表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

手芸部を作ろう

県立深田山高校には見目麗しい男子生徒がいるというのは有名な話。

校内はもちろん、校外にもその麗しの君の虜はいる。

彼の名前は小野圭亮。この4月に高校2年生になった。

涼やかな目元、彫刻のようなすべらかな顔立ち。

スラリとしてガッチリとしている様にも見える中肉中背の姿。

相反するいでたちはいい塩梅に整っている。

文武両道で天は三物ほど与えたと言っても過言ではない。

そんな彼ではあったが、彼は特定の誰かと仲良くすることは無かった。


彼女が入学するまでは。






彼女――近野七海は、不器用である。

身だしなみを整えるのも人より倍かかるほど。

寝癖のようにはねる髪質が目下彼女の悩みだ。

成績は中の下。運動神経も良い方ではない。

容姿もそこそこで、別段可愛いとも美しいともない。

黒のセーラー服に白いつけ襟、黒のリボン。膝下丈のスカートを揺らして、彼女は手芸屋でボタンを探していた。

母に言われ、父のワイシャツのボタンを探しているのである。

そのついでに裁縫キットを流し見して行く。

不器用な癖に、作りたい欲だけは人並み以上にある。

一度、ニードルフェルトに手を出したが、ライオンがメンダコになった挙句、指は刺傷だらけでその時はもうやるものかと心に誓ったはずなのだが、眺めていると可愛いし欲しくなる。

だがメンダコがヒョウモンダコになっても嫌なので、眺めるだけに留めておく事にした。



帰路につき、信号待ちしている時、隣に自分と同じ高校の制服の、男子がいる事に気付く。

いつもなら、気にもとめないはずなのだが、この時だけは何故か気になった。

ちらりと顔を見て納得。


彼が噂の小野圭亮だ。


周囲が息を飲み、騒めき色めき立つ。

自分一人では決して起こりえない空気に同情しつつ、七海は信号を見た。

赤から青へと変わるやいなや、圭亮は歩を進めいつもの空気が七海を取り巻いていく。


わたしは普通で良かった。


彼女は息をついて歩き出した。





桜が散り、梅雨入りすれば七海の周りにも友達が出来ていた。

と言うのも、中学で仲の良かった友達は別の学校へ進学していたので、友達が出来るまでは少しだけ学校がつまらなくもあった。

友達――松戸夏菜は校庭を眺めてため息をついた。


「雨ってやーね」

「今日、何回目?」

「三回目」

「さっきも三回目って言ってなかった?」


バケツをひっくり返したような雨が降り、少しだけ肌寒い。

衣替えをしたが、合服を着てきて良かったとつくづく思う。

七海は雨を睨む友人を見つめた。

肩甲骨までかかる黒のストレートヘア、クリクリとした瞳は不満げに歪み、ぷっくりとした唇を尖らせてさらにぷっくりとしているように見える。


「なに?」

「空を睨んでも天気は変わらないのになーと思って」

「もしかしたら、変わるかもしれないじゃない」

「天気予報は一日雨だったよ」

「どこかスポット的に雨雲が切れたら止むんじゃないかな」


授業始まりのチャイムが鳴った。

雨がやむことは無かった。





その日の帰り道、七海は夏菜の鞄からぬいぐるみが見えている事に気付いた。

既製品にしては、ちょっと雑な縫製のような気がする。


「夏菜、そのぬいぐるみって夏菜が作ったの?」

「えぇっ、これ?」


夏菜は鞄を見て、はみ出してたかー、と言いながら取り出した。


「そうだよ。なんか色々見てたらぬいぐるみの作り方を書いたブログに辿り着いちゃって100均で材料揃うみたいだったから、勢いでつい」

「製作キットじゃなくて、自分で作ったの? え、何それ、すごくない?」

「結構頑張ったよー! もっと褒めろっ」


製作キットを使ってぬいぐるみを作った事はある。祖母と一緒に小学生の頃一度だけ。

その時は祖母がある程度作ってくれていい出来に仕上がったのだ。

その祖母ももういない。


「いいなぁ……」

「あげないよ」

「わたしも作ってみたいんだ。でも、不器用でこんなに上手に作れないのよね」


夏菜はしばらく思案し


「あのさ」


と口を開いた。

なに、と応えると彼女は驚く事を言った。


「手芸部作らない?」







手芸部を作るのに必要な人員は五名。

友人を募ってなんとか四人になった。

あと一人どうしたものか。

顧問の先生も見つけなければならない。

放課後の教室を眺めてもいい案は思いつくはずもなく、七海はため息をついた。

教室にはもう誰も残っていない。

そろそろ帰ろうかと荷物をまとめ始めた時、声を掛けられた。


「手芸部作ろうとしてるんだって?」


声の主を見たら、それは小野圭亮だった。

なんでた。なんで声を掛けられた?

七海が返答に詰まっていると、圭亮が隣にやってきた。


「あのさ、俺も入部したいんだ」

「は?」


七海の態度は想定内だったのだろう。

圭亮は鞄から、一つの編みぐるみを出した。

文句なしの出来栄え。

フリマアプリで買ったとか? 編みぐるみが買える所なんてこの辺にあったかな?


「これ、俺が編んだんだ」

「おれ、あん、え?」

「君にあげよう」

「や、これ買ったんじゃ?」

「買ったのは材料だけ」

「や、材料から作った事は誰も――いや、それより手芸部入ってどうするんですか?」

「手芸部に入って手芸をしない訳ないだろう」


何を愚かな事を。

そこまで言われた様な気がして、その通りだと納得する。


「小野先輩が」


七海が口を開くと圭亮が驚いて口を開く。


「なんで、俺の事を知ってるの?」

「この学校で先輩を知らない人はいないですよ」


七海が苦笑混じりに言うと、圭亮はそうなのか、と言ってため息をつく。


「小野先輩が入って下されば手芸部は発足できます」


でも、と七海は続ける。


「そして、手芸をやるつもりもない人が手芸部に入って来るようになるでしょうね」

「それは」


それは、圭亮も理解出来たのだろう。

自分に異様な取り巻きがいることくらいは理解していたようだ。


「じゃあ、こうしよう」


圭亮は、しばらく思案した後一つの案を出した。

それは、杜撰な案としか思えなかったが、押し切られてしまう。



「今日から、キミと俺は付き合っている事にしよう」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ