7:名付け
しばらくして、悪魔の少女は俺の体に埋めた顔をおもむろに上げた。あーあ、背中がびしょびしょだな……。
「さて、あとはそっちがどうしたいかだ。書いてある通り、俺は使い魔契約ってのをしてもいいけど……残念ながら俺は戦闘力は皆無だ。さすがにそんな奴の使い魔になるのなんて……」
「そんなことはない。むしろ私からお願いする」
置物の上に座る俺に首を横に振ったあとはっきりと俺の目を見て言ってきた。
「なあ、俺じゃないとダメか?もう一度言うけど、俺は至って普通の猫で戦闘力皆無だって……」
「喋る猫は普通の猫じゃない……それに、弱くても私が守る。それとも、私が嫌?」
うぐっ!そんな目で見るな!流石にこれを断るのは俺には無理だ。いくら動物になったとはいえで、俺も元は人間、いや今でも心は人間だが………。そこまでされてNoとは言えない。
「はぁ、仕方がないな。もう一度聞くぞ?ほんとにいいんだな?俺じゃなくてお前が俺の使い魔になる……」
「しつこい。大丈夫、問題ない」
これは諦めてしまうしかないな。はあ、めんどうだな……。
置物から降りて、俺は屋敷の中に入った。今度は扉を開けてもらった。
「さて……契約魔法ってどうやってするんだ?」
「本来なら呼び出した魔法陣の上で契約対象に魔力を流して名前をつけて契約が成立する。だけど今回は魔法陣は無くてもいい」
「魔力を流すって、どうやるんだ?」
「必要ない。さっき魔力を分けたときに一緒貴方の魔力を交換でほんの少しもらった」
コイツ……もしや最初っから企んで………。
つまりあとは名前だけってことか。どうしよう……俺、名付けなんてやったことないぞ。生まれてからペットどころか昆虫すら飼ったことがない。……いや待て。こういうときは先に本人に聞いて「ユウトに任せる」みる前に答えられたー!クソっ!やっぱり自分で考えるしかないか…………………。
「…………クロナ、なんてどうだ?」
「………クロナ?」
「ああ。まあ、最初あった時の服が黒だったからって結構適当な理由だけど」
「……クロナ……それでいい」
案外気にってもらえたな。
そうやって考えていると、クロナの周り少し薄い紫光り始めた。
「『……悪魔クロナ。契約の元にこれから貴方の為にこの力の全てを捧げる。貴方を、決して一人にしない』……だから、よろしくユウト」
今まであってきた人の中でこんな綺麗な笑顔はあっただろうか?そう考えるくらい、目の前少女の笑顔はとても可愛く、綺麗だった。思わず見惚れてしまうくらいに。元々無表情でほとんど表情を出さないからこそ、この笑顔の破壊力はとんでもない。
おっと、またもや正気を失いかけた。これはしっかり返事をしてやらないとな。
「見た目通りただの猫だから今後足を引っ張るかもしれないが、そんな猫でもいいのならこれからもよろしくな。俺もお前一人残して死ぬことは無い様に気をつけるさ」
こうして歌って踊れる(?)猫と悪魔らしくない悪魔という、よくわからないコンビが出来た。
そのあと俺はクロナに頼んで寝室を案内してもらい、そのベッドの上ですぐに眠った。一日でいろいろありすぎたせいか、疲れが溜まっていたのだと思う。ベッドの上で丸くなり、すぐに意識は夢の中へ消えた。
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次の日から俺はこの屋敷の書庫で勉強をすることにした。とりあえずこの異世界のことについて詳しく知る必要がある。
まず俺が何故見たこともない文字が読めるのかということはやはり言語翻訳で間違いないのだろう。書庫にある別の言語で書かれた書物もなんて書いてあるかすぐにわかるし。
しかし、分かるだけでいざその文字で何か書こうとすると、全く書けないのだ。どのような文法で、どの単語がどんな意味かということまではわからないため、結局文字だけは自分で勉強した。ものすごい微妙な言語翻訳だな。
あとはこの世界の魔法と呼ばれるものについてもある程度の知識は得ることができた。
魔法というのは、日本でやってきたゲームの内容とほぼ同じで火を起こしたり、水や土を生成したりとできるらしい。
魔法には属性があり、自分の魔力がその属性に適正がないと魔法を発動できない。
魔法の発動方法は、魔法を発動するための詠唱、そして感覚のようだ。感覚さえ正しく掴めば詠唱もいらないらしいが、その感覚をつかむのが難しいらしい。
"魔石"と呼ばれる石が魔法を発動する際に補助をしてくれる上、質の良いものなら威力も少し上がるため、大抵の場合は魔石のはめ込まれた杖や魔道書などを媒介に、詠唱をして魔法を使うらしい。
属性は"火" "水" "風" "雷" "光" "闇"があるらしい。"光"と"闇"は珍しいらしく、"光"は浄化魔法や回復魔法など支援に特化しており、"闇"は誘惑や威圧などの精神攻撃や相手の体力を一時的に落とすといういわゆるステータスダウン系の魔法になるらしい。
そしてもう一つ、魔術というものがある。魔術は魔法と違い、適性が無くても火や風などを起こせるらしい。しかし魔法と感覚が違い、詠唱の時に詠唱と同時に正しい魔術式を頭の中で組み立てなければいけないそうだ。
だから魔法に比べて発動するまでにかなりの時間がかかるらしい。しかし、それでも道具への付与などでは重宝されるらしい。そういえばあの置物にも魔術式らしきものがあった。さっきかららしいらしいと言っているが、俺魔法も魔術も使えないから本当なのか確かめようがないからだ。
あとはこの世界の大陸ごとの気候などなど、これらのことを5日かけて調べあげた。
もちろん知識を得るだけではなく、クロナが森の魔物を狩りに行くのにもついていき、そこで魔物との戦闘を生で見て少しでも戦闘に役立てようと分析していた。
不意打ちで相手の背に回り、そのまま首を思い切り殴って殺すという戦法が多かった。実に単純だけど、それで確実に仕留めいるあたり、やはり実力はあるのだろう。
話を聞いたところ、殴る際に自身の魔力を手に込めて、それで威力をあげていたらしい。
他にもそれで魔力弾と呼ばれるものを作り出して攻撃していたりもした。一発で魔物の首が消し飛んだときは本当にびっくりした。
というわけで、俺は今日、屋敷の近くの川でクロナ先生にその魔力操作と呼ばれる技術を教えてもらうことになった。ちなみにこの魔力操作はキャサリンさん直伝らしい。キャサリン、一体何者なんだ……
「魔力操作は自身の魔力の流れを感じてそれを体のいろいろな所に行き渡らせる。それから始める必要がある」
「先生、その魔力自体感じられません」
全く、異世界にきてまだ一週間の俺に無茶言わないでほしい。
「そう、なら手伝う。目を瞑って少し体の中に意識を向けてみて」
俺は言われた通りに瞼を閉じて体の中に意識を集中した。うーん、なんか体の中に何かが流れている感覚だけはわかったが………そうやって少しずつ体の中の魔力を感じとっていると………
「んっ」
人生、いや猫生二度目のキス!側から見れば、猫に口づけって明らかにへんな人だよな!
『変なこと考えてないで今は魔力を感じるのに集中して』
うわっ、どっから声が!なんか頭の中に直接来てないか?
『念話で話してる』
はあ、さいですか。この世界に少しは慣れたつもりだったけどまだまだ慣れてなかったな。とりあえず、さっきの魔力操作の練習の続きをしよう。
もう一度体の中に意識を向けると、なんか体中に何か流れている気配があった。そしてそれが口元に特に集中しているのがわかった。これが魔力か?
『そう。あとはそれを体中に巡らせることができればひとまず合格』
そういう声が聞こえたと同時に俺の口元に集中していた魔力が一気に散っていった。そのあとクロナは近くの切り株に腰を下ろして本を読み始めた。相変わらずマイペースな奴だ。
とりあえず感覚は掴めた。あとはゆっくりと、体中にこの今感じた魔力を巡らせて………。
少しずつ、少しずつ、体の中に巡らせる魔力の量とスピードを上げて行き………………。
そして成功したのか、正面から拍手と賞賛の聞こえてきた。
「あとは魔力を外にだしてで形を作る、つまり具現化できれば私の教えることはない。あとは自分なりにアレンジする」
なるほど、具現化ね……多分難しいだろうがこの際やってしまおう!
さっきの感覚で体中に魔力を巡らせて、その次にそれを外に出す……外に出すとき、流れ出るというよりは伸ばすというイメージで………伸ばすなら爪がいいだろう………少しずつ……少しずつ………。
そうやって10分ほど、意識を爪に送っていると、
「……まさか一日で魔力操作ができるなんて……。天才?」
「へっ?」
いきなりクロナの声が聞こえて、少し間の抜けた声で返事をしてしまった。そして自分の手を見てみると、普通の爪とは違う、明らかに魔力でできたであろう爪が足元ギリギリまで伸びていた。そう、某有名海外漫画のヒーローのように伸びた爪である。しかし……
「これって成功なのか!?明らかに爪の色が変なんだが!」
不安になり、切り株で本を読んでいるクロナに顔を向けて叫んだ。俺の爪がなんか侵食されたみたいな、真っ黒な色しているんだが。しかも明らかにヤバいのはなんか瘴気見たいのが出ていることだ。
「問題ない。ちゃんと成功している。その色は魔力の色。元々ユウトは悪魔を引きつけ易い魔力を持ってたのはわかったけど……」
そのあとちょっと驚いた声色で、「予想外」、と呟いた。
なるほど、だからこんなに黒いのかぁ。アッハッハッハッハ、って笑えるかぁ!明らかにダメなヤツだろ!?ちなみにクロナの魔力の色は髪と同じ灰色なのだそうだ。えっ、俺その悪魔よりも黒いんだが!?
「大丈夫、体に影響はないはず」
そ、そうか……もう気にしないようにしよう。
ちなみに爪の威力は申し分なかった。マオの真似をしてこっそり魔獣の後ろに回り込んで首を切り落として倒した。しかし、魔力が漏れ出ているのか少しバレそうになった。
今度は気配の消し方とか教えてもらおう。あと魔力の抑え方も。
真っ黒な自分の爪を見ながら、そう考えた。
ちなみにその某有名海外漫画の題名、知っている方も多いですが、○ルヴァリンですね………