メインウェポンの選択には時間をかけたい
「……ねぇ、カザリさん。狭いから向かいに座ってくれると嬉しいのだけど」
「断固拒否」
朝、と呼ぶには些か日が昇り過ぎた時間帯。青空亭の一階にある食堂に、カザリとジルの姿があった。
冒険者ギルド直営と言うだけあって、青空亭の利用客は殆どが冒険者である。ただでさえ生活が不規則になりがちな職業である冒険者だが、昼夜の関係ない迷宮に潜る事を専門とした冒険者なんかは、昼夜逆転の生活が当たり前だ。
規則正しい生活を心掛けるジルからすれば、相当な寝坊の部類に入る時間帯であっても、のそのそと起き出して食堂にやって来る利用客は多かった。
そんな気怠げな雰囲気漂う食堂の壁際の席、向かい合うような二人がけの席で何故かカザリとジルは、一人用の椅子に並んで座っていた。
「そんなに気になるなら話しかけてみたら?頭撫でると喜んでくれるよ?」
「心の準備が……」
二人の視線の先、そこには昨日カザリが死ぬほど気になっていた料理番のお猿さんがいた。ジルによれば、お猿さんはデジーくんと言う猿人族の少年らしい。
デジーくんは、青空亭の亭主に弟子入りしている料理人志望の14歳との事だ。見た目は、完全に愛らしいニホンザルである。少しだけ体が大きく、二足歩行なのが違和感を煽るが、それ以外はカザリでも慣れ親しんだ見た目だった。
カザリは、幼い頃に祖母の住む田舎に良く遊びに行っていた。祖母の住む街は、全国的にも有名な温泉街であり、カザリはそこの温泉に入るのが大好きだった。
ある日、カザリがいつものように祖母の家の近くの温泉を訪れ露天風呂に入っていると、一匹のニホンザルがやって来た。野生の動物には、日本人なら誰でも恐れを抱くだろう。カザリもまた例外ではなく、突然隣に現れたニホンザルに驚き恐怖した。
しかし、そのニホンザルは、カザリの隣でゆっくりと温泉に浸かると気持ち良さそうに眠り出したのだ。そんな経験をしたからか、カザリにとってニホンザルはかなり可愛いよりの動物認定されている。デジーくんは、カザリの視線には気付かずに黙々とスープの入った大きな鍋を掻き回していた。
「くっそ、可愛いかよ」
「……私が向かいに座ったら良いの?」
「そしたらジルちゃんで見えなくなるでしょ?私がそっち座ったら背中向いちゃうし。うん、これしか無いね」
「狭いよぉ……」
そんな馬鹿なやり取りをする事数分、席に着く前に済ませていたオーダーの朝食をトレイに乗せて、元気な女の子が席を訪れた。エプロン姿が可愛らしいにっこり笑顔の少女である。
「お待たせしましたー!本日の朝食Bセット二つです!えーっと……?」
少女が固まるのも仕方ないだろう。普通なら向かい合うように座る二人の目の前にそれぞれ品物を出せば済む話なのだ。だが、おかしな事にこの席の客は一つの席に二人で座っている。頭がおかしいとしか思えない。
「ごめんなさいハナちゃん、この娘ったらデジーくんが気になるみたいで」
「ぁあ!そう言う事ですか!ジルさんが狂ったのかと思いました!」
「すっごいズバッと言う娘だね!?」
あまりにも突っ込んだ物言いに、カザリはデジーくんを見るのをやめて少女に向き直った。
何とも無邪気な笑顔でにこにこしている少女である。本当に悪意があって言葉を発しているような感じはしなかった。
「ご新規さんですね!私はハナって言います!お父さんがここの亭主をやっていて、お母さんと一緒にお手伝いしてます!」
「ハナちゃんかぁ、元気だねぇ。私はカザリって言うの。宜しくね」
「宜しくお願いしますカザリさん!」
両手にトレイを持ったまま器用にお辞儀をするハナ。トレイの上にあるスープや果物のジュースは全く溢れる様子がなくとても安定している。ハナはただのお手伝いと言っていたが相当な年月繰り返していることが所作のひとつひとつから伝わってくるようだった。
「ほら、カザリさん。ハナちゃんに迷惑かけちゃダメだよ」
「うぅ……い、いつかデジーくんと温泉に入るんだぁ……!」
「デジーくんはお湯嫌いですよ?いつも水浴びです」
「南無三!」
馬鹿みたいな事を言いながらカザリは渋々ジルの向かいの席へと移動した。そこで漸く二人の目の前に朝食のセットが並べられる。ふわふわに揺れるハナのボブヘアーから朝食の方に目を移すと、忘れていた食欲が底の方から刺激された。
たっぷりとバターの塗ってあるパンと野菜たっぷりのポタージュ、メインは厚めに切られたベーコンステーキと目玉焼きだ。彩り鮮やかなサラダとりんごのような香りのするジュースの色彩と匂いが食欲を更に刺激していく。ベーコンステーキは焼きたてなのか、未だにじゅうじゅうと音を立てながら肉汁を噴き出していた。知らずにくぅとカザリのお腹が可愛く鳴った。
「お、美味しそう……」
「どれも近くの牧場と菜園で採れたものです!美味しいですよ!では、ごゆっくり!」
じゅるりとよだれを垂らすカザリににこにこと挨拶をして、ハナは階段脇のテーブル席へと注文を受けにてててと走って行った。
小さいながらもテキパキと仕事をこなし、周りにも目配りが出来ている。その上仕事を楽しんでいるともなれば、昨日の夜に出会った無気力なギルド職員とは、正しく対照的な存在だなとカザリはぼんやりと思った。
「さ、温かいうちに食べましょ」
「うん!いただきます!」
可愛らしい音を立てて両手を合わせるカザリ。元気いっぱいに挨拶をして、早速とばかりにフォークとナイフを手に取った。
そんな様子を眺めていたジルは、昨日の夜にステーキを食べた時のことを思い出していた。
「何回見てもその”いただきます”って面白いよね。生命の恵みとそれに携わった多くへの感謝の言葉、素敵だと思う」
「私からすれば神に祈ってる人達の方が新鮮だけどね」
ジルお勧めのステーキを食べに行った昨夜もカザリは元気よくいただきますをかましていた。勿論ここは異世界であって日本のような挨拶の習慣はなく、基本的にはこの世界の絶対的守護神と呼ばれる二柱の神へ祈る事が食事の際の儀礼となっている。
カザリの挨拶に興味を持ったジルにその意味を問われ、記憶喪失と言う曖昧な設定の抜け穴を探しながら説明したのは記憶に新しい。
いただきますやご馳走さまは、日本人なら誰もが使う食事の挨拶だ。それは、遥か昔から続く習慣であり最早マナーと言っても差し支えない。
起源は諸説あれど、殆どが感謝と言う言葉に行き着く。それは、食材を恵んでくれた大地への感謝であったり、食材を育んでくれた人々への感謝だったり。数えだしたらキリはないが、それらへの大きな感謝の言葉がいただきますとご馳走さまなのだ。
ご馳走さまに関しては、韋駄天と言う神への感謝と言う起源はあるものの、現在の日本人の殆どはそんな事など知りはしない。カザリからすればいるかどうかもわからない神に祈るよりも、実際に携わってくれた様々な者への感謝の方がより現実的で好きだという印象を受けた。
因みに、ジルへの説明の際は生まれてこの方ずっと続けて来た習慣だから忘れてなかったとなかなか苦しい言い訳で押し通した。
「多分、カザリさんは物凄く遠くから来たんだろうね。ここらじゃ普通は神に祈るものだもの」
「そうかもね。でもジルちゃんも祈ってないよね?」
「……そう、ね」
少しだけ視線を落としたジルに何かまずい事を言ってしまっただろうかと心配になるカザリ。ふらふらと立ち上る湯気が良い匂いを届けてくるが全く頭に入って来ない。しかしそんなカザリの心配もよそにジルは両手を合わせるとにっこりと笑って挨拶した。
「いただきますっ!ーーふふ、私もこれ使おっと」
急なジルの行動に鳩が豆鉄砲を食ったような顔のカザリ。数秒固まった後に、ぷっと吹き出して笑った。
「ジルちゃんのいただきますは可愛いね」
「はいはい、お世辞はいいから食べましょ」
「お世辞じゃないのに……」
厚切りのベーコンステーキを大きめに切って口へ運ぶジルの顔を見ながら、カザリもサラダへと手を伸ばした。
ジルは、誰しもが認める程の美人だ。例え人の外見の良し悪しに関して価値観の違う異世界だとしても、ジルという存在に対しては等しく同じ感想に行き着くだろう。
しかし、ジルの見せる笑顔は愛らしいのだが、人が持つ心の闇の一端を知るカザリにはわかってしまう。影のある笑い方をするジルの本当の笑顔が見れる日は来るのだろうか、とぼんやりと考えながら、トマトのような野菜を頬張ったーー。
「ーー広いなぁ……近所の陸上競技場並みの広さだ……」
所変わってフォルヴェーラの中央区、噴水広場にある冒険者ギルドの裏手。コロッセオの様な造りの大規模な建物の中にカザリはいた。
周りを見渡せば何人もの冒険者風の装いの人達が、思い思いに武器を振り回したり、的を目掛けて魔術を放ったり、模擬戦をしている人がいればそれを見物する人もいたりする。
ここは、フォルヴェーラが有するバトルドームという闘技場である。年に4度ある精霊祭というお祭りの際に、武闘大会や魔獣競技祭といったイベントを行うのに使われる施設だ。
しかし、それ以外の平時には特に使用する用途もなく、ただただ無駄な維持費が掛かるだけで税を支払っている市民からすれば傍迷惑な施設だった。
そんなバトルドームに目を付けたのが冒険者ギルドである。使用料をしっかりと払う代わりに冒険者用の訓練施設として借り受けているのだ。冒険者なら誰でも気軽に立ち寄って思い思いの訓練が出来る。そんな素敵施設が平時のバトルドームである。
「借りて来たよ〜!」
「ジルちゃん!」
お上りさんの様にきょろきょろと辺りを見渡していたカザリの元に小走りでジルが駆けて来た。
その腕には、大量の木製の武器が抱かれている。冒険者ギルドが初心者の武器訓練用に貸し出している練習用の武器だ。
木製であって刃は無いため、下手な振り回しをしても大きな怪我へと至る事はない。そのため、武具の心得のない者でも安心して訓練が出来るという事だろう。
勿論、木だとしても強めにぶつければ痛いのは痛いが、そんな常識も分からない奴に文句を言われる筋合いはない、とはバトルドーム管理職員の言葉である。
「はい、取り敢えずいっぱい持って来た」
「ロングソードだけで良かったのに」
「それよりも体に合うのがあるかもしれないでしょ?」
「ジルちゃんと一緒が良いの!」
そんな赤子の駄々のように渋るカザリに苦笑いのジル。だが、ジルも意地悪でこんなことをしているわけでは無い。
人の才能とは、得てして発見しづらいものである。生涯のうちで自分の才能に気付ける人物など、本当に限られた極々一部の人間だけだ。
トップアスリート然り、天才科学者然り。名を轟かせる彼らは、才能に気付けた極一部の人間に過ぎないのである。それならば何かを始める時にはあれこれと試してみるのが自然な流れだ。
それで何かの才能に気付けたなら御の字、仮に何も才能が無かったとしても、諦めるという選択肢が得られるのなら人生は有意義になる。
「ーーだからお願い。一通り試して欲しいの」
「サーイエッサー!」
ど正論をぶつけられる事で一瞬で諭されたカザリは、ピシッと背筋を伸ばして敬礼した。
そんなカザリの行動がよく分からなかったジルは、曖昧に笑って華麗にスルーする。ただ、肯定の意だけは汲み取れたので、そのまま持って来た武器の一つ、短めの斧を拾い上げてカザリに握らせた。所謂、戦斧と呼ばれるモノだ。
「……いきなりごついのキタね」
渡された木製の斧のグリップ部分に当たる部位を握り込んで軽く手をぷらぷらと振ってみる。剣とは異なり先端側にのみ重圧な刃が取り付いているため、重心は限りなく外側に集中しており、感覚的にはトップヘビーのテニスラケットの様だった。
取り回しには凄く癖がありそうだが、遠心力を活かせる分パワフルな攻撃が可能になる武器なのだと想像がつく。また、重い一撃を可能にする点から、斬る事だけが攻撃手法では無く、叩くと言った方面にも運用出来るため、戦闘中の刃こぼれに悩まされることもなさそうだ。
ジルが渡してきたものは、なかなかどうしてセンスの良い武器である。
「でも割と便利だし強いよ?」
「うん、素人だけどなんとなく私でもわかる」
「取り敢えず軽く振ってみよっか?」
カザリは、ジルに促されるままに斧を両手で握ると、素人丸出しのへっぴり腰で適当な素振りを披露した。腰は引けてるし、外側の重心に引っ張られて体勢が安定していない。ぶんぶん振り回しているうちに、寧ろカザリが斧に振り回されている様な光景になっていた。
「うひゃぁぁぁあ!!?」
止まりどころが掴めなかったのか、次第にエスカレートしていくぶんぶんカザリ。これが漫画やアニメなら直ぐにでも竜巻が起きそうである。
しかし残念、これは現実だ。あまりにも勢いの乗った斧は、カザリの握力で支えられる限界を超えて宙に投げ出された。
いくら直ぐ側には人がいなくても、同じ空間に何人もの人間がいるのである。円盤投げの様な要領で投げ出されれば、誰かに当たる危険性だってあった。
しかし、斧が投げ出された次の瞬間には、ジルが片手でそれをキャッチしていた。3回回転して尻餅をついたカザリは、ぐるぐると回る視界の中で必死にジルの方にふらふらと走って行き抱き着く。
「だ、大丈夫!?怪我してない!?ごめんなさい!!」
「わっ!?だ、大丈夫だから!!それよりカザリさんこそ大丈夫!?」
「大丈夫じゃない!!けどジルちゃんの方が大丈夫じゃない!!手!!見せて!!」
漸く安定してきた視界の中で必死にジルの腕を手繰り寄せて掌を見た。しかし、ジルの言った通り本当に何とも無さそうである。いくら刃のない木製武器でも、勢い良く当たればタダでは済まない筈だ。そんなジルの神業キャッチにカザリは深く安堵の息を吐いてその場に座り込んだ。
「ジルちゃんがとんでもない人で良かったぁあ〜」
「まぁ、このくらいは、ね?」
へなへなと力の抜けた様に座り込むカザリに目線を合わせてジルがしゃがみこんで来た。そのままぽんぽんと優しく頭を叩いてくれる。何故だかジルのこれは凄く安心出来る行為だった。
「私がついてるから大丈夫。思いっきりいろいろ試してみようね?」
「サーイエッサー!」
「……ねぇ、何それ?」
「了解の意であります!」
「合ってた……」
座ったまま敬礼をしたカザリに呆れ笑いのジル。そんなこんなで、カザリの武器選びがスタートしたのだったーー。
「……予想はしてたけど全然ダメね」
「ゔっ!」
ジルが職員から借りて来た初心者訓練用の木製武器の全てを試し終わってジルが吐いた一言が今のである。足元には適当に投げ出された武器の数々。その悉くをぶんぶんカザリは、ぶんぶんしまくったのだが、ぶんぶんされた挙句、ぶんぶんするのをやめた。
斧から始め槍や鎌、棍や鉄扇、鉄球や錫杖、槌や鉤爪、剣や刀と一通りの近接武器は試したのだが、やはり初心者には厳しかったか。カザリは、自分に異世界チートは無かったかと落ち込みつつ、その目線をロングソードに向けていた。
ファンタジーと言えば剣と魔法であり、その知識の中で育ったカザリとしては、剣を使ってみたい気持ちがあった。大した考えなどなく、剣と魔法を使ってスタイリッシュに戦う様がかっこ良いと感じたからだ。
「ねぇ、ジルちゃん。どうせ才能なかったし剣じゃダメ?」
「ん?あー、うん、良いと思うよ。ロングソードなら私が教えてあげられるから、ある程度には仕上げられると思う」
そう言うとジルは、足元に散らばる武器の中からロングソードを拾い上げてカザリに手渡した。そのまま近くの職員の場所に走って行き、残りの武器を返却してもう一本の木剣を借りて来ると、軽く肩を回してカザリの正面で半身に構えた。
「じゃ、まずカザリさんの身体能力を観るね。好きに攻めて来て」
「ーーへ?」
「模擬戦だよ?」
「急過ぎるよ!?」
驚くカザリの目の前で借りて来た木剣をジルは数度振り回した。その一つ一つがやたら洗練されており、目を奪われるカザリ。そんなカザリをよそにジルはふっと力を抜いて構えた。
「ーー来ないなら行くよ?」
「っ!?」
いつの間にかカザリの目の前には木剣の切っ先が迫っていた。ジルが動いた瞬間が全く捉えられなかった。その事に改めて目の前の存在の底の知れなさを感じる。
Aランク冒険者の実力なんてカザリにはわからない。だが、メアリィが言っていた一つの言葉がずっと引っかかっていた。
”半年でAランクになる冒険者がこの世にいるなんて思いも寄りませんでした”。ジルは、もしかしたら本当に黒衣の女よりもーー
「ーーっとぉ!?」
真っ直ぐに繰り出された鋭い突きに対してカザリは、肩を引きつつ腰を回して回避した。カザリの左胸付近を狙っていた木剣の切っ先は、紅いシャツを掠めて体の直ぐ脇を通り抜ける。
その光景にジルは一瞬目を見開くと、直ぐに細く鋭い真剣な目つきに変わって右足を軸に更なる攻勢に出た。
当たるはずだったものに当たる事なく通り抜けていった木剣は、一瞬で勢いを殺すとカザリの体の直ぐ隣で静止。何の予備動作もないままに横薙ぎに木剣が払われた。
「ーーふっ!」
「わぁあ!?」
短く息を吐きながら繰り出された横薙ぎに、カザリは完全に出遅れる。しかし、握っていた木剣を迫り来る木剣と体の間に挟み込むくらいは何とか間に合った。
甲高い木のぶつかる音の後に重たい衝撃が腕と胴を襲う。僅かな間の浮遊感と地面に叩きつけられた衝撃で尻餅をつくカザリ。
ただの手首の返しからの木剣の横薙ぎだけで人が数m吹っ飛ばされた。その異様な光景に被害者のカザリは理解が追いついていない。
「ぐっ……!理不尽、ダメ、絶対……!」
更なる追撃を警戒して直ぐに起き上がると体勢を立て直す。誰に教わったわけでもないが腰を低くして踵を浮かせた状態でジルに対峙した。
対するジルは、直ぐに追撃はしてこなかった。ゆっくりとカザリに歩み寄るとまた力を抜いて構えを取る。
「どんどん行くよ?」
「まじでスパルタやんけ……!」
視界の先にいたジルの姿がブレる。次の瞬間には、懐から感じる物凄いプレッシャー。視線だけを下へ向けるとカザリの顎めがけて真っ直ぐに突き上げられる木剣の姿があった。
カザリは、木剣の流れに沿う様に上を見上げて顎への刺突を回避した。空を仰ぎ見る体勢そのままに右脚を払ってジルへ蹴りを見舞う。
しかし、カザリの脚は空を切って少量の砂を巻き上げただけだった。そのまま右脚を掴まれる感触、一瞬の浮遊感の後にカザリは投げ飛ばされて尻餅をついた。
「……挫けそう」
ゆっくりと歩いて来て再び力を抜いて構えるジル。愛らしい姿に似合わずなかなかエグい性格してるじゃないかとカザリは口角をあげていた。
そっちがその気ならやってやる、とやられたらやり返すの精神でカザリは立ち上がって木剣を握る。そして、今度は自ら仕掛けた。
「ーーここっ!」
ジルは、左利きなのか木剣を左手に握っている。そう言えば、昨日の夜も今朝もご飯を食べる時彼女は決まってナイフを左手に握っていた。
そんな彼女の弱点は、ずばり左腕近傍だろうと当たりをつけて、カザリはそこを狙いに行く。得物を握る方の手とは存外護りづらい。それは、単に腕の可動範囲の問題である。反対に言えば、得物を持たない方の側は守りやすくなっているのだ。
それならば狙うのはただ一つである。腰を低く落として走り寄ったカザリは、勢いそのままにジルの左腕目掛けて木剣を薙いだ。
「ーーへぇ」
カザリのまさかの狙いに、ジルは楽しそうに笑いながら脚を振り上げる。カザリの木剣は、下からの蹴り上げによって簡単に手から離れ、くるくると回転しながら地面に落ちた。
これで勝負あったかなとジルがカザリに目を向けると、剣を取り落としたにも関わらずカザリが目前に迫っていた。
「ーーんなっ!?」
「ーー武器にこだわる私ではないのだ」
ジルの腰にタックルの様に抱き着き、勢いそのままに押し倒す。倒れた衝撃を受ける僅かな瞬間、ジルの手が若干緩んだ隙にカザリはジルの握っていた木剣を奪った。
手の中でくるっとグリップを回して切っ先を下に向け、ジルの胸元に突き付ける。辺りを包む静寂。ジルは胸元の木剣を見た後にカザリの顔を見た。ずっと笑顔が張り付いていたカザリの表情は痺れるほど真剣でかっこよかった。
「……負けちゃった」
「へ?」
カザリに跨られるジルが、力を抜いて大の字になるとふと言葉を発する。カザリは、その言葉の意味が理解出来なくて、間抜けな声をあげた。
「まぁ、いろいろ言いたいことはあるけど、うん、負けました」
「へ、へ?いや、だって、へ?」
一発くらいお見舞いしてやるという気概で挑んだは良いものの、何をどうしたら良いのかも分からず我武者羅に行動しただけだった。
しかし、気が付けばカザリはジルに馬乗りになって木剣を突き付けていた。勝てるとは思ってもいなくて固まるカザリにジルは笑いかける。
「不意打ちとは言え素人で今の動きは凄いよ。それに私の突きを二回も躱した。本当、才能って何処にあるかわかんないね」
「才能、あった……?」
「武器はこれから覚えていけば良い。それよりも大事な部分がある程度出来上がってるからね。カザリさんには類い稀な戦いの才能があるよ」
そう言ってジルはカザリに笑いかける。
戦いの才能なんて平和な日本に生まれたカザリにとって何よりも要らない才能の一つだったろう。仮にカザリが武道や格闘技に手を出したとして、決められたルールの中でしか戦えないスポーツでは推量れなかったかもしれない。
しかし、ここは異世界であり常に危険が日常の側にある。そんな世界でこれほど恵まれた才能があるだろうか。
「身体の動かし方と自分の身体の事をしっかり理解してる。加えて、戦いという場において冷静な判断が出来る思考力。更に、物怖じせずに踏み込める勇気。そして、それらの水準が並じゃない。ちゃんとした技術を身に付ければやっていけそうだね」
「お、おぉ……!なんか知らないけどジルちゃんから一本取れたよ……!」
漸く理解の追いつき始めたカザリは、急いでジルの上から降りると手を差し伸べてジルを立たせた。
カザリの手を借りて起き上がったジルは、服についた砂を払い落とすと改めてカザリに向き直る。
「柔らかな身のこなしと軽やかなフットワーク、何よりもずば抜けた反射神経と動体視力。うん、カザリさんはまずカウンター技を覚えようか」
「カウンター?」
「魔獣狩りをするならまだしも、初めのうちは護身さえ出来れば上出来な筈だよ。積極的に戦う必要はないのだし、降りかかる火の粉だけ払うつもりで、ね」
そもそもの目的は自衛である。まだまだ駆け出しのカザリが魔獣討伐なんかに参加するわけも無いのだから、当面は身を守る術さえ確保出来れば問題ない。
ジルもその考えに至ったからこそ、カザリにはまずカウンターを教える事にした。勿論、武器は本人が望むロングソードで教えるつもりである。
「はい、先生っ!」
「先生?」
「ジルちゃん先生!」
「……良いかも」
そんな微笑ましいやりとりをする二人。そんな二人を遠目に見ていた他の冒険者達は、皆が一様に目を剥いていた。
なんて言ったって目の前で模擬戦をしていたのは、超有名人のジルである。そんな有名人が白のドッグタグをぶら下げた少女に押し倒されたのだ。
あの少女は一体何者だと騒つくバトルドーム。そんな声にも気付かずに、二人は木剣を片付けに行っていた。
「取り敢えずお昼ご飯にしよ?私お腹空いちゃった」
「朝、少なかったもんね?」
「うん、美味しかったけど量はーーって違う!丁度良かった!」
昨晩にジルが食べた量と比べて朝食は些か少な過ぎた気がする。カザリは当然のようにお腹がすいた原因はそれだろうとあたりをつけてジルに聞いたところ可愛らしいノリツッコミが飛んで来た。
「えー?お昼もまたギャグみたいに食べないの?楽しみだったのになぁ〜……」
「た、食べません!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶジルを横目に、からかい甲斐のある少女だとカザリはほくそ笑む。ぷらぷらと木剣を手で弄びながらカザリはジルの顔を覗き込んだ。
「えー、夜までお腹持つ?」
「……食べます」
「でへへ、可愛い奴め」
「も、もぉ!私先行く!」
「あ、待ってよ〜ジルちゃ〜ん!」
照れ隠しのためか、カザリをおいて早歩きで職員の元へと行ってしまうジル。揺れる流星を追いかけてカザリもまた小走りで駆けて行った。
こうしてカザリの武器選びは完了し、当面の訓練目標が定まったのだったーー。
ブックマーク&評価ありがとうございます!次の話で武器を買って、次の次の話で初心者演習に行きます!誤字脱字、不適切表現意味間違いなどありましたら都度指摘していただけると助かります。感想もあれば是非!




