微笑みは解れ曇天が咲く
朝方の礼拝堂にはちらほらと人の姿があった。長椅子に腰掛け熱心に祈る者や入り口付近で談笑する者、そして数人のシスター達だ。
それらを見渡してからカザリは隣に視線を戻した。カザリの隣に座るのは女神像を見上げるジークリットだ。髪にはカザリが贈った簪が付けられており普段よりも一層可愛らしく見えるジークリットだが、その瞳にはなんとも言えない感情を宿している様に思える。
聖セラフィリス教徒であれば、教会を訪れたのなら祈りの一つでも捧げるところだが、どうやらジークリットは女神に祈る気はないらしい。
「ジルは女神様が嫌い?」
「ん〜……嫌いとかじゃないの。ただ、もう祈るのを止めただけ」
「ふぅん?」
教会でするような内容ではない話を小さな声で交わす。元から神という概念に対して考えの薄いカザリには少し理解の出来ない話である。
困った時の神頼み、なんてのは良く言われる言葉だが、生憎カザリはこれまで初詣以外で祈りを捧げた事がなかった。受験の時も正直落ちる気はしていなかったし、バスケの大会なんかでもなるようにしかならないだろうという精神でいたからだ。
そう言えば毎朝実家の神棚に母親がご飯と水を添えてお祈りをしていたなとぼんやり思い出す。何れにせよ、最悪な運命に巻き込まれた時から神頼みなんて今後一切するつもりはなかったし、神様なんてものは完全に信じなくなっていたが。
恐らくジークリットもまた自分の辛い過去を思い、神という存在を否定したのだろうとカザリは思う。なんともまぁ、罰当たりな二人が教会にいるものである。
「今日はね、ジルに可愛い子紹介してあげるね」
「お見合いみたいな言い方だね……」
「はは、何言ってんの?ジルもその子も女の子だよ?」
大分ブーメランな物言いであるが、まだカザリは自分の事を正常だと認識している。カザリが自分の気持ちに気付くのはいつになる事やら。
「その子はね、ここの司教様なの」
「司教?…………大分歳上なの?」
「それがびっくり!ジルと同い年!」
「え、そんな事ある?」
司教と言えば聖職者の中でもかなり高い位の役職だ。それが自分と同じ歳だなんて言われてジークリットは胡散臭いものを見る目でカザリを見つめる。だが、何事にも例外はつきものだろう。なんと言っても今代の聖女様はまだ二十代前半なのだから。
「なんかね、とある能力が買われて任じられたとか言ってたよ?流石に内容は教えてくれなかったけど」
「とある能力?……まぁ私とかカザリみたいな人もいるんだし不思議じゃないか」
「そうそう、そゆこと!」
ジークリットは右瞼に触れて呟いた。そして隣のカザリの左眼を覗き見る。そこに刻まれた複雑な紋章ーー剣紋を確認して小さく頷いた。
二人は紛れもなく常人とは違う能力を有する者達だ。そんな二人が他人の特殊な能力を否定する事なんて出来やしない。
「でも意外。カザリって宗教とか聖職者とか関わらないと思ってた」
「ふっふっふ!悪いけどカザリちゃんは宗教なんかに染まってやらないのだぜ!」
その場で立ち上がると、しゅばっと勢い良くファイティングポーズを取るカザリ。誰もいない目の前の空間に数発パンチを見舞うとふぅと深く息を吐いて全く流れてない汗を拭った。そんな様子を見つめて微笑むジークリットの姿はまるで聖母である。
「さっきも言ったけどきっかけは偶然なの。連んでる冒険者パーティにセラフィリス教会の人が二人いるんだ」
「それも意外なんだよね。教会のシスターが冒険者やってるなんて普通聞かないよ」
「なんかね、迷宮で沢山の怪我人が出た時に、治療院の人とか教会の神聖術師達が迷宮区に入ろうとしたんだけど、手続きのせいで駆け付けるのに時間がかかった事があったんだってさ。それ以来シスターの中には何人か冒険者登録してる人がいるんだって。まぁでも普通の冒険者として活動してる物好きはフローラだけらしいけど」
お茶会の時にフローラから聞いた話を思い出してジークリットに伝える。カザリも雨季の始まりと共に迷宮デビューしたからわかるが、あの場所は徹底して冒険者ギルド関係者以外の立ち入りを禁止している。そんな背景のせいで、非常事態に対応がし辛い面があるのもまた事実だ。そう言った過去を経て、今では冒険者ギルド側が無償で教会の神聖術師や治療院の治癒魔術師の冒険者登録を受け付けているらしい。
「へぇ、何だか面白い人だね」
「でも私が思うにフローラは怒ったら怖いタイプの人間だね。あぁ言う優しそうな子に限ってーー」
「ーー私が何か?」
「んひゃぁあ!?」
突如かけられた声にカザリは驚いて立ち上がった。ピシッと美しい姿勢で起立するカザリを見つめるのは、丁度話の中心にあったフローラではないか。優しそうな笑みでカザリを見ているが、その顔には全部聞こえてたぞと書いてある様である。
「ふ、フローラ?あのね?私は、何も、言ってなーー」
「女神様の前で嘘は辞めてくださいね?」
「ごめんなさいでした!!」
無駄に機敏な動きで頭を下げるカザリ。これには隣に座っているジークリットも苦笑いだ。
「まったくもぅ、私は滅多に怒りませんからね!」
「お、怒ってるじゃん」
「こんなの怒ってるうちに入らないんですからね!」
カザリから聞いていた話の中で想像していた人物とは大きく違っていたフローラにジークリットは驚いている。冒険者をやりつつ修道女をしているだなんて、どんなに粗野で罰当たりな聖職者だろうと思っていたが、お淑やかで優しそうな人ではないか。フローラという少女はシスターという言葉に想像する人物像そのままであった。
「貴女がフローラさん?」
「はい、初めましてフローラ•ラウウェルと申します。ジルさんの噂は兼ね兼ね耳にしております。お会い出来て光栄です」
「そんな、大袈裟ですよ。私はただの冒険者のジルです。縁あってカザリに剣と生き方を教えてます」
そんな二人の挨拶をにまにまとカザリは見つめている。大好きなジークリットと友達のフローラが仲良くしてくれるのがやはり嬉しいのだろう。
ジークリットも自分も一度は他人を信用出来なくなった部類の人間だ。でも互いに知り合い、絆を育んだ事で乗り越えられた。これからはもっと友達が増えたら良いなとカザリは心の底から思ったのだった。
「大袈裟と称されるくらいの活躍を貴女はしています。同じ冒険者として貴女と同じ時代に生きられる事を誇りに思います」
「も、もぉ〜恥ずかしいからやめてくださいよぉ!」
「ふふ、カザリさんの師匠さんらしい反応ですね」
「ふぇ?」
「何処となく雰囲気が似ていらっしゃいます」
「カザリと私が?」
フローラの言葉を受けて隣のカザリに視線を移す。目と目が合うとにっこりと笑うカザリ。そのままジークリットの腕に飛びついて、もたれかかって来た。
「にしし、似た者同士だねっ」
「もぉ、調子良いんだからぁ」
口ではこう言いつつも満更では無さそうな様子のジークリット。恥ずかしそうにカザリから視線を逸らすが、その頬は淡いピンクに染まっていた。
「なんでそっぽ向いちゃうのぉ?」
「知らないっ」
「え〜?」
「ふふ、微笑ましいですね」
髪の同じ位置に簪を刺す二人を見てフローラは微笑む。これではまるで師弟関係や姉妹と言うよりも…………。
「ーーさて、司教様がお待ちです。此方へどうぞ」
本人達がどう思っているのかはわからないが、部外者があまり立ち入って良い話でもないだろう。挨拶を済ませたところでフローラは早速本題へと移った。
今日は早朝に急遽アポイントメントがあったのだ。朝のお祈りと神事の合間の時間ではあるが、カザリがユリシアとの面会を予約したのである。
朝練もそっちのけで早朝に教会を訪れたカザリは、あろうことか再び謎の目眩と共に大聖堂に足を踏み入れた。偶々庭先で洗濯物をしていたのか、目の前にいたフローラにユリシアとの面会をお願いしたのである。
なんとも言えない表情のフローラから了承を得て、当然の様に門から帰宅したカザリ。教会側からすれば恐ろしいイレギュラーである。
「何でカザリさんは普通に入れてしまうんですかね?」
「へ?」
「何の為の結界なのか……」
阿呆面でついて来るカザリの事を見つめてフローラは何事かを呟いている。フォルヴェーラの教会に隠された謎の大聖堂は、教会の極秘事項だ。本来なら部外者の侵入が許されるわけもなく、その存在すら知られてはいけないものである。侵入して来る様な輩がいれば即刻斬り捨てるのが常なのだが、生憎と侵入者はただの迷い人だ。加えて言えば本人に悪意がないため、何かしらの対処をする事も叶わず、相当困り果てている様である。
「カザリさん、ジルさんに大聖堂の事は?」
「ん?言ってないよ?」
「そうですか」
歩きながらそっとカザリに耳打ちしてみるが、どうやらそこまで口が柔らかい人間ではない様だ。ユリシアの懐柔作戦の成果かどうかはわからないが、カザリは秘密を守ってくれているらしい。そんな答えを聞いてフローラは安堵の息を吐くと、辿り着いた建物の扉を開いた。
「此処は信徒の宿舎になります。一階に応接室があるので、面会はそちらでお願いします。私も御勤めに戻らないといけないので失礼しますね」
「どこの部屋?」
「その目の前の部屋ですよ」
「おっけ!ありがとうフローラ!」
「ふふ、どういたしまして。それでは」
言い終わるとフローラはぺこりと律儀に頭を下げて来た道を戻って行く。そんなフローラの後ろ姿を扉が閉まるまで見届けてカザリはジークリットに視線を戻した。ジークリットでも信徒の私生活の領域に踏み込んだ事は流石にないのか、珍しいものを見るようにきょろきょろと辺りを見渡している。
「ジル行こう?」
「あっ、うん」
ジークリットの気の済むまで放って置きたかったが、忙しいユリシアの貴重な時間をもらっている身だ。今は兎に角早く用事を済ませるべきだろう。
フローラに教えられた部屋の扉を軽くノックすると、中から軽やかな返事が返って来た。それを受けてカザリはドアノブを回すと勢い良く扉を開く。
「おはようユリちゃん!!」
「ーーっ!」
「ーーへ?」
扉を開いて元気良く挨拶をするカザリ。それに対してソファに座っていたユリシアは、挨拶を返そうとして目を見張った。ユリシアの視線の先にいるのは勿論ジークリットである。驚く様なユリシアの視線に対して、ジークリットの方は酷く困惑している様だった。
「ジル、こちらがユリちゃんことユリシア•サニーローズ司教様です!んでこの子がジルだよユリちゃん」
そんな二人の様子に気付かずに話を進めるカザリ。カザリにとって二人は初対面同士だ。ここはカザリ自身が間に立って二人の仲を取り持ってあげなくてはいけないだろうと気合い十分である。
「あ、うん……」
「……?」
ユリシアはトゥニカの裾をぎゅっと握って、気まずそうに視線を彷徨わせている。対してジークリットはカザリとユリシアを交互に見て、小首を傾げていた。
「……」
「……」
「……二人ともそわそわしてどったの?」
普段の様子とはまるで違う素振りの二人に、カザリは頭の上にはてなマーク状態だ。なかなか会話を切り出そうとしない二人を見かねて、訝しげな表情で二人を交互に見る。
「あのね、実は、その……えっと……」
「……?」
先に反応したのはユリシアだった。もじもじとトゥニカの裾を弄っては俯いて、はっきりと話してはくれないが何かを伝えようとはしてくれているらしい。そんな明らかにおかしいユリシアの様子を眺めながらカザリは首を傾げる。
「何と言いますか、その……」
「随分と歯切れ悪いね?」
「あ、ぁぅ……」
まるで怒られる前の子供の様なユリシアを前にして、どうしたものかと思っていると隣から大きなため息が一つ。すると、ジークリットがかつかつとブーツを鳴らして歩いて行き、ユリシアの顔を覗き込む様にしてしゃがんだ。
「……久し振りだね、ユリシア」
「う、うん……久し振りジークリット」
「ーーは?」
ぎこちなくはあるものの、お互い優しくはにかみ合うジークリットとユリシア。僅かに視線を逸らして頬を掻くジークリットと口元を緩めつつも俯くユリシアの二人の間には、なんとも言えない温かな空間が生まれていた。その雰囲気はまるで旧友との再会の様で、カザリの理解は追いついていなかった。
「ちょ、どーゆー事なのさ!?二人は何!?どんな関係なの!?説明ぷりーず!!」
ユリシアがジークリットに会ってみたそうにしていたから引き合わせようとしたのに、一体全体これは何事なのだ。二人は既に知り合いっぽいし、もっと言えばカザリしか知らない筈のジークリットの本名をユリシアが知っているだと。流石に意味が分からなくなり、カザリは説明を求めて二人の間に割って入る。
「何でここにいるのかはわからないけれど、ユリシア•サニーローズは私の幼馴染みだよ?」
「ほわっつ!?」
「えっと、私の実家はルクセントリア王国の公爵家なの。そして同じくルクセントリアにある英雄の家系の一族エルレイン家とは幼い頃からの付き合いがあったの」
「ぇぇぇぇええええ!!?」
カザリは現実を全く理解出来ずに驚きの声をあげる。友達を紹介し合おうとしたのに、当人達は幼馴染みだというではないか。一体全体何事なのだ。
「じゃあ何!?ユリちゃんはジルの正体知ってて私を騙したの!?」
「だ、騙してない!!カザリちゃんが勝手に勘違いしただけ!!」
「にゃんだとぉ!?」
なんだか急に仲間外れになった気がして、寂しさを誤魔化すように叫ぶ。ソファに座っていたユリシアの肩を掴んでどういう事だと問い詰める様に揺らした。勿論見事なおっぱいも一緒にたゆんたゆん。
「なんだよぉ!二人してよぉ!今日は一体何のために来たんだよぉ!くっそぉ!」
「ご、ごめんね、カザリちゃん……ちゃんと言っておけば良かったね……」
「まったくだぜ!ジルも何か言う事ないの!?」
「言う事って……そもそも私もまだ理解追いついてないからね?何でフォルヴェーラにユリシアがいるの?」
ジークリットの方に振り返れば何だかこちらは未だに困惑顔である。幼馴染みではあるらしいがどうにもご無沙汰していた様子の二人だ。ぷんぷんと怒っているカザリをそっちのけで、ジークリットはユリシアにどういう事だと視線を送った。一方ユリシアはバツが悪そうに視線を逸らしてぽつぽつと語り始める。
「それは、えっと……いろいろあって……一年以上前からこの街にいるの。だからジークリットがこの街に来た事も情報は入ってたの」
「ふぅん?一年以上前、ね……」
「あっ……その……」
仲間外れで話が進んでいく事を面白くなさそうにしていたカザリだったが、二人の間に漂う何とも言えぬ空気を感じ取って黙り込んだ。カザリは阿呆だが、大事な時に空気を読めるくらいの感性は持ち合わせている。再開の瞬間はほんわかとした空気が流れていたのに、どうして直ぐにぎすぎすとし出したのだろうか。
「ごめんなさい……!私もジークリットの事、ちゃんとお迎えしたかったのに……!」
「……別に、今更気にしてない。それにもうジークリット•エルレインはいないから」
「へ?」
話は終わりだとばかりにカザリに向き直るジークリット。悲しそうな表情のユリシアと冷めた表情のジークリットの間で何度も視線を彷徨わせて、カザリは意を決して口を開いた。
「えっと、話はわからないけど、そういうの良くないと思います!」
「「ふぇ?」」
同時に呆けた表情を晒す二人の美人さんにカザリは指を突きつけた。
「お二人は幼い頃からの付き合いという事でただならぬ関係だという事を感じました!えぇ、そりゃもう私と結衣くらいの関係であると!」
久し振りにあってあんなにほんわかとした空気を醸す事が出来るのは余程の仲でなくては無理だろう。それなのに何だかすれ違いを感じるやり取り。お節介なカザリちゃんが我慢出来る筈もなかったのである。
「ジル!ユリちゃんの言い分をちゃんと聞きましょう!」
「ぇえ?嫌だよ」
「はいダメですぅ!カザリちゃん権限で却下ですぅ!」
「どんな権限なの……」
立ち去ろうとしていたジークリットの肩を掴んでくるっと進行方向を回転させると、ユリシアの向かいのソファに無理矢理座らせた。そうしてそのまま隣に腰を下ろすと今度はユリシアを指差して声を上げる。
「納得のいく説明を下さい!私ではなくジルに!私の事はもう気にしないで!」
「ぇえ?説明と言っても、ただあった事を話すくらいしか出来ないわ」
「それで良いんだよ!はい、どーぞ!」
「うぅ、この娘怖いかも……」
突き付けられる指を見つめて諦めた様に溜息を吐く。面白くなさそうな顔で此方を見つめるジークリットを正面から見据えて、ユリシアは語り出した。
「貴女を見送った日の事は昨日の様に覚えてるわ」
「私はもう忘れたけどね」
「もぉ、ジルって悪い子なのぉ!?ちょっとお黙りなさい!」
「むぎゅっ!?」
ジークリットの悪い口を開かせない様にカザリがジークリットの顔面をロックした。隣から手を伸ばして両手で頬をむぎゅっと潰す形だ。阿呆なやり取りだが頬をむぎゅっとされてても可愛いジークリットはやはり反則である。
「で?何に送り出したの?」
「あ、うん……魔王討伐作戦」
「とう、ばつ……?」
ここからのユリシアの話はカザリの知らない時間軸のものだった。紅蓮の勇者アリス•ロード•ラグナロク亡き後、勇者の称号を継いだジークリット•エルレイン。世の英雄として彼女に課せられたのが侵略に及んだ魔人族の撃退と魔人族の王、魔王の討伐であった。
霊峰オリジンを境にアースランド大陸西部には7大国の一つルクセントリア王国をはじめとし、多くの国々が栄えていた。その中の一国であるアラ帝国は小国であったが、北部の国という貴重な土地柄のおかげで唯一性のある資源を大量に保有しており、各国にとって大切な取引相手であった。中でも国境を挟んで直ぐ隣のルクセントリア王国とは非常に友好的な付き合いがあった。しかし、最北の大地に住む魔人族による突然の侵略行為により一週間と保たずに滅んだのである。
同盟とまではいかなかったが、友好国が滅ぼされて黙っているルクセントリア王ではなかった。世界中での国同士の戦争が終結してから各国の支援により設立された治安維持組織”世界連合”が保有する戦闘部隊、聖騎士団に正式な討伐依頼を申請したのはアラ帝国の悲報を受けてから1日も経っていなかっただろう。そうして魔王討伐に向けて多くの実力者が集まる中、勇者にも声がかかったのである。
「私とジークリットはそれまでずっと一緒だったわ。でも、世界中の人々が求めてるからと正義に向かって進もうとするジークリットを見て、私は送り出す事しか出来なかった」
ルクセントリア王国の王都にある大聖堂エルンサード。そこで修道女見習いとして日々修行に明け暮れていたユリシアと、勇者の後継者として世界中の実力者から手解きを受けて来たジークリット。その二人が同じ道を進む筈もなく、魔王討伐という一つの事象が二人の人生を違う方向に向かわせたのだろう。
親友の背中を見送ってからは無事を祈りつつ、ジークリットの帰る場所としてルクセントリアで努力を重ねて来た。しかし、ユリシアはとある能力に目覚めてしまったのだ。
「その能力って……?」
「誰にも、言わない?」
「私を誰だと思ってるの?」
「ふふ、そうね」
話の流れで何だかとんでもない秘密が飛び出しそうになって、カザリはジークリットを抑えていた手をユリシアに突き出した。
「待って!私自信無い!口軽い!出てく!」
「カザリちゃんにも聞いて欲しいな」
「何で!?」
「ふふ、何でだろうね?」
ユリシアはゆっくりと息を吐くと二人に真っ直ぐに向き合って告げた。
「私には未来がみえるの」
「「……は?」」
全く同じ顔をする二人が可笑しくて、シリアスな雰囲気の中少しニヤつくユリシア。しかし直ぐに顔を取り繕うと続けた。
「聖女様は星詠みという未来視の能力を持っているわ。これは神様からの神託を受けるものなのだけれど、私のはそういうのじゃなくて夢にみるの」
「え、えーっと……予知夢ってやつ?」
「そう、それ!」
「え、凄くね?」
カザリは本気で驚いて目をパチクリとさせている。一方ジークリットは幼馴染みの気が狂ったんじゃないかと胡散臭い占い師を見る様な目になっていた。
「ユリシア?真面目な話をして欲しいんだけど?」
「酷いっ!?私の精一杯の告白よ!?」
「ジル、何事も信じないと始まらないよ?」
「全ては疑ってかかるべきだよ」
「へそ曲がり」
「慎重なだけだよ」
軽口を叩き合うカザリとジークリットだが、真面目な話ユリシアが嘘を吐いている様にはカザリには見えなかった。目と態度がありのままを告げていると物語っているのである。
「あまり便利なものではないのだけど。自分の身の回りに起こる悪い事しかみれないあまり使い道のない能力よ。でも、だからこそ、何か大切なモノを守る場所に配置される意味はある」
その言葉を受けてカザリの脳裏に立派な大聖堂の姿が過ぎった。大切なモノを守るのに適した未来視の司教。そんな彼女が配置された教会の裏にある秘蔵の大聖堂。これは本格的に極秘案件に首を突っ込んでしまったのではないかとカザリは唾を飲み下した。
「大切なモノ?」
「その辺は流石に言えないのだけど……」
「なんか胡散臭いなぁ」
尚もジークリットは信じていないのか、細めた目でユリシアをじろじろと眺めている。
「と、兎に角!その能力が発覚して私は第二の聖女として神聖教会エリュシオンに招かれたの!それで貴女をお迎え出来なかったのよぉ!」
「な、な〜んだ!そういう事だったのね!はい、解決!ジルおっけ〜?」
「むぅ、納得が……」
まだ納得がいってないという風に唇を窄ませるジークリット。気を取り直してそんな様子を呆れながら見つつカザリはそれらしい事を補足した。
「そもそもこの歳の女の子が司教なんて位階にいる事自体が信じられない事なんだよ?それはつまり私達が想像も出来ない何かがあるとしか思えないでしょ?」
「むぅ、確かに……」
「し、信じてくれた?」
「まぁ、うん……」
渋々といった様子だが何とか納得してくれたか。だがまぁジークリットにも思う所はあるのだろう。不機嫌そうな表情を崩す事なくジークリットはぽつりと呟く。
「正直、見捨てられたとか愛想尽かされたとか思ったんじゃなくて、純粋に私の事なんて何とも思ってなかったのかなぁって悲しかったんだよ」
「ごめんなさい、私本当に貴女のこと大好きだから!この気持ちに嘘はないの!」
「……ふふ。うん、ありがとう」
漸く二人の間にあったすれ違いが解消されたか。一肌脱いで良かったぜとカザリは充足感を覚えながらもジークリットの肩に頭をこてんと乗っけた。
「ねぇ、私もジルの事大好きなんだけど?」
「ふふ、それは知ってる」
「ぇえ!?もっと感動してよ!」
「だって信じてるもん」
「うっ……卑怯な女だぜぃ……」
「ふふ、二人って本当に仲が良いのね」
「「勿論!!」」
そうして訪れた和やかな時間。しかし司教様は冒険者なんかと違って忙しい御身分だ。ジークリットとユリシアが打ち解けてから程なくして扉をノックする音が響いた。
「司教様、そろそろお時間です」
「あ、わかったわ」
若いシスターの声にユリシアが応える。そして目の前のカップに入っていた紅茶を一気に飲み干すと立ち上がって崩れた服装を正し始めた。
「ごめんなさい、そろそろ行かないと」
「ううん、時間とらせちゃってごめんね?」
「良いのよ。またジークリットとお話出来たし、カザリちゃんとも話せて良かった」
笑顔で応えるユリシアは本当にそう思ってくれているのだろう。忙しい中時間を取らせて悪かったと思いつつも、カザリはこの場を設けて正解だったなと心の中で笑うのだった。
「それじゃ、ユリちゃん!また来るね、ばいばい!」
「うん、またいらっしゃい」
一足先に部屋を飛び出していくカザリ。しかし、ジークリットは直ぐにはそれを追わずゆっくりと歩き出した。やがて部屋の入り口で振り返るとユリシアの目を射抜く様な眼光で問い掛ける。
「ねぇユリ、今楽しい?」
「っ!」
「私はね、色んなことがあったけど今が一番楽しい。本当の自分に嘘つかないで生きられる今が一番楽しいの。全部カザリのおかげ」
「そ、そう……」
「だからね、少しならカザリの事貸してあげても良いよ?勿論、私の事も頼ってくれて良い。だからーー」
そしてジークリットは悲しそうな表情で笑った。
「だから、そんな偽物の笑顔を見せないで」
「っ!」
「私にはわかるからね」
そんな言葉を受けてユリシアはどきりと胸が跳ねる様な感覚を覚えた。それは胸に秘めた想いの一端がバレてしまった事への焦りか。それとも幼馴染みに悲しそうな笑顔をさせてしまった事への罪悪感か。何れにせよ、ユリシアがジークリットを頼る様な事はないのだが。
「あはは、隠せないかぁ……でも、ごめんなさい。私一人で何とかしなくちゃいけないの」
「……そう。ま、私達はいつでも待ってるよ」
「ジル」
「ん?」
「何かに挑む時、貴女はどうして来た?英雄の家系の令嬢として育って来た貴女に、勇者として人々を救い続けた貴女に聞きたいの」
ジークリットは斜め上を見て少し考える様な仕草を見せた。しかし、それ程考え込む事もなく軽い口調で応える。
「……何も」
「へ?」
「私は結局何もして来なかったし、何も出来なかった。いつも周りの誰かが助けてくれたの。でもね、そう言うものなのかなって思うんだ」
何かを思い出す様に語る幼馴染みを見つめて思う。あぁ、やはり同じ時を生きていても違う道を歩んでいるのだ、と。
「私は従姉さんの様な超人じゃない。誰かに支えられなきゃ立っていられないただの人間だった。だからこそ私も誰かを支えたいって思うし、支えられた分しっかりと頑張ろうって思うようになった」
「ジル……」
「人は一人で何かを成すことなんて出来ない。ユリ、誰かを頼るのは逃げるのとは違うよ」
「うん……わかった……」
「それじゃ、ね。また来る」
「うん、さよなら」
そうして久し振りにあった幼馴染みは去って行った。その景色もいつかにみた夢の中のものと重ねって見えたのだったーー。
「ユリシア司教様。神聖教会からの宣教師の方がいらっしゃいましたので応接室にご案内しております」
「っ!」
「どうかされましたか……?」
「い、いえ……わかったわ、今から会います」
「ユリシア司教様?酷い汗ですけれど?」
「えぇ……あの、アルフィス」
「はい?」
ユリシアの事を心配する様に覗き込む姉貴分を見つめる。自分がもしここでアルフィスを頼ればどうなるのか。
否、結果は既に分かり切っている。運命を覆す様な力を持っていれば話は変わったのかもしれない。だが、ユリシアは結局のところ超人ではなくただの人間だ。
目の前の姉貴分に頼ったところで不必要に危険に晒すだけ。やはり、一人で戦うしかないのだ。
「……いえ、ごめんなさい。何でもないの」
「そう、ですか……?」
「それより、お、お茶の用意をお願い……」
「はい、ただいまお持ちいたします」
重たい足取りで応接室への廊下を歩いて行く。最悪この命に変えても鍵と信徒達は守るつもりだ。だが果たして自分は深淵の闇を前にそんな事が出来るだろうか。
時の流れは残酷にも止まる事はない。気持ちの整理も、強くなるのも今直ぐに出来るものではない。在るものだけで足掻くしかないのだ。
「御勤めご苦労様です」
応接室の前に立ち並ぶ教会剣旗団の面々に挨拶を送る。そしていつもよりずっと重たい扉を押し開いた。現実は夢と徐々に、確かに、重なっていくーー。
お久しぶりです、十我むつきです。いやぁ、サボりましたね(笑)。世間がコロナで大変なのをいいことにサボりにサボりました。ごめんなさい。実は今日はデュアル•ヴァルキュリア連載一周年だったんですよ!一周年でまだ2章引きずってるの自分でも笑います。ごめんなさい、ちゃんと書きます。コロナのせいで窮屈な生活が強いられてますけど、みなさん体には気を付けてください。




