チュートリアルは何処ですか?
通路の先は、思ったよりも短く、歩くと直ぐに下へと降る階段があった。
他に進めるような道はなく、この場所が相当な高所である事からも下へと向かう事には何も抵抗はない。寧ろ、今の餝からしてみれば、余計な探索に割く時間はないし、モンスターや罠などの危険を考えれば、慎重かつ大胆に進まなくてはならないと言えるだろう。
幸いにもこの遺跡は、所々が先ほどの部屋のように外へと続く吹き抜けになっており、昼時と言うこともあって視界は確保されていた。
苔に足を取られないようにしながら、一段一段階段を下っていく。
「何も、いないよね……?」
階段を降り切ると、そこは広い空間になっていた。
かなりの太さのある柱が、等間隔に立ち並んでいる姿は圧巻だ。階段の正面側は、一面が壁のない作りになっており、外の景色が一望出来る。
そんな空間の入り口で、餝は階段脇の壁に張り付くように周囲を警戒した。見た限りでは何かの存在は感じ取れない。音に関しても時折外で鳥の鳴き声のようなものが聞こえてくるだけだった。
「早速の分かれ道に私は今人生は選択の連続だという言葉を噛み締めていますよちくしょう」
餝の言の通り、階段を降りた所から見た限り、この空間に隣接する通路はどうやら3つあるらしい。
一つは、階段と同じ壁に面した通路だ。壁から左を覗き込むようにして確認しただけなので、その先がどうなっているのかまでは視認出来ていないが、確かに通路はあった。
そしてもう一つは、向かって右側の壁の真ん中だ。こちらは、オーソドックスに通路が続いているようであるが、やたらと広い通路なので不思議な不安感が煽られる。
そして最後の一つは、床に直接備わってる階段だ。ゲームの建物の造りで良く目にする、部屋に直接階段があるタイプだ。
「え、正解なんてわかんないんだけど。てか、いつになったらステータスウィンドウが見えるとか謎の声が聞こえるとか起こるの?あれ、これもしかしてそういうのない奴?」
異世界転移モノだということで行動している餝にとって、その辺りはとても重要である。何せ、彼女はマニュアルは読まないがチュートリアルはやる派なのだ。
もしも、このまま何も起こらないままいきなりモンスターに遭遇……なんて事になったら、テンパって自滅する自信すらある。そんなどうでも良い事に関しては自信満々な餝だ。
兎に角、現状は悩んでいても仕方ないため、直感に従って一番近い同じ壁に隣接した通路を目指して広間へと足を踏み入れた。
壁を背に沿うようにして歩く姿は、まるで断崖絶壁を歩いているのかと見紛う動きだったが、本人からすればきっとこれが一番視界を確保出来て安心出来る歩法なのだろう。
そうして、もう少しで通路に行き着くといった所で不意にやたら金属質な足音が聞こえて来た。
「ーーん、早速人かな?案外ちょろ……っ!?」
餝は、この時自分でも良くそんな動きが出来たと褒めたい気分にかられた。
足音を発していた存在は、右側の壁にある大きな通路から現れた。その異形を目にした瞬間、餝は一番近い柱の裏に隠れたのだ。
(ききききききた!!初めてのモンスt……もんす……え、あれって生き物なの?)
大広間を伺うかのように、通路から出て来て直ぐに首を回す異形の存在。柱の裏に隠れながらその姿を盗み見た餝は、明らかに自分の知識が及ばない存在が生物であるのかと疑問を持った。
それもそのはずで、全身は金属質の部品に覆われており、陽の光を反射して黒光りしている。全体的なシルエットは、明らかに人型を模してはいるのだが、関節には球体の部品が使われていたり、下半身が蜘蛛のような丸いフォルムになっていて、細長い足が6本も付いていたりと常軌を逸していた。
頭のような部分には、大きな赤い球体がハマっており、背中には、サーベルやら盾やらが備わっていた。これがペ◯パーくんのような見た目ならまだ可愛げもあっただろうが、生憎と視線の先の異形に友好的な印象は受けなかった。
手ぶらな両手と上半身を奇妙に回転させながら、異形は広間へと侵入して来た。
(いや、ほんと待って!早い、展開早いって!チュートリアルは!?)
迷うことなく6本の足で器用に歩いて来る機械型のモンスター(?)に困惑する餝。しかし、相手はそんな餝の気持ちの整理など待ってくれるはずもなく、既にほんの数メートル先くらいまで接近していた。
兎に角、この場をやり過ごさなければいけないと思い、餝は機械型モンスターの動きに合わせて柱の反対側をゆっくりと回った。
機械型モンスターは、餝に気付くことなくそのまま突き当たりまで進んで行くと、また折り返して来た。
餝は、先程と同じ要領で反対側を意識しつつ柱をぐるりと回る。今度も上手くいったのか、機械型モンスターは気付くことなく餝の脇を素通りして行った。
(早くどっか行って!ほんとお願い!)
餝の願いが通じたかはさておき、機械型モンスターは部屋の真ん中らへんまで戻って来ると、そのまま餝が降りて来た階段を登っていったのだった。
知らず止めていた息を深く吐くと、その場にへなへなと座り込んでしまう。
「いや、まじかよ……夢なら早く覚めてくんないかな……」
機械型モンスターが消えた階段の方を見て思わず想像してしまった。
もしあのままさっきの部屋でポテチでも食べながらゆっくりしていたらと思うとゾッとした。
「……早くこんな所出ないと」
僅かな間しか観察は出来なかったが、どうやら先程のモンスターは何かしらの目的を持って行動をしていたように思えた。野生生物のような気まぐれな動きは感じられず、どちらかというと徘徊というか見回りと言った言葉がしっくりくる印象を受けたのだ。
態々この広間を端から端まで確認して歩いていたあたりから、餌を探しているだとか寝床に戻るなんていう感じにも思えない。恐らく、奴は巡回している。
先程餝がいた最初の部屋は直ぐそこだし、歩いた廊下は大した広さもない。となれば、機械型モンスターの目的が見回りならば直ぐに戻って来ると思うのが普通だろう。
餝は、当初の予定を変更して、今し方機械型モンスターが現れた大きな通路の方へと向かって走った。
「見回り役だとして、そんな短いスパンで何体も同じルートは通らないでしょ……通らないよね?」
いきなりの異形とのエンカウントに、この先に不安が拭えない餝は、自問自答を繰り返しつつも広い通路を進んで行く。幸いにも、それから暫く機械型のモンスターが現れることはなかった。
広い通路には、いくつも壊れた扉が左右に備わっており、多くの部屋が存在していた。餝は、扉付近は特に注意しながらも部屋の探索はせずに兎に角先へと進む。
時折部屋の中で寝ているナニカを目にする度に心臓が止まりそうになりながらも歩き続けた。体感的には数時間、実時間は十分そこらで漸く通路の突き当たりに辿り着いた。
そこは、餝が立つ場所が一番上の螺旋階段になっていた。しかも、規模が物凄く大きく、一周が何十メートルあるかもわからない。清々しいほどの吹き抜けは、底が知れない高さを悠々と見せつけており、高所が平気な餝ですら足がすくむ程だった。
「仮にこれが異世界召喚だったとして、私を召喚した人間がいて会うことができたら三回殴ります」
餝は、遠い目をしながら、長い長い螺旋階段を降り始めたのだったーー。
キラー◯シン。