The girl in the her world
リベルタとシエルの関係は少しずつ前進していた。
しかし、王国の跡継ぎ問題が現国王の頭を悩ませているのも事実であった。
第一王子の子は望めなくなっていた。
第二王子であるリベルタに継承権を渡そうとする国王エイゲート。
そして、その機を見計らったかのように見合いが持ち込まれる。
その相手はエテルノ侯爵と婚約していると聞いていたシエルだった。
エテルノの過去を知り、その遺志を継ぐと決意するリベルタ。
部屋を出た時に聞こえたのは聞き覚えのない、不思議な声。
光に包まれた先で、最初に聞こえたのは挨拶だった。
「こんにちは!」
とても、元気のよい挨拶だった。
あまりにこの状況に不釣り合いなほどに。
「え、あ、ああ。こんにちは。」
すぐには返事ができない。
この少女の声は、頭に響いてきた声と全く一緒だったのだから。
ここで普通に話して良いものか、迷う。
しかし、もう返事をしてしまった。こうなってしまっては、どうしようもない。
「君は、誰なんだい?」
そう、聞いてみる。
「私は…誰だろうね」
ニコニコと笑ったまま、少女はそう答える。
「俺はここになぞなぞをしに来たわけじゃない。ここに呼んだのも君だろ?」
「うん。呼んだよ。でも、あなたは私を知らないの?」
何を言っているのだろうか。ここに来るのも、この少女に会うのも、初めてなのに。知っているはずがないだろう。
「知らないな。一体君は誰なんだい?」
もう一度問う。
「私にも、わからないの。ずっと、眠ってたから。」
「眠っていた?」
ますます訳が分からない。
眠っていただけで自分の名前なんかを忘れたりするものだろうか?
「それでね、何も、わからないの。」
「でも、こうして俺と話ができているだろう?何も覚えていないというのは違うんじゃないかい?」
「ううん。あなたと話せているのはこの近くの『外』に居る人たちから学んだから。私は、最初何もわからなかった。」
『外』と言ったのが、元々俺の居た世界だとするならば、この少女は自由に俺の居た世界をこちらから覗くことができる、ということになる。
別の世界軸への干渉を試みる魔法は全面禁止になっており、その発動の代償も恐ろしく大きかったはずだ。
元々戦争状態にあった時に開発がすすめられ、しかし完成しなかった魔法。
この少女がその実験の成功体であるとすれば、この世界についても少しは納得がいく。
記憶がないのも、その時に受けた代償と考えれば仮説は成り立つ。
「なあ、もしかして…」
「違うよ。」
俺がこの仮説を説明しようとした瞬間に、この少女は否定した。
「私は実験なんて受けてないし、『外』に出たこともないの。だから、違う。」
何ということだろうか。
この少女は、こちらの心を読み、それに対して先手を打って返答してきた。
こんなことができるはずがない。
「あ、でもね。一つだけ間違ってるよ。『外』を覗けるわけじゃなくて、聞こえただけ。」
『外』を自由に見ることはできないということだろうか。
ただ、音を聞いたりすることはできる。なんとも中途半端な力だ。
ただ…そうなるとなんとなくわかってきた。
この世界を作ったのは
「うん。私。でも、何もわからないから何も作れないの。そしたら、あなたが居たから呼んだの。」
また、先に言われてしまう。間違いなく、心を読む魔法が使えるようだ。さらに、一つの世界を創造できるほどの膨大な魔力を有している。
「でも、何も作れないんだ。だから、教えてよ!」
教える…?
何を教えろというのだろうか。
どう考えても、自分からこの少女に教えるようなことは無いように思える。
魔力の多さ、その使い方など、どれをとっても勝てる気がしない。
「魔法じゃなくて、『外』のこと!」
『外』に興味があるようだ。
この世界に何もないのは創造主たるこの少女にまだ何の建造物や景色の記憶…データが無いからだ。だから、俺から情報を聞くことによってこの世界を完成させようとしているのかもしれない。
「俺は、別に構わないが…一度、帰してくれないか?」
「本当だね⁉いっぱい、教えてくれるんだね⁉」
大きな力をもつ少女が、目を輝かせながら聞いてくる。
「ああ。本当だ。だから、少し準備をさせてくれ。」
「ううん。それじゃあ、私はあなたに付いていくね!」
少女が笑顔で手を振っている姿がだんだんとぼやけてくる。
気が付くと、そこは宝物庫。
中央にある、わが国の至宝『月の雫』の祀られている台に寄りかかるようにして倒れていた。
「…ここは、さっきの場所か。」
ふと顔を上げると、目に映るのは宝物庫を護衛する兵士たちの姿。
俺に気付くと、目を丸くして慌てふためいていた。
「リベルタ王子⁉いつの間にここにいらしていたのですか⁉」
そう言われると返答に困る。
ついさっき、なのか。
数時間前なのか。
あの世界とこちらの世界の時間の進み方に差があるとすると、こちらが何時なのかすらわからない。
「えーと…だな。まず、今何時だ?」
「は…?今はちょうど午後四時ですが…」
となると、時間が進むことは無い様だ。あちらの世界の時間はこちらよりもずっと遅いらしい
「ついさっき来たばかりだ。まあ、たまには城内を見て回るのもいいかと思ってな。」
まあ、こんな感じで言っておけば納得してくれるだろう。
「そ、そうでしたか…」
困惑しているようだが、まあいい。最優先事項はここから出ることだ。
「じゃあ、警備頑張ってくれよ」
「あ、はい!当然であります!」
あんたは誰だと言いたくなるほどのキャラの濃さ。
なんであんなに濃い人材が起用されてるんだ…まあ、腕はあるようだが。
「もう少し、静かにしても…」
と、立ち去る途中に思わずつぶやいていた。
だが、その兵士の印象も次の日には薄らいでしまう。
そして、気づく。見覚えのない耳飾りを自分がつけていることを。
「これは…」
触れてみる。ほのかに暖かい…気がする。つけているときは何も感じないのに。
取ってみようと試みる。取れない。まるで元から自分の体の一部だったかのようだ。
よく見てみる。見たこともない素材に見える。
「ああ、そういうことか。」
リルは理解する。これが何なのか。
「これが、あの子か。」
魔力を、感じた。俺にわからせるためだろう。
ほんの一瞬だったが、強大な力だ。
「これからたくさん教えてやるからな。」
自分の部屋で呟いてみる。
誰かに見られていたら何事かと思われそうだ。
自分の部屋で一人でブツブツつぶやいている、なんてなったらなぁ…
「さて、まずは仕事を終わらせなきゃな。」
仕事を終わらせた後だと、警備がすこし緩くなっていることに気付いたのだ。
「これが終わったら…どうしようかな」
なんて、わざとらしく呟いてみる。返事は、返ってこなかったが。
この言葉が届いているのか、返事もないのでわからないが、できるだけのことはしてみようと思った。
いつものように、城を抜け出す。これを習慣にしてはいけないとは思うが。
そして、街の視察。今日はいつもよりいろんなところを回ってみようかな、なんて思いながら街を歩く。
街の顔見知りには、耳飾りについて聞かれたが『故郷からの贈り物』と言って流しておいた。
見たこともない石を使っていると驚かれたが、自分で直接は見れないのでよくわからない。
鏡越しでなく、目の前で見てみたいものだ。
国の中でも一番賑やかな市場、観光名所として名高い場所。
最後に、ルカの店に向かう。行く途中で雨が降ってきたが、傘がない。
「くそっ、準備しておけば良かったか…?」
店につく頃にはもう全身がびしょびしょだった。
そして到着してから気づく。ちょっと魔法で撥水しておくべきだったか、と。
後の祭りというやつだが。
「いらっしゃ…うわっ⁉どうしたのリル!」
店に着くなり絶叫を上げるルカ。
やめてくれ、周りの視線が痛い…
「はいこれ、使って!」
手渡されるのは店で使っているであろうタオル。
「…すまない、使わせてもらうよ。」
少し申し訳ない気もしたが。ずぶ濡れまま店に居るのはもっと迷惑だろう。
「全く…しっかり準備もしないなんてリルらしくないよ?」
確かに、そうかもしれない…
いろんなところを見せて回るのが楽しくて、つい予定より多くの場所を回ってしまった。
「そうだな…天気予報確認しておくよ」
濡れたところを拭きながら答える。
「またずぶ濡れになりたくないもんね。」
軽く笑いながら、ルカは仕事に戻った。
一応、婚約したんだが…何も変化がないように見える。
「少しは変化があっても…いいのになぁ」
ちょっと気にしていた自分が何だか恥ずかしい。
エテルノとの会話は…夢じゃないよな?
うん。そんなはずはない。
この耳についている耳飾りが何よりの証拠だ。
なんだか…不安になってきた。
「もうこんな時間か…」
気が付くと、もう城での夕食の時間だ。
居なくなっていることがバレるのは面倒臭い。
店を後にし、そっと部屋に戻る。
まだ、誰も気づいていないようだ。
だが…一つだけ違和感があった。
部屋にある鏡が、光っている。
こういう表現はガキのようだが…めっちゃ光ってる。
「なんじゃ、こりゃ…」
まあ、大体わかるが。
そっと、手を伸ばすと鏡の中に吸い込まれた。
そこは、以前と同じ世界。
だが、その風景は変わっていた。
「これは…?」
見覚えのある街並み。
今日見てきたものをそのまま写し取ったかのような風景の数々。
そして、丁度俺が濡れた場所に降り続ける雨。
「今日、いっぱい見せてくれたでしょ?」
「それを…作ったのか?」
「うん!だって、初めて見たんだもん!」
こんなとんでもない魔法は初めて見た。
この世界を自由に作り替えることができるのだろうか。
そして、もう一つ気になるところがあった。
人が、動かないのだ。
笑っている女性は笑ったまま動かない。
怒っている男性は起こったまま動かない。
そして、この世界に俺やルカは居なかった。
雨は降り続けている。
なのに、人は動かない。
「どうして、この人たちは動かないんだ?」
「だって、私が見たのはこの顔の人たちだったから。」
「じゃあ、どうして俺やルカはいないんだ?」
「貴方にはいつでも会えるし、あの女のひと…ルカさんは、なんだか不思議な感じがしたから。」
つまり、この子の考えた通りにこの世界は形成され、この子の見た通りにしか作れない、ということらしい。
「そうか…この世界に俺をまた呼んでくれたのは、これを見せたかったから、なのか?」
「うん!すごいでしょ!」
確かに、すごい。
こんなに大規模な魔法は見たこともない。
世界を創造するなんて、考えたこともなかった。
一体、どれほどの魔力が必要なのだろうか。
全ての魔法が使えると思っていたが、自分にこんなことができるとは思えない。
一体、どれだけの力を持っているのだろうか。
この力がもし悪用されていたらと思うと、ゾッとする。
恐らくだが、自分の力の大きさを理解していない。
自分の使いたいように使ってしまっている。
「うん…すごい。凄すぎるくらいだよ…」
「でしょ⁉私、頑張って見て覚えたんだよ!」
「すごいな…本当に。」
「これからもたくさん見せてね!今日は初めて見るものがたくさんあって楽しかったよ!」
「そう言ってくれるとうれしいな。また、たくさん見せられるように努力するよ。」
主に、抜け出すことをだが。
「じゃあ、私はあなたがたくさんの物を見せてくれるのを待ってるね!」
「ああ、待っててくれ。あと、俺のことはリルって呼んでくれていいぞ?」
「えーと、そうだね。じゃあリル、私待ってるね!」
出会った人変わらない、無邪気な笑顔で彼女は笑った。
そして、俺はその世界を後にした。
普通の、何の隠し事もない、兄のサポートに徹する弟を、王子リベルタとして生活するために。
次の日。
やっぱり、耳飾りは取れない。
昨日はルカとゆっくり話す暇もなかった。
ちょっとくらい…話をしたい。
昨日とは打って変わって、すぐにルカの働く店へと向かう。
店のドアを開けようとした時だった。
向こう側からドアが開いたのだ。突然のことに、全く反応できない。
ゴンッ…と鈍い音がしたと思ったら、向こう側から声が聞こえる。
「おっと、すまない。」
まだ若い男性のようだ。思ったより強く開けあがって…!
軽く頭を下げ、去っていく
「まぁ、俺の不注意でもあるかな」
そう納得し、ドアに手をかける。
中に入ると、いつも居るルカの姿がなかった。
「ん?珍しいな。いっつもせわしなく働いてたのに。」
「ああ、あんたかい。ルカには合わなかったのかい?」
店主が聞いてくる。
「いや、会わなかったが。」
「おや、おかしいねぇ。あんたを探しに行ったみたいだったけど…」
だとしたら、入れ違いだろうか。
「教えていただき、ありがとうございます。こちらでも探してみます。」
「あの子、そそっかしいところがあるからよろしく頼むね~!」
街に歩いていく俺に手を振りながら店主は叫んでいた。
言われなくとも、しっかり守り切るつもりですよ。
とは、口に出さなかったが。
少し場所は移って、オラリオンの城門前。
「ここに…リルが…!」
一世一代の大勝負をするかのような顔をしてそこに立っているのは、ルカだった。
「たまには私からも会いに行きたいもんね。」
ぐっと手を握り、門の前に居る衛兵に声をかける。
「あの、すみません。」
「はっ、何か御用でしょうか?」
二人いる衛兵のうちの一人が対応をしてくれる。
「リr…リベルタ王子にお会いしたいのですが…」
そう言うと、まるでかわいそうなものを見るかのような目になってこう返してきた。
「あのね、お嬢さん。いくらあなたが会いたいと思っても、そうそう会える方ではないことぐらいわかるだろう?」
「た、確かにそうですけど…」
ここで引き下がるわけにはいかない。
何かこう…この対応にカチンと来た。子ども扱いしてくれちゃって。
「それにね。君みたいな人全員と会っていたら王子の体が持たないだろう?君は王子の何なんだい?」
「え…私は、王子の…」
言おうとする言葉を遮って、話を続けてしまう。
「ね?貴族でもそうそう謁見がかなうお方ではないんだ。早く帰ったほうが良い。じゃないと私たちは君を捕らえなくてはならなくなるからね。」
「いえ、だから、私は王子の、こ…」
言い切らせる前に、また割り込んでくる。
「まだ何かあるの?しつこい女性は嫌われるよ?」
こんな態度の男性も嫌われるって!
と叫びたいが、ここは我慢。
「ですから、私は王子の」
ここで、横から割り込む声が入る。
「ああ、俺の婚約者だ。」
その声は、リルの物だった。
「え、は⁉リベルタ王子、なぜここに⁉」
驚きを隠せない二人の衛兵。
そして強気にルカを追い返そうとしていた衛兵は真っ青になる。
「いえ、これは、この方が王子の婚約者様だとはつゆ知らず…!」
などと、言い訳を始める。
しかし、
「ああ、その辺はどうでもいい。だが、その態度は改めるべきだな。貴族や、王家への印象に悪影響しか及ぼさない。」
と、一蹴する。
「はっ…大変失礼いたしました…」
深々と頭を下げる衛兵。ここまで態度が豹変するのはなんだか気持ちが悪い。
街のほうに歩いて行きながら、リルは言った。
「店に行っても居ないから心配したぞ。」
少し強めの口調で言われてしまう。
「えへへ…ごめんなさい。」
今回はかなり心配させてしまったのだろう。
駆けつけてくれた時の…オーラと言うか。纏っている空気が違った。
「あの衛兵に絡まれているのが見えたから前に出てしまったが…今回みたいに俺が来れるとは限らないしな。」
「気を付けます…」
前にも人付き合いのことについて注意されたような…
「それで、だ。今日は話したいことがあって探してたんだ。」
「あ、そうだったんだ。何かな?」
「一緒に、暮らさないか?」
「へ?」
言われた言葉を、よくかみ砕く。
一緒に、暮らす。
同じ場所で、暮らす。
わかりやすく言い換えると、同棲。または同居。
婚約者と。一緒に…
「もしもし?大丈夫か?」
顔の前で手を振りながら着てくるリル。
「あ、うん。大丈夫。ちょっとびっくりしちゃって…」
「ルカが嫌ならいいんだ。でも、やっぱり俺はルカと一緒に居たいと思って…」
と、ここで口を噤んで顔を赤くしてしまう。
とにかく、今はきちんと答えなければ。
「ううん。嫌じゃないよ。私も、リルと一緒に居たいし。」
そう返すと、リルはひどく安心したような顔になる。
「そうか…良かった。まだ、俺が家を持ってたりするわけでは無いから城に来てもらうことになるが、それでも良いか?」
「うん!今日も、リルに会いに行こうとしてお城まで言ってたしね!」
「いや、そこは威張るなって…本気で心配したんだからな?」
「そうだね。一人で無茶しないようにするよ。これ以上心配かけたくないしね。」
「よし、それじゃ荷物まとめに行くか。」
「うん…って今日⁉早くない⁉」
「善は急げっていうだろ?」
「いやまあ、そうだけど…時間かかるよ?」
「大丈夫だって。手伝うからさ。」
「それは自分だけでやるから!」
ここは強く言っておく。
「そうか…?なら、焦らなくていいからな。」
今日やる時点で十分焦るよ…
今日は胸の内にとどめる言葉が多い日だなぁ…という言葉もルカは胸の内にとどめていた。
そして、荷造りも終わり…と言っても、日は傾き始めているが。
「じゃあ、行ってくるね!」
「この子を、よろしくお願い致します…!」
「絶対に、幸せにしてみせます。」
店の前で挨拶を軽くして、ルカはもうかなり乗り気だった。
「ねぇリル。お城の中ってどんな風になってるの?」
「今日だけでも何度か言った気もするが、かなり複雑だ。内部構造を完璧に覚えるには時間がかかるかもしれないな。」
「じゃあ、食事はどんなものが出てくるの?」
「それも何度も言ってるが…差はないぞ?城にコックが居るから出来立てが食べられるってところは違うかもしれないが。」
「うんうん!あー、楽しみだなぁ!」
ルカはピクニックにでも行く気なのではないかと心配になる。
「あ。」
「ん?どうしたのリル?」
「ルカのご両親に何の報告もしてないんじゃないか?」
うっかりしていた。ルカを守りたい一心で…あと、一緒に居たいのも確かだが。
「ふっふっふ…そこは抜かりないよ。私がしっかり話しつけておいたから!」
「なっ…⁉」
まさか、自分よりルカのほうがそのあたりを抜かりなく済ませているなんて…!
「なんか、負けた気分だな…」
「えぇ⁉それは何だか心外だよ。私だってやるときゃやるんだから!」
勝ち誇った笑みでこちらを見るルカ。
こういう時に本当に自分の優位を大きく見せるのが上手いなぁ、と思う。
自分に同じことは出来ないだろう。
「だが、荷物は俺も持っているわけだしおあいこだな。」
「むっ、この量はさすがに無理だよ…」
まあ、なぜこんなにも荷物があるのか聞きたいくらいにたくさんの荷物があった。
本人曰く『乙女にはたくさんの秘密があるんです!』
だそう。
自分で『乙女』って言うかね…
「あっ、その顔!絶対今私のことあきれた目で見てた!」
鋭い。
「なんでそう…」
思うんだ?
と、聞こうとしたとき。
ルカが、体勢を崩した。
何かに、押されたかのように。
こちらに向かって、大量の荷物と共に倒れ込んでくる。
「きゃ…」
と、ルカが悲鳴を上げようとする間にも、彼女はこちらに倒れ込んでくる。
その体と荷物をどうにか支え、元の体制に戻す。
「大丈夫か?何があった?」
と聞くと、彼女は後ろを指さして
「この人がぶつかってきちゃってさ…」
と、答えた。
その指の先には、これまた荷物を抱えた青年が居た。
「すみません!ちょっと売り物整理してたらバランスを崩してしまって…お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫。あなたこそ怪我はない?」
「はい。大丈夫です。」
だが、周りを見ると彼の言う『売り物』が散らばってしまっていた。
「…ったく」
それを、ルカは拾い始めている。ぶつかってきた彼は止めているが、『あそこにいた私も悪いと思うし』と言ってやめる気配はない。
「お人よしと言うかなんというか…」
仕方がないので、手伝いに行く。
もはや止めることをあきらめている彼はすさまじいスピードで売り物を拾い集めていた。
「しかしこれ…何屋だ?」
料理に使う調味料があるかと思えば、布や綿などの料理とは無縁のものまで。
何をしたい店なのか皆目見当がつかないし、なによりこんな店はつい先日までなかったのだ。
そして、こんなわけのわからない店が開店したのなら少しは話題になっても良いはずで。
「これは…どういうことだ?」
この青年が何者なのか、まるでわからない。
「なあ、これ『売り物』だって言ってたよな?」
「はい、そうですよ?」
「じゃあ一体、これは何屋なんだ?」
率直に聞いてみる。
「うーん…しいて言うのなら何でも屋、ですかね?」
まあ確かに商品は何でも屋にふさわしいが。
「だが、そんな店聞いたこともないぞ?」
「こう見えて、いろんな国を回りながら商売してるので無理もないかもしれませんね…」
拾い終えた商品をまとめながら、彼は言う。
「自分は行商人のようなものでして。どこかに長く定住することは無いんですよね」
「で、今度はこのオラリオンで店を出そう…ってことか。」
「はい。そういうことです!」
「そういえば、名前はなんていうの?」
拾った商品を渡しながらルカが聞く。
「これは失礼しました。ヒラソルと言います。」
そう言いながら軽く頭を下げる。
「開店したらぜひ寄ってください!少しくらいなら安くしますから!」
ちゃっかり宣伝していくあたり、抜け目がないなと感心してしまう。
もし見かけたら寄ってみるのも悪くないかもしれない。
「そうだな、見かけたら寄らせてもらうよ。」
「ありがとうございます!待ってますね。」
「じゃあ、俺たちもこの荷物運ばなきゃならないし、行かせてもらうぞ。」
「あ、本当だ。御引き留めして申し訳ありません…」
「まあ、いいさ。商売、頑張れよ。」
「あなたが来てくれるのも、楽しみにしておきますね?」
「ははっ、俺がこの店を見つけられたらな。」
そんな会話をして。
荷物を運んで。
空き部屋の広さにルカが驚いて。
突然のことに両親はもちろん、兄さんも驚いていた。
次の日
仕事は早めに終わらせて、ルカと一緒に街に出てみた。
すると、街ではこんなうわさが立っていた。
『何でも売っている店があって、そこでは珍しいものも他とは段違いの安さで買うことができる』
のだそう。
「間違いなく、ヒラソルだな。」
「だね。間違いない。」
まさか、一日でここまであの店についての噂が広まるとは。
行商人と言っていたが、実際にかなりの商業の才能があるのかもしれない。
「一回、行ってみるか…」
どれくらい繁盛しているのかも気になる。
隣ではルカが目を輝かせていた。
そうして、昨日ヒラソルがルカにぶつかった場所まで行く。
すると、予想外と言うか、予想通りと言うか…
そこには、決して立派でないものの物を売るスペースも確保しているヒラソルが居た。
「あ!お二人とも来てくださったんですね。」
「そりゃ、見つけちまっしな。」
「そう言いながらも来て下さる辺りが優しいですよねぇ」
「うっさい。」
軽口をたたきながら商品を見ていく。
思ったよりも多くの品物があり、話題になるのもわかる気がした。
「たくさん置いてるんですね…そういえば、なんで行商人なんてやってるんですか?」
ルカが、ヒラソルに聞く。
「ああ、私の家族には姉弟が多いものでこうして出稼ぎに出ないと家がやってられないんですよね…」
「それで、家を支えるために行商か。大変なもんだな。」
「でも、やり始めると楽しいもんですよ?いろんな国を回れますし。」
完全に営業スマイルのままヒラソルは答える。
「その笑顔で言われても説得力ないんだがな…」
「ありゃ、営業用の顔だってばれてました?でも家の話は本当なんですよ」
「その話に同情するわけでもないが、これとこれ…あとそこの本を貰おう。」
「んじゃ、お安くしときますよっと。約束ですしね。」
その夜
「久しぶりだな…」
あの世界への扉が開いていた。
と言うより、いきなりあの世界に飛ばされた、のほうが正しいが。
「痛っ⁉」
いきなり空間が変わったせいで状況判断が遅れる。
結果、思いっきりしりもちをつきながら落ちてしまった。
あの子の作る世界は、今回もまた新しくなっていた。
城門前の二人の衛兵、たくさんの商品を売り出すヒラソル、ヒラソルから物を買って喜ぶ街の人々。
「こりゃまた見事なもんだな」
と呟いてしまう。
「でしょ?いろんなものが見れたから、いろんなものが作れたの!」
彼女は無邪気に笑いながらそう答える。
「…そうだ、会わせたい人がいるんだけど。」
そう言った瞬間、彼女の表情がこわばったのを感じた。
「あの人?」
いつもの無邪気さは感じられない。まるで、全てを拒絶しているかのような冷たい声だった。
「俺の婚約者で、ルカってやつなんだ。本名はシエルっていうんだけどルカのほうがしっくりくるんだよな。」
すると彼女は腕を組み、少し考えるような動作をする。
「うーん、普通は無理なんだけどリルの魔力があればなんとかなるかも。」
「おっ、そうなのか。それじゃあ俺が協力すれば大丈夫なんだな!」
「まあ、そうかな?なら早く行ってみよう?」
どこか歯切れの悪い返事だが、ルカにもこの景色を見せてあげたかった。
「それじゃあ、俺はルカを呼んでくるからな!」
「うん…」
なんだか元気が無さそうにも見える。
外の世界に戻る前に、一つ聞いておこう。
「もしかして、ルカが来るのは嫌か?」
だが、彼女は首を振って否定する。
「ん、そうなのか?」
「うん。嫌じゃない。」
「そっか。ならよかった」
それを聞いた後、ルカを迎えに行く。
ルカの部屋にノックをし、入る。
「うわっ!ビックリした…」
「突然だけど、来てほしいところがあるんだ。来てくれないか?」
「えっ、これからまた外に行くの?」
「いや、外…あれは外じゃないと思うから大丈夫。外出するわけじゃないんだ。」
はっきり言って、あの空間を外と言うべきかはわからない。
見た目だけなら間違いなく外なのだが、彼女の中で作られた空間と言う意味では間違っていない。
「…?外だけど、外じゃないの?」
戸惑うのも仕方ないことだ。だが、良い表現がない。
「うーん、まあそんな感じか。来てみればわかるよ。」
たぶん、来てみるのが手っ取り早いだろう。
「リルが言うんだし、行ってみようかな。どこなの?」
「まあ、俺の部屋に来てくれ。そうすればそこに行ける。」
「えっ…リルの部屋から行くの?」
まぁそうだろう。そういう反応だろう。
予想はしていたさ。
「ああ、そうなんだ。来てくれ。」
部屋の前で、一応釘をさしておく。
「ここで見ることは絶対に他人に言うなよ。」
「う、うん。そんな見せられないようなもの見せるの…?」
その言葉はスルーだ。
扉を開ける。そこには彼女の世界へ続く光がある。
「な、なにこれ…?これも魔法なの?」
「いや、まだはっきりとは分からないんだが…たぶんそうだろう。」
「で…これは何?」
「まあ、触れてみてくれ。それで全て分かる。」
「これ触るの?なんか怖いんだけど…」
そう思うのも無理はないかもしれない。
「でもなぁ…一回、一回だけでいいから触ってみてくれ。」
「むぅ、そう言うなら…」
そっと、手を触れるルカ。
その姿は一瞬で消えてしまった。
あの世界に行ったのだろう。
「やはり、あれは夢や幻想、幻術の類ではないのか…?」
様々な仮説を考えてはいるものの、どんなものなのかはまだ分からない。
「さて、俺も行くかな」
そう呟いて、そっと手を触れた。
再び、あの世界に戻って。
「あ、やっと帰ってきた!」
あの女の子が少し怒ったような顔で言ってくる。
「ごめん。思ったより時間がかかってさ。」
「もぅ、しっかりしてよね…」
なんかだんだんいろんな言葉を覚え始めている気がする。
「あれ、ルカはどこだ?」
見渡してみるが、見当たらない。
「ああ、あの子?この世界を見るなり駆け出して行ったよ?」
目に浮かぶようだ。
「ああ、なるほど…どっちの方言ったかな」
「えーとね、あっちかな」
そう言って指さすのはあの店の方角。
「やっぱり、気になるんだな。ありがと、行ってくる。」
行ってみると、店の前で立ち止まっていた。
「居た居た。ここ、凄い広いから迷うなよ?」
「あ、ごめん。驚いちゃってさ。ここ、何なの?」
「この子が、作った世界だ。」
彼女を指さして、言う。
「え?嘘でしょ?」
信じられないといった顔で彼女を見つめるルカ。
その反応も無理はない。なにせ、見かけは本当にただの幼い少女なのだ。
「それが、本当だから困るんだよなぁ…」
そう言いながら、彼女を見る。
どこで覚えたのか、これでもかと言うほどのドヤ顔。
「ぶふっ」
ルカが吹いた。
「⁉」
何があったのか分からないもので、困惑する彼女。
それに気づいて慌てて表情を取り繕うルカ。
なんだろう…とても微笑ましい情景がここにある気がする。
「あ、そういえばリル。」
ルカが聞いてくる。
「この子の名前、なんていうの?」
名前。
「…確かに、あの時聞きそびれてたな。なんていうんだ?」
「…わからない。覚えてない。」
そう、彼女は答える。
「あ…そう、なんだ。ごめんね。いきなり聞いちゃって。」
ルカが申し訳なさそうに謝る。
「じゃあ、俺達で名前を付けちゃ、ダメかな?」
俺は特に深く考えることもなくそう提案していた。
「良いね!それ!」
ルカ…復活が早いぞ。
「あ、でも私たちで良いのかな?」
ルカが心配そうに聞く。
彼女はコクリと頷いて、それに答える。
かくして、彼女の名前を考えることになった…のは良いのだが。
「思い浮かばない…」
と、俺は延々と悩んでいた。
「うーん…」
ルカも、同じように唸っている。
「ねえねえ、どんな名前になるの?」
彼女は興味深そうに聞いてくる。
(まだ全く決まってないなんて…言えない!)
ルカと思わず顔を見合わせ、頷きあう。
「まだ、いろんな案を考えているんだ。」
「そうそう。一生の名前になるかもしれないでしょ?しっかり考えなきゃ。」
ところどころ虚実ないまぜだが、仕方がない。
お互い、本気で考えている。
だが…!これまで名前を付けるなんてしたことがないから…!
「そっか!ありがとう!楽しみだなぁ…」
彼女はとても楽しみにしてくれている。
「「このまま終わるわけにはいかない!」」
今、はっきり俺とルカの気持ちがつながった。
とはいえ。
「すぐには…決まらないよなぁ…」
思わずぼやいてしまう。
「うん…名前を付けるのってこんなに難しいんだね。」
彼女は今は街を見に行っているので、近くには居ない。
「うーん、それなら…」
ふと、一つの案が浮かんだ。
「ん?何かな?」
「名前、『ルナ』ってどうだろう?」
『ルナ』。
本当に、安直な名前になってしまうが。
「ルナ…ルナかぁ。」
ルカ、と響きが似ているのが難点だなぁ、と提案してから気づく。
本人は気にしていないから黙っておこう…
「良いよそれ!なんか、響きが好き!」
うん。それはルカって呼び方に近いからかな。
「由来は…もう気づいてるかもだけど。」
「うん。あの耳飾りの形だよね?」
「正解。綺麗な三日月の形してたのを思い出してさ。」
安直だとは思うが、悪くはないと思う。
俺自身、自分で提案しておきながらなかなか気に入っている。
「よし、それ決定!帰ってきたらさっそく伝えよう!」
ルカはすっかり気に入ってくれている。
後は、彼女が気に行ってくれるかだが…
少し、時間が経つと彼女も帰ってきた。
「ただいまー!どう?決まったかな⁉」
まだまだ元気が有り余っている様子でこちらに駆け寄ってくる。
「おかえりー!決まったよ!」
ルカ、すっかり母親のような答え方になってるぞ。今日、初対面だよな?
「え⁉決まったの⁉」
子供のように飛び跳ねて喜ぶ彼女。
「じゃあ、どんな名前なの?教えて!」
気になって仕方がない様だ。
「じゃあねぇ…この名前を考えてくれた、リルから教えてもらうといいよ!」
をい。
そこはルカが教える流れだっただろう。
なぜ俺に振る。
いやまあ、別にいいけども。なんか緊張するな。
「じゃあじゃあ、リル!教えて!私の名前!」
これが、目を輝かせる、ってやつなんだろう。
ルカといいルナ(暫定)といい、なんでこう…
「それじゃあ、発表するぞ。」
たまにはこんなノリでもいいかもしれない。
「おっ!いい感じの前置きが!」
こら、ルカ。変な盛り上げ方するな。
「おおおおお!」
ルナ(暫定)。そこでルカに同調するな。
言いづらいじゃないか…なんかさ。
「うっ…ヴん!」
ほら、なんか咳払いすらうまくいかないしさぁ…
「さて、と。」
気を取り直して。
「お前の名前は、『ルナ』でどうだ?」
さあ言った…言ったぞ!
何だろう、この凄い緊張!
これ、父上に意見申し上げる時より緊張するんだけど!
「うん…うん!」
頷く。ただただ、頷いている。
「えーと…どうかな?」
「うん!すごく…気に入ったよ!私はこれから『ルナ』だね!」
「良かった、気に入ってくれたみたいだね!」
ルカも嬉しそうだ。良かった…
「じゃあルナ、そろそろ俺たちは帰らないとかな。」
「そうだね。だいぶ長い間こっちに来ちゃってるし…」
「うん、わかった!じゃあ、またね!」
手を振るルナの姿が見えなくなるほどの光に包まれる。
そういえば、この移動方法しかないのか?
これ絶対目に悪いし、どうにか対処しないと執務に支障が出るよな…