勉強でもなんでもいいよ。松戸さんは何する?」

「じゃあ、課題やってます」


夏菜は鞄から夏休みの課題を取り出した。




それから、二時間ほど過ぎ昼ご飯にしようと一息ついた頃、ちらりと夏菜は圭亮を見た。

それはもう大切なものを見る目で七海を見ている。

外気の暑さにも負けない熱視線とも形容すべきかもしれない。

自分は本当に邪魔しているのだろうと思えて仕方がなかった。


「わたし、帰るわ」


夏菜がそう言うと、泣きそうな目で七海が夏菜を見る。

夏菜は首を横に振り


「健闘を祈る」


と言って荷物を詰めた鞄を持って退室した。

後に残った二人は夏菜が去った扉をしばらく眺めていた。

ゆっくりと七海が圭亮を見るとぱちりと目が合ってしまう。

いつの間にこちらを見ていたのだろうか。


「七海――」


にこりと笑っているはずの相手が恐ろしく見えて、七海は一歩後ろへ下がる。


「午後も頑張ろうね」


暑い夏のはずがなんだか身が凍った思いがする七海であった。

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