迷宮都市の真の顔
13日の金曜日...予約投稿です。
エレベーターから見える景色にカザリは息を呑み込む。見下ろす広大な空間にあったのは、一つの街であった。
壁一面には、物凄い数の灯魔石の明かりが配置され、キラキラとした世界を作り出していた。フォルヴェーラの中央区程もあろうかと言う地下の街には、背の低い建物が幾つも並んでおり、剥き出しの地面で作られた道にかなりの数の人が行き来している。
「へ?へ?ナニコレェ〜?」
「ふふ、ここが迷宮都市フォルヴェーラの真の顔にして、地下に埋設された迷宮区です」
「相変わらずきらきらした街ね」
リズは、あんぐりと口を開いたまま固まってしまったカザリにそっと説明をした。
何を隠そう、この地下街こそが迷宮都市フォルヴェーラそのものなのである。
かつて迷宮の入り口が見つかり、冒険者をはじめとした多くの人々が集って築かれた街。大崩壊と言う地殻変動を経て、周りの地面が隆起したのを皮切りに、地下に埋設する事でより管理をしやすくしたのが今の形である。
入り口を絞る事で資格の無い者の立ち入りを制限したり、反対に迷宮の氾濫が起こった際への対応も迅速に行える様になった。この場所こそが、真の意味で冒険者が集う街なのである。
「やっべっぞ!思ってたよりもすっげっぞ!」
「ふふ、初めての方はみなさんそんな感じです」
やがて辿り着いた終着点でエレベーターから降りると、興奮した様にキョロキョロと辺りを見渡す。あっちへてててと走って行ったかと思えばこっちへててて。まるで初めて遊園地に来た子供の様だ。
そんなカザリを微笑みながら眺めるリズは、エレベーターの固定具を嵌め込んだ後、側にいた職員と話し始めた。
「こ、こげな場所に迷宮があるとですか!?」
「口調が大変な事になってるよ?」
一方カザリは、興奮冷めやらぬままジークリットに詰め寄る。子供の様なカザリを微笑ましく見守るジークリットは、本当に保護者同然だ。
しかし、あまりにも落ち着きのないカザリを見て溜息を一つ。流石に一旦落ち着いて貰おうかと思い、がっちりと肩を掴むと無理やり視線を合わせた。
ジークリットによって急停止したカザリは、首を大変な角度に曲げながらジークリットと向かい合う。とてつもない力に引っ張られて一瞬死を覚悟したが、綺麗な紫水晶の瞳に見つめられてどきっとし、頬を僅かに染めながら続くジークリットの言葉に従った。
「はい、深呼吸!吸って〜、吐いて〜」
「すーっ!はーっ!」
「……落ち着いた?」
「すんげぇぞここ!!」
全く効果がなかった事に多少ショックを受けてジークリットは固まってしまう。そんなジークリットの事などお構いなしにカザリはまたエレベーターの周りの広場をうろちょろし始めた。
絶え間なく道行く人は、皆同様に首からドッグタグをぶら下げている。しかし、良く見れば武装した歩き回る人に限らず、露店を開く者や軽食の屋台を出す者全員がギルド職員やドッグタグをぶら下げた冒険者ばかりであった。
「冒険者が集う街……はは〜ん、見えて来たぞ」
「気付かれましたか?」
「ずばり、冒険者かギルド職員しか立ち入りを禁じられている!……ですよね?」
「はい、その通りです。あくまでも此処はギルド管轄の指定区域であり、未開拓地の一つです。許可なき者を通すわけにはいかず、一度例外を作ってしまえば収集もつかなくなりますので、宿や食事処と言ったサービス業に関してもそこは徹底されています」
他職員との挨拶もそこそこに戻って来たリズがフォルヴェーラの地下街、迷宮区の説明を始めた。
迷宮区に来るまでにギルド騎士の門番や職員の受付があった事からも、迷宮区への立ち入りに関しては規制が徹底されている事が分かる。冒険者ギルドの方でも、Dランク以上にならないと立ち入り許可が出ない事はかなりしつこく聞かされたものだ。
例外を作ると収集がつかなくなるのは何処の業界でも一緒か。どうやら冒険者ギルドは、迷宮に関して一切の妥協無く冒険者以外の立ち入りを禁止している様である。
「でも人多過ぎじゃないですか?」
「此処には、迷宮の氾濫に備えてギルド騎士の部隊も常駐しているんです。もしもの時にはかなりの戦力になりますよ」
「ギルド騎士……上にいた門番の人みたいな?」
「はい、その通りです」
いつの間にかカザリに付けられていた厨二臭い二つ名を教えてくれた門番役のギルド騎士を思い出しながら、カザリは辺りを見渡す。道行く人の中にちらほらとギルド職員の制服とは違う鎧服を身に付けている人達が混じっていた。
背中に大きくギルドの紋章が描かれた鎧服である。どうやら彼等が迷宮の氾濫の際に対処にあたるギルド騎士達の様だ。
「本格的な街だなぁ。なんか良い匂いもする」
「街中には至る所に食事処がありますからね」
露店の様な出店タイプの軽食屋もあれば、普通に店舗として運営されているカフェやレストランなんかも見て取れた。これだけ見れば一体この街にどれだけのギルド職員を導入しているのか見当もつかなくなる。
「あれ、でもギルドのフードショップって迷宮帰りの人用に遅くまで営業してるんじゃなかったんですか?食事処はかなり充実してそうですけど」
「私共も頑張ってはいますが、あくまでギルド職員です。疲れた身体には、やはり世界中で修行を積んで来たプロの美味しい料理が一番という事ですよ」
「成る程!」
漂う美味しそうな匂いから、食に関するサービスを提供しているギルド職員の腕が確かな事は容易に想像出来る。だが、どの業界もその道一筋のプロと何かと並行して行なっている素人じゃ実力に差が開くのは当然か。
冒険者ギルドに入って直ぐのフードショップで働く猫耳少女やふくよかなシェフを思い浮かべてカザリははにかむ。確かに物凄い街ではあるが、地下という事実は変えられず、地上に出て美味しい空気と共に美味しい食べ物を食べれば、その爽快感は計り知れないのだろう。
「でも、まさかこんな規模の街になってるとは思わなかったなぁ。つまり、迷宮区に潜りっぱなしの人がかなりいるって事ですよね?」
「そうですね。まるで迷宮に取り憑かれているかの様に、迷宮に潜っては帰って来て、この場で休んではまた迷宮に潜るを繰り返している人が数多くいらっしゃいます。そのため、居住区も整備されているんですよ」
「成る程。そのための宿と食事処、必要な物資の売買をする露店や武具屋かぁ……ん?冒険者同士で取引している所もあるんですね?」
カザリが指差した先では、鉱石と魔物の素材を見せ合う冒険者達がいた。互いに求めている物なのか、数はどうする、もっと必要なら用意すると言った話をしている様である。
「はい、あれは互いに求める素材を交換したりしているんです。ギルドで大体のレートは表として掲示しているので、それに見合った取引を各個人が行っている形ですね。不正な売買や強奪と言ったことが起きない限り、素材の取引に関してはギルドは黙認しております」
「迷宮は多くの材を恵むって言ってたけど、求める物が確実に手に入る保証は無いですもんね。うむ、めっちゃゲームみたいだ」
「げぇむ?」
「あ、こっちの話です」
素材集めをして武器や防具を強化したりアイテムを作ったりするゲームにはお馴染みの設定である。カザリは、少し前にのめり込んでいたオンラインゲームを思い出して苦笑いをした。
確かあのゲームでは、ゲーム内のアイテムの取引をリアルマネーで行なっている人達がいて問題になっていた。この世界では全てがリアルだが、違法な取引に関してはギルドが取り締まっているらしい。
「彼方の掲示板では、ギルドで言う依頼の様に欲する素材を張り出して取引待ちをする事が出来る様になってるんです」
「へぇ、便利ですね?」
「ふふ、ここは冒険者が集う街ですからね。全ては冒険者のために作られております」
迷宮が恵む物はそのまま人類の財産となる。故に迷宮の攻略に向かう冒険者をサポートするのは当然の事であり、それこそが冒険者ギルドの本業とも呼べるものになっているのだ。
「さて、では実際に迷宮の入り口に向かってみましょうか」
「はーい!」
歩き出したリズの背中を追って、固まったままのジークリットを引っ張る様にカザリも歩き出した。呆然と虚空を眺めていたジークリットだったが、カザリに抱き抱えられてちょっと嬉しそうである。
「迷宮の中には宝箱みたいなのがあるんですか?」
「宝箱、ですか?”天然の”という意味でしたら良く聞きますね」
「んん?」
ここまで来ると最早ゲームとの相違点を探したくなるカザリ。迷宮と言えば財宝、財宝と言えばやはり宝箱である。
しかし、リズの返答はカザリが想像する様な宝箱の存在を否定しているみたいであった。
「崩れた瓦礫を退けたら凄い数の宝石があったとか、生茂る蔓を払って隠し通路に入ったら天然の宝剣があったとかは聞いたことがあります」
「成る程、ファンタジー世界と言えどあくまで現実って訳だ。お誂え向きに態々豪奢な箱を用意して中に物を入れておきます〜なんて仕組みはないのね」
リズの説明に納得して何度も頷く。確かにゲームでなら何とも思わないが、現実世界で急に宝箱なんて物が現れたら恐ろしい事この上ない。それはもう間違いなく罠の類だろう。
「そうですね。それと迷宮で手に入るメインがやはり”魔石”ですので宝箱とは無縁かなと思います」
「魔石?」
「はい、魔石です。今この迷宮区を照らしている灯魔石をはじめ、私達の生活の隅々には魔石が用いられています。勿論魔導具等の材料としても使われてますね。迷宮では魔力の蓄積が早いのか、天然の魔石がよく取れるんです。ですから人類の生活に不可欠な材であり、財でもある魔石の収集が昔から冒険者の主たる仕事となっています」
「ぜ、全然知らなかった……てっきり金銀財宝を求めて一攫千金!かと思ってた……」
「勿論そちらの方も期待は出来ますよ?ですから夢を求めて迷宮に潜る冒険者の方々に、冒険者ギルドはあくまで”ついでに魔石を取ってきて貰う”んです」
リズの言葉を受けてカザリは、良く出来た仕組みだと思った。迷宮内では、魔石をはじめとした多くの貴重なモノが手に入る可能性がある。それは鉱石の類や魔物の素材であったり、太古の武具や財宝、未知の物質であったりと様々だ。
故に、冒険者は迷宮に夢を見て日々危険の中へと潜り続けている。しかし、夢は簡単に手に入るものではなく、金銀財宝の入手や歴史的に新たな物質の発見と言った功績を得るのはほんの一握りだけだ。それ以外の大多数は、一攫千金が叶わないなりに仕事をして収入を得ないと生活が出来なくなる。
そんな彼らにとって有難いのが魔石の売買だ。迷宮内に溢れている魔石を自分の目的のついでに拾ってくる事はそれ程難しくはない。それをギルドが買い取ってくれると言うのだから乗らない手はないのである。
「ファンタジー世界の現実的な部分を見てるとフィクションとノンフィクションの境目にいるみたいな気分になるよ……」
元々冒険者という職業は昔から迷宮の攻略と迷宮内の様々な物資を手に入れて来る事にあった。しかし、魔石の有用性が知れ渡り、人々の生活の中に魔石が溢れる様になってからは、魔石収集という安定した仕事のために冒険者を目指す者も多くなったのだ。
今では本気で攻略に取り掛かっているのは極一部の実力者のみであり、一般的な冒険者は自分が求める物のために迷宮に潜っているケースが増えたのである。
「ん、あれは……?」
迷宮に潜る冒険者の主な目的について話していると、やがて3人は広場に出た。四方に伸びる通りの中央にある広場は地上で言うところの中央区、噴水広場の様である。そんな広場の真ん中には大きな台座があり、女性像が立っていた。
ふんわりと漂う髪と剣を掲げる勇ましい姿が臨場感を演出する女性像である。象の周りには、石造りのベンチに腰掛けて思い思いに過ごす冒険者がちらほらと見かけられた。
「女の人の像……?」
「これは、守護天使と呼ばれる結界生成装置です」
「これが守護天使なの!?思ってたのと違う!」
イリスに教えてもらった守護天使とは、各都市や街に配置された魔族除けのための結界生成装置というものであった。聖属性のマナを周囲に放出する魔道具という事であったので、もっと機械らしい物かとカザリは思っていたのだが、どうやら現実は違った様である。
「それにどうして地下なんかに?」
「今でこそ規模が大きくなりましたが、元々フォルヴェーラの街はこの迷宮区にあたる場所のみでした。謂わばこの場所が街の中心なんです。カスタル領の中心にある街の更に中心という事で守護天使が設置されているのです。此方の守護天使がフォルヴェーラの街とカスタル領を魔族の手から守ってくれるんですよ」
守護天使の構造は至ってシンプルである。中に設置された聖属性の魔石に秘められた魔力を周囲に発すると言うものだ。
周囲の障害物の量にもよるが、基本的に効果範囲は360度同じ距離になる。故に守護天使は街や領の中心に置くと言うのが一般的になっている。
「因みにみんなを守ってくれる守護天使は誰の像なんですか?」
「はい、此方は至上の英雄にして始祖の勇者であるユーフィリア•ラグナロク様の像です。人々を導き、終焉から守り抜いた英雄を祀ったものですね」
人々を魔族から守る結界生成装置である守護天使として英雄の像を用いたのは納得である。かつて実際に人々を救った存在が今もなお守り続けてくれていると思えば、自然と安心も出来るというものだろう。
そんなリズの言葉を受けてカザリは、そっとジークリットの横顔を見た。守護天使を見上げるジークリットの横顔は無表情だったが、カザリには何だか寂しそうな顔に見えた気がした。
そんな顔をして欲しくなくてカザリはジークリットの手をぎゅっと握る。すると驚いた顔をしてジークリットがカザリを見つめて来た。
「どうしたの?」
「家の事なんて関係ないもん。ジルはジルだよ。私がずっと側にいるんだから」
「……ふふ、ありがと」
人々を救う事から逃げたジークリットがユーフィリア像に何を思ったのかはわからない。自分の先祖にして人と世界を守り抜いた英雄と自分を比較して思うところは多々あるだろう。
だが、カザリにとってはそんなもの全部関係ないのだ。ジークリットはジークリットであって、カザリにとってかけがえのない親友なのだから。
「そう言えば、今代の勇者が失踪してから結構経ちましたね」
「きっとその辺で可愛い子と手を繋いでますよ」
「……?」
思い出した様に勇者の話をするリズにカザリは笑った。その手はしっかりとジークリットの手と繋がれている。リズは頭の上にはてなマークだったが、深くは追求せず通りの一つの奥を指差した。
「此方の道をまっすぐ行ったところに迷宮の入り口があります。ここからでも見えるあの門がそうです」
リズが指差す方へ視線を移せば、そこには大きな門が5つ並んで立っていた。
確かフォルヴェーラにある迷宮の入り口は全部で5つであったか。恐らく門の一つ一つがそれぞれの迷宮の入り口となっているのだろう。
「門の色分けは、適正の冒険者ランクのドッグタグに関連付けられています。例えば、Dランクの方におすすめなのが青い門の迷宮って感じですね」
「青が初心者向けで金が最上級者向けって事ですね」
「はい、そうなります。特に入門制限は無いのですが、一応の目安としてギルドがレベルを定めた形ですね。制限はありませんが、ランクの高い冒険者に推奨している迷宮はそれだけの意味がある事を覚えておいてください。環境や魔物、罠の類なんかも容赦の無いものになっておりますので」
「ぜ、絶対行かないようにします……」
リズの説明を受けながら見据えた先には大きな門が5つ立っていた。並び順はばらばらだが、それぞれの門には難易度別の迷宮の入り口があるらしい。
青ならばDランク推奨、赤ならばCランク推奨、銅ならばBランク推奨、銀ならばAランク推奨、金ならばSランク推奨と言った具合に大体の目安を設定しているとの事である。
実際には金の門の迷宮に低レベルな魔物が出る事もあるし、逆に青の門の迷宮に必死の罠が仕組まれていたりと言う例もあるため一概には分けられないのだが、一部の例外を除いて平均的な難易度を比べると今の様な割り振りになったのだろう。
入門に制限はないとのことであるが、態々ギルドが分かりやすい指標を見せているくらいなのだから難易度の違いは大きいだろう事は容易に想像出来た。
謎が多いこの世界に対してカザリは基本的に臆病に行動しているため無謀な夢を追って適正ランク外の迷宮に挑む事はないだろう。
リズの注意に素直に頷いてカザリは青い門を眺めた。その門の向こう側こそがカザリが挑む迷宮の入り口になっている。
「と、まぁ以上が迷宮区の主な説明になりますね。何はともあれ実際に潜ってみない事にはどういうものなのかはわからないと思うので、是非一度潜ってみる事をお勧めします」
「ありがとうございます!わかりやすかったです!」
「ふふ、良かったです。各設備に関しては誰でも利用出来るようになっていますのでお気軽に近くの職員にお声かけください。それではどうかお気をつけて迷宮ライフを楽しんで下さい。冒険者ギルド職員一同、街の英雄夜ノ雷に期待していますので」
「その名前やめてぇ!!」
新しいものを沢山見聞きして忘れようとしていた恥ずかしい二つ名を蒸し返されてカザリは赤面した。
リズみたいに真面目で綺麗なお姉さんまで厨二臭い名前をサラッと言うあたり、この世界の感性は大分手強そうである。
「よーし!早速帰って迷宮に潜る準備しようジル!」
「へ?明日入るの?」
「勿論!」
登録手続きとリズからの説明を聞き終えてカザリはかなりテンションが上がっていた。例えるならば発売前のゲームの体験版をプレイしてみたら予想以上の出来だった時の気分に似ているだろうか。これはもう早く本プレイをしてみたくて仕方ないという気持ちである。カザリは早く迷宮に潜ってみたくて仕方ないのだ。
「うーん、まぁ、いっか。今のカザリの実力なら問題ないだろうし。それじゃ、地上に戻ってお買い物に行こう!」
「うん!」
そう言ってカザリは、元気良くジークリットの腕に飛び付いた。前を歩くリズを追って二人は仲良く歩いて行く。
日本という平和な国からやって来て早一ヶ月半。カザリ•タカミネは、遂に冒険者としての大きな一歩を踏み出す事になるのだったーー。
次回、迷宮に入ります!最近執筆時間が全く取れない!大変だぁ!誤字脱字、不適切表現意味間違いなどありましたら都度指摘をお願いします。感想、評価、ブックマークも是非!




