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ジルちゃんとお買い物

「デュアル•ヴァルキュリア」の小説設定をR15+に変更しました。プロローグで人が死ぬ描写があったのに、今までノーマークでごめんなさい。それから、前回カザリがジルに名乗ったところから、餝の表記をカザリに変更しています。あそこから本格的に異世界仕様という事でお願いします。


 行き交う人々の喧騒が、商い通りの賑やかさをより一層際立たせる。通りの両サイドに所狭しと並べられた出店には、アクセサリーや骨董品、日用雑貨や武具の類など様々な商品が並べられており、あちこちで店主と客の声が飛び交っていた。

 石造りの通りには、多種多様の人種や人間の倍はある鳥が引く荷車、檻に入れられた魔物や鎧に身を包んだ衛兵など実に多くの姿があった。色々な存在が思い思いに騒ぐ様は、まるで祭りか何かと勘違いしそうなものだが、この街にとっては今の状況こそが平常運転である。

 迷宮都市フォルヴェーラは、その名の通り”迷宮”と呼ばれる特殊な地下宮殿を有する広大な街だ。迷宮は、深奥部に世界の命源(ワールドコア)と呼ばれる巨大な魔石があり、そこから漏れる魔力が作用して、多くの資源を恵んでくれるという人類にとっての宝物庫のような場所である。

 現在では、世界に11の迷宮が確認されているが、そのどれもが中では一つに繋がっており、深奥部に存在する世界の命源は一つしかないというのが学者達の行き着いた答えだった。そもそも世界の命源すら実際に確認された事例は無いのだが、数々の研究からどうやらそういう事になっているらしい。

 しかし、世界の命源の影響は、資源を恵むものばかりではなく、魔物の発生や侵入者迎撃用の罠の設置などにも作用しており、迷宮での資源調達には危険が伴うのが世の常であった。要するに、美味しいものを何のリスクもなしに貰えるだけなんて旨い話はないと言う事だろうか。

 そんな経緯もあり、一般人が迷宮に入る事は禁止されている。勿論何事もなく資源を持ち帰る事も可能だろうが、何事かがあれば、その時点でもう生きて帰ってくる事は出来ないだろう。それだけ危険な場所である事は、周知の事実であった。

 故に迷宮は、とある組織に管理が一任されていた。未知の場所での探索や危険なモンスターとの戦闘の専門家、冒険者ギルドである。

 世界に3つある迷宮都市の中でも5つの迷宮を有する最大の都市であるフォルヴェーラは、別名”冒険者が集う町”と呼ばれていた。


「……どう?」


「うん、凄く似合ってる!可愛い!」


 迷宮都市フォルヴェーラの4つある外門から、中央区の噴水広場に向かって真っ直ぐ伸びる大通りは、全てが大規模な商い通りになっており、何処も彼処も尋常じゃない賑わいを見せていた。

 そんな4本ある商い通りのうちの一つ、白虎の門と噴水広場を結ぶ大虎の通りの一角にカザリ達の姿はあった。宿屋でのやり取りの後、暫くの間はジルがカザリの面倒を見てくれる事が決まり、先ずは服を買いに来たのである。

 なし崩し的に介護関係になった様にも思えるが、損得の感情なく人を助ける事が出来るカザリは少なくとも悪者では無い筈だ、と判断したジルから言い出した事だった。

 カザリの生活の基盤が整うまでの間だけ面倒を見る、その後は綺麗さっぱりおさらばという短期契約だ。この世界初心者にして無知を誇るカザリにとっては、とてもありがたい事であった。

 そうと決まれば善は急げとばかりに、ジルに奢ってもらう気満々で商い通りに出て来たのは1時間程前か。カザリは、ジルと共にぶらぶらと店を物色しながら、少しずつこの世界についての情報を収集していた。


「でへへ、ジルちゃんみたいな美人さんに言われると照れちまうね」


「カザリさんも十分に美人だと思うのだけど……何処の国の顔立ちだろう……?」


 カザリは、基本的に自己評価がかなり低い。自分の事が嫌いなカザリにとって、己の容姿や能力は、端から最底辺に位置しているため、他者からの評価と己の評価が正しく一致する事はなかった。自分は最低な人間である、という認識があるため、他者からの評価を得て漸く正しい価値観で自分を判断出来るのだ。


「あ、この外套なんかも良い感じじゃない?」


「うーん……この先何があるかわからないから、無駄遣いならぬ無駄借りは辞めとく」


 今は、衣類を扱ってる店の中であれこれと試着をしていたところである。流石に、世界観的に浮いている元いた世界の服装のままいるわけにもいかず、始めに衣類を購入する必要があったからだ。

 かと言って、元から着ていた衣類もカザリ的に高かった服なので、捨てる気は更々ないのだが。それはそれ、これはこれ。

 ぴっちりとした紅いシャツに黒のミニスカート、ニーハイとインナーパンツ、ハイウェストのベルト。シンプルながらも割と攻めた服装ではあるが、恵まれた容姿を持つカザリの姿はキマっていた。


「まだまだ肌寒い日もあるよ?一着あると便利だと思うけど」


「うーん……」


 この店に来るまでにジルから聞いた話では、やはりこの世界は、科学依存の発展よりも魔法や魔術といった魔力的現象に依存した発展が大きかった。そんな世界には、当然化学繊維なんてものは存在していないため、衣服を始めとした布製品は全て天然素材だ。

 しかし、カザリが今来ている服は、多少ごわごわした感じの肌触りではあるものの、意外にも糸や布の加工技術の水準は高く、そこまでの違和感は無かった。

 更に下着もしっかりと上下存在しているらしく、生まれてこの方下着のある生活に慣れ親しんでいたカザリには、とても有り難い事だった。


「それに冒険者になるんでしょ?魔獣も危険だけどそれ以上身近にあって危険なのは天候だよ?暑ければ脱げば良いけど、寒くて羽織るものが無いのは辛いよ?」


「お母さんか!」


「ふぇ?」


 この店に来るまでにジルから得た情報の中で、カザリが特に気になったのは、やはり冒険者というワードだった。

 ーー冒険者。何とファンタジーチックで心昂る響きだろうか。その中身もまたカザリが二次元娯楽で得た知識に近しいものであり、どんな身分の者でも簡単に成る事が出来る自由気ままな職業であった。

 当然この世界で何のコネも持たないカザリが職に就くには難儀するだろう。そこで目を付けたのが冒険者と言うわけである。

 この世界では、お金を仕送りしてくれる親戚もいなければ、法的に保護される対象でもない。生きていくためには、女子高生のカザリでも働いてお金を稼がなくてはいけないのだ。


「ほら、どうせお金は私が出すんだから。買っちゃうよ」


「これ以上ジルちゃんに借りを増やしたら、私返せないもん!」


「はいはい。すみませーん、この娘が着てる服一式と……あとこれとこれと〜、うん、これも下さい。あっちの服はそのまま着ていくのでお願いします」


「畏まりました」


 カザリの身体のサイズがわかったからか、ジルは下着や寝巻きまで多目に店員さんに渡していく。

 そんな光景を見て焦ったカザリは、この世界の通貨価値を知らないながらも、レジの様なカウンターをジルの肩越しに覗き込んだ。因みにジルは、カザリよりも少しだけ身長が高かった。


「全部で金貨3枚と銀貨7枚になります」


「金貨4枚で」


「はい、確かに。商品の方、お包みしますので少々お待ちください」


 店員さんは、商品を丁寧に畳むと、綺麗な麻袋にそれらを仕舞った。そして、代金に対するお釣りを用意するためにレジの奥へと引っ込んで行く。

 そんなあっという間に会計を済ませてしまったジルの顔を恐る恐る覗き込み、カザリは不安気な表情でぶっちゃけて聞いてみた。


「……高い?」


「ん?全然、安いよ」


 通貨の価値がわからないカザリだが、金貨が安いはずない事くらいわかる。周囲の客の身嗜みを窺うに、この店は富裕層向けという事はなく、一般的な平民向けの親しみやすいお店だとカザリは感じていた。

 そこで、買った服の量と見比べて判断するに、恐らく金貨は1万円、銀貨は千円といったところか。総額37000円だ。

 この値段で一式のコーデとコート、下着や寝巻きも買えたのなら、ブランド品でないものやアウトレット価格なら妥当な金額だと思うが、見知らぬ他人に奢る額ではない。


「ジルちゃんって、そのぉ……お金持ち?」


「んー、それなりに稼いではいるかな。冒険者は、良くも悪くも一攫千金が狙えるからね」


「でも危険、なんだよね?」


「そりゃ、ね。さっきも言ったけどカザリさんがいた幻魔の箱庭なんて、ギルドが設定してる危険度は☆6以上のかなり危ない場所だったんだよ。無事で良かったね?」


「ほんとだよぉ……」


 ジルによれば、カザリが異世界転移して来て最初にいたあの遺跡は、幻魔の箱庭(げんまのはこにわ)という名の場所らしい。未だに攻略が完了していない未知の領域であって、それ故にギルドが把握し切れていない危険もあるかも知れない場所との事だった。

 この世界では、約200年前に”大崩壊”と呼ばれる大規模な地殻変動が起きた。大崩壊の影響でそれまでの地図は機能を失い、世界各地で未知の領域が見つかる様になったらしい。

 勿論文明が受けた被害も甚大で、多くの人が死に、消えた村や町も多かったとか。そんな災害を経て世界各地に現れた未知の領域を未開拓地(ダンジョン)と呼んでいる。

 大崩壊が起こる前までは、冒険者の主な仕事は迷宮探索であったのだが、大崩壊以降は地形や生態系の調査を主としている探索者と共同の下未開拓地攻略(ダンジョンアタック)が主たる仕事になっていった。

 その中でも、気候変化や人里との寒暖差といった環境面、魔獣や神代の獣といった生態系面の二つが著しく危険で、なかなか攻略が進んでいない場所をギルドは禁地(タブー)として認定している。

 禁地に入るためには、冒険者ランクA以上である事、実力が確かであるか複数人でパーティを組んでいる事などの絶対要件を満たしていなければならない。

 幻魔の箱庭と言う場所は、正しく危険な領域、禁地との事であった。


「お待たせ致しました。こちらお釣りの銀貨3枚と、商品になります」


「ありがとうございます」


「此方こそありがとうございました!是非、またのお越しをお待ちしております!」


 そうこうしている間に店員が戻って来たため、商品とお釣りを受け取って店を出た。

 因みに、カザリが元々着ていた服は、丁寧に店員さんが袋詰めしてくれていた。

 そんな袋の数々をカザリに手渡してくるジルの表情は、本当にあの金額を苦に思っていない様だった。


「はい、どうぞ」


「ほ、本当に良いの……?」


「カザリさんのために買ったんだから、寧ろ着てくれないと困っちゃうな」


「うぅ、命の恩人、感謝永遠に」


 緑色の体に三つの目玉、触角が特徴的なキャラクターの言葉を借りてジルに精一杯の恩を伝える。カザリは、ジルから貰った服を絶対に大切にしようと心に誓って、歩き出したジルの後をくっついて行った。

 相変わらずため息が出るほどに賑わう商い通りでは、少し目を離しただけで逸れかねない。カザリは、目の前で揺れる流星を追って、人混みの中を一生懸命に歩いて行った。

 少し歩くと、ジルは迷う事なく一つのお店に入っていく。次は、どうやら靴屋の様だ。


「冒険者になるからには、脚の保護は欠かせないからね。お勧めは、革のロングブーツかな。最初は、硬くて歩き辛いけど、慣れると凄く良いよ。取り敢えず、そのサンダルは論外ね」


「ゔっ!」


 オープントゥサンダルを指摘されて言葉に詰まるカザリ。既にサンダルでして良い事の範疇を超えた動きを繰り返していたため、大分ガタがきていた。そもそも、機能云々を抜きにしても、ニーハイにサンダルを履いている今のカザリの足元は、大分おかしい事になっているのだが。


「いらっしゃいジルちゃん」


「こんにちは」


 さっきの服屋もそうだったのだが、どうやらこの靴屋もジルが普段利用しているお店らしい。気の良さそうなお爺さんが、それなりに人の入ってる店の奥から顔を見せてくれた。

 邪魔をしちゃ悪いと思ったのか、ジルはジェスチャーでいつもの靴を見せてもらう事を伝えるとそのまま店の奥へと歩いて行く。カザリもまた流星を追っかけて小走りしながらお爺さんにぺこりとお辞儀をした。


「多分このくらいのサイズだと思うんだけど……履いてみてくれる?」


「う、うん」


 ジルが棚から取り出したのは、茶色の革のロングブーツだった。側にあった椅子に腰掛けてそれらを履いてみると、驚く程にぴったりのサイズだった。

 丈は丁度膝くらいで、関節の動きを阻害する事は無さそうである。それでいて結構頑丈な作りだ。


「ぴったりだ……」


「うん、決まりだね。他にも色違いがあるけどどうする?」


「これで良い。ジルちゃんとおそろだから」


「ふふ、じゃ買って来るね」


 そう言って、先程同様にジルはさっさとレジに歩いて行ってしまった。先程のお爺さんに金貨を1枚渡しているのが遠目にわかって、益々借りが増えたなぁと溜息が漏れた。

 だが、全ては必要な初期投資だ。今時何を始めるにしても、必ず最初はお金がかかる。ゴルフをやるにしてもイラストレーターを目指すにしても、先立つ物は必要なのだ。

 借りた分は、しっかりと稼いで返せば良い。カザリは、未だ見ぬ冒険者という職業に、期待と不安の混ざった複雑な心情でやる気を出すのだった。


「お待たせ。はい、この袋もらって来たからサンダルはしまっちゃいましょう」


「ーージルちゃん」


「ん?」


「私頑張るね」


 戻って来たジルがカザリのサンダルを袋に入れていると、カザリは何やら真剣な表情で決意表明をして来た。そんな予想外の言葉を受けて、ジルは目を丸くする。

 自分が何かをして誰かが不幸になる事は、二度と起きてはならない。自分には、部不相応にも選択出来るだけの力がある。だからこそ、余計な事はもうしてはいけないとずっと心に言い聞かせていた。

 でも、カザリはどうやら自分のお節介のおかげで前を向いてくれているらしい。ただそれだけの事が無性に嬉しくて、ジルは笑顔を見せる。


「……ふふ、無理はダメだよ?」


「し、しないよぉ!」


 そんな茶化す様なジルの笑顔に、自然とカザリも笑顔になる。新しい服と新しい靴を身に纏い、カザリとジルは再び商い通りに出た。


「ね、お腹空かない?」


 空を見上げれば、既に日は傾き始めていた。世界は、夕焼けの中で赤色に染まり始めており、一部の出店では片付けが始まっている。

 それに対応する様に、あちこちで酒場の店内が明るくなっていく。もう数十分もすれば、フォルヴェーラは夜の顔を見せてくれるだろう。冒険者が集まる町は、夜でも得てして賑やかなものだ。


「そ、そう言えばめちゃくちゃお腹空いた……」


「そりゃ、カザリさんったら一週間も寝てたしね」


「一週間も寝てたのぉ!?」


「あれ、言わなかった?」


「言ってた気がする!」


「ほら、行こ!オススメのステーキ屋さんがあるの!」


「あ、待って!」


 一週間も気を失っていた人間に対して、ステーキを食べさせようとするあたりジルもなかなかにズレている。しかし、それに何も疑問を抱かずに受け入れるのがまたカザリらしい。

 異世界の装いに染まったカザリは、これから起こる事に想いを馳せながら、人混みの中を流星を追って走って行ったーー。




既に投稿済みの話についてですが、僕が読み返して気付いた誤字脱字やくどい言い回しなどは、都度修正して改稿しています。著しく文章を変更してはいないので、読み返す必要は御座いませんのでご安心下さい。それでは、また次回の投稿で。

P.S.誤字脱字、不適切表現、意味間違いなどありましたら都度指摘して頂けると助かります。感想もあれば是非!

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