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なまえのないきみへ  作者: 燈/銘花
5/7

What is her desire

無事、リルとルカの結婚式が執り行う段まで話は進んでいた。

周りの協力もあり、何事もなく終わるかと思われたその時、兄から言われた言葉『この城を出ろ』。

権力に狂った兄嫁リュミエールは、実の夫にすら刃を向け始めていた。

リル、ルカ、ルナ。そして協力してくれたヒラソル。

三人と一人の行先は、一軒の家だった。

そんな日から数年が経ち…


「おかえりー、今日もお仕事お疲れさま。」


「ああ、ただいま。今日はルナのところに行く日だったな。」


「うん!じゃあ、行こっか!」


週に三日はルナの世界に行くことになっている。

最初の頃はなかなか行けなくてルナが拗ねてしまったのだ。

今ではちゃんとルールを作って行く日が決まっている。

いつもの通りルナの世界に行くと、そこにはこの街も作られていた。

だが、それは現実の通りの配置ではない。

オラリオンのすぐ横にこの村が配置されているのだ。やはり、この世界はルナの記憶から作られたルナの世界なのだ。

ルナの中ではオラリオンとこの村しか知らないから、二つの地点が離れていることをわかっていないのだ。

そんなことを思いながら周りを見渡していると、


「あっ!やっと来た!」


ルナが昔と変わらない姿で駆け寄ってくる。

どうにも、ルナには成長が無いようである。出会ってから数年が経つが、ルナの姿は全く変わることは無かった。

それにあの後、リュミエールからの目立った攻撃はない。

兄様は今も生きているし、俺達には子供もできた。

まだ性別はわからないが、名前は男の子なら『ジェイド』、女の子なら『エスメラルダ』にしようと話し合った。

一度は命を狙われもしたが、今は幸せに過ごせている。

兄様とは月に一度ほどの連絡を取っている。

まさか手紙のやり取りをするわけにもいかないので、通話の魔法を使える兄様直属の兵士に手伝ってもらっている。

話によると、『戦争の仲介をするときは情報の即時伝達が大事だから優先的に雇用した』らしい。

そのおかげで兄様との情報交換も早く確実にできるのだから凄いものだ。


「んー、リルまた難しい顔してるー!」


ルナが脛を蹴ってくる…痛いって。


「あー、すまん。ちょっと考え事してたんだ。」


「たまに来てくれた時くらいそういうことは忘れようよぉ…」


少しむくれた表情でルナが言ってくる。

後ろではルカがニヤニヤしながらこっちを見ていた。

あれか。向こうから見ると笑える状況にでも見えるのか。


「確かに、そうだな!じゃあ、飯でも食うか!」


「うん!」


さて、聞かなきゃならん。


「ルカ。一体何がそんなに面白かったんだ?」


まだ軽く笑っているルカに、聞いてみる。


「ぶふっ…だってさ、ルナったら『またリルが考え事してる!前もそうだったし、もう許さないぞ!』って言いながら勇んで向かったと思ったら脛蹴りだすから…!」


ようするに…


「俺が蹴られてるのが面白かったてワケか…」


「淡泊に要約するとそうなるね!」


何にウケてるんだか…


「まあ、こんなことで笑ってくれるなら俺は喜んで蹴られるけどなぁ…」


「おっ?何だねそのM発言は⁉新しい境地を発見してしまったのか⁉」


「ルカ、変な言葉をルナに教えるなよ…」


しかし、ルナもそんなこと考えてたのか…


「ルナ、ありがとな。でも、何も蹴らなくても良かったじゃないか…」


「えー、だってああいうときのリルって何言っても聞いてくれないもん仕方ないじゃん…」


そんなに上の空だったのか…?


「ごめんな。それで、何の用だったんだ?」


「うーん、特に何ってわけでもなかったけど…でも、こういう時くらい楽しんでて欲しいなって思って…」


ああ、ルナの優しさだったんだ。この子は確実に、自分の意志で行動することを覚えてきている。

昔みたいなワガママもあまり言わなくなったしな。


「あー、確かにそうだな!よし、じゃあルナ。向こうで一緒に遊ぶか!」


「うん!」


…という姿をルカはきちんと見て、日記に記しておきましたとさ。

いつか、リルの忘れたころに見せて笑ってやろうと画策して。



それからも、平和な日々は続いた。

兄様からは月一の連絡が書かされたことは無い。全くもって几帳面と言うか優秀すぎるというか…頭が上がらない。

そして、件のリュミエールはあの後何もしてこない。

兄様の監視下にあることが最も大きな原因だとは思うが、それにしても静かすぎる気もしてならない。

ルカはそろそろ出産期とのことで家で療養、俺は仕事中でもルカの状態が分かるようにちょっとした魔法を家にかけておいた。

ついでに、防御魔法も。

勿論そのことはルカも承知の上だし、今のところ異常はないが。

ルナの街は日に日に広がっていく一方で収まりを知らない。

俺の読んでた本の中の街まで出てきてしまっている。


「実際に無いものまで作るなよ…」


と漏らしたが、これはこれで楽しい。

いつかここにルナのテーマパークとか作れそうだ。

丁度その頃、リルのおなかの子供が男の子だとわかった。

それじゃあ、名前はジェイドだ、と二人で喜んだ。

これまでで一番の喜びを感じた瞬間だった。


…丁度、そんな頃だったと思う。街を兵士が徘徊するようになったのは。


「この街に、リルと名乗る青年はいないか。」


そう、聞きまわっていた。

どういうわけか、俺は王国の反逆者として聞き込みをされていた。

これまでこういった大々的な捜索はしてこなかったのに、何かあったのだろうか?

家の中以外で『リル』『ルカ』という名前で呼ばないことをお互いに徹底していたので名前で探されることは無いが…


「これは、何があったか探らなきゃいけないかなぁ」


遠く離れたこの場所からの捜索には限界がある。

頼みの綱は兄様からの手紙だが、そこにはこうあった


『こちらでも不振にならない程度に探ってみたが、全く手掛かりがつかめない。何が起こっているのか予測ができない。十分気を付けてくれ。』


「うーん、兄様まで手詰まりとは。」


仕事場で手を動かしながらも頭ではずっとそのことを考え続ける。

だが、全く今動き出した理由になることが見当たらない。

最近あったこと、起こったこと…

三つ隣の家のハンソンさんが嫁さんと大喧嘩してたっけ。絶対関係ないけど。

町内会の中でも一番年配だったグロウスじいさまが退職…ないない。

もっと、俺たちに関係のある事…?

俺たちに起こったことっていうと、まさか…!


「ちょっとすみません!家帰ります!」


外に飛び出てからすぐに家に向かう。

大丈夫なはずだ。不用意に家から出ないように言っておいたし、何重にも防御魔法は貼ってある。

最悪の事態になんてなっているはずがない!

家に異常は見受けられない。

中は、ルカは!ルナは⁉


「ルカッ!」


扉を開け、叫ぶ。

…そこにあったのは、いつも通りに家事をこなしているルカの姿だった。


「リル?どうしたのそんな大声出して…」


そりゃそうだろう。普通はこんな時間に大声出しながら帰ってきたりはしないからな…


「いや、無事でよかった。まずは話を聞いてくれ。」


「…わかった。ちょっと待ってて。」


部屋を片付け、落ち着いた様子で話を聞く準備を始める。

こういう時に慌てないで冷静に居てくれるのは本当に心強い。


「それで、どうしたの?明らかに普通じゃ無かったよね。」


「ああ。ここ最近、俺たちのことを探し回っている兵士が居るだろ?」


「うんうん。」


「何か向こうであったのかを兄さんに来ても、何もわからない。」


「あのお兄さんでも分からないんだ…かなり隠されてるみたいだね。」


「ああ。流石に妙だと思って俺なりに考えてみたんだが…」


「その結論は?」


「…恐らく、君なんだ。」


「私が、探される原因?」


「もっと言うなら、そのおなかの子…ジェイドだと思う。」


そう。ジェイドが原因なのだ。

すでに王国を出ている身となっているが、王族に変わりはない。

見ようによってはルカは王妃であり、その息子のジェイドは王位継承者になりかねないのだ。

加えて、リュミエールのあの行動。なぜ今まで考えから抜け落ちてしまっていたのか。

彼女は、狂ってしまっていた。

権力に。自分の立場に。地位に。

全てを手に入れ、保持し、邪魔者は誰であろうと排除する。

そういう考えに、至ってしまっている。


「…そっか。でも、きっと大丈夫だよ。」


意外なことに、ルカはそう言った。

あの日、命を狙われたというのに。その恐怖がまた迫っているというのに。


「だって、リルが守ってくれるでしょ?」


何の疑いもないという顔で、彼女はそう続けた。


「ああ。もちろん最善は尽くす。でも、何か手を打っておこう。」


念には念を、と言う言葉もある。どれだけ用心しても足りないだろう。


「うん。でも、どんな手を…?」


「まず、この家にかける防御魔法は増やすし、もちろんルカにもかける。」


「うんうん。じゃあ、まずはそれで…」


「それと、ジェイドにはしばらく女として過ごしてもらおうと思う。」


「……え?」


「ジェイドが狙われる一番の理由は、男だからだ。王位継承者としての権利が大きな要因になる。」


「そっか。ジェイドが分かってくれるようになるまでは…だね。」


「難しいと思うが、こうしないと危ないかもしれないんだ。」


「わかってる。でも、心の整理はさせて。」


無理もない事だろう。自分の息子を、娘として育てなくてはいけないのだから。

さらに、それを頼んでくるのが彼女の、夫なのだから。

部屋をぐるぐる回り、うんうん唸りながら数分。


「よし、決めた!」


唐突に彼女は叫んだ。


「もう、大丈夫そう?」


俺は、はルカに尋ねる。


「ええ!もう、娘の名前は決まってるし!」


「……え?そこ?」


想定と全く違う答えに唖然とするしかない。


「だから、娘の名前よ!男の子の名前で女の子として育てるわけにはいかないでしょ?」


「うーん、確かにそうだけど…」


「だけどじゃないの!こうなるかもしれないってことくらい、もう覚悟してたし。まずはこの子の安全が第一でしょ?」


「ああ、そうだな。辛い思いをさせてすまない。」


「そんな顔しないの!ほら、この子と私を守ってくれるんでしょ?」


背中をバシバシ叩きながら、そう言ってくる。

彼女は、本当に強い。俺よりも、ずっと。


「ああ。絶対に守り切って見せるさ。だから、安心してくれ。」


「うん!頼りにしてるぞ!」


満面の笑みで、自分が狙われてなど居ないのではないかと思うほどに笑って、彼女はそう答えてくれた。

その後、することはすでに決まっていた。

最初に、ルカへの防御魔法。家の周囲への感知魔法。家そのものへの防御魔法。

その他、考えうる限りの手を尽くした。


「よし、これで大丈夫。絶対に、二人を守ってみせる。」


《私を忘れるなー!》


何か聞こえるけど今はスルーだ。

第一、ルナ。お前俺よりもう魔法の扱い上手いだろ?


《うっ…ばれてた。》


「さて、それじゃあ、何かあったらすぐ呼んでくれ。」


…その前に気付くけど。


「うん!もちろん!」





―――そして、また時は過ぎていく――――

あれから、ジェイド改めチトニアは無事に生まれ、いつも通りの平和な日常を過ごしていた。

元の名前の候補はエスメラルダだったが、ルカがもう一度考えてくれた名前だ。

女の子として育てなければならないけれど、大事なことはちゃんと教えていくつもりだ。

例えば、今この国がどういう状況か。

大きくなって、変だと気づいたら何故こんなことになってしまっているのかも。


「きちんと話すのは、ジェイドが自分の状況を理解したうえで聞いてきたらにする。」


これは、リルとルカ、二人で決めた約束だった。

だが、リルにはどうしてもぬぐえない不安があった。

何年もかけて作られている今回のリュミエールの計画。こんなに早く諦めるはずがない。

それは疑いようもなかった。

しかし、どうやって彼女が攻め込んでくるのか。

相手の手を潰すための、糸口がつかめなかった。

その事実は彼の心に重くのしかかるが、彼はそれを表に出さず、普通の状態を保っていた。


『この問題は絶対に自分自身の手で解決しなければならない。』


そう思う彼の心と、それを成り立たせる責任感があったからだ。

しかし、兄からの近状報告にも何の異変もなく、リルの不安とは裏腹に日々は過ぎていった。




だが、そんなある日。

異変は起こった。

いつものように家を出て。

いつものように見送ってもらって。

『いってきます。』『いってらっしゃい』

なんて言ってて。

『今日はヒラソルさんが来られるからお掃除しなくちゃ』

とかルカがぼやいてて。

でも、家に仕掛けた警報装置が作動した。

防御魔法も作動した。

迎撃魔法も動いている。

明らかな敵襲だ。


「なんで今⁉」


考えるより早く体は動く。

自分の体を魔法で無理やり動かして家へ向かわせる。

瞬間移動の魔法は、ない。少なくとも今は存在しない魔法なのだから。

今できることは、ただ早く。真っすぐ、一直線に、妻のところへ向かうことだった。


「お願いだ…間に合ってくれ…‼」


全速力で走り、跳び、家に着く。

いや、家が『あった』場所に着く。

家は焼け、崩れていく。

周りを取り囲む多くの男たち。

そのうちの一人。この中のリーダーか何かだろうか。

そいつが、持っていたものは。

ルカだった。

もう動かない、そうすぐにわかってしまう程に剣や、魔法で傷付けられた跡がある。

一切の無駄をせず。ただ殺しに来た者が付ける傷。それに、必死で抵抗した跡。

相手のやり口はわかった。

数だ。圧倒的に時間を短縮してきた。

敵は、わかっていたのだ。こちらが、どこに行っているか。何をしているか。

…どんな魔法でルカたちを守っていたか。

だから、俺がたどり着く前に殺した。

殺せるだけの数を、寄越した。

そんなことはどうでもいい。そんなことはどうでもいい。

なぜ、なぜ俺はこんなことを考えているんだ。

分からなくていい。考えなくてもわかることだ。

でもわかってしまう。この惨状を見て、やっと理解する。

『全て、リュミエールの掌の上だった』ということに。

ルカの死体を瓦礫の中から引っ張り出した男は言う。


「いやしかしなんだ。こんな仕事であんな大金がもらえるとはなぁ。」


周りを囲む男が言う。


「まさか時期王妃様から俺らみたいなのにこんな依頼が来るなんて思いもしませんでしたよね。」


「黙れ。」


自分でも、驚くほどに低く、圧のある声だった。まるで他人のようだ。


「それ以上、その口を叩くな。」


でも、これは紛れもなく自分だ。


「あぁ?…ああ、あんたが例のダンナサマか!こりゃ傑作だ!ほらよ。」


ルカを、乱雑にこちらに投げてくる。なんてことをするんだ。

顔に傷でもできたら大変じゃないか。

ルカは魔法で解決するの嫌いなんだから。


「でも、ごめん。」


彼女の体を風が受け止める。

一緒に、彼女の体や顔にできた傷を跡形もなく治しておく。


「ん?」


何かした。そう相手はすぐに感づいていた。

ああそうだよ。魔法だ。でも、気づくのが遅いよね。

家を囲んでいた一団の命は、もうなかった。


「なあルカ、もう終わったよ。」


彼女は眼を開けない。


「俺のこんな姿を見たくなかったんだろ?もう大丈夫だって。」


うん。もう家も建て直した。

あいつらには、消えてもらったし。


「なあ、ルカ。」


「お願いだから。目を開けてくれよ。」


「まだ、一緒に行けてない場所もいっぱいあるだろ?」


「頼むから…!」


…カラン。

廃材だったものの方から音がする。

顔を向けると、そこには『彼』の姿があった。

本来、この場所に一緒に居る予定だった人物。

ヒラソルの姿が、そこにはあった。


「…なんですか、これ。」


火の手が見えて、焼け跡があったと思ったら周りを囲んでいた男の姿が消えて…

彼は、しどろもどろながら自分が見たものを説明してくる。


どうやら、彼はあいつらの襲撃の瞬間、ここに居たらしい。

そして、こう言った。


「ジェイド様は、ここにおられます。中で殺されたのは…私の妹です。」


一瞬、理解できなかった。

なぜ、彼がここで生きているのか。

ジェイドは、どう生き残ったのか。

なぜ、彼の妹はここで殺されてしまったのか。


「あれは、本当に偶然でした。ジェイド様が、外に散歩に行きたいと申されて…」


その付き添いに、ヒラソルがついていったそうだ。

その間に奴等が来た。そして、家の中に居たルカと、ヒラソルの妹が…


《ねえ、リル。》


…ルナ。見ないほうがいい。

唐突に頭に響いたルナの声は、いつものそれとはまったく違うものだった。

ひどく感情の抜け落ちたような声だった。


《なんで、ルカは動かないの?》


少し、疲れたんだってさ。


《ねえ、なんで?ルカが、何度視ても》 


やめるんだ。やめてくれ。


「リル様?」


「すまない、ヒラソル。ちょっと待ってくれ。」


《どうして、ルカは…》


「少し、黙っててくれ。」


《…そっか。そういうことか。》


「…リル、様?」


ヒラソルが不思議そうな顔でこちらを見ている。

気が狂ったようにでも見えているのだろうか。


「いや、すまない。大丈夫だ。」


そう、言った時だった。


――――トン。


何かが、落ちた気がした。

いや、落ちた音がした。

下を見ると、あのイヤリングが落ちていた。

『月の雫』が付いた、あのイヤリングが。

そして、そのイヤリングからは何の力も感じなかった。

それはつまり、このイヤリングからルナが居なくなったことを意味する、


「なら、ルナはどこに…」


そこまで言って、すぐにわかった。

とてつもなく大きな力が、オラリオンに向かって動いていることが。


『許さない許さない許さない…絶対に!』


そう聞こえてきそうなほどに、荒々しく強力な魔力だった。

ただ、怒りに身を任せたルナが仇を討ちに行っている。

いや、彼女に仇を討つという考えがあったのかはわからない。

ただ、リュミエールが許せなかっただけなのかもしれない。

だが、たとえどんな仕打ちを受けたとしても…彼女にそんな罪を犯させるわけにはいかない。

このままいけば、リュミエールはルナに殺されるだろう。

だが、それではだめなんだ。

ルカは、それを望んではいない。

殺してやりたい。そう思う気持ちは痛いほどわかる。自分自身、その激情に流されてしまえばどれだけ楽だろう。

いっそルナと一緒にこの国を終わらせてやろうか。

そんなことを考える自分が居るのも言い訳の出来ない事実だ。

だが、彼女は。記憶の中に居て、腕の中で眠っている彼女は、それを許さないだろう。

だから、行かなければならない。


「…本当に、大丈夫なのですか?」


ヒラソルが聞いてくる。彼としてもわかっているはずだ。『大丈夫』なわけがないと。

だが、ついさっき自分で言ったのだ。『大丈夫』だと。

彼は、それを信じようと。そうあってほしいという願いを込めて聞いてきている。

……だから。


「ああ、大丈夫。ちょっと、行ってくる。」


そう答えた。

向かう先はオラリオン。

皮肉にも今、愛する妻を殺した首謀者をそいつが居る国ごと守らねばならないのだ。


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