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登録手続きと言えば退屈な説明回


 広大な敷地を誇る迷宮都市フォルヴェーラの中央区、通称噴水広場は、都市機能に必要な設備が集約された都心部だ。

 フォルヴェーラの起こりは、発見された迷宮の入り口周辺に冒険者の野営地が設立された事から始まった。日を追う毎に訪れる冒険者が多くなり、それに伴い商人や料理人と言った人々の往来が増えた結果、野晒しの村が形成されたのだ。

 それから長い年月をかけて徐々に規模を拡大していき、現在の大都市の形へと至った。謂わば、この噴水広場は始まりの村であった。

 そこには、国から直々にこの領地を任された領主の屋敷をはじめとし、各種の役所や衛兵の詰所などが集っている。その一つが冒険者ギルドであり、今では地下に埋設された迷宮の入り口となる迷宮区の管理を一任されていた。


「今晩は」


「今晩は!」


 受付に座る眼鏡をかけた物腰の柔らかそうな若い男性が、カザリの姿を視界に収めると丁寧なお辞儀と共に挨拶をして来た。

 なんともまぁ、二次元娯楽で敵キャラとして登場しそうな眼鏡と糸目の組み合わせの男性であったが、彼の胸元には冒険者ギルド職員の証である盾と剣の紋章が入ったバッジが付けられていた。

 それは、謂わば弁護士バッジの様なもので、冒険者ギルドの職員である事を正式に証明するものだ。

 青と白のシンプルなデザインの制服も同様にギルド職員の証であり、全世界共通のものである。


「見ていましたよ、凄いですね。あのロカさんとジルさんのお二方とお知り合いだなんて」


「ん?ジルちゃんはわかるけど、ロカも凄いんですか?」


 ギルド職員になるためには、厳正な審査を通る必要があるため、バッジと制服を持っている人間は、それだけで人格や素行がある程度証明されている事になる。

 安定した給料や休暇の多さも相まって、この世界では誰もが憧れる就職先の一つになっていた。

 そんな憧れの的の一人である男性職員を前に、敵キャラみたいだなどと失礼な印象を持ちながら、カザリは会話に興じていた。


「えぇ、ロカさんは飛び抜けて凄いんですよ。あのお二人は、美貌もさる事ながら、冒険者としての実力も折り紙つきなんですよ。ギルド職員としてもとても鼻が高いですね」


「ロカ、が……?あんなにキュートなのに……?」


「えぇ、キュートなのに、です。それとお嬢さん、ここは素材換金の受付になります。冒険者登録でしたら、一番右から3つの受付が対応してくれますよ」


 そう言って、男性職員はカウンターから身を乗り出すと右端の受付の方を指差した。

 こんなにも広い建物の中であるし、入り口付近でしていた先ほどのカザリ達の会話が聞こえて来るはずもない。況してや、フードショップでは冒険者達が馬鹿騒ぎ中である。

 何故男性職員がカザリが新規登録に来た事を知っているのかといえば、理由は至極単純だった。

 カザリは、冒険者の証であるドッグタグを付けていない。その上、ジルとロカの知り合いであり、ジルを付き添いにギルドを訪れた。

 もしカザリが依頼人であれば、困り事があるのならジルに直接頼めばギルドを通す手間も無駄な賃金も掛からない。その辺をジルが見逃すはずもない事から察したのだ。

 素材換金の受付では、何の素材であるかだけでなく、質や状態を的確に判断してそれに見合った代価を用意しなくてはならない。素材換金の受付を任される人間というのは、知識量だけではなく、総じて鋭い観察眼を持っているものなのだ。


「へ?あ、そうなんですか!?すみません、ありがとうございます!」


「いえいえ。これから大変だとは思いますが、頑張ってください。何かしらの素材を持ち寄った際は、是非私の受付をお願いしますね」


「はい!ありがとうございます!」


 何も考えなしに受付に向かっていたカザリは、間違いを指摘されて顔を赤く染めていた。アクションを起こすよりも前に指摘されたのが余計心に刺さる。

 優しい男性職員の態度が更に恥ずかしさを刺激して来るため、カザリは逃げる様に受付を離れた。

 そんなカザリの様子をゆっくり歩きながら面白そうに眺めていたジルが、漸くカザリに追いついて口元を緩めた。


「ふふ、指摘されてる」


「あ、ジルちゃん!もぅ、先に言ってよぉ!恥ずかしかったぁあ!」


「カザリさんが一人で走って行っちゃうんだもん。字が読めないんでしょ?あまり先走らないでね」


「うぅ、ごめんなさい!」


 未だに恥ずかしさが抜けないか、受付にいる職員達の目から逃げる様にジルの背中に張り付いたカザリ。その顔面は、やはり赤かった。

 そんな親子の様な光景を目の前で見せられて、受付に座る職員達は、ほのぼのとした暖かい気持ちになる。


「新規登録は右から3つの受付だよ。昼間は他の受付のフォローに回っていて右側3つは誰もいない事が多いんだけど、この時間ならそんな事もないみたいだね」


「……他の受付は疎らなのに、新規登録の受付はしっかり3人いるね」


 ジルの肩越しにひょっこりと頭を出したカザリは、受付を一望して呟いた。

 仕事のメインタイムとなる朝から夕方にかけてまでは、どの受付もびっしりと人を配置しているのだが、夜間ともなれば、メインタイム程の混雑もそうそうないため職員の数を絞っているのだ。

 しかし、妙な事に新規登録の受付だけはしっかりと3人の職員が座っている。そんな光景を眺めているうちにも新たな新規登録希望者が来て、一つの受付が埋まっていた。


「さっきも言ったけど、昼間は新規登録は後回しにされがちなの。だからこそ、夜間はしっかりと対応する様にしてるし、そんな背景も相まって新規登録希望者も夜に来ることが多くなったみたいよ」


「へぇ〜、初見さんには分かりづらそうなシステムだね。あ、また一人来た」


「そうだね。ま、基本的には他所から流れて来る冒険者の方が多いし、この街で新規登録する人は、この街の人である事が多いから事情にも詳しい。そこまで問題視はされてないよ」


「成る程です」


 話しているうちに二つの受付が埋まってしまったので、残りの一つ、一番右端の受付を目指す二人。

 横一列に並ぶ受付の両サイドは、二階の休憩スペースに続く螺旋階段になっており、端の受付は螺旋階段の壁とつながる構造になっていた。

 そんな端の受付を訪れると、赤髪の女職員が螺旋階段の壁にもたれるようにして、堂々と横を向いて船をこいでいた。


「……他の受付空くの待とうか?」


「……よくこんな騒がしい場所で寝れるね」


 気持ち良さそうに口を半開きにして船をこぐ女職員を半目で見つめるジルとカザリ。そんな事など知った事ではない女職員は、涎を垂らして眠りこけている。

 この時間ともなれば、職員は恐らくみんな夜勤の者達だろう。昼から働いているならまだしも、つい1〜2時間前に仕事を始めたばかりの人間が居眠りとはどういう了見だと問いたくなる。

 呆れた様子で立ち尽くす二人に気が付いたのか、隣で新規登録の対応をしていたギルド職員が内扉を開いて端の受付の中に入って来た。そして、そのまま眠りこける職員の頬っぺたを引っ叩いた。なかなか痛そうな音が響き渡る。


「こぉら!あんた何回言ったらわかんのよ!業務中は寝るな!お客さん来てるのよ!?」


「んっ……へ?」


 間抜けな声と共に目を覚ました赤毛の女職員は、半開きの眼で周囲を見渡す。

 一体自分が何をしたと言うのか、何故か自分に食って掛かっている隣の席の同僚の顔がやたらと怖い。

 赤毛の女職員は、覚醒し切っていない脳みそで思考を巡らせた。しかし、空かさず掴まれた胸ぐらをゆさゆさと揺らされて後頭部を何度も壁に強打した。ーーいてーなこら。

 同僚がわんわんと何かを叫んでいるが、全然頭に入って来ないし唾を飛ばさないでほしい。ーーきたねーなこら。

 勝手な思考の先に被害者面している赤毛の女職員の考えを、長年の幼馴染である隣の席の同僚は表情から察し、先程よりも強めに頬を引っ叩いた。ぱぁん、と可愛らしい音が響いて直ぐに赤毛の女職員は頬を抑えて崩れ落ちた。


「おぉ……!おぉ……!ま、じ、で、痛いっ……!」


「馬鹿なことしてないで早く対応しなさい!次バレたらクビかもよ!?」


「おぉ……!医者を呼んでくださいぃ……!」


「必要ない!」


 とてつもなくバイオレンスなやり取りだ。隣の席で登録の途中でお預けを食らっている少年とジルとカザリの3人は、呆気にとられながらも赤毛の女職員を可哀想な人を見る目で見つめた。

 間違いなく阿呆な子なんだろうなと思いつつ、先程の男性職員とのギャップの凄さに驚くカザリ。ギルド職員に成るための敷居は低いのかなと、異世界に来て初めて間違った知識を得た。


「全くもぉ、相変わらずねメアリィ」


「あ、あれ?ジルさん?」


 ごめんなさいとカウンターから身を乗り出して謝って来た同僚さんが、隣の受付に帰って少年の登録を再開したと同時に、ジルは赤毛の女職員に話しかけた。

 未だに痛むのか、頬をさすりながら手拭いで涎の跡を拭いている女職員は、聞きなれた声に顔を上げた。

 しかし、直ぐに隣の受付から態とらしい咳払いが聞こえて来て、マニュアル通りの対応から入る。


「……ようこそ、冒険者ギルドフォルヴェーラ支部へ。新規冒険者登録受付係3番カウンター担当のメアリィがお伺いしますぅ」


 頬をさすりながら涙目の赤毛の女職員は、メアリィと言うらしい。あんなやり取りがあったのに業務を完遂しようとするあたり、同僚からのクビという言葉が響いたのだろう。

 居眠りだけでクビになる程とは、一体どれだけの前科持ちなのだろうか。既にギルド職員の事を敷居の低い職業として認識したカザリにとって、居眠りが一発アウトなどと言う厳格なイメージはないらしい。

 だが、その考えに反して、冒険者ギルドの職員は厳格な仕事である。

 王都にある冒険者ギルド支部では、業務中に居眠りなどした日には、良くて左遷や降格処分、悪ければクビだ。

 そんな仕事に就きつつ、何度も居眠りを繰り返しているらしいメアリィは、とんでもなく肝の座った女である。ーー人はそれを阿呆と呼ぶ。


「あはは……私、他の受付空くまで待ってようかなぁ〜……」


「あ、楽で良いですね。それでお願いします」


「ゴホンッ!!」


「っ!?ぜ、是非このメアリィに担当させて下さい!!じゃないと殺される!!」


 カザリがメアリィと言う職員に一抹の不安を覚えて他の受付を希望すると、メアリィの方も仕事をしたくないのか、すんなりと乗っかって来た。

 しかし、隣の受付から態とらしい大きな咳払いが聞こえて、メアリィは恐怖に満ちた顔でカザリの両手を取る。その顔は、かなり必死に見えた。


「えぇと……メアリィさん、仕事は嫌いですか?」


「ん?好きな人なんているんですか?」


 カザリの率直な疑問に、メアリィは悩む事なく即答した。

 異世界と言えども、やはり好きなことを仕事にするのは難しいか。日本人でも、仕事は生きるために必要な金を稼ぐ手段でしかないと考える者は多い。

 カザリも就きたい職種なんて想像するだけで吐き気を催してた部類の人間だ。

 楽で安定して稼げれば良い。カザリは、メアリィにシンパシーを感じて始めていた。


「ジルちゃん、この人ダメな人だ。でも、好きかもしれない」


「初対面の人に対して随分なもの言いだね?まぁ、うん、わかるよ」


「あれ、私馬鹿にされてる?」


 同類として好きだと感じたカザリと違い、ジルは素直なところが好きなのだろうか。

 違う意味合いの視線を向けられて、メアリィは苦笑いするしかなかった。


「こほん。ーーそれで、今日はどんなご用件でしょうか?」


「今日は冒険者登録に来たの」


「……ジルさん、最初からやり直すんですか?」


「そんな訳ないでしょ?この娘の方よ」


「あ、はい。どちら様でしょう?」


 ジルが話の流れでカザリを紹介する。軽く背中を押されたカザリは、背筋を伸ばすと元気いっぱいに挨拶した。

 挨拶をする時は元気良く、とは母親からずっと言われ続けて来た言葉だ。カザリは、大好きな母親の言葉を今でも大切にしている。


「カザリ•タカミネ、17歳です!記憶喪失です!」


「……は?」


 ハイテンション名乗りからの謎ワードで困惑したのは、どうやらメアリィだけでは無かったらしい。

 隣の新規登録の少年や受付さんまでもがカザリの顔を見つめていた。そんな状況を察してか、苦笑しながらもジルが簡単に補足した。


「カザリさんは、仕事中に拾ったの。記憶喪失らしいから、取り敢えず生活の基盤が出来るまで面倒を見る事になってね。兎に角、お金を稼ぐだけなら特別な技能なんていらない冒険者はお勧めでしょう?」


「確かにそうですけど……いやぁ、びっくりですね。そのぉ、記憶失う程の衝撃を頭に受けた、とかですか?大丈夫です?実はもう死んでたりしませんよね?」


「このっ!通りっ!」


「あ、大丈夫そうですね……分けて欲しいくらい元気です……」


 メアリィはメアリィで、カザリの事を薄々阿呆な子だと理解し始める。

 その上で、面倒くさい客が来たなと自分の事を棚に上げてげんなりした。


「ジルちゃんはメアリィさんと知り合いなの?」


「私も登録する時はメアリィに担当してもらったの。メアリィは私が初めての担当だったらしくてね、凄くテンパってたんだよ」


「そ、それはナイショにして欲しかったです」


 話を聞くに、ジルもメアリィも互いが冒険者として、ギルド職員としての初めての相手だったらしい。

 立場は違えど、同期と呼んでも差し支えない仲だろう。互いの初心な様子を知っているからか、ジルとメアリィは不思議な絆で結ばれている。今でも偶にお昼ご飯を一緒にする事もあるそうだ。


「懐かしいわね、もう半年も経つなんて」


「そうですね。半年でAランクになる冒険者がこの世にいるなんて思いも寄りませんでした」


 冒険者になってからたったの半年でAランクにまで上り詰めるのは、異例中の異例だ。

 それは、ジルがロカと組んでいたからとか、異常な程腕っ節が立つからとかの理由だけでは、到底起こり得ない。

 知る人ぞ知る事実だが、ジルは冒険者になってからとんでもない事を成し遂げているのだ。


「Aランクって凄いの?」


「そうですね。新規登録の件もありますし、ついでにランク制度について説明しましょう」


 メアリィは、奥の棚から何やら紙束を取り出すと、図と表で纏められた資料を見せながらカザリへの説明を始めた。

 メアリィの話を纏めるとこうだ。冒険者ギルドには、カザリにも馴染みやすいゲームの様なランク制度が導入されている。冒険者ランクは、アルファベットのS〜Fが存在しており、Fが最下級でSが最上級になっている様だ。

 これらのランクは、冒険者が依頼を受ける時に重要になって来る。冒険者の依頼とは、職員が適正ランクを設定して処理する物になっている。その依頼の適性ランク以上の冒険者ランクでないと、依頼を受けられない仕組みになっているのだ。

 適正ランクや報酬などの細かい内容は、職員と依頼者とが話し合って、ギルド支部長の承認を得て漸く依頼掲示板に張り出される。その道のプロが依頼の内容を吟味して設定したランクの信頼性は高い。故に依頼の危険度に関しても、ランクを重視して冒険者に斡旋しなくてはならない様だ。

 つまり、冒険者ランクが上がればそれだけ受注出来る依頼の範囲も広がるわけである。勿論、高ランクの依頼は危険だが、高額な報酬を得られるものが多い為、冒険者は皆ランクアップを目指して日々励む様だ。

 その他にも、ランクに応じて設備の割引率が上がったり、通常は立ち入りを禁じられている場所にも入れるようになる。代表例は、迷宮や開拓地、未開拓地だ。

 迷宮区への立ち入り許可は、Dランク以上の冒険者にしか与えられないし、開拓地や未開拓地には、それぞれ難易度が指定されてあり、ランクによって入れる難易度が違うのだ。禁地に至っては、Aランクでも許可が出ない事もあるらしい。


「凄いじゃないメアリィったら。ちゃんと人に説明出来るようになったんだね」


「ジルさんはナチュラルに人を傷つけますよね」


 そんな冒険者のランク制度だが、ランクの昇格は単純なポイント制だ。冒険者がこなす依頼には、適正ランクや報酬の他にもポイントが設定される。

 勿論難易度や緊急性で大きく変動するものであるが、現在のランクの必要ポイント数を満たせば、次のランクへの昇格試験が受けられるのだ。

 ポイントに関しては、ギルドが各個人の情報を正確に管理している為に偽ることは出来ないし、例えポイントを誤魔化そうとも、昇格試験に合格出来なければランクは上がらない仕組みになっている。

 昇格試験の存在意義としては、単純な話、薬草集めしかした事ない人間がSランクに上ることの無いように、冒険者に必要な知識と経験、実力を適切に判断する必要があるからだ。


「まぁ、私も隣のリズもまだまだ夜勤抜け出来てないんですけどね」


「夜勤に意味があるの?」


「新人は基本的に人の少ない夜を担当して仕事を覚えるの。半年そこらの経験しかないメアリィやリズはまだまだ夜勤から抜け出せなさそうね」


 ギルド職員に関する豆知識を挟みながら、メアリィはどんどん情報を重ねていく。そもそもの話、冒険者とは何か。

 未開拓地の調査を主とする探索者や要人警護と魔獣討伐を主とする傭兵団と違い、謂わば何でも屋であるのが冒険者だ。

 始まりは、人類に益をもたらす貴重な資源を迷宮から持ち帰る事が主たる仕事であった。

 しかし、約200年前に起きた大崩壊以降は、未開拓地攻略にも力を入れており、そう言った危険な仕事を行う為の下積みとして薬草集めから商隊の護衛など手広く仕事をこなすようになった。


「って事は、さっきの優しい男の人も新人……!?」


「あの人はロミオさんと言ってここの副支部長だよ?」


 やる事に縛りはなく、やらなければならないことも非常時でもない限り特にはない。勿論、前述の探索者や傭兵団が行うような仕事も冒険者なら行うこともある。

 寧ろ、専門家ではない分依頼料が安く済み、依頼者側からは重宝されたりもするが、結果を大切にする人は冒険者を毛嫌いする傾向にあるのも事実だ。

 そんなこんなで冒険者とは、時に良く、時に悪くも見られる職種なのである。

 しかし、そんな冒険者が世界レベルで成り立っているのは、偏に依頼者の存在が後を絶たないからだ。

 何でも屋である冒険者は、何かしら困りごとを持つ者からすれば希望の星足り得るだろう。依頼を出すのに制限はなく、依頼したい内容と報酬がしっかりと提示出来れば正式に処理され掲示板へと張り出される。

 小さな子供やこの先短い老人であれ、勿論スラムに住むような貧民層やそれこそ時には王族であったりと、依頼主は千差万別だ。

 ギルドは、依頼主と冒険者の架け橋となる立ち位置であり、内容と報酬から適正ランクを設定する。それを受けるかどうかは、あとはギルドを訪れる冒険者次第だ。

 そして、冒険者は掲示板に貼り出された依頼の中で受注したいものを見つけたら、その紙を持って受付に向かい受付嬢に依頼受注の処理をしてもらう。仕事をこなして報告を済ませば一連の仕事は完了と言ったところだ。


「まさかの管理職!?若過ぎない!?」


「気付かなかった?あの人も森精人族だよ。見た目より結構歳はいってると思う」


「ふぁんたじぃしゅごい……」


 そんな冒険者の身分証となるのがドッグタグである。ドッグタグと言えば、軍における各個人を識別するための認識票として用いられるものだが、冒険者に関しても同じであるらしい。

 その役目は大きく3つある。

 一つ目は、冒険者である事の証である。ドッグタグの表には、冒険者ギルドを示す盾と剣の紋章が大きく彫られている。魔力を巡らせる事で紋章が輝く特殊製法になっており、偽造は不可能である事から信憑性の高い身分証になるのだ。

 二つ目は、個人識別のためのネームプレートだ。裏面には、所有者の名前が彫られており、冒険者である事と同時に名前が保証される。名前の方は、個人の魔力に反応して輝く特殊製法であり、他人になりすます事は絶対に出来ない。また、危険が常に身近にある仕事である。本人確認も困難な程の死に目にあった時の個人特定の鍵としての役目も担っている。

 最後に3つ目は、ランクの証明書だ。これは、ドッグタグの色で判断出来るようになっている。緊急時や旅先で相手の本当のランクが知れないと困る事もあるために着色する様になったらしい。ランクと色の関係は、F:白、E:黄、D:青、C:赤、B:銅、A:銀、S:金、と言った具合だ。因みにジルの胸元では銀のドッグタグが揺れている。


「……ロカって何歳?」


「……本人に聞いて。怖くて聞いたことない」


 とまぁ色々と情報の多い職業ではあるが、一番最初に語らなければいけないのはこのくらいだとメアリィは締め括った。

 果たしてカザリが話を全部真面目に聞いていたかと問われれば、決してそんな事はないだろう。しかし、カザリの頭の良さは物覚えの良さに起因している。

 一度見聞きした事は、余程興味のない事以外は覚えていられる物凄い才能の持ち主だ。あちこちと余所見してはいたが、恐らく何の心配も要らないだろう。

 そんな事など知る由もないメアリィは、カザリをジト目で睨みつつ書類を取り出した。


「お名前は、カザリ•タカミネさんですね。年齢は17歳、と。お住まいや前職は……覚えていらっしゃらないので飛ばして……成人はしてますが、一応保護者にジルさんの名前を書いておきますね」


「えぇ、お願い」


「ジルちゃんが保護者!?なんかとても良い!!ーーてかえ、成人って何歳からなの?」


「15歳です、常識ですよ……記憶ないんですよね、ごめんなさい」


 会話のひとつひとつが心底面倒くさいな、とバレない程度に溜息を吐くメアリィは、慣れた手つきで書類を埋めるとカウンターの奥へと引っ込んで行った。どうやらドッグタグの準備に取り掛かるらしい。

 それを見送ったカザリは、ふと隣を見た。そこには、メアリィと同じように引っ込んだリズを待つ少年、更にその隣では、一番最初に来ていた女性が丁度ドッグタグを受け取っていた。


「ーーあの!」


「「……?」」


「私カザリ•タカミネって言います!同じ日に登録したのも何かの縁かなって……良かったら仲良くしてください!」


 折角の機会なのだし、顔を広げておくのも悪くはないだろう。況してや二人は、同じ日、同じ時間に冒険者になった同期だ。出来ればこれから切磋琢磨し合い、支え合える関係が築けたら最高である。

 見た感じ二人とも人当たりの良さそうな歳の近い人間だ。二次元娯楽にいるような、何か復讐心を抱いて冒険者を目指している人間には見えないため、仲良く出来そうである。

 カザリに突然話しかけられた二人は、互いに顔を見合わせると少しだけ笑ってカザリに向き直った。


「アレン•クラウディア!白虎の門前にある鍛治屋の次男だ!家は兄貴が継ぐから独り立ちしたくてな!歳も近そうだしアレンって呼んでくれ、よろしく!」


「イリス•ヴァーンノルトよ。私はまぁ……隠す事でもないわね。辺境の田舎貴族の末っ子よ。穀潰しだからって追い出されちゃったわけ、よろしくね」


 快活そうに笑うアレンは、短い茶髪が格好良い鷲色の瞳の少年だ。背丈は170cm半ばくらいか、カザリからすれば少し見上げる形になる。身体も鍛治屋の息子というのがしっくり来る引き締まった筋肉質のものだ。腰に挿した剣は自分で打ったらしくやたらと自慢してくる。

 上品に笑うイリスは、珍しい若葉色の長髪とより濃い新緑の瞳が美しい少女だ。背丈はカザリとほぼ同じくらいだが、胸や尻はイリスの方が大きく色っぽい。少し事情がありそうな貴族の出らしいが、本人にはあまり気にした様子もなく明るそうな性格だ。腰には短剣、背には弓を背負っておりこの街に来るまでに既にある程度の経験を積んでいるのが伺えた。


「アレンとイリスだね!よろしく!今度一緒に依頼受けよ!」


「お、良いな!俺も最初は一人じゃ不安だったんだよ!」


「確かに良いわね。それと明後日に初心者演習があるらしいから是非参加してみましょうよ」


「え、そうなの?」


 素早く打ち解けた3人の様子を、本物の保護者のように微笑ましく見守っていたジル。突如カザリに話を振られて、はて、と悩んでいると、カウンターの奥から戻って来たメアリィが補足してくれた。


「確かに、明後日には月に一度の初心者演習がありますね。ジルさんはずっとロカさんと一緒だったから知らないかもですけど、基本的に冒険者になったばかりの人には参加をお勧めしてます。Bランクの冒険者を指導官にして、丸一日冒険者に必要な事を実技で教えてくれます」


「お、良いね!じゃ、3人とも参加って事で!」


「なんか俄然やる気出てきた!っと、リズさん戻ってきたからドッグタグ貰ってくる!明後日よろしくな!」


「えぇ、私もそろそろ宿に帰って休むわ。皆さんお休みなさい」


 そうして、急遽同期3人での初心者演習への参加が決定した。

 アレンは隣の受付にいそいそと戻って行き、イリスは愛らしい尻を揺らしながらギルドを出て行く。

 カザリもメアリィに向き直ると手続きを再開した。


「……記憶喪失さんは手数料払えます?」


「せめて名前で呼んで!?てかお金取るの!?」


「そりゃ、ドッグタグ用のメイド鉱石もタダじゃないんで。冒険者ギルドは慈善事業じゃないですよ?」


「世知辛いっ!?」


「そのくらい私が出すよ」


 ジルが脇からすっと出て来て銀貨2枚を受付に置く。またまた借りが増えてしまって落ち込みそうになるカザリの頭を、ジルはぽんぽんと叩いてメアリィを促す。


「確か銀貨2枚だよね?」


「です……すっかりお母さんですね?」


「まだそんな歳じゃないもん!」


「……?」


 18は十分そういう歳ではないのかと頭の中で疑問に思うも、厄介な事になると面倒だとメアリィは華麗にスルーした。

 面倒事には敏感なのが、省エネ主義のメアリィの最大の武器である。特に自分に害がないのなら、なるべく知らないフリ、見ないフリだ。


「では、水晶に触れてください」


 そう言って差し出されたのは、水の様に波打つ水晶だ。何とも不思議な光景で、水晶の中には白いメイド石のプレートが浮いている。

 カザリは、恐る恐ると言った様子で水晶に触れた。


「ーーわっ!」


 カザリが水晶に触れると、途端に水晶が発光する。ついさっき隣から光が漏れたのも、アレンが同じ事をしたからか。

 触った感触は、とても不思議な感触で、個体の様な水だった。例えるなら、ゼリーやプリンの様なぷるぷるとしたゼラチン質を感じさせるものだ。

 しかし、少し力を入れれば、液体の様に手を受け入れてくれる。何とも不思議な物体である。

 光が収まると、プレートの裏面に文字が浮き出ていた。どうやらそれがカザリの名前らしい。


「はい、これで登録はお終いです。その他諸々の処理は、こちらでしておくので大丈夫です。あとは、そうですね、何か分からない事があれば都度質問頂ければ。まぁ、ジルさんが側にいるなら問題ないと思いますけどね」


「うわぁ、ありがとうございます!」


 渡されたドッグタグを早速首に通してみる。なんだかそれだけの事なのに、冒険者になったのだという実感が得られてにまにまと頬が緩むのを抑えられなかった。

 アレンも同じなのか、親に自慢すると言って走って帰ってしまったし、最初はやはり浮かれるものなのだろう。イリスがやたらと大人びているだけだ。

 貰ったドッグタグをジルの目の前にかざしてカザリは笑った。


「ジルちゃんと一緒!」


「ふふ、そうね」


「ランクが全然違いますよ?」


「そういう事じゃない!水刺さないで下さいっ!」


「……?」


 なんだか今日は分からない事が多いなと、メアリィは溜息を吐いた。

 何はともあれ、これで晴れてカザリも冒険者の仲間入りである。不安はあるが、それ以上に今は期待に満ち溢れていた。入学式の前日の様な、そんな気分である。


「あ、そうです。初心者演習に参加するなら、明後日の朝10時にギルドの二階にある休憩スペースに来て下さい。では、またのお越しをお待ちしてます」


「ありがとうメアリィ。夜勤頑張ってね」


「もう寝そうです」


「ありがとうです!また怒られても知らないですよ?」


「余計なお世話です」


 メアリィにお礼を告げるジルと、からかう様に別れを告げるカザリ。二人は、仲良く並んでギルドの通路を出口へと歩いて行った。その胸元には、白と銀のドッグタグが揺れていたーー。






「ーーロカって何歳?」


 フードショップの真ん中、豪快な飲みっぷりで杯を乾かしたばかりのロカに、どうしても気になっている疑問をぶつけに来たカザリ。

 ジルも待ってるし、手早く済ませて今日は帰ろうと単刀直入に切り出した。


「ん?もう登録終わったの?それと私は21よ?」


「っ!ほんと?」


 案外リアルな年齢が聞けてびっくり半分疑い半分のカザリは、ロカの目を見て嘘を見抜こうとする。

 ロミオがあの見た目で管理職にいるのだ。ロカもきっと相当なお年に違いない。ーーいや、違って欲しいのではあるが。


「……何を疑ってんのよ?森精人族が長命種だから?全く……これからたくさん生きるつもりではいるけど、今はまだ21年しか生きてないわ」


「良かったぁあ〜……あ、でも胸は9さiーー」


「ん?」


 頬っぺたがっちりホールドだ。裸足でスキップしながら地雷の海を渡るカザリは、最早狂気に染まっているとしか思えない。


「ご、ごめん……10歳?」


「ーー死んでおく?」


「ほんっとうにごめんなさい!!」


 カザリ•タカミネ、学習しない女であったーー。




説明って難しいですね。頭の中の情報がなかなか言葉に出来ません。分かりづらかったら指摘お願いします。誤字脱字、不適切表現、意味間違いもあったら合わせてお願いします。感想もあれば是非!

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