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静寂の朝

奇跡の二話更新!笑


 一週間の日が流れた。相変わらずアースランド大陸を覆う雨雲は晴れる事はないし、フォルヴェーラにも活気は戻らない。

 だが冒険者にとってそんなものは些細な事でしかない。迷宮区(ラビリンス)に入りさえすればそこはいつでも喧騒に包まれた”冒険者が集う街”だからだ。


「ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんる〜っ!」


 そんな喧騒とはかけ離れた地上のフォルヴェーラを元気良く歩く少女が一人。雨粒模様の傘をさしながらリズミカルに水溜りを踏んで歩いているカザリである。

 ぴちぴちちゃぷちゃぷのフレーズを聞けばとある童謡が思い浮かぶが、続くらんらんるーが完全にとあるピエロをマスコットとして掲げるファーストフード店のフレーズにしか思えない。

 恐らくカザリはそのファーストフード店のフライドポテトを溺愛していた為に無意識に歌っているのだろう。こうして間違った知識がついていってしまうのだろうか。悲しい現実である。


「お茶会♪お茶会♪女子会だぁ♪」


 そう、今日は朝露の雫の面々とお茶会の約束をしているのである。以前カザリがジークリットと共に訪れたスイーツビュッフェが楽しめるカフェにステラがどうしても行きたいという事で、急遽迷宮に潜る事をやめてお茶会にシフトしたのである。


「中学生の時以来だ……!高校に入ってからは結衣としか喋ってないし……!」


 ガールズトークと言う多愛ないただの女子会に憧れるカザリは高校二年生である。普通なら既にそんなもの飽きる程に経験しているだろうに。何故今更こんなにもテンションが上がっているのかと言えば、それはまぁカザリの歩んで来た悲しい人生の道を振り返る事になるわけで。


「あっ、やべっ……思い出したら目から雨粒が……」


 色んな不運が複雑に絡んだ結果ではあるが、カザリが歩いて来た道のりは決して平坦ではなかった。だからこそこうして強い心を手にする事が出来たのではあるが、やはり心の何処かに”普通の人”に憧れる自分がいるのも事実である。


「結衣、元気かなぁ……」


 そうして辿り着くのは親友との大切な記憶だった。幼い頃からいつも直ぐ近くに居た元気いっぱいの女の子。互いに互いを気遣って、助けたり助けられたりしながら、時にはぶつかる事もあったけど、ずっと共に支え合って来た。だからこそ一つだけ自信を持って言える事がある。


「ま、結衣ならきっと大丈夫だよね!なんたって私が認める唯一の幼馴染みじゃ!って事で結衣に届け!私は楽しくやってるぞって言うこの想い!たぁあ!」


 雨の涙を流し続ける空に万歳で感情を表す。目には見えないスピリチュアルなパワーを発した気分になってカザリは笑った。濡れた顔も、髪も気になんてならない。もう会えないかも知れない親友の顔が、いつも心の中で笑っているのだから。


「でへへ、今日は食って飲むぞー!」


 まるで飲み会前のおっさんの様な口振りでカザリは中央区の教会を目指す。中央区にある聖セラフィリス教会の小さな礼拝堂が待ち合わせ場所となっているのだったーー。






 フォルヴェーラの中央区には見るだけで心を奪われる噴水がある。周りには沢山の彫刻があり、この広場だけでも一つの観光名所となっている場所だ。

 通称”噴水広場”と呼ばれるここら一帯には街の主要な機関が勢揃いしている。それは元々フォルヴェーラの街が地下にある迷宮区(ラビリンス)から始まった事が起因している。始まりの中央部分から徐々に外側へと規模が増していった街である為に、主要機関が中央区に揃っているのだ。

 つまり、今では街のあちこちに見られる様になった施設があったとしても、中央区にあるものこそが一番最初にこの街に作られた物であり、本部として機能する場所になっている場合が多い。聖セラフィリス教会もまたその一つなのである。


「相変わらずちっこい建物だぜ……」


 バチが当たりそうな事を言いつつカザリが訪れたのは中央区の外れにある教会だった。噴水広場の外周にある冒険者ギルドやバトルドーム、時計塔なんかとは違って数本路地を入ったところにある教会だ。

 綺麗に整えられた芝が石畳の道の脇に生えており、雨季にも花を咲かせる植物が彩りを加えている。石畳の道が伸びる先には日本人でも想像しやすい様な、普通の教会が立っていた。


「この街は頭の悪い程大きな建物がいっぱいだからなぁ。普通なのに異常に感じてしまうんご」


 カザリは幼い頃に祖母と悠真と共にドイツの大きな教会を訪れた事がある。その時に見た景色と今目の前にあるものを比較するとどうしても見劣りしてしまうのだろう。異世界に来てから何かと感動する事が多かったカザリは、特に何かを感じ入る事もなく教会へと入って行った。


「集合時間には早過ぎたかなぁ」


 金属製の扉を閉めると途端に雨音が遠くなった気がする。静寂が支配する教会内は、蝋燭の炎で仄かに照らされていた。

 最近は灯魔石の光に慣れてしまっていたので心なしか光量が少ない様に思う。LEDの部屋で暮らしていたのに蛍光灯の部屋を訪れた様な気分だ。


「静かだ……誰もいない……?」


 あまりにも物音がしないためにカザリも小さな声で独り言を呟く。入口のホールを抜けて廊下を十メートル程も進めば、直ぐに礼拝堂に辿り着いた。


「おぉ、綺麗だ……!」


 電飾を一切使わずにライトアップされた礼拝堂の中は煌びやかな空間だった。壁には色とりどりのステンドグラスが嵌め込まれており、神台には二柱の女神像が祀られている。白を基調とした空間には木製の長椅子が規則だって並べられており、中央には祭壇の方へ赤い絨毯が伸びていた。


「外は普通だけど、中は海外の教会よりも派手目かも」


 そんな感想を溢してから視線を下ろすとふと誰かの存在に気が付いた。並べられた木製の長椅子の一端に一人の女の子が腰掛けている。和の印象を与える服を着込んだネオだった。


「ネオったら早過ぎでしょ」


 集合時間よりも大分早く来てしまったかなと心配していたカザリだが、どうやらそれ以上に早く到着している仲間がいたらしい。しかしまぁ何というか、ネオが教会にいると言う絵面はなかなかに面白いものである。

 髪は金髪だし、鼻は高いし、瞳も桜の花の様な色合いである為見た目は完全に西洋人だ。だが、着ている服装と立ち振る舞いは日本人のそれ。そんなネオが礼拝堂で手を合わせて祈っている様はなんともおかしかった。


「ーーカザリか?」


 ネオが真剣に祈りを捧げているのを見て、邪魔をしない様にと音を立てずに近くの椅子に腰を下ろす。するとネオが目を瞑ったまま礼拝堂の静寂の中に音を添えた。


「な、なんでわかったの!?ネオって背中に目がついてるタイプの人間?」


「そんなタイプの人間は存在していないと思うが……いるのか?」


「多分いないです!」


「心底安心したよ」


 こちらを見てもいないのに正体を見破られて驚く。あまりにもびっくりしたものだからネオが妖怪か何かの類かと疑うものの、呆れた様な目で見られて正気に戻る。そんな普段通りのカザリを見てネオは柔らかく笑った。


「君の音色はもう覚えた」


「は?」


「生き物はいろんな音を奏でて生きている。人にも勿論呼吸のタイミングや歩調のリズム、声音や動作音が存在するんだ」


 ネオの言わんとしている事は理解出来る。生き物が行動をする上で音を発しないと言う事は絶対的に有り得ない。それはエネルギーの保存則から分かるものである。

 動作の全てが望んだエネルギーへの変換を成す事は無く、それは必ず何かしら別のエネルギーへと変換され損失として生じる事になる。動作音というものもその一つであり、どれだけ行動に音を生まない様にしても生まれるものなのだ。

 例えば物と物がぶつかったら必ず音は生まれるのである。


「それらの音っていうものは癖に起因していてね。同じ対象から発せられる音は大体同じものなのさ。だからカザリの音はもう知っている」


「ん?へ?むつかしぃ!」


「すまない、体質的な話でね。理解してくれとは言わないよ」


 頭を抱えて絶望した様な顔をするカザリにネオもまた苦笑いだ。こればかりは他人と違うモノを持つ自分にしかわからない内容の話である。自身の耳に触れて遠くを見るネオの顔を覗き込んでカザリは小首を傾げた。


「困ったりはしなかった?」


「ふむ……たしかカザリは目が良いと言っていたね。それで困った事はあったかい?」


「ん〜……これが私にとっての普通だからなぁ〜」


「そういう事さ」


 カザリもまた人よりも優れたモノを持つ人間の一人だ。それの使い方に関して深く考えた事が無いために、宝の持ち腐れになっている感は否めないが、視力と言うよりはもっと根本的な能力が違っている。

 カザリの目は静止視力や動体視力は勿論の事、色覚や視野の広さが段違いなのだ。網膜や虹彩の働きが凄まじく、視覚に関する神経伝達が異常発達している。またそれに応じて視覚情報処理能力も高いためにカザリの”見る”と言う行動はただそこにある事実以上の情報をカザリに齎すのだ。


「普通がわからないからなんとも言えないね」


「そうだな。私達にとっての普通は他の人からすれば普通ではない。そもそも普通という定義があまりにも曖昧な表現だ。私はあまり好まない」


 自分が異常だからという理由では無く、単に普通という一括りの表現が嫌なのだろう。自分と同じ考えを持っているネオにカザリは感銘を受けた様に手を取った。


「わかるよネオぉ!普通なんかに染まっちゃダメダメ!自分らしく生きる方が余程有意義だよ!」


「はは、何か嫌なことでもあったのかい?」


「めっちゃあったけどもう気にしてない!」


「おや、強いね。私はまだ割り切れてない所もあるよ」


「ほへ?」


 そう言ってネオは表情に影を落とした。ネオはあまりそう言った表情をする事がないのでカザリはどうしたのだろうと疑問に思う。するとネオがぽつりぽつりと語り出した。


「私は山の麓の小さな村の生まれでね、まぁそこそこ楽しい幼少期を過ごしていたんだ」


 語り始めるネオの隣に移動してカザリは黙ってネオの声に耳を傾ける。こういう話は人にはなかなかし辛いものだ。それをカザリに打ち明けてくれるという事はそれなりにネオが心を許してくれたという事。その気持ちをおざなりにする様な事をカザリは絶対にしない。


「同年代の(おのこ)(めのこ)と遊びに明け暮れる日々だった。だがその頃から耳は徐々に良くなっていってね。ある日、山で遊んでいる時に沢山の魔獣の息遣いが聞こえてしまったんだ」


 この世界では大きな街には守護天使(ガーディアン)と呼ばれる結界生成装置が置かれているが、大都市から離れた小さな村なんかはその庇護下にない場合も多々ある。今でも魔獣がうろつく様な場所から移動出来ていない村も少なくないため、ネオの生まれの村がそう言った場所であるという事もなんら珍しい事ではなかった。


「それに気付いてしまってからは皆と遊びに出掛けるのが怖くなってしまってね。引き篭る事が多くなってしまったのだが、周りの友達は私の感じてる事などわからずに連れ出そうとするんだよ。それが原因で殴り合いの大喧嘩をしてしまってね」


 ネオが殴り合いの喧嘩をする様を想像してカザリは失礼だと思いつつも笑ってしまった。こんなに上品な立ち居振る舞いをする少女が殴り合いだなんて面白くないわけがない。


「どれだけ魔獣の説明をしてもわかってもらえない。それまでに実害はなかったからね。遂にはホラ吹きだと呼ばれる様になってしまったよ。まぁ家から出なくなった私にとって周りの評価など既にどうでも良い事だったけれど」


 その感覚はなんとなくわかるなとカザリも自分の過去を振り返る。人生に絶望し、他者に闇を見てからは全てがどうでも良くなっていた。カザリが悪い振る舞いをする事で迷惑をかける家族もいないし、カザリが良い子でいる事で褒めてくれる様な沢山の友達もいない。

 カザリにいたのは結衣というイレギュラーな友人のみ。最早他者からの評価なんて気にするだけ無駄という思いで生きていた。カザリと同様にネオもまた他人との間に壁を築いた人間なのだ。


「だけどある日運命が牙を剥いたのさ。耳の奥が痛くなる程の叫びに目を覚ましたのは風精霊の季節の夜中だった。飛び起きた私の耳に押し寄せて来たのは泣き叫ぶ人々の声と何かが走り回る足音。そして獣の唸り声だった。遂に恐れていた事態が起きたのだと悟ったよ」


 やはりこの世界は残酷な場所である。常に生の側に死が転がっている世界だ。何時自分が死ぬかもわからない様な不安定な日常の中で全てが成り立っている。カザリには未だに理解出来ない狂気的なものだった。


「両親と共に早く村から避難しようとしたんだが、押し寄せる魔獣の群れが凄まじくてね。村人は目の前で次々と殺されて食われていった。そして逃げ惑ううちに良く遊んでいた友達と偶々鉢合わせたんだ。そこでなんて言われたと思う?」


「え、ごめん……わかんないや……」


「なに、別に面白い事じゃないさ。”ホラ吹き呼ばわりが嫌だからお前が呼び寄せたんだろ”ってさ」


「はぁ!?何それ!さいてーだよ!!」


 ネオの体験した過去があまりにも酷いものでカザリは思わず身を乗り出して叫んでいた。そんな心の底からネオの気持ちを汲んでくれた事が嬉しくてネオは頬を綻ばせる。

 確かに昔は辛かったが今ではもう人生の教訓の一つになっている思い出だ。そこまで感情的になる程ネオはもう引き摺ってはいない。だが、今でも忘れる事は出来そうになかった。


「全て事実なのに理解して貰えない上に余計な疑念まで向けられて。もし私も普通の人間だったなら、あの子達と一緒にあそこで素直に死ねたかもしれないのにね。その事が今でも心のどっかに引っかかってて取れてくれないんだよ」


「みんな死んだの?」


「私以外一人も生き残らなかったよ」


「っ!」


 その言葉が示すのは友達や村人の死だけじゃない。家族の死も含まれた悲しい現実の告白である。


「怖くて怖くて聞こえる音全てから逃げ回った。山の中を転がる様にして駆け回ったよ。逃げて、逃げて、逃げて、逃げていたら、とある旅の少女が助けてくれたのさ」


「それは、辛いね……」


 いつの間にか涙を流しているカザリを見てネオは悟る。ただのお話でここまで純粋に感化される人間はそういない。涙を流したり悲しむ人はいるかもしれないが、カザリの表情を見ればわかる。その辛さの本質を理解している人間なのだと。


「あぁ、辛かったよ。でもね、同時に思ったんだ。私が普通じゃない事に怯えていたせいで、助けられたかもしれない人達を死なせてしまったってね」


「そ、それは違うよ!」


「わかっているよ、自意識が過剰だってね。でも、少なくとも私がもっとこの耳と向き合えていれば、強い心を持っていれば、誰かを救えたかもしれないんだ。だから、引き篭もって普通じゃない事から逃げるのはやめた。人に聞こえないものが聞こえる現実と向き合う事にしたんだよ」


「ネオぉ……!」


「おっと」


 自分とは違う辛い過去を持ち、それでいて自分とは違う意志で克服したネオの強さにカザリは感銘を受けた。カザリと違って自分自身で乗り越えたネオはとてつもない精神の強さの持ち主だ。だからこそ労ってあげたいという気持ちが爆発してカザリはネオに抱きついてしまう。


「えらいねぇ!えらいよぉネオぉ!」


「ふふ、ありがとう。でもね、悪い事ばかりじゃなかったんだ。その助けてくれた少女に頼み込んで弟子にして貰ったんだよ。師匠がこの耳の使い方と刀での戦い方を教えてくれた。だから今の私が有るんだ」


「ネオは冒険者になる前から戦い方を習ってたの?」


 ネオは抱き付いて来たカザリの頭を撫でながら遠い目をする。きっと改めて口にしていろんな事を思い出しているのだろう。そんなネオの儚さが脆そうにも思えて、カザリはつい手に力が篭ってしまった。


「あぁ。というよりも冒険者になったのもただの修行の一環なんだけれどね。師匠の言い付けでAランクになるまで次の稽古が貰えないんだよ」


「うひゃあ、ネオの師匠もなかなかにスパルタだねぇ」


「ふふ、カザリのところもそうなのかい?」


「彗星のジルは鬼教官だよ!手加減してるくせに下手すれば私が死ぬギリギリを攻めてくるからね!」


 カザリもまた短い期間ではあるがジークリットと過ごした日々を思い出す。それはこれまでの人生と比べて遥かに辛く厳しい日々だった。でも同時に今までとは比べ物にならないくらいに充実していて、日々の小さな事にも幸せを感じる様になった。それもこれも全部は厳しく指導してくれるジークリット先生のおかげなのである。


「あはは、それはなかなか厳しそうだ」


「ネオの師匠はどんな人?」


「私の師匠は……うん、適当な人だよ」


「へ?」


 これだけしっかりした少女の師匠だ。さぞかし厳格で品のある人間なんだろうと思って聞いてみれば、帰って来たのはまさかの答えである。


「何でもかんでも感覚で生きてる人なんだ。だから教えを請うのも至難の技だよ。だけど暖かくて優しくて一緒にいるのが心地良いんだ。刀姫クサナギ•ツカサ。それが私の師匠であり姉貴分の東洋人だよ」


 カザリはネオの師匠の名前を聞いて一瞬びくっとする。勿論知らない人間の名前なのだが、凄く聞き慣れたフレーズですんなりと耳に入って来るのだ。

 それが何故かと考えれば答えに直ぐに辿り着く。家名と氏名の並び、そして容易に漢字に変換出来そうな語感だ。まるで日本人のそれと変わらないではないか。


「と、東洋人?」


「あぁ、前に言ったろ?この格好とか刀とかは東洋の文化なんだ」


「クサナギ、ツカサ……袴と刀……」


 稀に異世界ファンタジーモノでも漢字名は見かける事があるし、日本の様な和の文化も見られる事はある。だが、それを実際に経験すると何と言う気持ちの悪さだろうか。

 仮にこの世がカザリのいた世界と同じ文明史を辿って来たのなら、同じ文化の広がりにも納得出来たかもしれない。だが、あからさまに魔力に頼った文明が、科学の歴史を紡いだ世界と同じ文化に至る事なんてあるのか。

 もしそれが偶然に起こり得るなら何と言う奇跡か。そしてそんな世界にカザリが呼ばれる事の何と言う偶然か。作為的なものを感じずにはいられない。一体この世界の歴史にどんなイレギュラーが添えられたと言うのか。


「……ねぇ、なんでもう行けないの?」


「っ!」


「ネオは前に言ってたよね。東洋の島国に行く手段はもう無いって」


 それらの偶然を必然に変える要因として、考えられる理由が一つある。そもそもカザリが世界を渡るのであれば、他の誰かにも可能性はあるのでは無いだろうか。東洋の文化が形成される事になった遥か昔、カザリの様にこの世界にやって来た者がいるのでは無いだろうか。一つの疑問がカザリの心に火を灯す。その答えを知るには東洋の島国とやらに行く必要がありそうだ。


「……約3年前、世界を5体の古龍が震撼させる事件が発生した。古龍は神代の獣を代表する生物の中の最強種だ。そのうちの1体がカドリエス大陸東部一帯を地獄に変えたんだ。そして時をおかずして深淵よりも暗き者による襲撃が起きた。カドリエス大陸東部の小国ヤマトとその沖合にある島国ヒノモトは今もなお呪いによって幽閉されているんだよ」


「ヤマト……ヒノモト……呪い……?」


「厄介な結界さ。生物が抜ける事なんて出来やしない嵐の結界だよ」


 最早疑問の種は確信に近い。東部の文明の発展に起因した存在に近付ければ、カザリがこの世界で成すべき事にも辿り着ける筈だ。幻魔の箱庭と東洋の文化はカザリにとって優先順位が最も高い調査対象となった。


「師匠はその結界を晴らす術を探して旅に出た。故郷に置いて来た家族が心配らしい」


 仮に太古の昔カザリと同様に世界を渡った人がいたとしたら、その人物はどんな生涯をおくったのか。それを知る事は己の運命を知る事に繋がる事になる。

 尤も全てがカザリの考え過ぎなだけであるのかもしれないが。行き過ぎた妄想に頭を捻っているとネオの思い出話も佳境に入っている様だ。


「私は私でAランクを目指しつつ、迷宮(アビス)に潜って空間転移を可能とする魔導具(マジックアイテム)を探しているんだよ。嵐の結界を超えて中から打ち破る方法を探せたらと思ってね」


「なんて良い子なんだ!ネオ、私も手伝うからね!」


 ネオの手を取ってぶんぶんと上下する。人懐っこいカザリの態度にネオはふんわりと笑った。


「はは、ありがとうカザリ。さて、あの二人はまだかな?」


「う〜ん、私ちょっと探して来るね!ネオは待ってて!」


 そろそろお昼を回るかと言う時間だった。スイーツビュッフェなら3時のおやつ時でも良いが、やはり食べ放題なのだから飯時に行く方がお得ではある。

 そんなこんなで昼過ぎの時間を予約していたのでそろそろ集合したい時間だ。未だ姿を現さないステラとフローラを探しに行こうとするが、今の話で少し思い出してしまったのか、ネオの目尻に涙の光を見つけてしまった。カザリはネオに気を利かせて元気良く立ち上がると、続こうとしたネオの肩を抑えつける。


「ふむ……それじゃ、お言葉に甘えるとしよう。気をつけるんだよ?」


「うん!って言ってもこの狭い建物で気をつける事なんてないけど!行って来ます!」


 この世界に生きる人々はカザリの知る世界の人々よりもずっとずっと沢山のドラマを経験している。だが、それは当然の事なのかもしれない。この世にレールが敷かれた普通の人生なんてものは存在していない。カザリが何事もなく中学、高校、大学を卒業して得ていたかもしれないありふれた普通の人生なんかこちら側の世界にはないのだ。

 自分も大概の人生を送って来たが、ジークリットをはじめ、ネオやイリスと言った人々も何度も苦悩しながら生きている。だったらカザリに一体何が出来る、と言うことでもないのだが、せめてこの手の届く範囲での不条理には立ち向かいたいと思った。


「英雄願望とか私らしくないんだけどねぇ〜」


 それでも誰かの涙はやはり辛いのである。だからカザリは今後も腕を磨き、技を身に付けるのだ。自分が全てに絶望し、生きる意味を見失った時、それでも生きる事だけはやめない様にしようと思わせてくれた人がいたから。


「いつだって私はこの心が向かう先へ進むだけだもん」


 中学校の卒業式、卒業生と在校生で賑わう中庭の中心で笑う餝ととある少女。そんなとある少女からの受け売りの言葉を呟いてカザリは静かな教会の中を歩いて行く。カザリの足音だけが響く奇妙な静けさが、嵐の前のソレと同じ様な気がしたーー。








「ーーふぅ、存外に遠いものですね」


 豪奢な馬車の天幕の中、物憂げな瞳で雨の降る空を見上げる美男子がいた。窓硝子に張り付く雨粒を鬱陶しそうに眺めてつまらなそうに溜息を吐くと室内にいるもう一つの影に視線を移す。


「貴方はどう思いますか?先走った新人の失敗とは言え、血呪ノ眼(イグ•マグナ)まで持ち出しておいて何の成果も得られなかった街ですよ」


「……」


 漆黒のフードを目深く被ったもう一人の存在は、聖セラフィリス教会の修道服に身を包む美男子の声には応えない。そればかりか身動き一つもせずにただひたすら其処に存在しているだけである。そんな様子をつまらなそうに一瞥して美男子はまた溜息を吐いた。


「所詮はただの人形ですか。話し相手も務まらない様な玩具を何故私に預けられたのでしょうか」


 美男子が乗る馬車の周囲には十数騎の騎馬が駆けている。そのどれもが教会剣旗団の正鎧に身を包んだ騎士達であり、美男子が乗る馬車にもまた聖セラフィリス教会のシンボルである二柱の女神が描かれていた。


「はぁ……何れにせよいと尊き彼の方達(・・・・)の考えなど、非才な私には分かり得ぬ天上の奇跡です。私はただ、与えられた仕事を与えられたままにこなしてみせるだけなのですから」


 視線を窓の外に移すと、ふと窓に映る同乗者の顔が視界に入った。先程まではどれだけ話しかけても反応を示さなかった人形が、彼の方達(・・・・)の話を持ち出した途端に興味を示したのだ。成る程、これは本当に魂の髄まで服従を余儀なくされた人形らしい。


「えぇ、わかっていますよ。我々に失敗は許されていません。無いのであれば、無いで結構。もし本当にあるのであれば()は頂いていきましょう」


 真っ赤な瞳が硝子に反射して怪しく灯っている。修道服の美男子は臆する事なく視線を合わせると、フードの影で伺えない人形の表情を見透かして笑う。


「大丈夫です、彼の方達(・・・・)が在ると仰ったのですから絶対に在ります。あとはそう、我々がしっかりと責務を果たすだけです。貴方には期待していますよ?」


「……」


 不敵な笑みを送ると人形はまた静かに俯いた。美男子はそれで良いと言った面持ちで再び空へと視線を転ずる。

 道具と駒は用意した。恐らくだが舞台は既に整えられている。守護天使(ガーディアン)から発せられるマナは降り頻る雨の影響で薄まりつつある。神聖の弱まる雨の時節は、聖域を堕とすにはこの上なく都合が良い。


「神隠しの勇者と第二の聖女……さて、フォルヴェーラの街はどんな綺麗な声で泣いてくれますかね」


 悪しき魔の手は、もう直ぐ其処まで迫っていたーー。




勘の良い人はもう読めてるんだろうなぁ、と。さて、そろそろ2章の半分くらいかなと思います。2章は後半に一気に山が連なってるタイプの構成です。少しずつですが、確実に物語が動き出しますよ。次回もお楽しみに!

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[一言] ネオ、辛い想いをしてきたのにホンマええ娘や。お師匠さんとの出会いは奇跡ですな。 それにしても東洋世界、気になりますね。これはこの先の楽しみですね。 関係ないけど、ネオって口調や立ち振る舞い…
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