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束の間の平穏を

食レポ回(笑)


 耳を擽る小鳥の囀りと頬に触れる柔らかな風。穏やかな空気に深い眠りの底から意識が浮上して来る。

 暖かな陽の光を感じると共に気が付けば誰かに顔を拭かれていた。首筋から肩にかけて優しく汗を拭き取ってくれ、幾分か気持ちが和らいだ。お湯で絞られたタオルの温もりが心地良く、優しい手つきと相まって心が安らぐ様だ。

 ふと指先に力を込めれば全身に激痛が走る。その痛みと苦しみに改めて自分の生を実感した。


「寝てるだけなのにこんなに綺麗だなんて、お貴族様って凄いなぁ。あ、これ言ったらイリスに怒られちゃうかな?ごめん、聞かなかったことにしてっ」


 聞こえて来たのはつい最近出会ったばかりの少女の声だった。

 何の運命か、同じ日の同じ時間帯に冒険者登録に来た少女。話を聞けば少女は記憶喪失と言う辛い状況に置かれていた。それなのに少女は絶えず笑みを浮かべており、人懐っこくて不思議と惹かれるものがあった。

 そんな少女と共に参加した冒険者ギルド主催の初心者演習という実戦形式の講習会。思い出すのはいきなり訪れた死の運命だった。

 この世界はいつだって優しくない。いつも厳しく辛い現実が人の心を苦しめて来た。

 だから、今回だってその一つが偶々起きただけ。偶然自分に不幸が訪れただけだ、と半ば諦めていたイリスの心を叱咤するかの様に、少女は最後まで諦めなかった。その光景が瞼の裏に焼き付いている。


「……聞いちゃったわよ」


「タイミング悪い!てか、え、目覚めたの!?」


「おかげさまで、ね」


 薄っすらと目を開けたイリスにカザリは驚きつつも満面の笑みを浮かべた。ヘルガルム戦から帰還し治療を受けた面々の何人かは既に目が覚めていたのだが、イリスとアレンは未だに眠ったままでカザリは心の底から心配していたのだ。

 出会って間もない自分なんかを仲間として認めてくれて共に死地に残ってくれた掛け替えのない二人。カザリはそんな二人が心配で仕方なくジルとの午前中の訓練もそこそこに治療院にお見舞いに来ていたのだ。


「よがっだぁ!いりずぅ〜!」


「ちょっと痛い!?カザリ、痛いってば!」


「私の愛だと思って受け取って!」


「こんなに痛いの要らない!」


「ショック死しそう……」


 感極まって飛びつく様に抱き着くカザリ。しかし間髪入れずイリスが張った言葉の壁によって弾き飛ばされたカザリは、オーバーリアクションで床に掌を着いた。その姿はまるで昨夜のオリエッタの様だが、生憎カザリはオリエッタを知らないだろう。


「生きてる、のね……なんだか一生分の運を使い切った気分だわ……」


「一生が終わっちゃうよりは良いでしょう?」


「……その通りね」


 改めてイリスは天井を見上げ、部屋を一瞥し大きく息を吐いた。見知らぬ場所ではあるが大方フォルヴェーラの治療院だろうとあたりをつけて考える事を辞める。

 どれくらい眠っていたのかはわからないが酷く身体が怠かった。全身も痛むしあまり余計な事に気を遣いたくはないのだろう。服の胸元を直してくれるカザリを見て小さくお礼を言った。


「ありがと」


「んーん、私こそありがとうだよ」


「へ?」


 何の事かとカザリを見つめれば、思い出す様に辛そうな顔をしていた。カザリはイリスの寝る寝台の脇に椅子を寄せ、腰掛けるとぽつりと呟いた。


「どんなに格好付けたって怖かったんだ。怖くて、怖くて仕方なかった。だから、ありがと」


「……仲間、だもの」


「うんっ!」


 何とは言わずともカザリが言いたい事が理解出来たのか、イリスは小さく微笑んだ。だが直ぐに頬を染めて顔を背ける。

 自分で言っておいて恥ずかしくなったのだろうか。ちょっと照れ臭そうにそっぽを向くイリスに、カザリは満面の笑みを浮かべて頷いた。

 そっと手を握れば優しく握り返して来る。そんな小さな行動に仲間の生をカザリもまた実感したのだった。


「よぉ、お二人さん、元気かい?」


「ディン!大丈夫?」


 部屋の入り口から掛けられた声に振り返れば、そこには包帯だらけのディンが立っていた。薄い紫の髪は元から癖毛なのだが、お風呂に入れていないからか今はとんでもないくらいに絡まっている。それを見てカザリはよくバッグの底で絡まっていたイヤホンを思い出した。


「実は俺は昨日の夜に一度起きてたんだ。そん時シェリーちゃんから色々聞いたよ。最後まで戦ってくれたんだってな?ほんと礼しかねーや。助かったよ、ありがと」


「ううん、ディンだって頑張ってくれた。みんながいたから今があるんだよ?」


「そうね、私達だけじゃ無理だったわ」


「そう言ってもらえると嬉しいねぇ」


 昨夜の集中治療が終わった後、親族達で騒がしくなった治療室で目を覚ましたディン。親との会話もそこそこに、端の方にいたシェリーを呼んで事の本末を聞いていたのだ。

 初心者組で一番最初にやられてしまったディンは、自分の不甲斐なさを痛感して悔しさを滲ませていた。脚の骨がまだ完全に繋がっておらず、治療院の回復術師から泊まるように勧められて治療院で一晩を過ごし今に至る。


「……俺はさ、エイジの付き添いで冒険者になったんだ」


「へぇ、意外ね。幼馴染とか?」


「そ、家が隣同士でな。あいつの父ちゃんが冒険者で、いっつも冒険の話聞かされて育って来た」


 イリスが泊まっている部屋に入って来ると、ディンは窓際まで歩いて行きそのまま窓枠に腰を下ろした。別の部屋で眠るエイジを思い浮かべながらぽつりと呟く。


「それで憧れたの?」


「それもあるけどきっかけは違うかな。ある日、エイジの父ちゃんが迷宮から帰って来なかった」


「「っ!?」」


 窓の外を尻目にディンは語る。突然ディンが告げた言葉にカザリとイリスは息を飲む事しか出来なかった。


「もう何年も前の話だ。俺もエイジも今更生きてるとは思ってない。だけどあいつは探しに行ってみたいんだとよ。だからさ、俺は別に信念とかねーから良いんだけど、エイジの事助けてくれてありがとな」


 そこで再びディンはカザリとイリスに向き直ると頭を下げて来た。その行動がチャラそうなディンからは想像も出来ず、カザリとイリスは完全に固まってしまう。

 だが顔を上げたディンが心底安心した様な優しい笑みを浮かべていた為、二人はディンへの印象を改めた。


「ディン、良い奴じゃん」


「正直驚いた、ナンパ男にしか見えなかったもの」


「はは、俺なんて正真正銘のナンパ男さ」


 くつくつと人の良い笑みを浮かべるディン。カザリとイリスも釣られて笑顔になった。

 一頻り笑い合うと、そう言えばとディンが切り出した。


「二人はもう聞いたかい?あ、いや、イリスちゃんは目覚めたばっかりだったか」


「何の話?」


「昨日のヘルガルムはやっぱり異常だったらしい。基本的に奴らは禁地から出ないって考えは正しかったみたいだ。その上群れで行動するヘルガルムが単体でいたのも変なんだと。今日、正式に冒険者と騎士団で組まれた調査隊と討伐隊が出るってさ」


 つい今し方起きたばかりのイリスが知らないのは当然であるが、正直周りの様子に気を配る余裕がなかったカザリもまた知らない事実であった。

 いくら予備知識が無いカザリとは言え、昨日のヘルガルムの出現が異常事態である事は理解している。

 カームの森は危険度が最低ランクの初心者向け開拓地だ。実際に気候は安定していたし出会った魔獣もカザリ達初心者で十分に対応出来るレベルであった。

 そんな所にヘルガルムの様な化け物が住んでいるわけがない。つまり何かしら良くない事が起きているのである。


「そうなのね。原因が見つかると良いけれど……考えられるとすれば神代の獣関連かしら?」


「だとしたら今頃国中で警報が出てるだろうさ。今回の件で気味が悪いのは、カームの森にヘルガルムがいたという事実に対して、目撃情報も被害報告も何もなかった事だ。まるであの日突然そこに発生したみたいな気持ち悪さがある」


 神代の獣とは大崩壊以降に世界各地で発見される様になった天災に匹敵する生物の事である。その殆どが特徴や生態が古い文献に残る生物と酷似している事から太古の昔、神がまだこの世界にいた時代に生きていた獣という事で名付けられた生物達の総称だ。

 しかし、神代の獣はそれぞれが自分の縄張りをしっかりと持っており、そこから出て来る事は滅多にない。加えて言えば、その縄張りこそが禁地認定されている場所ばかりなので、基本的に文明圏に被害が及ぶ事は無いのである。

 だが、禁地の中で一度神代の獣が暴れ出せば被害を受けるのはそこに住む生物達だ。神代の獣の行動によって禁地から魔族が溢れて来る事は、歴史的に見ても何度もある事である。

 それを疑ったイリスであったが、既に常闇の大森林に異常がない事は昨夜のうちに調べが付いているらしい。ディンは今回の一連の騒動に得体の知れない気味の悪さを感じて渋い顔をした。


「魔獣って突然発生するの?」


「あるとすれば魔物の類ね。魔獣は字の如く獣なの。邪属性のオドを宿すとは言え、自然界の生態系に溶け込んだ生物よ」


「対して魔物は得体の知れない奴らさ。邪属性のマナと魔素から偶発的に発生する半生命体って言われててな、同一条件下だったら同じ魔物が発生する事もあるだろうけど、基本的に子を成して繁殖したりとかしねぇから種としてじゃ無く個で存在する奴らなんだよ」


 そもそも魔獣の始まりは、動物が邪属性の魔力を有した事に起因すると言われている。邪属性の魔力を有した動物が各地に散り、環境に適応して最適な進化をしていった。邪属性の魔力を有する事を除けばその有様は最早動物と何ら変わらず、次第に食物連鎖の中に自然と溶け込んでいった。この様に環境に適応した魔族を魔獣と呼んでいる。

 対して魔物とは、邪属性のマナと負の力の総称である魔素から自然発生する半生命体である。邪属性のマナとは言わずもがな邪神に起因するマナの事だ。

 対して魔素とは、例えば人の怨みや憎しみと言った感情であったり、多量の命が奪われた場所に発生する瘴気であったり、広義の意味で負のオーラを表す言葉である。

 それらが混じり合う事で神の気まぐれに命を得た存在が半生命体である魔物なのだ。

 因みに、悪魔はこれらの上位個体であり、知性を有した魔族の事である。


「わからないところもあるけど、要するにヘルガルムは魔獣だからちゃんと親から産まれて来る生物だし、何も無い所から自然発生はしないって事?」


「そう言う事よ」


「だからこそ謎なんだよなぁ。まぁ俺らがどれだけ頭捻ったところで答えには辿り着けないんだろうけどさ」


 腕を組んでうんうん唸っていたディンだったが、早々に考える事を辞めて肩を竦めてみせた。その様子にカザリやイリスも確かにと考える事を放棄する。

 何方にせよここからはプロの仕事だ。調査隊と討伐隊が正式に出発するのであれば、最早初心者が首を突っ込む事態では無いだろう。

 そんな風に考えていると、不意にくぅと可愛らしい音が鳴った。それに直様反応したのはカザリだ。顔を真っ赤に染めて自分のお腹を抑えている。


「……ご飯食べてないの?私達は大丈夫だから行きなさいな」


「話し込んで悪かったねぇ。無事退院したら折角だしみんなで依頼でも受けようじゃないの」


「う、うん……めちゃ恥ずいよぉ……また来るね」


 そうして立ち上がったカザリは、とぼとぼとお腹を抑えながら歩いて行った。自分達を奮い立たせて最前列で戦っていた勇ましい少女の残念な後ろ姿を見送って、イリスとディンは何方からともなく吹き出していたーー。






 治療院を出てカザリはそのまま冒険者ギルドを訪れていた。丁度昼時のこの時間帯、フードショップはとんでもない程の大盛況である。

 午前中の特訓が終わってジルに治療院に行きたいと話してから既に1時間くらいは経ったのだろうか。それならばとジルも丁度行きたい所があったらしく、昼過ぎに冒険者ギルド前で待ち合わせする事になっていた。

 異世界に来てから初日を除いて珍しく早起きが続いているカザリ。今日も日が昇ると同時に目が覚めて隣ですやすやと眠るジルを擽りの刑で無理矢理起こして早朝から特訓に勤しんでいた。

 朝ご飯を食べてから大分時間も経ち、おまけに相当身体を動かしたのでかなりお腹が空いている。お腹をさすりながらカザリはジルから貰ったお小遣いを握ってフードショップへと歩いて行った。


「えーっと……何処座ろう……」


 フードショップ内は何処のテーブルも冒険者達でぎゅうぎゅうだった。戦士風の人や魔法使い風の人、武闘家風の人に野伏風の人など様々な冒険者でごった返している。

 例えるなら連休中の遊園地のフードコートの様な有様だ。しかし、冒険者ギルドではこれが毎日だと言うから恐ろしい。

 カザリがきょろきょろと辺りを見渡しながらうろうろしていると、目の前のテーブルのおじさんが皿を寄せて一人分の場所を確保してくれた。


「おう、嬢ちゃん。良かったらここ座んな」


「あ、ありがとうございます!」


「メニューここ置いとくぜ」


 お言葉に甘えてカザリはおじさんの隣に腰を下ろした。どうやらこのテーブルは皆相席らしく、仲間内で食卓を囲んでいる様な感じでは無かった。

 冒険者ともなればこのくらい当たり前なのだろうか。あまり相席という文化に親しみのない日本出身のカザリからすれば珍しい事だった。だがこれはこれで楽しそうだと意気揚々とメニューを開く。


「Oh, shit!」


 そこで英語が飛び出す辺りかなり動揺しているのか。メニューを開いたカザリは、よくわからない複雑な文字の羅列を数秒見つめてメニューを閉じた。

 どうやら言葉は通じたのだが文字は読めないらしい。これはかなりキツイなと改めて自分が異世界に来た事実を叩きつけられていた。そんなカザリの様子を見て向かいに座っていたお姉さんが違うメニューを手渡して来る。


「文字が読めない人も沢山いるわ。どうぞ」


「へ?あ、ありがとうございますぅ」


 お姉さんから貰ったメニューを開くと、どうやらそれはイラストを使用したメニューの様だった。可愛らしくデフォルメされたイラストが沢山並んでおり、何だか見てるだけで楽しくなって来るメニューである。

 そんなメニューに目を通しているとカザリはとあるページで手を止めた。そこにあったのはーー


「フライドポテトッ!」


 同じテーブルに座る冒険者達が何事だとカザリを見るも、当の本人はメニューに集中していて周りの様子に気付いていない様だ。軽く血走った目でフライドポテトのイラストを眺めるカザリは狂気染みているとしか言えない。そんな時、丁度店員さんがカザリにオーダーを聞きに来た。


「ご注文はお決まりですか?」


「この、フライドポテトを一つ!」


「ふらいどぽてと……?」


「これ、これ!」


「あぁ、山盛り揚げ芋ですね。畏まりました。他には何かございますか?」


 メニューを取りに来たのは、白髪の猫耳少女のウエイトレスだった。おまけに尻尾までスカートからはみ出している。

 どうやら少女はコスプレとかでは無くリアル猫耳と尻尾を生やした猫人族(ウェアキャット)であるらしかったのだが、生憎今のカザリには眼中にないらしい。

 普段のカザリであれば初めての猫人族に間違いなく食いつくだろうが、フライドポテトの存在はそれを軽く凌駕する様だ。


「この、ハンバーガー!」


「はんばぁがぁ……?」


「これ、これ!」


「あぁ、合挽肉のサンドイッチですね」


「サンドイッチはあるんかい!!」


「ふぇぇぇえ?」


 どうにもスムーズにいかないやり取りに半ばヤケクソな突っ込みをしてしまうカザリ。対するウエイトレスの少女はカザリの奇行にたじたじだ。

 だがそこは変人も多くいる冒険者が利用するフードショップの従業員、簡単な事ではへこたれないらしい。カザリを怖いものを見る様な目で見ながら目の端に涙を浮かべて注文を取っている。


「ほ、他にはございますか?」


「コーラってある?」


「ごめんなざぁいぃ!じらないでずぅ!」


「なにゆえ涙!?」


 最早コントとしか思えないやり取りを繰り広げる二人を見ながら、同じ席に着く冒険者達は酒をぐびぐびと煽っていた。面白いやり取りは肴になるのだろう。

 猫人族のウエイトレスは無知である事をカザリに怒られると思って耳を畳んで尻尾を股の間に挟んでいた。カザリはと言えば、ノリ突っ込みをかましただけだったので何も悪気は無く何かをやらかした自覚もないのだが。


「えーっと、しゅわしゅわした飲み物なんだけど……」


「エールですか……?」


「お酒じゃないんだけどなぁ……」


「ごめんなざぁいぃ!」


「泣かないでってば!?葡萄ジュース!葡萄ジュースでファイナルアンサー!」


 最早収集のつかなくなりそうなやり取りに、カザリはコーラを諦めて葡萄ジュースを頼む。

 隣でおじさんが傾けているグラスにはワインの様な飲み物が注がれている。色合い的にも葡萄酒であるそれを見て、葡萄酒があるなら葡萄ジュースだってあるだろうの名推理でファイナルアンサーを叩きつけた。

 猫人族のウエイトレスは、それを聞くと手元のメモに何やら書き込んでカザリを見つめ返してくる。


「……山盛り揚げ芋と合挽肉のサンドイッチ、葡萄ジュース……で宜しいですか……?」


「あの、そんなに警戒しないで?大丈夫、合ってるから」


「秒で用意しましゅ!!」


 びくびくと怯えた様子で注文を繰り返してくれた猫人族のウエイトレスに勤めて笑顔で接するカザリ。しかし、カザリの健闘虚しく猫人族のウエイトレスは逃げる様にカザリから遠ざかって行った。

 冒険者で賑わうフードショップをとんでもない速さで駆け抜ける様は流石猫人族か。俊敏性としなやかな動きは見事なものだった。

 残されたのは変な空気に包まれる一つのテーブル。周りのテーブルは何処も騒がしいのにカザリが座るテーブルだけ隔離された様に静かだった。


「あ、あはは〜……」


 愛想笑いで誤魔化すカザリを見ながら、冒険者達は酒をまた一口煽る。何だか居たたまれなくなってカザリはメニューに視線を落とした。

 元はと言えば全ての元凶はフライドポテトの存在だ。何を隠そうカザリは大のじゃがいも好きなのである。

 コロッケやカレーの具は勿論の事、肉じゃがやじゃがバターも大好きなのだ。おまけにポテトチップスをはじめとしたスナック菓子の数々も愛して止まないのである。

 だがそんなじゃがいも料理界の頂点に君臨するのがフライドポテトなのだ。カザリも人並みにJKを演じて来たので、学校帰りや休日に結衣と一緒にマクド◯ルドに良く通っていた。

 血走った目でフライドポテトを口いっぱいに含むカザリを見て、流石の結衣もドン引きだった事は終ぞ知る事が無かったが。


「じゃが氏が私を駄目にするんだぁ」


 誰に対する言い訳か、小さな声で呟くカザリ。だがしかしフライドポテトを口いっぱいに含んで堪能し、仄かな塩っぱさが残る口内に一気にコーラを流し込む感覚は一度味わったら抜け出せないものだろう。少なくともカザリはそう思っている部類の人間だった。


「マック並みの味は期待してないけど期待してるよ……!」


 メニューに描かれたフライドポテトのイラストを穴が空く程見つめながらカザリは阿呆みたいな事を呟く。

 家族が死んでしまい広い家での一人暮らしが始まってからと言うもの、カザリの食生活は大分ぶっ飛んだものになっている。酷い時は夕飯時のテーブルの上にはポテトチップス、コーラだけの日もあったくらいだ。

 そんなスナック菓子やジャンクフードをこよなく愛するカザリは、頼んだメニューの到着を今か今かと待っていた。

 すると先程の猫人族のウエイトレスが片手にトレイを乗せてすいすいと冒険者の間を縫って来た。あっという間にカザリの隣に辿り着くと、テキパキとカザリの前に商品を並べ出す。


「お、お待たせしましたぁ!丁度揚げ芋の大量注文が入っててお客様の方を優先してもらいましたぁ!秒は無理だったけどおごらないでぐだざぁいぃ!」


「怒らないよ!?ありがとね!」


 並べられた料理を見る間もなくカザリは猫人族のウエイトレスにお礼を言う。ついでにとばかりに頭を撫で撫でしてみると柔らかな耳がぴくぴくとしていて肌触りが心地良かった。更に調子に乗って尻尾もさわさわ。完全にセクハラである。


「ふわぁ、ふわぁ」


「あ、あのお客様……こ、ここはそう言う店では……」


「その台詞まさか貰う側になるとは思わなかった!」


 セクハラで訴えられかねない行動をしておいてこれである。カザリがぱっと手を離した隙を突いて猫人族のウエイトレスはそそくさと退散してしまった。

 髪の毛の感触を名残惜しみつつも鼻腔をくすぐる匂いには抗えないか。再びくぅと鳴ったお腹をさすってカザリは両手を合わせた。


「いただきます!」


 先ずは山盛り揚げ芋から、カザリはフォークを手に取ると思い切り真ん中に突き立てた。

 フォークの歯に貫かれた数本をそのまま口の中へと頬張る。程良い塩っぱさが口いっぱいに広がるとほくほくの熱が口内を刺激する。少しカリッとしつつも歯切れの良い表面を咀嚼すれば、優しい弾力が歯茎を押し返し滑らかな舌触りの芋が溢れ出した。

 噛む程に広がる身と存在感を主張する皮、程良い塩加減と絶妙な油が口の中で混ざり合い、カザリは自然と頬が緩むのを抑えられなかった。

 揚げ芋の波が去る前に葡萄ジュースをぐびっと一口煽れば、甘酸っぱい果実の味わいが塩気に満たされた口内に優しく広がっていきそのまま喉の奥へと駆け抜けていく。思わずガッツポーズをしたカザリは、また一口揚げ芋を頬張った。


「うまっ!うまっ!」


 どうやらじゃがいも大好きガールはここの揚げ芋をお気に召したご様子だ。物凄い勢いで揚げ芋を頬張るFランク美少女を見て周りの冒険者達は喉を鳴らす。

 そして一人、また一人と揚げ芋を注文する人が続出していた。そんな周りの事など気にもせずカザリは怒涛の勢いで揚げ芋を半分程平らげるとジューシーな肉汁を滴らせている合挽肉のサンドイッチを睨んだ。


「……さてはお主、美味しいな?」


 料理に話しかけるカザリは完全に頭のイカれた残念な娘にしか見えない。だがカザリにとって周りの目など気にするだけ無駄なものである。

 この世界には知り合いなんて数える程しかいないのだし、況してや日本の様に他人の目ばかり気にして生きていかなきゃいけない環境でもない。その上他人に合わせて生きてやる気もないカザリがどうして周りの目なんか気にするだろうか。


「覚悟しなさい、私が美味しく食べて進ぜよう!」


 サンドイッチと言いつつも見た目は完全にハンバーガーである。こんがりと焼け目のついたバンズの間からは大きな合挽肉のパティと新鮮な野菜、とろりと溶けるチーズが覗いている。

 香ばしい匂いが鼻腔を刺激して無意識のうちに口内に唾が溜まっていた。それをごくりと飲み下してカザリはフォークとナイフを構える。他のテーブルで同じものを食べている冒険者が見えたが、手ではなくフォークとナイフを使っていたのでカザリも真似てみたのだ。

 地球でも宗教の違いや文化の違いから食に対するマナーは割とデリケートな問題だった。冒険者が食事の際にいちいちマナーを気にしているとも思えないが、手掴みでハンバーガーを食べて怒られるのも癪なので、カザリは郷に入れば郷に従えの精神でバンズにナイフを落とした。

 僅かな抵抗感の後、すんなりと切れ目が入ると、そのまましゃきしゃきの野菜や肉厚のパティを裂きながらナイフは進む。合挽肉のサンドイッチが丁度両断されると、再び顔を出したナイフの刃にはたっぷりとチーズとソースが絡んでいた。

 カザリはそれを器用にフォークで絡め取るとバンズの上に塗ったくって更に四分の一になる様に切り込みを入れる。そして四分の一サイズになったところでその一つを一気に頬張った。


「はふっ!はふっ!」


 柔らかくもしっかりとした食感のバンズ。それを超えると新鮮でしゃきしゃきとした楽しい食感の野菜が歯を受け入れる。勢いそのままに噛み締めれば、芳醇なソースと濃厚なチーズとが舌を刺激して合挽肉のパティを迎え入れる準備が整った。

 そして溢れ出す肉汁の波とがつんとした食べ応えの合挽肉。噛めば噛む程味が染み出し、ソースやチーズと絡まって口の中で完成形へと昇華されていく。

 一つ一つの咀嚼を楽しむ様にゆっくりと味わうカザリ。ごくりと飲み込んだ後も口の中に残る仄かな味わいの残響を数秒楽しんで葡萄ジュースを煽った。


「ジャンク最高っ!」


 女の子とは思えない台詞を吐きつつカザリは更に食事を進めていく。そんなカザリの様子を眺めて他の冒険者が一人、また一人と合挽肉のサンドイッチを注文するのだった。

 あっという間に食事を終えたカザリは伝票の様なものを手に取って会計に向かう。何気に異世界初のお金のやり取りに緊張しつつもカザリはレジにて並んでいた。

 カザリの順番が来ればそれまでレジ対応をしていた人が厨房の方で呼び出され、代わりに先程の猫人族のウエイトレスがやって来る。


「お待たせしまーーひいっ!?」


「ショック死しそう……」


 あまりの嫌われ様に流石のカザリも傷付いたか。折角美味しい食べ物を食べれたのに気分が少し落ち込んだ気がした。そんなカザリの様子を見てウエイトレスがあたふたと焦り出す。そして何故だか可愛らしいポーズを取って仕事をし出した。


「銀貨一枚になります……にゃんっ♪」


「……にゃん?」


「こ、こうすればお客様が喜ぶって店長が……」


「……それこそ店間違ってそうな気がするけど……グッジョブだぜ店長はん!」


 何処にいるかもわからない店長に向かってサムズアップするカザリ。すると何を感じ取ったのか厨房の奥から膨よかな男性シェフが顔を出してサムズアップを返して来た。

 彼が恐らく店長なのだろう。不敵に笑い合うカザリとシェフ。お互いに一つ頷くとシェフはまた厨房の中へと帰って行った。


「あ、あのぉ……銀貨一枚になりますにゃんっ♪」


「リピート機能付きとはまた粋な計らいを……!くっ、持ってけ泥棒!」


 泥棒も何も既に出されたものを食しているのだからここで代金を払わなければカザリの方が泥棒になるだろうに訳の分からない事を叫びつつカザリは銀貨を一枚カウンターに叩きつけた。それを満面の笑みで受け取ると猫人族のウエイトレスは綺麗にお辞儀した。


「ありがとうございましたにゃんっ♪」


「……ねぇ、君名前なんて言うの?」


 自分の後ろに客がいないのを良い事にカザリは悪ふざけでナンパ男を演じてみせる。ディンならこんな感じかなとか阿呆な事を考えつつ猫人族のウエイトレスにちょっかいをかけて楽しむカザリは完全に迷惑な客だった。


「へ?あ、ルーシィですにゃぁ」


「ルーシィちゃんかぁ!私カザリ!3日前に冒険者になったばかりの新人なんだ!宜しくね」


「3日前に……?」


 ルーシィと名乗った猫人族のウエイトレスも人が良いのか、明らかに迷惑なカザリを押し返すでもなくしっかりと相手をしてくれている。

 そもそも冒険者ギルドのフードショップは常にかなりの賑わいを見せるお店だ。昼飯時や夕飯時は更に人の出入りが激しい為従業員もかなりの数で対応している。

 今もあちこちでウエイトレスが行き交っており厨房からもかなりの人数の声が聞こえてくる事から一人抜けたところで何ら業務に影響は出ないのである。かと言ってそれが褒められることではないのだが。


「あの、もしかして昨日の初心者演習は……」


「うん、参加してたよ」


「っ!」


 既に情報は広まっているのか、聞きにくそうにしつつもルーシィはカザリに初心者演習に参加したのかどうかを聞いて来た。

 対するカザリは大して気にした様子もなく肩を竦めてみせる。死ぬ思いはしたがカザリは死ななかった。カザリと共に戦った者も皆生きている。

 今回の事件で死人は出た様だが生憎カザリは人の死に目に会っていない。確かに身体と心に恐怖は刻まれたが逃げ出す程のトラウマにはなっていないのだ。まだ立てるなら立っていたいし、歩けるなら歩いていきたい。


「でもほら、こうして生きてる。そして、これからも生きていく」


「……強いんですね」


 そんなカザリの様子を見てルーシィはぽつりと呟いた。ルーシィは年若い少女だが幼い頃からこの場所で働いている為こう見えてベテランである。沢山の冒険者が集まる場所でそれこそ沢山の冒険者を見て来た。そんなルーシィはカザリの表情を見て思う。心の強い人が浮かべる表情だと。


「そうでもないよ、そう振る舞ってるだけ」


「いいえ、カザリさんはここが強いです」


 そう言ってルーシィはそっと自分の胸に手を置いた。その意味を理解してカザリは僅かに視線を落とす。カザリにとって心は一番自信の無いところだ。正直強いと言われても納得は出来ないのである。


「それこそ、どうだろうね」


「カザリさん、自分の事は自分が一番良く知ってると思ってますか?」


「へ?」


 突如ルーシィが放った言葉に困惑するカザリ。ルーシィの顔を見れば真剣そのものな瞳でカザリを見ていた。だからこそカザリも真剣に考える。その上でやはりカザリは自分の事は誰よりも自分が良く理解していると思った。


「うん、そう思ってるかな」


「それは間違いですよ。自分は自分が思っている以上に可能性に満ちている。それに気付かせてくれるのはいつだって側にいる他の誰かです」


「っ!」


 ルーシィの核心めいた言葉に目を見開くカザリ。いつだって自分の事は自分で低く評価して来た。それこそが正しい判断基準であり世界で一番公平な評価だと確信していた。

 しかし、ルーシィが言うにはそれは間違っているらしい。人は他人の目を気にしながら生きている。それに縛られていたら本当の自分なんていつまで経っても得られないでは無いかとカザリは思っていた。

 だが、他人からの目によって本当の自分に気付く事もあるのだとルーシィは語る。今までそんな風に考えた事はなかった為、カザリは軽く衝撃を受けていた。

 そんな時厨房から声がかかりルーシィが呼び出される。軽い気持ちでちょっかいかけただけなのに話し込んじゃったなとカザリは少し反省した。


「あ、行かないと……」


「付き合わせてごめんね、美味しいご飯ご馳走様でした!」


「あ、はい!是非またいらして下さい!……にゃんっ♪」


 思い出した様に付け加えられたにゃんを聞き届けて、カザリはギルドの受付の方へと歩いて行く。その背中を数秒見つめてルーシィは厨房の方へと踵を返した。


「ご馳走様……良い響きですね」


 カザリの持ち込んだ日本特有の挨拶は、どうやらこちらの世界で料理に携わる人にも受け入れられるものらしい。ルーシィはにこやかな笑みを浮かべて厨房へと入って行った。

 一方カザリは、ギルドの受付付近に立つ一人の少女に向かって歩いて行く。ジルから聞いた話によればこの時間帯にはギルドにいるだろうと踏んでいた人物だ。今日のうちにどうしても済ませておきたい目的が一つあり、それを果たす為にカザリは少女に向かって歩いて行く。

 長い金髪のツインテールを流してカウンター越しに副支部長のロミオと会話をする少女。カザリはその少女に近付くと突然駆け出した。

 胴体を狙って回し蹴りを放つと直様反応した少女はその場で2m近く飛び上がってそれを回避。しかし、落下して来た所をカザリは油断なく突く。タイミング良く少女の首に腕を回して締め上げた。

 だが、次の瞬間にはカザリの絞め技は直ぐに解かれ、首に回した腕は一瞬で払い退けられて、カザリは気付けば宙を舞いそのまま無様に床に叩きつけられた。胃袋の中身が食道を逆流するのを必死に我慢して叫ぶ。


「ーー痛ったぁ!?」


「……あんた、何してんの?」


 床に転がるカザリを覗き込むのは、今し方カザリを叩きつけた本人ーーロカだった。背中をさするカザリに手を貸して立たせると、ロカは呆れた様に溜息を吐いた。


「ほら、もぉ大丈夫?」


「……やっぱり、強いんだね」


「そりゃ、ね」


 昨日の段階でロカがカザリと言葉を交わす場面はなかった。ロカはカザリの今の精神状態がわからない為、あまり昨日の記憶を刺激しない様にと慎重に言葉を探す。しかしそんなロカの気遣いも置いてけぼりに、カザリは目的を語った。


「ロカに聞きたい事があるの、ちょっと良い?それとももう出発するの?」


 ディンから聞いたヘルガルム出現に関する調査隊と討伐隊の話。昨日のヘルガルムを実際に倒したロカも参加する可能性は高いだろう。

 それを踏まえるとそれ程時間はない様に思えるが、カザリはどうしてもロカに聞いておきたい事があったのだ。幻魔の箱庭にて黒衣の女が使っていた二本の剣。ヘルガルム討伐の際にロカが携えていた焔の大剣。そして自分の身に宿る謎の剣。


「……良いわ、場所を変えましょ」


 カザリの真剣な表情に何かを察したのか、ロカは歩き出した。ロミオにアイコンタクトで奥の部屋を借りる事を告げるとそのまま螺旋階段脇の扉から関係者用の通路に入って行く。

 やがて一つの部屋の前に辿り着くとロカは躊躇う事なく部屋へと入って行った。その揺れるツインテールを追って、カザリもまた部屋へと足を踏み入れるのだったーー。




終わりへの向かい方に悩んでます。クライマックスって難しいですね。最初からクライマックスだったらどれだけ楽か(笑)。誤字脱字、不適切表現意味間違いなどありましたら都度指摘お願いします。感想や評価もよろしくお願いします!

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