もう一つのプロローグ
今回だけ一人称です。
最近良く見る夢がある。それは、まるで二次元娯楽の中のファンタジーのような世界の情景だった。
近代の地球のような科学による発展の痕跡は余り見られず、暮らしの隅々に神秘的な技術が散りばめられているような世界。
街中の街道を行き交う人達は、頭にケモ耳が生えていたり体全身を鱗が覆っていたり、馬の代わりに大きなトカゲに荷車を引かせている人もいるし帽子と会話する人もいたりする。
見上げた空の彼方には、優雅に羽ばたくドラゴン。見渡す大地の向こうには、頂の見えない山脈と果てしなく広がる大地。
何とも心踊る中世ヨーロッパ風の世界の中、私は決まってとある女の子を追いかけている。私の意思など関係なく、常にその子の周りをついて歩いているのだ。
向こうには認識されていないし、私が彼女に対して何かをする事もない。ただ、何故だかその女の子を一日中付け回している夢だった。
重度のストーカーのような夢なのだが、勿論私はその子のことを知らない。けれど、ここ最近は毎日のように夢の中でその子を追いかけ回している。
そして、その子の一日の終わり、私にとっては夢が冷める直前、彼女は決まって宿屋の暗い部屋で泣くのだ。ベッドの上で頭から布団を被って泣いているその姿が、何故だか目が覚めても頭から離れないのだった。
「ーーおはよ餝!」
「……ん、ん?」
考え事をしながら歩いていると、いつのまにか学校の教室に到着していた。
慣れとは恐ろしいもので、体に染み付いた動きは、完全に他に意識がいっていても再現されてしまうのである。
通学路の途中から、夢のことに思考を彷徨わせていたためあまり記憶がない。気付いたら目の前で親友からの朝の挨拶が飛んで来ていた。
「もぉ、またぼ〜っとして。そのうち本気で事故るよ。ほら、おはよ、餝」
「うん、おはよ結衣」
目の前で明るい茶髪のポニーテールを揺らしているのは、朝霞結衣と言う女の子である。私の小学校からの親友にして、現在唯一の友達だ。
身長は160cmちょっとで、165cmくらいある私よりも少しだけ低いが、高校二年生の女子の平均と比べると少しだけ高いだろうか。
視線の高さは僅かしか変わらない筈なのに、上手く下から覗き込んでくる仕草が実にあざとい。
夏服ということもあり、すらっと伸びた健康的で綺麗な手足を惜しげも無く露出していた。
何が楽しいのか、淡い黄色の瞳を細めて常ににこにことしている愛らしい女の子だった。
「ふふ、ねぇあれ見てよ」
「くすくす、馬鹿みたい」
そんな結衣の肩越しに、窓際の席に着く数人の女生徒が嘲笑っている姿が見えた。もう既に慣れた光景ではあるが、私だけでなく結衣のことも含めて笑っている様だ。
何事かと結衣に視線を移せば、彼女が後ろ手に何かを隠していることに気が付いた。
「さ、早く席に着かないと先生来ちゃうよっ!」
「ーー結衣、何持ってるの?」
「あっ……」
結衣の生腕を遠慮なく掴んで、その手に握っていたものを確認する。それは、くしゃくしゃに丸められた一枚の紙だった。
何となく想像はできるけど、一応丁寧に開いて中身に目を通す。なんて事はない、いつも通りの内容だった。
今日は机の上だろうか、それとも黒板、いや下駄箱だろうか。よくもまぁ、飽きずにこんな程度の低い嫌がらせが続くものである。
「き、気にしない方が良いよ……?餝は何も悪くないんだから……」
「気にはするよ、ごめんね結衣」
「謝っちゃ、嫌だよ……」
「……うん、ありがとね」
悲劇のヒロインを気取ってるような人間は、いつの世でも嫌われる。そんなのは、ある程度物事の判断がつくような歳になれば、誰でも気づくことである。改めて言うまでもなく、周知の事実であり、誰だって共感するだろう。
だが、人間のおかしなところは、ホンモノの悲劇のヒロインですら異物として排除する対象になる事だ。
簡単には語れないほどの悲劇に見舞われた人間は、悪い事なんてしてもいないのに、勝手に上から目線で同情され、挙げ句の果てには普通じゃないと蔑まれる。
それが容姿や能力の優れた人間なら尚更だ。嫉妬や蔑みが混ざり合って、遂には虐めへと至る。
それが、ここ数年で私が学んだ人間という生物の醜い在り方だった。
「じゃ、また後で」
「う、うん……」
現在、私は通っている公立高校の中で虐められている。理由はなんだろう、正直心当たりがありすぎてわからない。
私は、中学三年の夏に交通事故にあった。夏休みのとある日、家族4人で海に向かっている時、特筆するような事もないただの交差点にて、信号無視をしてきたタンクローリーに側突されたのだ。
私達の車は、激しい衝撃を受けた後何mも押されて、角にあったお菓子屋さんの塀とタンクローリーとに挟まれて大破した。父、母、弟は即死したのに対し、何の奇跡か私は軽傷で済んでしまった。
全国ニュースで取り上げられたこの事故の所為で、私の人生は一変した。全てに絶望し、人生に意味を見出せなくなり、それでも良くしてくれる親戚や親友がいて、だからこそ自分だけが生き残った現実を酷く呪った。
例えば、弟が生き残っていたら如何だったのだろうか。弟は何でもできて、人当たりも良く人気者で、勿論モテたし、自慢の弟だった。きっとあいつなら悲劇を乗り越えて頑張って生きていけたのかもしれない。
でも、私には出来なかった。あまりにも高い壁は、見上げるのもバカらしく思えて乗り越えようと思う私の意思なんて簡単にへし折ってしまった。かと言って自分で今生に幕を下ろす勇気すらなく、なぁなぁと日々を消化して今に至る。
付いたあだ名は”悲劇のヒロインちゃん”、守られるだけの”勘違いお姫様”。あからさまに暗くなった私から、友達は直ぐに離れていった。
ニュースで取り上げられた私の顔は、高校に入っても既に知れ渡っていて直ぐに噂になった。塞ぎ込んで、ずっと適当に生きていたらこのザマだ。
正直、今でもこんな私と一緒にいてくれる結衣が不思議でならない。誰とでも仲が良く、スクールカースト最上位で人気者だった結衣も、私と一緒にいるせいで最近では陰で悪く言われることもある。
やれ、お節介八方美人だの、フンをくっつけたままの金魚だのと外野は言いたい放題だ。
私になんか早々に見切りをつけていれば、きっと今頃とても華やかな高校生活を送れていたに違いない。容姿も性格も良くて、適度に抜けている結衣は、女子高生としての理想形だと素直に思った。
だけど、そんな結衣に助けられているのもまた事実だ。つい先ほどの見るに耐えない虐めの貼り紙のように、結衣はいつも少しだけ私より先に来て虐めの痕跡を消し去ってくれる。いつも少しだけ私の前を歩いて虐めを寄せ付けないでくれているし、いつも少しだけ私との距離を埋めて心を支え続けてくれている。
私は結衣の行動に気づいているし、結衣も私が気付いていることを知っている筈だ。それでも続く結衣の行動に、私は甘えて日々を歩んでいる。
守られるだけの勘違いお姫様とはよく言ったものだと思う。結衣がいてくれれば私が虐めに屈する事もないし、虐めが原因で何か事を成す事もない。
でも、だからこそ時々思うことがある。結衣にもいつか裏切られて、本当の絶望を知るのだろうな、と。
「ほんと、醜い顔……まるでこの心を映してるみたい……」
いつのまにかホームルームは終わっており、クラスメイトが朝一の授業のため教室移動をする中、トイレの鏡を見ながらふと口から溢れた。
パーツばかり小綺麗に揃っていて、不快な程に完成されているそれを見ていると、酷く吐き気が伴った。
全部に絶望し、何にも意味を見出せないのは自分の中だけの問題だ。それなのに、あれ程良くしてくれる親友すら疑ったりして、本当に気持ち悪い。
なんて事はない、他者よりもずっと、自分の方が醜い人間なのだ。
「辞めよっかな、学校……続ける意味なんて無いし……」
「ちょ、やめてよ!?」
「ーーぇ?」
いつのまにかトイレに来ていた結衣が、鏡越しに私の顔を覗き込んで叫ぶ。
なんてタイミングの悪い娘なんだろう。どうかお願いだ、この腐り切った醜い顔を見ないで欲しい。
「……やっぱ結衣も辞めた方が良いと思う?」
「違うよ!辞めるなんて事しないでよって言ってんの!」
「あー、そういう”やめてよ”ね」
「もー、餝ってば絶対冗談じゃないからタチ悪いよ……餝がいなくなったら、私もどうしたら良いかわかんなくなっちゃうんだから……」
心なしか表情に影を落とす結衣。その表情の真意が分かり兼ねて、私は素直に疑問をぶつけていた。
「結衣は私と違って友達いっぱいいるじゃん。私なんかがいなくなっても、プラスに働く事はあっても、マイナスにはなんないよ」
「全部上辺だけで気持ち悪い関係だよ。私の友達は、餝だけだもん」
正直、結衣の言葉が理解出来なかった。
人間関係なんて、大小はあれど、どれも多少繕ったり偽ったりしながら構築していくものだ。上辺だけなんて当たり前にありふれているし、それを気持ち悪いと評する結衣は、割とロマンチストなのかもしれない。
それと同時に、全てを曝け出してくれている結衣に対して、私には隠している部分がある事が、余計自己嫌悪を加速させた。
「だから、お願い!一緒にいて!」
「ん〜……結衣は好きだけど、学校は嫌いなんだよね。だから迷うねぇ」
「迷わないでよ!?よーし、わかった!その天秤、こっち側にぶっ倒してやる!」
「ちょ、結衣!?」
言うが早いか、結衣はがばっと大胆に抱きついてきた。ふわっと仄かに香る甘い香りと柔らかい感触。そして何よりも暖かい優しさ。
「あははは!」
「もぉ……ふふ」
「ほら、移動教室だよ?」
「うん、直ぐ行く」
並んで歩く掛け替えのない存在を一瞥して思う。結衣が良い娘なのは、偽りようのない事実だ。だけど、彼女の存在だけで溶けるほど、私の心の中の絶望は軽くはない。
そんな思いが浮かんでは、また自分が嫌いになって窓から見える空を見上げた。
「鬱陶しいくらいに綺麗な空……」
「へ?」
「んーん、なんでも」
「そう?」
いっそのこと、何のしがらみもない、誰も知らない世界に行ってみたい。まるで家族もこれまでの人生も元からなかったかのような、そんな世界に行ければ、全てをゼロから始められるのではないか、と。
だって、私はもう普通の女子高生ではなくなってしまったのだから。
「……馬鹿馬鹿しい」
私は高嶺餝。誰にでも来る不幸を早目に味わっただけのどこにでもいる女子高生。その不幸を受け入れるには、あまりにも幼過ぎた脆い人間。
誰もが笑い合うハッピーエンドが大好きで、昔も今もずっと変わらずに、嘆きのない人生を探しているーー。
苔生した石畳の上を歩く。辺りを見渡せば、崩れた石壁や積まれた瓦礫、僅かな水溜りと蜘蛛の巣。何処か神秘性を感じる厳かな雰囲気漂う中世ヨーロッパ風の遺跡のような建物の中、差し込む光の方へとふらふら歩いて行く。
踝丈くらいの草を踏みしめて歩み出た外には、視界を遮るものが一切ない圧巻の光景が広がっていた。私は、いくつもの崖が段を作り、連なって下方へと伸びる絶壁の一番上に立っていた。周囲には雲が漂っており、どれだけの高所かも想像出来ない。
その時、頭上すれすれをとんでもない巨躯が飛び去って行った。その姿を目で追って、あまりの非現実的な光景にそのまま目を見開く。
それは、赤黒い鱗に覆われた巨大な爬虫類のような生物だった。空を飛ぶのが不思議なほどの重量感と、それを可能にする強靭な翼、禍々しい風貌。そう、それはまるでドラゴンのようだった。
「……はは、流石に私でもわかる」
遠くへ飛び去るその姿を眺めながら、無意識のうちに口角が上がっていく。
それは、得体の知れない未知への期待。腐り果てた己の人生に、新たな道を見つけた歪な喜び。
「これはきっと”普通じゃない”ーー」
私は、何処かもわからない地へと、降り立ったのだったーー。
今回もプロローグです。次回から、物語の第1章が始まります。基本的に、主人公はカザリちゃんになります。異世界でスタイリッシュに戦う女子高生を楽しみにしていてください。では皆さま、令和初のGWも残り4日と少しですが楽しんでください。P.S.誤字脱字や不適切表現意味間違いなどありましたら指摘お願いします。




