授かりしもの
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「これ勝手に改築とか大丈夫なのかなぁ?」
「これどういう原理なんだろう?湿気も籠ってないし、排水もちゃんとされている。壁も天井部分も強化されてるから上の建物自体には影響なさそうだし大丈夫じゃないかな?こっちの世界は厳密な法律はないから。」
困惑気味のロサはこの世界に来てまだ間もないため、この世界に建築基準法などがあるかどうかすらわからない。
木工に関わるシンは時々大工さんたちと仕事することもあるようで色々教えてもらっているらしい。
なんにしてももぐらくんによって突然できあがったのは広い地下空間とそこに出現した温泉である。
屋敷の一部地下とはいえ、こんなものを作って大丈夫なのかと心配になるが特に届け出のようなものは必要ないらしい。
最初の一飛沫を上げた温泉は落ち着いたのか、湯船の様にぽっかり空いた浅く広い窪みに源泉掛け流し状態の温泉が溢れ出しているものの床を水浸しにすることなく地面に吸い込まれて消えている。
地下が広いおかげで自然と洗い場が確保されていてまさしく温泉!といった雰囲気がある。
「これで脱衣所あったら完璧だね。」
「せめて仕切りになる土壁があれば扉を付けて脱衣所ができるな。棚と洗面台とトイレも欲しいとこだが……まぁ、贅沢は言えないな。あとは階段側にも扉を付けよう。」
私とシンの話をきいていたのかフェルとクロ―がもぐらくんに何か言っている。するとニコニコしたもぐらくんがひと鳴きすると地鳴りが始まる。
「できちゃったね……仕切り。」
「ご丁寧に引き戸を付けれるように土壁がくりぬかれていてる。」
「もぐらくん凄いねぇ!温泉だけじゃなくて土まで操れるの?魔法なのかなぁ?」
よしよしと頭を撫でたら心地いいのかぐりぐりと逆に頭を擦り付けられた。
「はぁ~。もういっそうちの子になっちゃいなよぉ~。この魅惑のもちもちぽんぽんも捨てがたいし……。ね?」
もぐらくんのそら豆のような瞳を覗き見てダメもとで呟いてみるが、何を考えているのかわからないその瞳は鳴き声を発しただけで特別な何かは感じられない。
どぼん!と派手な水しぶきと共にもぐらくんが温泉に飛び込むと三匹の従魔たちも面白がってそれに続く。どうやらみんな温泉が気に入ったらしい。
隣から盛大なため息が聞こえてそちらを見上げる。
「シン?」
「あ、いや。温泉自体はありがたいことだからまぁいいんだけど。とりあえずおれはここをどうにかするからロサは自分の事をしておいで。まだ作業があるんだろう?」
「あ~。うん。ポケットコイルが思いのほか時間かかるのよねぇ。それ以外はまぁ大丈夫なんだけど……。じゃぁ、ここは任せるね。」
フェルとクロ―にいい子にしておくように言いつけて私は自室へと引っ込む。
作る品目が多くなってしまったせいで(自業自得ではあるのだが)ポケットコイルがかなり必要となってしまい少々手をこまねいている。どうやらスキルだけではカバーできないらしく、こればかりは場数がものを言うようだ。
思えば糸紬も機織りも夢中でしていたので気にならなかったが確かに沢山作ったことを思うと裁縫師の生産スキルとは別に経験が必要なようだ。
これも続ければ現地人もびっくりな速度で生産できるようになるんだろうけどなぁ。道のりは長そうである。
と、それとは別に早急に仕上げねばならないものが一つ。
「毎回来るたびに腹筋と集中力を導入するのは大変なのよ!こんな小さな体でもれっきとした成人女子!来るものは来るのよ!っていうかこの小ささはあれか?噂の合法ロリ!って誰得だよ!」
乗りツッコミしつつ新しい生地を手に取る。
薄紫のところどことにピンクが混ざったような不思議な生地だがキルティングのようなしっかり感があるのに軽くて柔らかく、ツキミタンポポの生地ほどではないが、すこし伸びるてストレッチに強い。
そう、何を隠そう新素材!ユメちゃんのもこもこな毛を刈って作った生地なのだ。
それに気づいたのは縫物中にうっかりよそ見をしていたら針で指をさしたのだ。せっかくの新しい生地に血を付けてしまったのだ。しかしその生地汚れたそばからみるみるうちに汚れがなくなってしまった。
あとでいくつかの汚れを試してみたが、治癒能力のあるユメちゃんの毛には浄化能力が備わっているようで汚れたそばから綺麗になっていく。
これを見ていてすぐに思いついたのが生理用ナプキンだ。
この世界にはもちろん使い捨ての紙ナプキンなんて便利なものはない。では現地人はどうしているのだろうかと前にこっそりギルドの受け付けのお姉さんに聞いてみたら、吸水性のある布を丸めたものを仕込むらしい。
しかしそれは経血を吸収するためではなく、違和感を与えることで常にそこに意識を集中させ膣を締めることで血液をためてトイレで出すのだという。最初の三日間は毎回泣きそうになる。お腹にいつも力を入れなきゃいけないし、漏れ出して衣服にしみないかが気になって座っていられなくてトイレとお友達状態である。
それを解決するものをずっと探していた。布で簡易的なパッドを作ってみたが毎回洗うのも大変だったのでユメちゃんの生地は本当にありがたい。
週末にはいよいよ生産ギルドに持ち込むのでポケットコイルも急ぎではあるのだが、フゥジーのおかげでワイヤーとホックの問題が解決したブラとパンツに合わせてサニタリーショーツの三点セットで売り出したい。下着は上下セット派の私としては譲れないこだわりである。
そんなわけで今まで作ったセットにサニタリーを足すべく急ピッチで作っている。下着は多くて困ることはないのでそれはそれはこれでもかと合間を見ては作っていたので結構な数である。
三点セットになったものからオーガンジー生地で作った巾着に入れてはせっせとマジックバッグに入れていく。さすがにこんなの作ってる現場をシンに見られたら恥ずかしい。
夢中になって作っていたらポケットコイルの存在を忘れて外はすっかり日が傾いていた。
急いで夕食の準備に取り掛かって食堂に運び込むと、一足先に来ていたシンは汗だくの様子で先にコップに注いだ水を差し出す。
「ありがとう。とりあえず温泉は使えるようにしておいたよ。床板も張ったから不便はないと思う。後で入ろう。」
「ん?」
「ん?」
今、後で入ろうといった?え?一緒にってこと?
や、まぁあっちの世界では夫婦だったわけだし一緒に入ったこともありますよ。でも今の世界に転生してからそういうことはなかったわけだし、このあいまいな関係でそれはまずかろう。
だって、シンはこちらの生活が長い分いい人だっているかもしれないし、前の世界で夫婦だった分情がわいて面倒見てるだけかもしれない。
少なくとも決定的な言葉だなんてもらってないんだから過剰な期待はよくない。
「後で……。そうだね。ご飯食べたらゆっくり一人で入らせてもらうね。」
遠回しに一緒には入りませんよ~と笑顔で告げてみば「ですよね~。」と抑揚のない返事が返ってきた。わかっていただけてなにより。
夕食の片付けもしてウキウキで温泉を堪能してベッドにもぐりこむ。
ホカホカの体にひんやりとしたシーツが心地よくていざなわれるように睡魔が襲ってくる。抗うことなく意識を手放す。
「あ~これは夢なんだなぁ。」
唐突に現れた暗いうっそうと茂る森を前になぜかこれは現実ではないと感じて、じっと耳を澄ます。
『人の子よ。』
「だれ?」
暗闇の向こうから声がする。
『我はもうじきその命が費えるであろう。』
脳に直接響くようなその声に顔をしかめる。
「なんで私に?ってこれ夢なのになんで真面目に返してるんだろう私……。」
疑問に思いつつも声を聞き取ろうとする。
『我がいとし子を託す。人の子よ頼みました。』
「いやいや、急にそんなこと言われても困るし。っていうか愛し子ってだれ!?そしてあなたも誰!?」
『我はこの地を守護するもの。遠き昔に約束を交わしたもの。我が名は---。』