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ペット編

 「何だこれ、落とし物か?。」

 僕が道端で拾ったのは藤色の毛玉だった。

 毛足はかなり長い。

 金持ちの家の絨毯みたいだ。

 毛並みは良く、ツヤツヤしている。

 少なくともゴミには見えない。大きさは土鍋にスッポリ収まるくらい、そう、丸まった子猫くらい。

 色が藤色でなければきっと僕も『丸まった猫だ』と思っただろう。

 持った感じもまさに子猫だ。

 重くもなく、軽くもない。

 僕はふと子供の頃飼っていた猫の事を思い出した。

 『抱かれよう』としている子猫は羽のように軽かった。

 抵抗する子猫はまるで鉄の塊のように重かった。

 毛玉は軽く感じる。

 「お前、生き物なのか?。」俺は思わず声をかける。

 毛玉は返事するようにモゾッと動いた。


 ネットで調べても良くわからない。

 コイツは一体何者なのか?。

 手掛かりがなかった訳じゃない。

 『落ちている毛玉のような生き物』この検索ワードにヒットしたもの『ケセランパサラン』。

 写真も載っていた。

 しかし色が違う。

 毛足の長さも違う。

 大きさも違う。

 そして何よりもの違いは『ケセランパサラン』は動かない、という事だった。

 『ケセランパサラン』は空中から鷹などの猛禽類に狙われた白ウサギの皮が丸まった物だ、という科学者の推測が検索にヒットする。

 つまり、毛玉のような生き物の目撃例はかなり古くからある、という事だ。

 しかしその真偽は明らかなっておらず「この毛玉が間違いなく生き物だ」というなら数百年来の大発見という事になる。


 間違えられない。

 ここで寄付扱いで何も残らないのも、大金になるのも僕の行動次第だ。

 とにかくちょっと落ち着こう。

 僕は毛玉を抱き僕のアパートに連れて行った。

 幸運にも大家は動物好きで猫を三匹飼っている。

 アパートはペット禁止ではないのだ。


 僕の部屋についた。

 玄関先で毛玉を床に置こうとしたが、毛玉は自分の意思で『ポヨン』と飛び降りた。


 取り敢えずメシだな。

 僕は取り敢えず買ってきたドライのキャットフードを小皿に入れて毛玉の前に置いた。

 「ウェットフードでも良かったんだけど、お前の毛が汚れるかな・・・って思ってな。

 外でそれだけの綺麗さを保ってたって事はお前、相当な綺麗好きなんだろ?。」

 「ニュン!」毛玉は初めて鳴いた。

 この生き物はやはり犬でも猫でもない。

 鳴き声がそのどちらのものでもない。

 それよりこの毛玉、知能が高い。

 子猫を飼っていた人ならわかる。

 子猫が底の浅い皿から物を食べる時「こぼさないで食べられる」「汚さないで食べられる」子がどれだけいる事か。

 しかも声をかけられた事を正しく認識しているみたいだ。

 声をかけられた時のみ「ニュン!」と元気に返事するように鳴く。

 この毛玉は僕の言葉を理解しているのだろうか?。

 「呼びかけにくいな。

 名前をつけて良いか?。」

 「ニュン!ニュン!」

 理解しているなら名前をつけてもらう事を喜んでいるみたいだ。

 「じゃあお前は今日から『カム』だ!。」と僕。

 「ニュン!ニュン!」毛玉改め『カム』ははしゃいで僕の周りを回る。

 『カム』というのは僕が最初に飼っていた猫の名前だ。

 外資系の会社で働いていた父親の同僚の外国人が僕が拾ってきた子猫に「カム!カム!カム!」と声をかけていたから『カム』という名前になった。

 あとで父親から聞いたのだが『カム』というのは外国語で「こっちにおいで」という意味なんだそうだ。

 でもカムが死んだ時、本気で世話をして可愛がる子にはもう一度『カム』と名付けよう。

 でも本気で世話をしたいと思わないなら、もう二度とペットは飼わない。

 そう決めていた。

 僕は自分がアッサリ、拾ってきた毛玉に『カム』と名付けた事に驚いた。

 あれほど「『カム』の代わりなんかいない。これからだって現れるもんか!」って絶望の涙を流したのに。

 それだけこの子に僕は運命的な物を感じているらしい。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 「どこまで言葉が通じてるんだろう?。」 

 ふと僕は思った。

 「お手」別に芸を仕込もうとした訳じゃない。

 ただ言っている事が理解出来ているなら、お手をするはずだ。

 たしっ

 毛玉は僕が出した右手に右足を乗せた。

 毛玉に包まれているけど四足歩行の足がちゃんとある事、言葉がある程度通じている事、こちらの指示にある程度従う意思がある事がわかった。


 「首輪はつけようかと思ったけどつけない。

 どこが首かわからないし、どうせ毛に埋もれて首輪してるかどうかわからないだろうからな。」

 「ニュン!」

 「その代わりに毛の一部をちょんまげみたいにカラーゴムで結ばせてくれ。

 『ウチの子』だって証拠になるように。

 カラーゴムみたら『飼われてる子だ』ってわかるだろ?。

 迷子になった時だって『カラーゴムをつけてます』って特徴をチラシに書けるだろ?。」

 「ニュン!ニュン!」

 何か喜んでるぞ。

 わけわからんが、どうやらカラーゴムをつけさせてくれるみたいだ。


 言葉が通じるなら試してみたい事がある。

 「カム、トイレの場所を教えるよ。」

 「ニュン!。」

 トコトコとカムは僕についてくる。

 ペット用のトイレはまだ準備していない。

 とりあえずは猫砂を大家さんに少しもらうつもりでいた。

 猫砂を入れるのは観葉植物用のプランターで良いかな、と。

 じゃあ、どこにカムを連れていこうとしているのか?。

 「ここがトイレだよ。」

 僕がカムを連れて行ったのは人間用のトイレ。

 子供の時、人間用のトイレで用を足す猫をテレビで見て憧れた。

 別に猫砂の交換が嫌だった訳ではない。

 「なんて賢い子なんだろう!。」とテレビを見ながら感銘を受けたのだ。

 そして飼い猫に水洗トイレを使わせようとした。

 すると飼い猫は水洗トイレの水を飲もうとした。

 慌てて僕は飼い猫がトイレに入るのを禁止した。

 あの時のリベンジだ。

 この子なら水洗トイレの使い方を覚えるかも知れない。

 教える前にカムは便座にチョコンと座った。

 チョロチョロと小便を足す音が聞こえる。

 何だ、この子。

 賢すぎる!。

 テレビだと用を足した猫は飼い主を鳴いて呼ぶ。

 それで飼い主はトイレを流す。

 今日は初日だ、そこまで出来なくて良い。

 ・・・と思っていると便座からポヨンと飛び降りたカムが流水レバーに向かって飛びついている。

 軽くテレビに出ていた猫を越えようとしている!。

 しかしカムはピョンピョンジャンプしても流水レバーには届かない。

 「そこまで出来なくても良いんだよ。

 流すのくらい、僕にやらせてね。」とカムに言っても何かカムは寂しそうだ。

 まるで一人でトイレを済ませたがった施設に入ったおばあちゃんみたいだ。

 ・・・そうか。

 トイレを一人で済ます事はカムにとってもプライドを守る事なのか。

 僕は使っていないプランターを逆さまにして流水レバーの下に置いた。

 「ホラ、これを足場にすれば流水レバーに届くでしょ?。」

 「ニュン!ニュン!」カムはプランターによじ登ると背伸びして流水レバーをひねった。

 喜んでるカムを見たら「本当は小便の時は手前にレバーをひねって、大便の時は奥にレバーをひねるんだよ」とは言えなかった。

 それは追々教えよう。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 コミュニケーションがとれるようになれば愛情も倍増だ。

 最初「この子を使って一儲け出来るかも」なんて下心がなかった訳ではない。

 だが、今はそんな事がどうでも良いくらいカムにメロメロだ。

 ブラッシングしていて気付く。

 毛の奥にクリクリと可愛らしい目がある。


 トイレのように「一人でしたい事」があるらしい。

 だが「してもらって嬉しい事」というのもあるらしい。

 それが『ブラッシング』だ。

 自分でも『毛繕い』はする。

 だが『ブラッシング』してもらうのは格別のようだ。

 前に飼っていた猫が仲が良い猫と延々舐め合っていたのを見て「自分で毛繕いするのとはまた意味が違うんだろうな」と仲が良い近所の猫に嫉妬していた事があった。


 しかし本当にカムは何者なんだろうか?。

 『ケセランパサラン』の訳がない。

 『ケセランパサラン』は動かないはずだ。

 カムは僕の周りをトテトテと飛び回っている。

 毛足の長い犬か猫だとも思った。

 だがそれにしては運動神経が悪すぎる。

 それに賢すぎる。

 だが動物学者に相談したら最悪解剖されるかも知れない。

 それだけは絶対ダメだ!。

 カムが何者だって良いじゃないか。

 カムはカムなのだ。

 初代のカムも「サビ猫じゃん、可愛くない。」なんて言う人だっていたじゃないか。

 カムはカムだ。

 何者だって良い。

 他の誰かがどう思おうが関係ない。

 僕はもうカムを離さないぞ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 布団で寝る。

 カムは僕の布団の中に忍び込んでくる。

 夢を見る。

 「カムは心臓の病気なんだ。

 それでお腹に水がたまる。

 手術は出来ない。

 猫の身体も臓器も小さくて手術が出来ない上に出来たとしても体力が手術に耐えられない。

 安楽死させてあげるのが、カムのためだ。」父親が言う。

 「お願いします!。

 お小遣いもいりません。

 お薬をカムに飲ませてあげて下さい!。」僕は父親に頭を下げる。

 「お腹の水をおしっこで出す薬で確かにカムは少しは長生きする。

 でもそれは悲劇の先伸ばしでしかないんだよ?。

 カムの病気がよくなる訳じゃない。

 少しずつカムは弱っていくんだ。

 それにカムには保険が効かない。

 カムの薬は一週間で5000円、お前のお小遣いの10倍だ。

 お前が小遣いをもらわなくても何の問題解決にもならない。」

 「でもカムは『死にたい』なんて言ってないし一生懸命生きようとしてるんだ!。

 なんでもします!。

 お手伝いもします!。

 薬代と病院代を貸して下さい!。」

 結局、安楽死は行われなかった。

 しかしカムはだんだん弱っていった。

 薬で腹にたまった水は抜けきらず、カムは腹を引き摺ってヨロヨロと歩くようになった。

 「カムは無理して歩かなくてもどこへでもカムが行きたいところへ僕が連れて行ってやるからな!。」僕はカムとの約束を破った。

 その日、関東地方には何年ぶりかの大雪が降った。

 皮肉にもカムの病院の日だった。

 カムのお腹の水はたまる一方で、週に一回注射を打ってもらい、余分に尿を出しカムは生き長らえていた。

 その日病院にいけない意味は僕にはわかっていた。

 「行かないと!。」

 「外にも出れないのに何言ってるの!。」


 窓をカリカリ引っ掻いていたカムが最後に尿を飛ばして倒れた。

 カムは僕の腕の中で息をひきとった。


 僕が夢を見ていた時、(二代目)カムも夢を見ていたようだ。


 「きたねー猫だな。

 やっぱり雑種だな!。」ママの友達が言う。

 「良いんだよ、アイツらはサビ猫の美しさがわからないんだから。

 それにどんな柄でもカムはカムだよ。」ママがボクを撫でながら言う。

 ボクの毛が綺麗な色で長ければママは喜ぶかな?。


 「すごい賢い猫だね!。

 人間用のトイレを使えるんだって!。

 よし、カムも出来るか確かめようか!。

 ・・・ダメだよ!。

 トイレの水を飲もうとしちゃ!。

 病気になっちゃうよ!。

 カムはトイレ入室禁止ね!。」とママ。

 「ボクがもっと賢ければ、トイレが使えればママは喜ぶかな?。」


 「カムは歩かなくてもどこへでもカムが行きたいところへ連れて行ってやるからな!。」とママ。

 「運動神経は低くても良いや。」


 「カムや、4つ目の願いは決まりましたか?。」

 「あっ、神様。

 『美しい毛並みで綺麗な色になりたい。』

 『賢くなってママの言葉がわかるようになりたい。』

 『人間用のトイレを使えるようになりたい。』

 ボクはこれだけで充分です。

 そもそも生まれ変わってママの元に再び行けるだけで良かったんです。

 あと一つの願いはママのために使っても良いですか?。」

 「カムがそれで良ければ。」

 「ママがいつまでも若々しくて美しい女性でいられますように。」

 「了解しました。」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 変な夢を見た。

 そう言えば、ペットは時々主人の性別を間違えるという。

 ムツゴロウさんも、オオカミ犬のオスに求愛された事があるらしい。

 夢の通り、カムは僕の事を女だと思っているのだろうか?。

 いかん、ぼーっとしてられない。

 今日は不燃ゴミをださなきゃいけない日だった。

 寝間着のまま、ゴミ捨て場に不燃ゴミを持っていく。

 こんな息が切れるほど、不燃ゴミ多かったっけ?。

 ゴミ捨て場に大家さんがいる。

 ペットは飼ってもOKとは言え「飼い始めました」と言うのが礼儀だろう。

 僕は大屋さんに話しかけようとしたが、その前に大家さんが僕に話しかけてきた。

 「ここはウチのアパートのゴミ捨て場だよ。

 アンタ、ウチの店子じゃないだろう?。

 アンタみたいな可愛い女の子ウチのアパートにはいないからね!。

 今回は見逃して捨てさせてあげるけど、次回からちゃんと決まった場所に決められたように捨てるんだよ!。」

 さすが、大家さん優しい・・・じゃなくて、大家さん、僕ですよ。 

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