[スペシャルショートストーリー] 『お前様、夏のほらぁすぺしゃるですよ』ー後ー
どれくらい走っただろうか。気が付けば全身が汗でびっしょりと濡れていた。
ウエストポーチの中からタオルを取り出すと、顔や首周り、腋などを拭ってふぅと息を吐く。
「あっちぃなぁ……つか、ここは何処?」
カザリが辿り着いた先は、広々とした開けた場所だった。
草叢を掻き分けて進んでいると、突如目の前に現れた石畳の階段。それを上った場所には、サイドに灯籠が立ち並ぶ寺の様な建物が在った。
不気味な事に、人の手が及んでいないのにも関わらず、灯籠に仕込まれた灯魔石が珍しい紫色の光を点していた。
「あからさまなんだよなぁ……カザリちゃんはホラゲ主人公じゃないから、絶対入んないからね。ーー絶対だぞ」
何かを決心しながら建物を見据えるカザリ。他の廃屋と同様にかなり朽ち果ててはいるが、壁や屋根は残っており、かろうじて建物としての体裁を保っていた。
故に、中を調べるには内部に入るしかない。
だが、数多くのホラーゲームをプレイして来たカザリが、こんなあからさまな建物に入るわけもなく。
裏山の方から引いているのか、湧き水が絶え間なく流れ続ける水場の様な場所で、タオルを絞って再び顔を拭った。
「ふぃ〜……待って、私念話とか使えないんだけど……誰か迎えに来てくれるかなぁ?」
空を見上げれば、既に日は山の向こうに隠れ始めている。先程まで夕暮れの赤に染まっていた世界は、徐々に夜の黒へと移り変わり始め、独特な青を添えていた。
「おばあちゃん家の近くにも古い寺があったっけ?……いや、神社だったかな?どっちにしろもっと神聖な場所だったのは確かだ」
酷く曖昧な記憶の中の景色と、目の前の景色を見比べて目眩がしそうになる。
なんだって神仏を祀る場所がこんなにも邪悪な様相を見せているのか。その答えを知らなければ、この依頼が終わる事はないのだろうか。
カザリは、絞ったタオルを首に巻き、石畳の階段の方へと歩いて行った。
すると、
「お、パイセンみっけ!何してんスか?」
「キオラ!」
然程長くもない階段を上がって来たキオラルトが、フランクに手を振って来る。
一人で不気味なところに迷い込んでしまい、かなり心細かったカザリは、顔を綻ばせてキオラルトに駆け寄った。
「いやはや、こんな所まで来ちゃうなんてパイセンも災難スね」
「……?ねぇ、キオラ。ロカとレインは?」
「ロカとレイン……?あー……なんか戻ったッスよ?」
「…………」
なんだかよく分からない事を言うキオラルトに、カザリは不審がる視線を向ける。
そもそもこの場にカザリが来て未だ数分しか経っていないのに、都合良くキオラルトが現れた事が不自然だ。
更に、共に探索に出た筈のロカとレインが同行していないのは何事か。あの二人が一緒にいるのなら、仮に単独行動をする事になったとしても、その役目は二人のどちらかが担うだろう。キオラルトみたいな子供に、危険な場所で単独行動を許す様な二人では無い筈だ。
「あれ?パイセンどうしたんスか?なんか怖い顔してるッスけど」
「いや、何でも……」
「ん〜、取り敢えずその建物調べて見るッスか?何かわかるかもしんないし」
「そうだね。ーーその前にさぁ、ムゥラの加護はどうしたの?」
「っ!?」
目の前のキオラルトからは、彼女の才能の一つである聖属性のマナを引き寄せる気配が微塵も感じられなかった。
それどころか、なんだか良くないモノを引き寄せている気配すら感じる。
カザリは、脚を僅かに開いて警戒を隠す事なくキオラルトを睨み付けた。
「……あぁ、ナニ?コイツってなんか特別な奴だった?一番馬鹿そうだから真似てみたんだけどな」
「ーーっ!?」
カザリの視線の先、キオラルトの姿がグニャッと歪む。幻影術の類いかとカザリは警戒を強めるが、どうやらまた違う部類のものの様だ。
キオラルトの姿が徐々に変化していき、やがてそれは、人間を超える大きさの猫の姿になった。その全身は真っ黒い毛並みに覆われており、人を簡単に殺せる程に鋭利な牙が剥き出しになっていた。
「化猫……?」
『アァ、正解ダヨ。百鬼夜行ノ一匹、化猫サァ』
「百鬼夜行?まだ残ってたの?」
『簡単ニ終ワラセテクレルナヨ、人間ゴトキガサァ!!』
自らを化猫だと名乗った存在が、鋭い牙を見せて笑う。
どうやら、この妖が廃村跡に住み着いて、旅人達を被害に遭わせていた様だ。
依頼内容を確認した際には、実際に死者も出ていると言った報告があったので、カザリは背中の剣を引き抜くと油断なく構えを作った。
「凄んでるところ悪いんだけどさ……お前、キオラの事馬鹿にしただろ?許さねーかんな」
『ッ!?』
「それをして良いのは私らの特権なの。見知らぬ猫畜生に馬鹿にされて良い子じゃねぇんだよ」
バチッと勢い良くカザリが立っていた地面が爆ぜる。
次の瞬間には、カザリは化猫の上空にいた。
『速イッ!?』
「お前が遅い」
化猫は、直ぐに後退しようとするが、いつの間にか四方を黒い雷の壁が囲っており、身動きが出来ない状態になっていた。
「小物風情が大物感出してんなよ?お前、どう見ても雑魚」
上空から落下しながら、まるで地面に立っているかの様に化猫に対して水平に構える。
風刃剣を握る右腕を思い切り引き、激しい雷撃を剣先に高圧縮して落下した。
「爆雷一閃!!」
引き絞った腕を愚直に突き出すと、全身を駆け巡った黒き雷が風刃剣へと伝わり、そこに蓄えられていたエネルギーを突きと共に解き放った。
『グァアッ!?コンナ……人間ニッ……!!』
僅かな抵抗を見せたものの、黒き雷は化猫の身体を穿ち、そのまま全方位に爆ぜ、地面を抉りながらとてつもない衝撃波を生み出した。
寺の一部は半壊し、石畳の地面は剥き出しの土へと様相を変える。
とてつもない破壊の痕跡の中心で、カザリは剣を鞘へと仕舞うと、首に巻いていたタオルで額を拭った。
「あっちぃから動かさないでくれ給えよ」
ふぅと一息吐いてどうしたもんかと悩んでいると、再び石畳の階段からキオラルトが上って来た。
「あー!!やっぱりパイセンだ!!すっごい音したけど何してんスか!?」
「おーキオラ!!迎えに来てくれたの?」
「へ?探索中ッスよ?」
その背後には、周囲を警戒しながらロカとレインがついて来ていた。三人の慣れ親しんだ雰囲気を感じて、カザリは三人が本物だと確信して手を振る。
「迎え?そういや、あんたなんで一人なわけ?他の三人は?」
「ゔっ!?……こ、怖くなって置いて来ちゃった……」
「はぁ〜……団体行動くらいしっかりしなさいよ……」
「返す言葉もございましぇん……」
ロカが呆れた様に眉間を揉む。
カザリは、何も言い返せなくてもじもじとするだけだった。
「しかし、これはまた随分と派手にやったね。そんなに強敵がいたのかい?」
「いや、ちょっとイラッとしてさ。雑魚だったよ」
「ん?何かされたのかい?」
「ううん、なんでもないよ」
周囲の破壊の痕跡を見れば、カザリが黒き雷を扱ったのは明白である。
身体強化程度ならいざ知らず、圧倒的な破壊力の魔力を、攻撃に用いなければならない程の敵が現れたのかとレインは警戒を示す。
だが、当のカザリから否定されて警戒を僅かに解いた。
「パイセン、それ涼しそうッスね」
「ん?キオラにも貸してあげようか?」
「やったー!あそこの湧き水ッスか?」
「そうそう、冷たいよ」
暑い季節に歩き回ったからか、キオラルトがカザリのタオルを指差して羨ましそうな視線を向けて来たので、カザリはウエストポーチから違うタオルを取り出してキオラルトに貸してあげた。
キオラルトは、嬉しそうにスキップで水場へと飛んでいく。そして、タオルを濡らして顔を拭った。
「ぁ〜……きもちーね……」
暑い夏の日は、顔や首周りの汗を拭うだけでもスッキリした気持ちを味わえる。
キオラルトがだらしない顔をしながら涼んでいると、不意に水場の水溜りに映る自分が気になった。
「…………」
得も言われぬ違和感がキオラルトを襲う。見慣れた筈の自分の顔が、なんだか自分のそれではない様な気分。
一体その正体はなんなのか。水面に映る顔を眺め続けていると、不意に反射するキオラルトがニタァと歪んだ笑みを見せた。
「…………ぇ?」
そして、反射したキオラルトの腕が、水面から飛び出して来てキオラルトの首を掴む。
「どっひゃーーーーっ!!!?」
「キオラっ!?」
驚きのあまり背後へと倒れ込む。すると、水面の向こう側のキオラルトを意図せず釣り上げる形になった。
全身が真っ黒に爛れた人の形に近い異形。目がある場所は空っぽに窪んでおり、鼻はなく、口が異様にでかい。立っているのに地に掌が付くほどに腕が長く、身体はガリガリに痩せこけていた。
「むりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりぃぃぃぃぃぃぃいいい!!!!」
「あ、おい!!ーーっんとに、あんの馬鹿!!」
そして、キオラルトは首に異形をぶら下げたまま寺の中へと走り去ってしまった。
急いで止めようとしたロカだったが、素早く駆けて行ったキオラルトを止める事が出来ず、悪態を吐いた。
「私が行く!!」
「待つんだカザリ!!あからさまに危険な場所だよ!!」
「直ぐ戻るから!!二人はそこで待ってて!!」
「はぁ!?……ちょ、どうすんのこれ?」
キオラルトが消えて行った寺の入り口に、カザリもまた飛び込んで行った。
その後ろ姿を見送って、ロカは顔を引き攣らせる。
レインも状況を整理し兼ねていると、不意に背後から物凄い勢いで何かが飛来した。
「ーーーーお前様ぁぁあ!!」
「……へ?今ツカサも突撃して行ったかい?」
「……もう知らない」
石畳の階段をひとっ飛びで上がって来たツカサが、その脚で寺へと突っ込んで行く。
レインが困惑しつつ寺を眺めていると、ロカは軽く息を吐いて視線を外した。その先には、カザリの戦いに引き寄せられた数多くの異形の姿があった。
「取り敢えず、あいつら出てくるまで此処を死守しないといけないわね」
「ふむ、完全に囲まれたね」
「そっち半分任せるわ」
「わかった。終わったら一杯やろう」
「勿論よ。飲まないとやってられないわ」
そう言って二人は全身にオドを循環させるのだったーー。
暗く広い寺の中、キオラルトの叫び声を追って木造の廊下を走って行く。
例に漏れず、床板の老朽化も凄まじいものであったが、カザリは持ち前の目の良さを活かして、比較的踏んでも大丈夫そうな場所を選びながら走っていた。
「キオラぁあ!!止まれぇえ!!」
「ぎょえーーーーっ!!!?」
「次はナニ!?」
前方の暗闇からキオラルトの凄まじい叫び声が聞こえて来る。
オカルトを全く信じていない感じだったキオラルトが、ここまで取り乱している様はなんだか間抜けに感じられた。
「あびゃーーーーっ!!!?」
「キオラぁあ!!私の声の方に走れぇえ!!」
カザリよりも遥かに身体能力の高いキオラルトが本気で走り回っているとなると、いくら人一倍早い動きが出来るカザリでも追いつく事は困難だ。
そのため、カザリは必死になってキオラルトに呼び掛ける。狼人族の聴力もまた、純人族のそれとは比較にならないものなので、位置関係なんかも容易に知れるだろうと踏んでの声掛けだった。
「ぱいしぇぇぇぇええええん!!!!」
「こっちだぞー!!」
廊下の真ん中で立ち止まってキオラルトへと呼び掛ける。凄まじい足音があちこちから鳴り響き、カザリは既に自分が何処にいるのかも分からなくなっていた。
その時、ふとカザリの肩に手が置かれる。ビクッと肩を跳ね上げたカザリは、恐る恐る振り返った。
「はぁ……はぁ……やっと……捕まえましたよ……」
「はれ?つーちゃん?」
「全く……少し手加減して下さい……」
「ぇ、あ、ごめん?」
暗闇の中で見るツカサは、心なしか髪が乱れ、和服も着崩れてしまっていた。
その様子から自分を必死に追いかけて来てくれた事を知って、カザリは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「しかし、ここは拙いですね。魔素に邪属性のマナが混じってます。良くないモノが集まり過ぎてる」
「寺なのに仏はおらんのかい!?」
「早くキオラを回収して出ましょう。外でレインと壁女が待ってます」
「りょーかい!」
相変わらず彼方此方からキオラルトと思わしき足音が鳴り続く。
しかし、廊下が非常に入り組んでいて、一向に出会える気配がなかった。
「……一種の固有結界ですね。この場の格となる存在が、寺を迷宮の様にいじくり回しています」
「待って、本気でやばい奴いる感じ?」
「……どうでしょう。お前様がいらっしゃれば問題ないかと」
「過信し過ぎなんだよなぁ!私はどう見ても仲間内で一番弱いかんね!」
「また御冗談を」
「冗談で言ってみてーよ!」
カザリとツカサが漫才をかましていると、前方の暗闇の中から半透明で不気味な子供達が現れた。
カザリとツカサは油断なく構えると、アイコンタクトを取って踏み込む。
「たぁーーっ!!」
「疾ーーッ!!」
二つの剣劇が次々と半透明な子供達を切り裂いていく。
しかし、そのどれもが実体を持たないのか。切っても切っても、霧の様に揺らいで元の姿に戻ってしまった。
「なにこれ!?幻影!?」
「ーー本物?」
「怖い事言わないでっ!!」
「そうですね……御霊は在るべき処へ還えられよーーーー喝ッ!!」
慌てふためくカザリの隣、ツカサが二本の指を立てて言葉と共に気を飛ばす。
すると、半透明な子供達は勢い良く霧散していった。
「へ?何したの?」
「当家に伝わる御呪いです。しかし、これが効くとなると……」
「へ?」
「……いえ、何でもありません」
「…………おしっこしたくなって来た」
「…………奇遇ですね、私もです」
二人して悪寒を抱いていると、漸く廊下の先から足音が近付いて来た。
ドタドタと床板を蹴って豪快にキオラルトが走り来る。
「ぱいしぇぇえん!!刀女ぁぁあ!!逃げてぇぇえ!!」
「「ーーは?」」
何がどうしてこうなった。暗闇の向こうから走って来たキオラルトの背後には、キオラルトを追う様に走る巨大な大仏の姿があった。
『チョイト、入レテクレンカノォォオ?』
「うきゃぁぁぁぁぁあああああ!!!?」
「パイセンうっさ」
「き、キオラぁあ!!お前、何連れて来てんだよぉ!!」
「だって!!仕方ないじゃん!!」
カザリ、ツカサ、キオラルトは並んで廊下を直走る。
流石というべきか、ツカサが道中に灯魔石を目印として置いて来てくれていたので、三人は灯を追って走り続けた。
「それよりキオラ、首のそれは痛くないのですか?」
「それどころじゃない!!」
「そうですか」
全速力で走るキオラルト。その首には、寺に突撃する前と変わらず、黒く爛れた肌の異形がしっかりとしがみついたままであった。
何度目かの曲がり角を曲がると、漸く寺の入り口が見えて来た。既に日が落ちて暗くなった外に、三人は同時に飛び出す。
その瞬間、巨大な大仏によって寺が崩壊し、凄まじい砂煙が舞い上がった。
「ーーロカ!!レイン!!戦闘準備!!」
「「ーーっ!?」」
勢い良く飛び出した三人は、魔術で生み出した椅子で寛ぐ二人の脇に立って振り返った。
豪快に寺を破壊しながら現れた大仏からは、メラメラと立ち登る炎の様な邪属性の魔力が視認出来た。
「こりゃまたとんでもないわね」
「まぁ、今更戦闘が一つ増えたところで、今日の疲労に大差はないよ」
「それもそうね」
そうして、ロカとレインは己の魂に宿る聖剣を顕現させて立ち上がる。
カザリとツカサ、キオラルトもまたそれぞれの剣紋を輝かせて、神器と聖剣を手にした。
「よっし、こいつ倒して帰ろう!」
「まぁ、ここまであからさまな奴なら今回の依頼に関係はありそうね」
「帰ったら先ずは温泉に入りたいですね」
「肉が先だよ!」
「いいや、酒が良いなーー来るよ」
岩泥人形よりも余程大きな剛腕が振われる。数秒前までカザリ達の立っていた場所が、地面ごと抉られて地形を変えた。
「パワフルだけど遅いな」
大仏の腕に飛び乗ったレインが走る。あっという間に顔まで近付くと、白と紫に彩られた聖剣を振り払った。
瞬間、剣の軌道を追う様に、空間に白い稲妻が発生する。バリバリと放電する稲妻は、聖属性のマナを纏って大仏の顔面に直撃した。
『アァァァァアアッ!!』
直接脳に響く奇怪な声が鳴る。その嫌な音に顔を顰めつつ、大仏の足下でキオラルトが金色に輝く大剣をフルスイングした。
「てぇえい!!」
『アァアアッ!?』
圧倒的な力で振り払われた大質量の聖剣によって、大仏の片足が切断と言うよりも、粉砕された。
バランスを崩した大仏が前方に倒れ込む。その先で居合いの構えを取っていたツカサが、軸足に力を込めた。
「居合抜刀術変転、クサナギ流魔殺剣ーー神威万絶」
目にも止まらぬ神速の居合いが、世界に一つの斬撃を数秒遅れで反映させる。
大仏の身体が斜めに両断され、空いた隙間から邪属性の魔力が溢れ出す。
振り抜かれた深緑の刀は、空にも届く程に刀身が伸びていた。
そんな刀身の脇、カザリとロカが空中で大仏を見下ろす。
「さて、何が出る?」
「十中八九、悪魔ね」
迸る邪属性の魔力の中、大仏の身体から這い出て来たのは、青黒い肌の巨人。強靭な爪と鋭利な牙を兼ね備えた人外の化物。そして、額には大きな眼球が一つ。
「あいつ……」
「なに?知り合い?」
「んなわけないっしょ」
その姿は、カザリがこの世界で初めて相対した悪魔のものだった。
フォルヴェーラの街を襲った邪教徒であるイゴールが、血呪ノ眼を用いて変異した異形。あの時は完全に受肉させる前に倒せたものの、どうやら目下で大仏から這い出たそれは、完全に受肉を終えている様であった。
「人間風情ガ、俺様ノ縄張リヲ荒ラスナァア!!」
耳障りな機械の様な声で叫ぶ悪魔。俊敏な動きでツカサ達に迫り、激しい戦いが繰り広げられた。
「キオラ、右!!」
「わかってるよ!!刀女、裏回って!!」
「はぁ、主以外が命令しないで下さい」
戦況は、大分此方に有利か。三人と悪魔の凄まじい戦闘が行われているが、三人にはまだまだ余裕がありそうな雰囲気である。
風を切って振われた腕を剣の腹で逸らすと、レインが鋭く剣を振るう。
青黒い血煙が舞い上がり、その死角から獣化したキオラルトが、魔力の狼によるタックルを見舞った。
「チィ、小賢シイッ!!」
「ーー背がガラ空きですよ」
「ッ!?」
バランスを崩した悪魔の背後からツカサが迫る。深く腰を落とした構えから、深緑の刀を袈裟斬りに振り上げた。
しかし、驚異的な反応速度で対応した悪魔が、自慢の剛腕でツカサの剣技を受ける。
奇襲の失敗に対してニヤリと笑う悪魔。その厭らしい顔を心底軽蔑した表情で睨んで、ツカサは溜息を吐いた。
「もっとマシな防御をしなさい」
「ア……?」
ツカサの剣を防いだ左腕が、肘から斬り落とされて青黒い血溜まりを作っていた。
「アァァァァァァァアアアアアッ!!」
「全く、穢らわしい」
眼下の戦闘を見下ろして、カザリは苦笑する。この面子が戦闘をしていると、いつも自分の出番が無い様に思えるから複雑だ。
「これ、私達要る?」
「三人でも十分でしょうけれど、さっさと終わらせて帰りたいわ」
「あ、ハイ」
レイン、キオラルト、ツカサが並んで構えるのを見計らって、ロカは天上に向けて構えていた灼燦剣に極炎を纏わせる。
「フィニッシュよろしく」
「任せて!」
一言を残して、ロカが灼燦剣と共に急降下する。
凄まじい熱量の大剣を振り被り、縦に一回転する勢いで振り抜いた。
「灼熱流星斬」
周囲の空間を焼きながら、万物の臨界点を超えた流星の様な斬撃が刻まれた。
悪魔の周囲に満ちた邪属生の魔力がコレに争うも、その鬩ぎ合いは徐々にロカが有利に変わっていく。
「餌ガ、俺様ニ逆ラウナッ!!」
「あんたに喰われるくらいなら、金魚に喰われた方がマシよ」
「貴様ァァァアア!!」
均衡が崩れ、灼燦剣が振り抜かれる。軌道上の全てを溶かして、何の抵抗も示さない剣閃が振われた。
「ガァァァァァアアアアッ!?」
左半身がバターの様に切り裂かれ、悪魔が苦しみにもがきながら泣き叫ぶ。
せめてもの土産にと、口の内に邪属性の魔力を掻き集めて、悍ましい暗黒の光線を空のカザリに放った。
「死ネッ!!」
大質量の光線が放たれ、カザリの姿が飲み込まれる。
しかし、夜空から飛来した雷がカザリを包み込み、暗黒の光線のエネルギーを喰らい尽くした。
そして、夜空から沢山の光を集めたカザリが、半死の悪魔を見下ろす。
「ぁ、そういやリリィに血あげてないや……早く帰んないと。てことでーーーー暗禍ノ雷鳴」
星々の光が幾重にも連なる雷となって降り注ぐ。それらを神煌剣に纏わせると、カザリは一気に空を蹴った。
耳を劈く音が、廃村に響き渡る。黒き雷の光が周囲を満たし、廃墟の寺やぼろぼろの石畳の全てを吹き飛ばした。
「…………終わり?」
跡形も無くなった更地の中心で、カザリは四人へと振り返る。
相変わらずとてつもない破壊力を生む技を目の当たりにして、四人は誇らしさと呆れの混じった暖かい笑顔を向けた。
「はい、終わりに御座います。お疲れ様でした、お前様」
「いやー、やっぱあたしらさいきょーだね」
「そもそも、剣紋者が5人って時点で過剰戦力なのよ。SSランクの魔族でもない限り、苦戦なんてしないわよ」
「ははは、まぁ楽出来るならそれに越した事はない。日も暮れてしまったし、早く帰ろう」
そうして五人は、廃村奥にある寺に住み着いていた悪魔を討伐して、帰路に着くのだった。
既に魔素の気配が消えた廃村にて戦闘も無いだろう。警戒して魔力を温存していたのだが、遠慮が無くなったキオラルトが廃村の上空に障壁の道を創った。
半透明な道を歩いて、五人は難なく廃村の入り口にある坂へと到着する。
「カザリちゃん!みんな!無事!?」
「先程凄い音がしましたわよ!大丈夫でしたの!?」
坂の下でそわそわとしながら待っていたユリシアとリリエンテが駆け寄って来る。
二人に飛びつかれながら、カザリは笑顔で無事を告げた。
「うん、四人が守ってくれたからへーき!二人とも置いていってごめんね?」
「ううん、それは良いのよ。カザリちゃんが無事で良かった」
「皆さまもお疲れ様でしたわ。その分ですと、依頼は達成しましたの?」
心底安心した様に笑うユリシアに、カザリも釣られて笑い出す。
一行に然程疲れた様子は感じられないが、儀礼的な挨拶か。リリエンテが気遣う言葉を投げると、各々が口々に反応した。
「多分ね。一応、明日一日様子を見た方が良さそうだけど」
「そうだね。本当に何事もないとわかってからギルドに報告に行こうか」
「はぁー、疲れたー!帰って飯にしよ!」
そうして、七人は長い坂道を歩き始めた。
チラリと視線を向ければ、坂の中腹にあった地蔵は既に姿を消していた。
それを確認して安心したカザリは、ツカサの隣に寄って顔を覗き込む。
「ねぇ、つーちゃん」
「はい?」
「助けに来てくれてありがとねっ!」
「っ!」
突如、至近距離で大好きな笑顔を向けられて、ツカサの顔が一気に紅潮する。
茹で蛸かと見紛う程に真っ赤な頬だったが、幸いにも辺りはもう真っ暗で、カザリにそれがバレる事はなかった。
「つーちゃん?」
「い、いえ……当然の事です」
「えへへ、ありがとう」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
お礼を述べながら腕を抱かれて、ツカサの心臓がバクバクと高鳴った。
自分がする分にはただ嬉しいだけなのに、何故向こうからやられるとこんなにも幸せで、こんなにも辛いのか。
ツカサは、乙女の様な顔で俯いて、カザリから視線を逸らしてしまった。
「……つ、次はどんな怪談話が宜しいですか?」
「えー、暫くは遠慮するよ……」
照れ隠しから出たのは、勘弁願いたい提案であった。
カザリは、苦笑しながらもツカサの腕をしっかりと抱いて、坂を上って行くのだったーー。
▷▷▷サイド:グランテシア
日が落ちた古民家の室内には、蝋燭で灯された僅かな灯りしかなかった。
グランテシアは、そんな頼りない光の中で、読んでいた本を閉じて息を吐く。
「はぁ〜……全く、こんな廃村脇にしっかりした宿があるわけないじゃない。あの子達も視野が狭いと言うか、目に映るものに囚われ過ぎと言うか」
グランテシアは、何事かを呟くとパチンと指を鳴らした。
すると、オドが空気を伝って作用し、襖が勢い良く開く。
「村で何を頑張ってるのか知らないけれど、街道の問題は街道にあると考えるのが先でしょう。ねぇ?あなたもそうは思わない?」
月の様な黄金の瞳を、襖の向こうに広がる闇に向けた。
次の瞬間、闇の中に年若い娘の姿がぼんやりと浮かび上がったではないか。しかも気味の悪い事に、娘はニタニタと歪んだ笑みを咲かせている。
「生者の器、生者の器。ありがたや、ありがたや。今日からわしがお前になる」
襖の奥から、まるでグランテシアを引き摺り込まんとばかりに、魔素が腕を成して伸びて来た。
じわじわと迫る闇を目前にしても、グランテシアは焦る様子もなく頬杖を突く。
「ーー私になる?」
「っ!?」
突如グランテシアから迸った壮絶な魔力が、場に満ちていた魔素を押し返して、その場の支配権を奪い取った。
超常的な魔力を発する存在に気圧され、娘の顔面に張り付いていたニタニタとした表情が驚愕に染められる。
「簡単に言ってくれるわね。良いわよ、やってみる?こんな本、何十冊と積み重ねたって描き切れないほどに壮絶な人生よ?あなたなんかに耐えられるかしら?」
「っ!?」
「……大した覚悟もないのに私の人生に関わらないで。読書の邪魔なのよ」
グランテシアが腕を振ると、それだけで空間が切り裂かれ、少女の霊は両断されて霧散した。
グランテシアが何も無くなった空間を一睨みし、もう一度指を鳴らすと、襖は元の通りに閉じたのだった。
「……はぁ、退屈だわ……今夜はカザリを虐めて遊ぼうかしら」
グランテシアは、読み終えた本を机に置いて、再び頬杖を突いた。退屈そうに欠伸を噛み殺して、涙の滲んだ瞳を読み終えた本へと落とす。
『龍の姫と救世の勇者』と題名が書かれた本の表紙を指でなぞると、龍の絵柄にそっと触れる。
「創り噺にしては素敵ね。案外楽しめたわ」
部屋の隅で抱き合いながら眠っているジークリットとフリージアを一瞥して、グランテシアは少しだけ顔を顰める。
片方は完全に夢の世界へと旅立っているが、もう片方は明らかにこの建物を警戒して狸寝入りをしていた。
「全く……勇者ってのは、面白くないわ……」
せめてもの嫌味とばかりに小さく呟いて、視線を外へと転じた。
日が落ち切って真っ暗な夜の中、いつの間にか飛び始めていた蛍の様な昆虫達に照らされた外の景色に、七人の人影が浮かび上がる。
ーー否。七人だと思ったが、ケモ耳を生やした人影の首に何かがぶら下がっており、正確な人数は把握出来なかった。
「アレ、何かしらね?」
不思議そうな視線で外を眺めていると、何かを感じ取ったのか、視界の隅で白金の髪の女がぶるぶると震え始めていた。
そんな様子は気にも止めず、歩いて来るカザリ達の姿を窓硝子の向こうに確認して、グランテシアは小さく微笑むのだったーー。
「ーーお帰りなさい」
と言う事で夏のホラー回でした(まさかの三本立て)。今更ですが、ショートストーリー中に散りばめられてるネタバレ情報は、今後変わる可能性も十分あるので、あまり真に受けないで下さい。まぁ、キャラに関してはほぼ出来上がってるんで変える気ないんですけど(笑)。次からまたフォルヴェーラに帰ります。更新頑張ります。
※現時点での設定(仮)の中で暴走しただけのスペシャルストーリーです。今後、キャラの名前や設定は変わる可能性があります。




