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なまえのないきみへ  作者: 燈/銘花
1/7

Tomorrow never knows

オラリオン城。

その外観は綺麗な白。

建ててから長い年月が経ってはいるが、見た目はまるでそれを感じさせない。

内装まできれいに管理されている。

その一室。

第二王子の部屋から出て右へ進む。

そして突き当たりを左に。

数歩歩いたところの階段を上に上がり、

上がったら真っすぐ進む。

その一番奥にある部屋。

そこに、この国の至宝が眠っている

その名は、通称『月の雫』。

他国にもその名が知られているほどにまばゆいばかりの輝きを放つ宝石だ。

この国でその宝石を知らない者はいない。

だが、その宝石には誰も知らない、ある秘密があった。


―――時は移り―――

この国、オラリオン王国。

その夜は、珍しく城で夜会が開かれていた。

夜会には、侯爵、伯爵などの地位を持つものから王族まで、高位の階級の多くの人が集まるものだった。

皆が談笑している中、窓際で憂鬱な気分に浸る女性が居た。

整った顔つきで薄茶の髪をたなびかせながらため息をついている。


「はぁ…こういうの、苦手だなぁ…」


そう呟く女性は、まだ若く見える。

おおよそ、二十歳かその少し前くらいだろう。

そしてその女性は、こういう場が苦手なようだった。


「でも、戻らないとなぁ…」


周りにも何人か窓際に居る人はいるものの、その全てが数人での会話を楽しんでいる。


「私の安息の地は無いのか…」


さながら悲劇のヒロインのごとくそう呟きながら会場に戻ろうとする。

そんな彼女の背に声がかかる。


「君、こういう場所、苦手なの?」


そう聞いてくるのは一人の男性だった。

年のころは二十代後半あたりだろうか。


「え、あ…少し、風にあたりに来ただけですので…」


この場で『苦手です』なんて言ったらよくは見られないだろうと、引きつった笑顔で精一杯の虚勢を張る。


「無理しなくていいよ、僕も苦手な部類だからさ」


そう笑いかけてくる男性には敵意や下心は感じられない。

本当に苦手なだけのようだ。


「で、無理して中に戻るよりもここで一緒に…僕の連れとでも適当に話して時間を潰すってのは、どうかな?」


「なるほど…他の方とお話していたとなれば、十分な理由になりますもんね!」


さっきまでの悲劇のヒロインのような空気はどこへやら。

『あのあたりの人たちはみんな適当に時間を潰してるから』という話を聞いてか聞かずか、スキップでもしてしまいそうな足取りでその会話に混ざっていった。

そこに見える人混みが男性ばかりだったのは、見間違いではない。

当の会場には、ほかの貴族はもとより、王子たちまで出席していたこの夜会。

そんな、玉の輿の大チャンスの最中でその場に居るのが嫌だなんて言ったのは、この女性くらいだっただろう…


―――その、数日後―――


「シエル、少し来なさい。」


そう呼ばれて出てくるのは、あの女性だった。

どこか不穏な空気を感じつつも、きちんと作法に気を付けながら呼びかけに答える。


「はい、なんでしょう。お父様。」


内心、面倒臭さも感じているが、彼女も一応貴族の身分。逆らったりはしない。


「お前に、見合いの申し込みが来ている。それも、上級階級の貴族からだ。」


そう言われた女性…シエルは、思わず顔をしかめてしまいそうになる。

見合いの申し込みが、上級貴族から。何の因果か、私にだ。

要するに、断れないのだ。

家のため、相手の顔を立てるため…言い方なんていくらでもある。


「はい。わかりました。謹んでお受けいたします。」


そう、答えるしかなかった。


「うむ。それならいいんだ。一応、お前にも確認を取っておかねばならんからな。」


何の確認だろうか?私の発言で変わることなんてないくせに。


「見合いは三日後だ。それまで心の準備をしておくように。」


ああ全く。最悪だ。あんな夜会に出させられたと思ったら、今度は見合い。


「はぁ…」


最近、ため息が多いと自分でも思う。


「でも、仕方ないか。波風立てないように乗り切らないと!」


自分自身に言い聞かせるように、シエルはそう呟いた。


―――三日後―――


「さあ、シエル。今日はしっかり頼むぞ。」


なーにが、『しっかり』よ。要するに地位を上げたいだけじゃない。

断れない見合いを持ってこられたから、その処理は娘の私が…ってことでしょうに。


「はい。お父様。」


心の中の声とは裏腹に、従順なイメージを崩さないよう振る舞うシエル。

そういえば、見合い相手は誰なの…?

父からは『見合い』としか聞かされていない。

相手のほうが身分が高いのはわかっているが、それもどれほどなのか。

伯爵か、侯爵か。まさか王族だなんてことは無いはずだが。

こんな、いちいち合う相手にもビクビクしないといけないような階級制度は嫌になる。

おそらく、会った瞬間にコトは向こうの考えている通りになるようにセッティングされているのだろうから、私の人生はここで決まってしまうのだろう。


「あーあ、もっと自分が自由な身分だったらなぁ…そしたら結婚相手くらい自分で何とかするのに」


小声でそうぼやいてみるものの、誰も聞いてはいない。

聞こえない様にぼやいたし、今周りの人間が重要視しているのは私ではなく、見合い相手のほうなのだ。


「では、こちらに。」


向こうの方の従者だろうか。

初老の男性が奥の一室に招いてくる。

そこに、見合い相手が居るのだろう。

これまでも何度か経験はある。父や母が勝手に作った縁談だ。

下級層の貴族に話を取り付け、私と向こうの息子やら養子やらと会わせられた・

こういうと悪いことをしているように聞こえるが、向こうの方が階級が下だということは知っていたので、毎回断らせてもらってきた。

向こうの見ているものは私ではなかったからだ。

私と結婚することで手に入る、権力。財。友好関係。地位。

どうやって取り入るのか。どうやって気に入られようか。

…そんなものにしか目がいかないようなつまらない人とは到底気が合わない。

どうせ、今回の話は私が断れないから好都合、とでも思っているのだろう。うちの家族は。


「はい、わかりました。」


まるでプログラムされた機械のようにその言葉を発すると、案内された部屋に入る。

普段とは違い、なぜか父の同行は拒否された。

私一人で部屋に入る。

すると、入ってすぐに声がかけられる。


「え…見合い相手って、君なのかい?」


そう言ってくる、聞き覚えのある声。


「あ…先日の夜会でお会いした・・」


そう、だと思う。たぶん。


「そう…なんだけど、これは…驚いたな。」


驚いたのはこっちだってそうだ。あの夜会で外に出ていたがっていた人なんてそうはいなかったから。

みんな、王族だの上位貴族だのに取り入ることに必死だったから。


「あの、失礼とは存じますが、なぜ私を見合い相手に?」


「………うーん」


なぜか、彼は黙ってしまう。

やはり、言えないような理由なのだろうか。

そんな風に考えを巡らせようとした瞬間に、口を開いた。


「あの、笑わないでね?」


「…は?」


間抜けな返しをしてしまう。いけないいけない。

なぜ、そんなことを聞くのか。そこが、今は重要だ。

笑われるような見合いの理由なんて、聞いたこともない。


「ええ。笑いません。絶対に。」


でも、理由は知りたい。なら、笑うのをこらえるくらい簡単だ。

恐らく、ここの返しでこの人がどんな人なのかがわかる。


「実は、この見合い。僕の作ったものじゃないんだよね…」


「……えぇ?」


思わず問いただしそうになるのを抑え込もうとする。

…が、口から言葉は勝手に漏れる。


「じゃあ、私がここに呼ばれるのも知らなかったってことですか?」


「うん。そうなんだよね。」


なんてことだ。今回に至っては、私だけではない。相手の方の意見まで無視されていた。


「だからね、この見合いは君の方から断っていいよ。」


「…何を言ってるんですか?私から断ることなど・・」


出来ない身分だ、と。続きの言葉は流石に言えなかった。


「まぁ、そうだよね。でも、自分たちがなにも知らない状態での見合いなんて、おかしいだろう?」


「ま、まぁ。確かに…」


そういわれてしまうと、なかなか言い返せない。

それに、見合いを断れるのなら好都合だとも思う。


「でも、僕はもう一度君と話をしてみたいと思っていたよ。だから、もし良ければ、このまま見合いという形ではなく一緒に過ごしていけたらな、なんて思うんだよね。」


「そう、ですか。」


一考。

もし、この先話がまとまって、この人のお嫁に行ったらどうなるか。

この人が言っていることが本心なのなら、それなりにいい人かもしれない。

それに、私の家系はより上位の者になる。

父の顔も立つ。これ以上面倒な縁談をすることもない。

なかなか、悪くはないかもしれない。


「考える時間を頂きたいです。今すぐにお答えすることは出来ません。」


そう答えた。

今の答えが最適解でないことはわかっている。でも、ここですぐに決めるべきではないと思った。

せっかく、相手方が時間をくれていて、さらに断ってもいいと言ってきてくれているのだ。

少しくらい考えてみるのもいいかもしれない。

ちなみに、この国の8割以上の女性はここで即答で承諾しているだろう。


「うん。わかったよ。でも、それじゃあ君のお父様が納得しないのではないかな?」


「いいえ。お父様には承諾したと言うから大丈夫ですよ?」


私はにっこり笑う


「そういうことにしちゃうのか。なかなか大胆に嘘をつくなぁ。」


感心したような、驚いたような。そんな声で彼は言う。


「だから、私が断った時にはうまく合わせて下さいね?」


「うん。わかった。面白そうだね、こういうの。」


私より年上の方だけど何だかいたずらを考える少年のような表情を見せた。


「ふふ。そんなこと言う貴族の方は初めてです。」


「君がしてることだけどね。」


「私だけじゃなく、貴方も共犯でしょう?」


「口がよく回るみたいだな…こりゃ敵いそうもない。」


私のお見合い相手は苦笑いで頭を掻いた


「あなたも大概口の良く回る人ですよ?それなのに私ともう一度話をしたいなんて、なんか嘘みたいです。」


「うーん。そんな風に思われちゃったか…」


「でも、私は侯爵様のこと、嫌いではないですよ?」


含みを持たせながらそう言うと、


「はは、好きでもないって?」


答え辛い返しだ。

とりあえずそこはにっこり笑うことでごまかした。

その後もとりとめのない話をして、侯爵様とのお見合いは終わった。

きちんと、父には『縁談はまとまりそうです。』なんて伝えながら。

そして、家に帰ってからシエルはこう言った。


「お父様。お願いがあります。私は今回の見合いで嫁ぐことでしょう。そうなっては、この街のことを知る機会も減少します。なので、婚儀が行われるまでの間、私を街に出させてほしいのです。」


…と。

まあはっきり言ってこれを口実にして遊びに行きたいのだ。

というか、普通の暮らしがしたい。何もかも、自分で行う暮らしを。

父は、最初は反対した。

でも、普段は全く反抗したりしなかった私が何度も主張したからだろう。

さんざん渋られたが、最後には許してくれた。

それからは、とても楽しい日々が始まるはずだ―――




―――そして、舞台は移って―――

この国の第二王子。

名を、リベルタ・リシェス。

執務などは完璧にこなすものの、彼には一つの難点があった。

そして、それが今日も周りを混乱させていた。


「リベルタ王子はいたか⁉」


「いや、見当たらない!そっちはどうだ?」


そんな声が城中を埋め尽くさんばかりに響く。

そう。リベルタ唯一の難点は、

『よく城から居なくなること』

だった。


「ふっふっふ…あの程度で俺を見つけようなんて、甘いな…」


そう、木の上で呟いているのが件の王子。

兵士を一瞥しながら隙を見てひょいひょいと城の外へ向かっていく。


「さて、と。今日はどんな発見があるかな?」


そう、何かに期待するかのような表情をしながら彼は当たり前のように城を出て行った。


「王子はどこだー!」


「こっちには居ないぞ!」


…なんて喧騒は聞いてない。気づいてないよ。




――――場所は城下町に移り、シエルは――――


「この袋はここに置いておくので大丈夫かな?」


小麦がパンパンに詰まった袋を抱えながらシエルは歩いていた。


「ああ、そこで大丈夫だけど…重くないかい?」


「まあ、確かに重いけど、こうやって働けるのがとても楽しいから!」


満面の笑みでそう答える彼女はもうすっかりこの店に溶け込んでいた。


「そうかい?なら、こっちとしてもありがたいんだけどね」


そう。彼女は普段の貴族の生活からは考えられない、『労働』をしていた。

しかし、シエルはこの生活に満足している。


「やっぱり、こうやって生活していくほうが楽しいわね!」


「ふふっ、シエル様はいつになっても変わりませんわね。」


買い物を頼んだ老婆が感慨深そうに呟くが、


「あっ、またそうやって呼ぶ!今はただのシエルなの。貴族なんかじゃないわ。」


シエルは貴族扱いされるのは好まないようで、その度に注意していた。

老婆もはっとした顔で言いなおす。


「そうでしたね。シエル。じゃあ、この買い物を頼めるかしら?」


「ええ、もちろん!任せておいて。」


「頼もしわね。じゃあ、お願いするわ。」


「はーい!じゃあ、いってきまーす!」


そう叫びながら、元気よく歩き出す。

ちなみに、シエルの働いているこの店はシエルの家の元家政婦が営んでいる店だ。

当然、シエルの身分も知っているがシエルが望むので隠して貰っている。完璧ではないが。

ここで身分を明かすわけにはいかなかった。

貴族に良い印象を持っていない人々も多いうえに、貴族の娘が街で働いているなどと知れれば父にどんな言葉が飛んでいくかわかったものではない。

それに、何といっても、シエルが街に出たのは、こういう普通の暮らしをしたかったからなのだから!


「えーと、買わなきゃいけないのは…」


お茶の葉、ミルク、卵に小麦粉などなど…様々なものがあげられていた。


「こんな機会、めったにないんだから。楽しまなきゃ損よね!」


なんて言いながら街の中を張り切って歩いて行った。

『小麦粉、さっき凄い量運んだ気がするんだけどな…』という言葉は胸の奥にしまっていた。




―――そして、そのころリベルタは―――

鼻歌交じりに街中を歩いていた。

その視線の先には。


「あれ?あの人…」


シエルが居た。


「確か、夜会に来てた人だよな?なんでこんな所に?」


確かに、間違いないと確信できた。

つい、先日見たばかりなのだから。

名前を知っているわけでは無いが、少なくとも貴族であることは間違いなかった。

あの夜会に居たのは殆どが上級階級のみ。

そんな中、女性陣で唯一外に出て時間を潰していたからすごく印象深い。

だが、わからない。

なぜ、そんな人物がここに居るのか。


「えーと、買わなきゃいけないのは…」


なんて呟きながら買い物に行こうとしている。


「まずはここから…」


そう言って、近くの店に入る。

何でこんな所にこの子が居るのか少し気にはなるが・・。


「今は、気にしなくてもいいかな…」


少しの間考えるが、今はもっとやるべきことがある。

リベルタは、街の中へと進んでいった。


―――その数十分後―――


「えーと、あとは買うものは無いわね。よし!買い物終了!」


手に持ったメモをよく確認しながら、自分の買ったものと照らし合わせている。

シエルの目の前には、大量の買い物袋。


「じゃあ、これを持って帰れば…って、うわぁ⁉」


あまりに大量に買っていたその荷物は、音を立てて崩れようとしていた。


「危ない!」


叫びながら、一人の男性が荷物を支えていた。


「あ、ありがとうございます!ご迷惑をおかけして、すみません!」


そう言いながら、荷物を受け取る。

助けてくれていたのは、リベルタだった。

どうやら、シエル自身は気付いていないようだが。


「いや、待ってくれ。それを君一人で持っていくのかい?」


中身ギッシリの紙袋を両腕で抱えている。


「はい!もうこんなヘマはやらかしませんから、大丈夫ですよ!」


そんな風に言われてもまた荷物が崩れるのが目に見えるようだった。


「いや、その量を一人で運ぶのは間違ってるって…半分持つから、貸してくれ。」


「ええ⁉そんな、悪いですよ…」


「まあそう言わず。乗りかかった船みたいなもんだし、な?」


「うーん、でもやっぱり駄目です!これは私の仕事なので!」


なにもそこまで拒否らなくても。


「今この状況で俺が去っていくほうがどう考えてもおかしいだろ!もう俺を助けると思って手伝わせろ!」


こんなやり取りしているせいで近くの人々の目線は釘づけだった。

ここで荷物も持たずに去ろうもんなら、『頑固な女と押し負ける男』みたいな構図ができてしまう。なんか嫌だ!


「そう、ですか?じゃあ、お願いします。」


持っていくと言っていた店までは、かなりの距離があった。


「君はいつもこんな量を一人で?・・ていうかずっと君って呼ぶのなんか変だよな・・俺はリル。最近越してきたばかりの人間だ。で、君は?」


「ええっと、ルカです!今日はたまたまです。その・・今日安売りの日なんですよ」


笑顔で、でも恥ずかしそうに教えてくれた。


「なるほど安売りね。この街の事はルカに聞いたらいい買い物ができそうだな」

ルカは軽く首を横に振る。


「実は、私も最近引っ越してきたばかりで、常連客の方に教えていただいたのです。」


「常連客?」


思わず聞き返してしまう。


「叔母の店を手伝っているんです。」


「なるほど…なかなか大変なんだな。」


彼女の名前を聞くためにまず自分から名乗るものだと思い名乗ったが・・大丈夫だったか?

最近読んだ本の主人公の名前をちょっと拝借。

少し女っぽい名前だが、思い浮かんだのがこれしか無かったのだから、仕方ない。

まさか、自分の本名を名乗るわけにはいかない。

王族が、王位継承権は無いにしても街中をうろついているのは問題だからな。

それに、ほら。『リベルタ』と『リル』って似てるだろ?

リベルタ。リル。RIBERUTA、RIRU。

ほらね? …というかこれ本当にただの短縮じゃ…


「そんなことないですよ。毎日すごく楽しいです!あ、リルさんそこの角を右です!」


いや、短縮だとしてもバレなきゃいいんだし。

いざとなったら記憶を…って、それはよくないな。どうしようか。


「リルさん?リルさーん。」


何度か呼ばれて我に返る。


「ん、ああ、了解。つぅか…リルさんって・・リルでいいよ。」


ルカははにかみながら、ではリルと呼ばせていただきますね。と言った。律儀と言うか、いやに丁寧というか…。

何にしても、気づかれて無さそうだ。よし。ナイス鈍感!

そこから少し歩いて。


「ここです!荷物持っていただいて、本当にありがとうございました!」


「いや、なんてことは無いさ。ただ、もうあんな無茶はしないようにしてくれよ?」


「そうですね、気を付けます…」


「まぁ、頑張るのはすごいと思うけど。やり過ぎはよくないな。周りで見ててもひやひやするし。あ

と、あまり人を簡単に信用しない様に。」


はて、と少し首を傾げるルカ


「ここは比較的治安がいいけど善意と見せかけてその荷物を持ち逃げするような輩もいるからな。」


「ああ、なるほど。気を付けます。」


本当に、いろんな意味で心臓に悪い。

あれをこれから何回もやられるとなると…街の人たちに同情してしまいそうになる。

だが、いざ店のエプロンを着ると外に居る時とは別人のような動きで店の手伝いを始める。

これなら、店内の仕事で町民に心配されているようなことはなさそうだ。店内では。


「これが同一人物なのか…」


あまりに印象と違うので、ため息交じりに言葉が出てしまう。


「え、なんですか?」


「ああ、いや。なんでもない。」


「あの、お礼もしたいし、もし良ければ寄っていってください!」


その店は、どうやらカフェのようだった。、

店に入ると、そこには落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。

決して華美なものではないが見栄えの良い飾り付けがなされている。


「うん、なかなかいい店だな。」


「でしょう?コーヒーとミートパイは特におすすめなんですよ!」


その言葉は嘘ではなかった。

出されたコーヒーは、原材料は違わないはずなのにこれまでのコーヒーとはどこかが違っているように感じた。


「美味い。」


そう、思わず口から洩れてしまう。

隣でニヤニヤしながらこっちを見てくるルカが…少しだけ自慢気な顔に見えた気がしたが、きっと気のせいだ。


「確かに、すごく美味しいな。おすすめ、なんていうだけある。」


素直な感想を口にする。


「でしょう?私の叔母さんは凄いんですよ!」


まるで自分のことのように話す。その姿は本当に楽しそうで、嬉しそうだった。


「っと。そろそろ時間かな。すまない。今日はこのくらいにして帰らせてもらうよ。」


「え、そうなんですか…残念。もう少しでミートパイが出来上がるのに」


ホントにおいしいんですよぉ、となぜか彼女の方が残念がっている。


「もうあんな無茶するなよ?」


一応、もう一度釘をさしておく。


「むー、わかってます!」


ルカはむっとした顔で返してくる。ちょっとかわいい。


「じゃあ、また来るとしますかね。」


「ではその時この店自慢のミートパイを召し上がってくださいね?」


「ああ、わかったよ。」


軽く手を振りながら帰路に就く。


「出来ればまた手伝ってくださると助かるんだけど?」 


「…さっき釘を刺したのにどうしてそうなるんだ」


立ち止まってしっかり注意を入れておく。


「だって、リルは優しいから困っている人は助けてくれそうじゃない?」


「…そんなたいそうなもんじゃないさ。」


「そうかな?私にはすっごい優しい世話焼きさんみたいに見えたけど…?」


「気のせいだ。まあ、また来るさ。」


「はい!お待ちしていますね!」


だいぶ時間を使ってしまった。早めに城に戻らないと。

…『また来る』なんてなんで言ったんだろう?

まあいいか。どうせまた来ることになる。




―――次の日―――


「どうしたんですか?こんなに早く仕事をなさるなんて…」


城の従者たちがざわめく。

一応、俺は毎日しっかり仕事をしてから外に出ているからな?


「なんだ、俺がしっかり仕事をしていたら駄目か?」


「い、いえ!そのようなことはございません!」


機嫌を損ねたかと焦っているのがまるわかりだ。

こんなことで怒るとでも考えられているのか。そんなに心が狭い人間ではない。はず。


「さて、と。これで全部だな。」


昨日行った店に行くことが俺の中では確定していた。

あの味も気に入ったが、何より気がかりはルカのことだ。

また、あの無茶としか思えないような行動をしていないだろうか?

荷物を崩した、盗られた、壊した…全部やりそうだ。


「さて、やるか。」


聞こえないよう、呟く。


「流石にここまで仕事をやってると疲れるな。俺は部屋に戻ってるよ。」


「はい、わかりました。…でも、城を抜け出すようなことはしないでくださいね?」


…これは、あれだな。デジャヴだな。


「分かってるよ。」


ばれない様に頑張るさ、とは言わないでおく。

自分の部屋に戻る途中、兄上の妃リュミエール妃に会った。義理姉は最近首の座った赤子、エクラを抱いていた。御子を二人産んだとは思えないほどスタイルも良く相変わらず美しい人だった。


「義姉上、お久しぶりです。体調はいかがですか?」


「あら、リベルタ。本当に久しぶりね。今日は体調もいいわ。天気がいいからこの子を連れて散歩中なの」


柔らかく微笑む義姉上は、ねぇーとエクラに話しかける。


「散歩も良いと思いますが、あまり無理をなさらないようほどほどになさってくださいね。でないと、兄上が心配しますから。」


義姉上は微笑みながら頷いた。

「貴方もほどほどにね」と、まるでこれからしようとしている事がばれている様だった。

軽く笑いそれ以上の返答はせず義姉上と別れた。

義姉上に釘を刺された感じはあったが、部屋の窓から外に出る。

見回りの警備のパターンはとっくに頭に入っているから、穴を見つけるのは簡単だ。

…こんな警備体制で大丈夫なのだろうか?

何はともあれ、この警備のおかげで外に出られるんだ。感謝しなきゃな。


「さて、ここだ。」


そう小さく呟きながら、リベルタは外への扉を開けていった。


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