who knows tomorrow?
貴族の娘シエルは貴族の世界に飽き飽きしていた。
ずっと笑うのは疲れてしまう。
だが、そう思う人は一人ではなかった。
何の偶然か、後日行われた見合いは先日であったその男。
上手くまとめられそうなのを口実に彼女は街に繰り出していく。
一方王国の第二王子リベルタは、城を抜け出してしまう以外は完璧な王子。
その日も抜け出し、城下の視察(自称)へ。
そこで出会った二人はとっさに偽名を使うが、リベルタはシエルのことが頭に残っているようで…?
昨日も来たカフェだ。
その、入り口のドアを開ける。
「いらっしゃいませ!…って、あー、今日も来てくださったんですね!」
「ああ。また来るって言ったしな。」
「でもまさか、次の日にすぐいらっしゃるとは思わなかったですよ?」
確かに、自分でも驚きだ。
昨日帰る時には軽い気持ちで言ったと思っていた。
だが、部屋に帰ってからすぐに明日行こう、と思い始めた。
「自分でも驚いているさ。まさか自分がこんな行動をとるとはね。」
街に出ていられる時間は少ない。
なのに、仕事をいつもより早く終わらせてまでここに来るなんて。
一体どれだけ、ここに来ることを望んでいたのだろう。
「でも、こうして来てくれるのは嬉しいです。それだけ、この店の味が気に入ったってことですよね。」
「ああ。確かに、この店の味はすごく良かったしな。」
でも、なぜこんなにもここに来ようと思えたのかが、わからない。
街のことを見て回ってからでもよかったのに。
「じゃあ、前に飲んだコーヒーと例のミートパイ貰おうかな。」
「本当に気に入ってくれたみたいで嬉しいな。本当に、こんなに早く来るとは…」
あまりに率直な『嬉しい』という感想をもらい、言ったこっちが恥ずかしくなりそうだが、周りの客たちはみんなわかっているようで、何事もなく接していた。
「あの素直さに慣れるのはなかなか大変そうだな…」
この店が今ここまで繁盛しているのには、間違いなく彼女の、ルカの影響があると思う。
あの容姿もそうだが、話しやすい雰囲気やあの性格は生まれつきであろう。
「こういう仕事に、向いているんだろうな。」
そう、呟いていた。
「お待たせいたしました。」
本当に店員として働いているんだな、と思う。
「へぇ。案外人気な店なんだな。」
「…むっ。どういう意味ですか、それ?」
少し直球な言い方になってしまった。もしかしたら、嫌な感じを受けてしまっただろうか。
「いや、市場からだいぶ離れているから・・気を悪くしないでくれ。」
「まぁそうですよね…場所的にはあまり良くないかもですけど」
あっ、ちょっとまずいかと思ってフォローを入れようかと思ったが・・
「とにかく味で勝負です!後は私の笑顔とか!」
おそらく彼女はボケたつもりなのだろうが、その言葉は紛れもない真実だった。
間違いなく、この店の客の中にはルカ目当ての奴もいるだろう。
「そうかもしれないぞ。辛気臭い顔は見てても楽しくないし、ルカがいつも笑ってるのはこの店にとって間違いなくプラスだしな。」
まあ、自分がルカ目当てかと言われればそこは全く否定するわけでは無いかもしれない。
「なんか、自分が褒められるのは嬉しいけど恥ずかしいですね。でもありがとうございます。」
少しはにかみながら笑う姿は、とても綺麗だった。
これまでに見てきた、どんな女性よりも。
どんなに着飾って良く見せようとしても、やはり内面は変わらない。
相手が権力やら地位やらに固執しているのが手に取るようにわかる。
でも、この女性、ルカは違うんだろう。きっと、自分が王族であるといっても今と変わらぬ態度なのだろう。
そう思うと、
「少し、羨ましいかな。」
「え?何が?」
「…口に出てたか?今…」
「うん。思いっきり。『羨ましい』って、何がですか?」
「いや、こういう風に自分に向いた仕事を完遂しているルカが、良いなあと思ったんだよ。」
本心だった。
自分はあくまで第二王子。
王位継承権は兄にある。
ならば、自分にできることは何なのか?
それの答えは、『国を知ること』だと考えた。
国とは、王が居れば成り立つものではない。
土地と、王と、国民と…多くのものが集まって、初めて『国』になるのだと。
だから、俺は街に出ている。
国民のことを知っておくことは、後々兄の助けとなるだろう。
兄には才能がある。国政などは自分よりも数段上だ。
俺は兄に勝とうとは思わない。
兄を、助ける役に回るのだ。
この国を、オラリオンをより良い国にしていくために。
「…そういえば、ルカは何か魔法は使えないの?」
「…はい。残念ながら何にも。」
「そっか…でも、それが普通だよな。使える方がおかしいのかも。」
ルカは首を横に振る。
「そんなことないです。だって、魔法使えるなんてなんてすごい事じゃないですか!」
自分は、魔法を使えることがすごいとは思わない。
ルカのように、何かに一生懸命になれることも、十分すごいことだと思う。
「確かに、魔法は凄いものだけど、俺はルカも十分凄い人だと思ってるよ?」
「えっ?どうして?」
「魔法を使って何かを解決していくのは確かに効率的だし周りからもすごいと思われるけど、魔法を使っちゃいけないものもあると思うんだ。」
「あー。それは確かに。」
「それは、例えばルカのしている『接客』とかだと思うんだよね。」
「あ、それは納得できるかも。やっぱり、こういうのって直接人の手でやらなきゃだめだよね?」
「そういうこと。あくまでも俺の持論だけど、たぶん大多数の人がそう思ってるんじゃないかな?」
「だと思う。…あ、そういえばリルはどうなの?魔法とか使えるのかな?」
「こんな風に言っててあれだけど、使えるんだよね。」
「ええっ⁉どんなやつ?使ってみてよ!」
ここで、俺は少し悩んでしまう。
どんな、魔法を見せるべきなのか。
この世界には稀に魔法が使える人間が生まれる。
それは、修行やらなんやらで会得できるものではなく、生まれつきの『才能』ってやつだ。
多くは血筋によるものと言われているが、どれだけ研究を進めても全くわからない。
そして、その使える魔法すら、その人自身では選べない。
生まれた時にはもうすでにすべて決まった後、ということだ。
そして、その魔法を使えるものを
『役持ち』
と呼ぶ。
役割をもって生まれた人たち
という意味らしい。
だが、ここで俺には一つ問題があった。
俺の使える魔法は、一つではないのだ。
こんな話は聞いたことがない。これまでの国史にも載っていない。
自分で自分がおかしいと気づいたのはいつだっただろうか。
普通の人は魔法なんて使えなくて、使えても一つだけ。
それが、『普通』なのだと知ってからは、自分は兄の陰に隠れるようにした。
実際、兄のほうが優秀なのだ。
書類仕事から財政、国交関係までなんでもそつなく、完璧にこなしてしまう。
自慢の兄だ。
そして、自分は使う魔法を限定した。
周りを助けられるもの限定にした。
おそらく、使おうと思えば攻撃魔法から治癒魔法まで、あらゆる魔法も使えてしまうだろう。
でも、使わない。
使ってはいけない。
兄も、魔法は使える。
その能力は、『修繕』。
壊れたものを治す力だ。
例えば、城壁が壊れたとする。
兄が出向いて力を使うと城壁が直ってしまうのだ。
ただ、人体には影響しない。
傷を負った人を治すことはできないのだ。
だから、俺は使える魔法を
『治癒』
であることにしている。
俺は、兄のサポートに回るのだ。
完璧に程近い兄を、完璧にする。それが、俺の仕事だ。
だが、ルカになら話しても大丈夫なんじゃないか、と思ってしまう。
この人なら、俺の秘密を知ってもこれまで通りに接してくれるのではないか、と思ってしまう。
でも、そう簡単に言うわけにはいかない。
もしもそれを言いふらされたりすれば、俺のこれまでやってきたことは水泡に帰してしまう。
だから、俺は
「俺の魔法は、『治癒』なんだ。けがをした人を治癒する能力。」
と、そう答えた。
「へぇ!すごい!じゃあ、もしもの時はよろしくお願いします。」
「もしもって…そんなことにならないでくれよ。」
片肘ついて顎を乗せながら言う俺に
「うーん、まぁそうですね。」
ふふっと軽く笑いながら返してきた。
「そりゃ、そうだろ。知ってるやつが傷つくのなんか見たくないさ。」
ちょっと強めに言い過ぎたかなと思い恐る恐るルカを見る。
「やっぱり、リルは優しいね。だからその魔法を使える才能を授かったのかも。」
柔らかく微笑むルカに顔が赤くなる。
「…そんなことは無いよ。」
「そうだとしても、私はその魔法がリルにぴったりだと思うな。」
「そう、なのか?そう言われると、この力もまんざらでもないかもな。」
「あ、そろそろ混む時間帯なんだ、仕事に戻らなきゃ。」
確かにあたりを見渡すと周りがざわつき始めていた
ルカはそれじゃと言って仕事に戻った。
「…あ。またミートパイ食べ損ねた」
それどころかコーヒーも飲んでないじゃないか。完全に話し込んでしまった。
ってかルカは注文通してくれよ。俺にだけ対応雑じゃないか?
でも、まあいいか。ルカと話している間は楽しかったし、またこの店に来る理由ができた。
それに、たまになら自分について考えるのも良いと、そう思えた。
そのあとは街を見て回った。
いつもと変わらない街を。
でも、考えていることは珍しく自分のことだった。
いつだって兄のこと、国のことを考えてきた俺からは信じられない。
身分を隠しているとはいえ、街に出ているのだ。
普通はできないことを普通のことのようにやっているのがまずおかしいのだが。
「信じられないのはみんなからすれば俺の行動か。」
そう考えながら軽く笑う。
道端でいきなり笑う自分に奇異の目が向けられたのも感じたが、こんなことを考えていたのは初めてなのだ。
「こりゃ、笑うしかないだろ?」
一人、呟いていた。
自分の仕事を終わらせ時間を作り俺はほぼ毎日ルカに会いに行った。
そしてどのくらいの月日がたったのだろうか…
この日は、一日中自分とルカのことを考えてみた。
はたから見ると、俺たちは『付き合っている』状態なのかもしれない。
今まで、そう思えてもよかったものなのに、事ここに至るまで何も考えないでいたとなると、どれほど自分について考えることが少なかったのだろうか、と思う。
だが、自分のことについての関心が薄かったおかげでこれまで街に出て様々なことを知ることができたのだと思う。
これからも、この関係が続くことを、切に願う。
どうか、『壊れ』ませんように。
それからも、これまでと同じくらい毎日楽しく過ごせていた。
これまでよりもずっと楽しかったかもしれない。
ルカのいろんな一面も見られた。
例えば、食べ物は甘いものがあまり好きではない。むしろ、辛い物のほうが好きだったりする。
以前、驚くほど辛いことで有名なカレー屋のグリーンカレーにチャレンジしていた。
あれは、全く予想も理解もできない好みだ。辛いものはほどほどが一番だと思う。
ちなみにグリーンカレーは綺麗に完食していた。
それに、見た目に反して蛇だの蜥蜴だのは普通に障れたり、持てたりするのだ。昆虫は駄目なのに。
全く。好みがよくわからない。
本人曰く、『昆虫は何考えているのかわからないけど、爬虫類はなんだか心が通じる気がする』のだそう。
昆虫が分からないのに爬虫類はわかる原理とは何なのだろうか?
そんなこんなで、ルカと出会ってから一年近くが過ぎようとしていたある日の夜・・
「リル、お前に話がある。」
父に、呼ばれた。
父の名はエイゲート・リシェス。
父の代でこの国は安定し、周辺国との関係も穏やかになった。
これまでは魔法の力を軍事活用していたため、戦争が絶えなかったようだ。
だが、父は違った。
兄が『修復』の力をもって生まれたのもあるが、父はそれ以前から魔法の軍事転用をやめ平和的な外交を執り行っていたこともあり、周辺国との関係『修復』は早かった。
そう、『修復』だ。
兄の力は、物を直すだけではない。
人間関係などの人の心に関することも『修復』してしまうのだ。
人体には影響しないが、心に影響することはできる。
ある意味、最強の能力だ。
戦争になれば、相手国のトップに直接会い、使うだけで戦争は終結する。
この力のおかげもあって、父は『平和を重んずる王』として地位が確立した。
国民からの信頼も厚く、戦争も起こさない。
だが、その裏には兄の力があったりもする。
その父が、兄ではなく俺を呼ぶのだ。
どんな裏があるか知れたものではない。
父は平和のために尽力する分、抜け目もないのだ。
「はい、父上。どのようなご用件でしょうか。」
周りの臣下にはこの不信感は悟らせない。
「うむ。だが、その前に周りの者たちは席をはずせ。」
「ですが、王の身を守ることが我々の…」
「よい。今一時出て行けと申しておる。」
珍しく、強い口調だ。いったい何を話されるやら。
突然の命令に困惑しながらも、兵士は出ていく。
「…さて、リベルタ。お前に話というのはだな…」
変に改まった感じの父。
だが、いつものことについてのお叱りだったりはしないみたいだ。
「私はお前に王位を継いでもらいたいと思っている。」
「………え?」
一瞬、何を言われたかわからなかった。
「な、なにを?おかしいだろ?」
思わず、いつもの口調が出てしまう。
だが、絶対におかしい。
あらゆる能力が、兄のほうが上なのだから。
俺が、兄の上に立つなどありえない。
だが、父の話は進む。
「確かに、クヴェルの能力はお前よりも上かもしれない。いや、上だろう。」
「そうだ、だからこそクヴェル兄さんのほうが王位を継ぐにふさわしいだろう⁉」
柄にもなく叫んでしまう。父の判断が分からない。
そして、この一言へつながった。
「なあ、リベルタ。お前は賢い。だが、何か隠していないか?お前の、力を。」
一瞬、言葉に詰まる。
もしかしたら何か確信があっていっているのかもしれない。
いや、もしそうだとしてもそのことを俺が認めるわけにはいかない。
俺は、こんな力が欲しかったわけじゃない。
でも、兄のためになると、そう考えることで俺の力の存在意義を保ってきた。
それに、こんな力を持っていることが知れれば間違いなく近隣諸国が黙ってはいない。
下手をすれば一国に力が集中するのを恐れて攻め込んでくる可能性まである。
そんなことになってはいけない。俺は、この国をよりよくするために兄の下につく。
だから、たとえ父の言葉でも認めるわけにはいかない。
「いえ、父上に隠し事などしてはおりません。」
「ふむ、そうか…」
そう呟くと、右手を無造作に上げる。
途端、父の後方から炎が飛んでくる。俺に、向かって。
「なっ⁉」
驚きの声が漏れる。
だが、驚いている暇はない。ここまでしてくるということは父にも何かしらの確信があるのだろう。
俺は…どうするべきだ?最善策はいったい何だ?
①何かの魔法を使うことで相手の魔法を無効化する。
だが、この方法では自分の魔法についての秘密がばれる可能性が極めて高い。
②避けることを試みる。
特異な魔法の才能については隠し通せるだろうが、避け方を失敗したら俺の治癒の魔法でも回復しきれないかもしれない。
下手に強い魔法を使うことになれば、それもまた自分の力を隠し通すことにはならない。
③このままこの攻撃を食らう。
大怪我を負うことは考えられるが、少なくとも息子に過度の魔法の才能があるなどと考えることはないだろう。それに、皆に明かしている治癒の魔法で傷を癒すこともできる。さすがに相手もこちらを殺しに来ているようには見えないし、これが最善か…?
「…迷っている暇はないか。」
攻撃を食らうことを選択する。
避けようとしない分出来るだけ軽傷になるように。
そして、その読みは当たっていた。
相手の攻撃は明らかにこちらを殺しにくるそれではない。驚かせてとっさの反応を見よう、というものだ。
殺意は感じられない。
そして、それに俺は当たる。
「ぐっ…」
と、苦悶の声を漏らしながら。あたかも苦しんでいるかのように。
「ふむ…やはりデマだったか。」
そう呟く父。攻撃はもう来ないみたいだ。
「何を、なさるのですか…?」
自分の負った傷を癒しながら父に聞く。もう、わかりきっていることだが。魔法は一つしか使えない、父の知っている俺を演じなければ。
「なに、お前が複数の魔法を使えるなどという噂を小耳にはさんだのでな。少し試してみたのだ。」
いつ、どこでそんなヘマをしたんだ…?『治癒』以外はほぼ使っていないし、城内ともなればなおさらだ。だが、今はまずこの状況を何とかしなければならない。
「父上のおっしゃるようなことは残念ながらございません。ご期待に添えられず、申し訳ありません。」
傷がすべて癒えるのを待って父は話を続けた。
「いや、良いのだ。お前を呼んだのはほかの要件だからな。」
「それは、どのようなものなのでしょう?」
少しは気になる。わざわざ俺一人を呼ぶのだから、それ相応のものなのだろう。
「お前に、見合いの席を用意した。必ず出席するように。以上だ。」
「…わかりました。」
ついに来たか、と思う。
「クヴェルは優秀だが世継ぎに恵まれん。この国の存続のためにも、お前は一日も早く縁談を進め結婚し世継ぎを。」
何が『国のため』だ。要するに父の家系をより強くしたい、自己満足じゃないか。
「…クヴェル兄さんを悪く言うのはやめてくれ。俺は兄さんを尊敬している。」
つい、強い口調になる。
「確かに、失言だったな。だが、世継ぎを生んでもらいたいのは確かだ。頼んだぞ、リベルタ。」
…確かに七つ年の離れた兄さんには二人の子が居るがどちらも女の子。この国では世継ぎは男と決まっている。さて、どうしたものか。
父さんになにも返答せず部屋を出た。
自室に戻る途中、クヴェル兄さんが長い廊下の途中にある窓の桟に座って月を眺めていた。
兄さんは俺の気配を感じて月から視線をそらした。そして・・
「リベルタ、今夜の月はとても綺麗だね。」
兄に言われて月を見る。満月だった。
「そうですね。でも、月が見事過ぎて星はよく見えませんね。」
「父上とはどんな話を?」
突然の兄の言葉に言葉が詰まる。
「やはりこの国の今後のことかな?」
「俺は兄さんにこの国を任せたいと思っています。父上のお言葉に気を病む必要はありません。今後義姉上がお世継ぎをお産みになれば良いのです。」
しかし兄は首を振る。
「リュミエールはしばらく子を産むことは出来ないらしい。今回の出産で少し無理をしたせいか今体調を崩していてね・・父上はリュミエールと離縁して新しい妃をもらえと仰ってきた。」
突然の告白に頭が真っ白になる。しかし兄は話続ける。
「俺は離縁なんて考えられないし、しない。リュミエールを愛しているからね。」
さっきまでほんわかとしていた兄が急に真剣な眼差しになる。その眼差しでその先何が言いたいのかわかる。
「お前は星の方ではなく、今夜の月そのものだよ。」
自分が先ほど言った言葉を悔やんだ。
「兄さん俺は姉上のことを存じておりませんでした。失言をお許しください。でも、それでも・・俺は兄さんがこの国の王になるのを望みます。」
兄は一言、そうか。と言った。
「今はそれでもいいが、お前が結婚して世継ぎが産まれたら、その時はもう一度考えてくれ。俺はリュミエールと別れるつもりも、無理をさせるつもりもない。お前が王になるなら俺は喜んでお前を支える家臣になる。」
兄は俺の肩をポンと叩きその場を後にした。
見合い、兄と姉上のこと、国の今後・・先程まで兄がいた桟に座り空を見上げた。
満月と星は光を放ち輝いている。ただ何となくさっきみた月と星ではないように感じた。
その後数人の臣下や貴族たちにこの見合いの話を聞いてみたが、この話を知っているものは俺のほかにはほぼおらず、完全に情報は抹消されていた。
そして、次の日。
「はぁ…」
と、深いため息をついているのはルカだ。
「うーん…」
と、悩んでいるのはリル。
「あれ、ルカがそんなため息つくなんて珍しいね。何かあったの?」
「えっ、いや、何でもないの!」
かなり強く否定してくる。こういう時は間違いなく何か隠している時だ。
「そっかぁ・・で、何があったの?隠しても無駄。」
もう、こういう時は単刀直入に聞いたほうが早いのはこれまでに培った経験だ。
以前、こうして悩んでいた時にそっとしておいたらかなり長かった。
こんな状態が長く続くのはあまりよろしくない。早めに何があったのか聞いたほうがお互いのためだ。
「…まあ、何もなかったっていうのは嘘になるけど…でも、やっぱり大丈夫だよ!」
そう言って、行ってしまった。
「あれ…選択間違えたかな?」
何か相談出来ないような悩みでも抱えているのならどうにかしてあげたいけど…
「でも、何を悩んでいるのかも分からないんじゃあなぁ…」
なんだか、少しもやもやする。
これまでいろんな悩みを相談してくれたりしていたし、だいぶ長い付き合いのつもりだ。
それなのに、隠し事をされてしまうのは、なんだかおもしろくない。
かくいうこちらも、件の見合いについては何も話していなのだが。
この見合いが成立すれば、もう彼女と会うのは無理だろう。あらぬ疑いをかけられるのは彼女にも迷惑だ。
「このまま、終わるのは嫌だな…」
そう思うのだが、俺にどうにかする手立てはなかった。
そして、見合いの前日。ずっとあの気持ちは収まらない。
何とかしようとも試みるが、ルカに会うことすらままならなかった。
だが、そんなとき。
見合いの相手についてやっと情報が入ってくる。
「私はこのお見合いは上手くいくと思いますよ?」
側近であるギルバードからの情報だ。
「なんでそう思うんだよ?」
ギルバードは写真を見ればわかると。仕方なくその相手の写真をもらう。
その写真を渡すときのギルバードの顔が、少し笑っている…いや、にやけているように見えた。
そして、そこに映っていたのは…
「ははっ、そういうことか…」
写真に写る人物を見て、思わず笑ってしまった。
ギルバードは続ける。
「少しばかり問題はありますが・・まぁあなた次第でしょうね。」
最初何のことやら全く解らなかったが写真と共に付いていたメモを読んで理解した。
「これ、少しっていうレベルか?」
数日後・・
エテルノ・バドという侯爵に話をしに行く段にまで話は進んでいた。
エテルノ・バド・・27歳、身長が高くすらっとした体格。少しカールのかかったブラウンの髪が年齢より若く見える。その容姿と地位も相まって引く手あまただと思われるが、この年齢まで独身なのも納得いかない。
「まさか、直接お話ができるとは思いませんでした。お会いできて光栄です。リベルタ王子。」
恐縮しながら、けれどにこやかにエテルノは話す。
「そのように話す必要はありません。むしろ、今回のことに関してはこちらが下手に出るべきです。」
「そのような考えをお持ちでしたか。これは失礼致しました。」
…どうあってもこの感じを崩す気はない様だ。
「では、さっそく本題に入ろうと思います。」
「ええ、どうぞ。大体は聞いていますが、やはり本人の口からきいておきたいですし。」
…口調は変わらない。初めから結婚は考えてなかったのか?
「私、リベルタ・リシェスはシエル・ルトワール嬢との婚約を結びました。」
「はい。存じております。私はお二人の婚約を心から喜んでいますよ。」
態度の変わらないやつだ。それに、婚約を喜んでいる?…どういうことだ。
「失礼とは存じますが、あなたはシエル嬢と婚約していた身では?ここは普通そんなに簡単に認めるところではないのではないかと思うのですが。」
ルカ・・いや、シエルを手放したい奴なんていないだろう。なのになぜ?
「シエルさんは素敵な方です。貴方でなければこんなあっさり身を引かないでしょう。」
侯爵は俺の心を読んだかのように淡々と話し始めた
「…あなたは、私の使う魔法をご存知でしょうか?」
「存じておりません。魔法の数は未知数。私がまだ遭ったことのない魔法もありましょう。」
「でしょうね。私は誰にも話したことなど無いですから。」
少し楽しそうに、人をからかうような笑いを見せながらそう話す。
「私には、余命が見えます。あと何日、当日になればあと何時間、という風にね。」
「余命、ですか。・・それは聞いたこともない魔法ですね。では、私の余命はどれくらいでしょうか?」
「それは教えられませんね。私は本人に教える趣味はございませんので。」
「では、到底信じられないくらいのその魔法をどう信じればよいのでしょうか?」
「では、そうですね。今回、こんなにもあっさりと引き下がる理由がそこにある、と言ったら納得していただけますか?」
さっきまでにこやかに話すエテルノ氏の表情が真剣になる。
「…少し、いや、かなり興味があります。なぜ、その魔法と今回の婚約解消が結びつくんです?」
「言ってしまえば簡単な話です。私には彼女の余命が見えています。私は彼女を助けたかったんです。」
「助ける、なんてことができるんですか?あたかも当然のことのように言っていますが。」
「できる確証なんてありません。ただ、変わる可能性があるのならやってみようと思ったのです。でも、できなかった。彼女の数値は、変わらなかったんです。」
「…その話、詳しく聞かせてくれ。」
侯爵の話をまとめると、こうなる。
①侯爵には、あらゆるものの余命が見える。生きものなら、死ぬまでの。ものなら、壊れてしまうまでの。
②シエルの姿は、侯爵の愛した人によく似ていた。特に、貴族同士の付き合いにうんざりしている様子なんかは。
③だが、そんなシエルの余命は侯爵よりも短かった。死因はわからないが、そう長くない。そんなシエルの余命を、何かしらの契機で引き延ばすことができるのではないか。そう、シエルを一目見たときから考えていたそうだ。
④婚約を取り付けるところまで行こうとも、余命を表す数値は変わらなかったそうだ。なので、自分ではシエルを救えないと考えたらしい。
⑤見えているのに救えない、ということにはなりたくない。俺のほうがしっかりと守ってやれる、そう考えた侯爵は手を引いたそうだ。
「それじゃあ、今は数値が変わったのか?」
「あなたとの婚約が成立した後に確認してみましたが、残念ながら…人の寿命は変えられないのかも
しれないですね。」
「そんな…じゃあ、彼女の…シエルの余命はもう…?」
「そこまで、長くはありません。ですから、せめて彼女が望んでいる幸せを。私ではできなかったことを、あなたにやってほしいのです。」
「わかりました。あなたの言うことを信じましょう。これでも人を見る目には自信がある。」
エテルノ氏からすれば不適な笑みにとれたかもしれない笑みをして宣言した。
「俺は運命に抗いますよ。ただその時を待つような奴じゃないんでね。」
「どうか、お願いします。この力を、ただ人の死期が見える忌々しい力にはしたくないのです。この力で、一人でも多くの人を救いたい。」
「では、一つお聞かせ願いたい。」
「はい、なんでしょうか?」
エテルノは少し首を傾げる。
「あなたには多くの、それこそこの国民全員の余命を見ることも可能なはず。なぜ、シエルだけを特に、婚約を取りつけてまで救おうと思ったのですか?」
「…先程も申しましたが、似ていたのですよ。私の最愛の人に。」
その先は聞かなくても何となく察しがついた。
その最愛の人はすでに亡くなってしまっているか、他の誰かの元に嫁いだのだろう。
「失礼ですが、エテルノ氏は結婚するつもりはないのですか?」
婚約者はいました。と言って目線をそらした。私が最も愛し、共に人生を歩みたいと思えた女性です。名はマリアと言いました。
とても美しく、気立てがよくそして、よく笑う女性でした。彼女と居られた毎日はとても楽しかった。
エテルノは昔を懐かしむように続けてこう言った。私にはもったいないほどの女性でした。
ある時彼女が風邪で寝込んで苦しんでいる姿を見て、私は急に怖くなりました。
そして、私はこの眼を使って彼女を見てしまいました。
その日からです。彼女の寿命を不安に思い、何とかしたいと思うようになったのは。
今のあなたと同じことを思いました。抗ってやる。運命だって変えて見せる。
しかし無情にも余命の数字は刻々と減っていたのです。
彼女は病に侵されていました。聞けば私と出会う前から・・。
一度治って5年経ちもう再発の可能性が薄れたとき、その病はまた彼女を蝕んだ。
彼女の病はもう末期だった。
私は親族の反対を押し切って結婚しようとした。
しかし彼女は首を縦には振ってくれなかった。
せめてウエディングドレス姿の彼女が見たくてドレスを発注して届けた。
そしたらマリアはちょっと待ってね。と言って部屋を出て行った。
次に部屋の扉が開くと髪もメイクもしてウエディングドレスを着たマリアが現れた。
とても、美しかった。
少しの間他愛のない話をして写真を撮ってもう一度マリアにプロポーズをした。
エテルノはそこまで話すと一度言葉を詰まらせた。
そしてまたゆっくり話し始めた。
「結婚は無理だわ。貴方は私ではない人と結婚して幸せな家庭を築くの。私はもう・・」
そこまで言うとマリアは倒れました。そして二度と目を開けてはくれなかった
「私はマリアを救うことも、幸せにしてあげることも出来なかった。約三年この魔法について考え、
悩み、恨みました。私の魔法は一体何のために授かったのか・・。
そんな時、貴族の集まりである夜会に参加しました。夜会に出る気も、楽しむ気もありませんでしたが、それはこの国に住んでいる貴族としては参加せざるをえなかったのです。
そこで、シエルを見つけました。
マリアによく似た、あの子を。
私の眼はマリアの死を境に、私の意志に関係なく人の寿命が見えるようになってしまっていました。
それはもちろん、彼女の余命も見えることを意味します。
私自身女々しいとは思っています。未だに婚約者のことが忘れられなくて、偶然会った彼女と重ねてしまうなんて。
でも、何かをせずにはいられなかった。
彼女をここで失ってしまえば、本当に私は誰も守れない人間になってしまう。
そう、マリアに言われたような気がしました。
…自分の、できる限りのことがしたかったんです。
一通り話し終えるとエテルノ氏は何かの荷が下りたかのような表情になった。
「…ただ、私が救われたかっただけのエゴのような話ですが。」
「…そんなことは、無いと思います。」
この言葉に、嘘偽りはない。
「少なくとも、その気持ちを行動に移したことでこうしてルカを守れるかもしれなくなった。そうでしょう?」
彼の行動がなければ、俺とルカが出会うこともなかったのだから。
「…ええ。それは、確かにそうですが…私の力では、彼女を…シエルを守ってやれませんでした。」
「でも、あなたの行動がなければ私とルカが出会うことは無かった。あなたの想いと行動は、決して無駄ではなかったんです。」
彼の行動を無駄にしたくない。誰かを守ろうとする気持ちが無駄になるような、そんなことがあってはならない。だから、
「彼女を、守ってあげてください。」
まっすぐな眼差しでエテルノは気持ちを伝えてくる。
その気持ちに応えるように力強く
「絶対に、守り抜いて見せます。」
俺はそう、言い切った。
しかしシエルは偽名であなたと会っていたのですね。ルカですか・・と言ってエテルノ氏は笑った。
思っていたものとは大きく違った対話になった。エテルノ氏の過去のこともある。絶対に、シエルを守り切るともう一度誓って、部屋を後にした。
そうして部屋を出た時だった。
「っ⁉」
ひどい頭痛が襲ったのは。
そして、それと同時に声が聴こえた。
―――ねえ。こっちに来てよ―――
どこかの敵の罠なのか、はたまたそうではないのか。
それすらもわからないが、その言葉には逆らえない『何か』があった。
「…こっち、か?」
頭痛はますますひどくなる。
それに比例するように、声は大きくなった。
―――そうそう。こっち―――
「あって、るん、だな…」
今、自分がどこを歩いているのか。
歩きなれた城のハズなのに、わからない。
なぜ、誰とも会わないのか。
この声の主は誰なのか。
疑問は山ほどあるのに、体は進まなければならないと叫んでいる。
―――もうすぐ、着くよ―――
気が付くと、目の前には扉があった。
「ここは…宝物庫?」
確か、それであっているはずだ。
扉を開け、中に入る。
中にあるのはこの城にある至宝の数々。
大切に保管され、厳重な警備がなされている…はずなのだが。
「なぜ、誰もいないんだ…?」
―――早く、来てよ!―――
どこかイライラしてきたようにも感じるようなその声。
よくよく聞くと子供のようにも聞こえるし、いつの間にか頭痛も消えている。
それに気づくと同時に目に入ったのは、まばゆい光を放つこの国の至宝
『月の雫』だった。
「これ、か?」
何が起こっているかはわからないが、手を触れてみる。
何かの手掛かりになるかもしれない。
だが、手を触れるとより光は激しさを増す。
そうして、一面が光に覆われてしまう。
「な、なんだ⁉」
こんな魔法は聞いたこともないし、自分も使えない。
だが、こんな芸当ができるのは魔法しか考えられなかった。
こんなことができるのは相当の修練を積んだ者か、天才か。
あるいはその両方も考えられる。
今の自分がどこまでできるのかはわからないが…先頭になっても良いように準備をする。
光がなくなり、視界が安定するとそこは…
白かった。
ただただ、何もない『白』。
一瞬、とんでもない威力の攻撃魔法で辺り一面を消し飛ばされなのか、だとか幻を見せられているのか、だとか考えるが、どれも否定された。
攻撃魔法なら自分だけが生き残った説明がつかないし、あの声や頭痛も謎のままだ。
幻は、自分にかけられた魔法を解除する魔法を使ったがこの景色が変わらないことから否定される。
さらに、この場所の座標を調べてみても、何の反応もない。
現在位置の座標が、出ないのだ。
要するに、ここは元の世界とは別の場所に在るということになる。
「ここは…どこだ?俺は一体…」
周囲を見渡す。
するとそこには、一人の少女が立っていた。
こっちを見て、ニコニコと笑っている。
そして、話しかけてくる。
「こんにちは!」
それは、あまりにもにこやかで、明るい。
この状況にはおよそ似つかわしくないほど快活な挨拶だった。