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酷暑編

暑い。


異常気象だ。


もう9月も半ばだというのに、気温は40度近い。


「水分摂取をこまめにしてください。


躊躇泣くエアコンを利用してください。


不要不急の外出は控えて下さい」


テレビでアナウンサーが繰り返し言っている。


だけどこのアナウンサーも「クソあちー」とか言いながら、外出してテレビスタジオまで行って「外に出るな」なんて矛盾した事言ってるんじゃねーか?


俺も出来る事ならクーラーの効いた部屋で寝転んでいたいよ。


だけど社会人はそんな事言ってられないし、ましてや求職中で社会人になりたいと思っている俺は「暑いから」と企業からの呼び出しを無視する訳にはいかない。


次に仕事を辞める時には夏辞めるのはもうよそう。


夏に仕事を辞めると失業手当てが切れるのも夏だ。


クソ暑い時に求職活動をしないと生活出来なくなっちまう。


そんな事を考えていると職安の求人票に書かれた地名についた。


「ここ・・・だよな?」俺は目を疑った。


雑居ビル・・・というか風俗ビルにしか見えない。


もう一度求人票を見る。


この場所で間違いがない。


俺はしょうがなく雑居ビルに入って行った。


雑居ビルは五階建てで俺の目的地はエレベーターで四階に上がったところにあった。


これ、火災が起きたらまず助からないよな?


自分等が火災を起こさないように気をつけてても、一階にある居酒屋が火事を出すかも知れない。


つーか二階と三階にあるキャバクラ、その筋がらみじゃないの?


下で抗争が起きたらどこに逃げれば良いんだろう?


俺は小さく震え上がったが「ハローワークに募集を出すところにそれほど悪質な会社はないだろう」と覚悟を決めて会社の扉を開けた。


「山本様ですよね?


こんな暑い中、遠路遥々お越しいただきありがとうございます」


俺はその筋の人崩れの圧迫面接のようなものを覚悟していた。


しかし扉を開けた時待っていたのは、いかにもキャリアウーマンというような20代後半か三十代前半の美人だった。


どう考えても俺と同年代もしくは少し下の年代だ。


「このビルを見た時には驚いたでしょ?


私も初めてこのビルを見上げた時は固まったものです。


でも都心に近くて立地も悪くない割にテナント料は格安なんですよ?


まあ、ここに初めて来る人から見たら『怪しい雑居ビル』でしかないとは思いますけどね」キャリアウーマン風の女性はいたずらっぽく笑いながら言った。


「あ、あははは・・・」俺は乾いた愛想笑いをするしかなかった。


そんな俺を見ながら女性は話を進めた。


「あ、挨拶が遅れました。


私は『株式会社 大正屋』の社長を務めさせていただいている『米沢 律』と申します。」女性は名刺を俺に差し出しながらいかにも「仕事が出来る女」という風情だ。


「山本 孝二です。


『ミスター赤ヘル』の『浩二』ではなく、『親孝行』の『孝』です。


今は無職・・・と言うか求職中です」俺は米沢さんに気圧されながらも自己紹介した。


自己紹介しながら何か自分が情けなくなった。


自分よりおそらく年下の女性が社長としてバリバリ働いているのに、年上の自分が無職で「仕事を下さい」と言いに来ているのだ。


そんな俺を見ながら、米沢さんは笑顔で話を進めた。


「山本さんはどこまで弊社の事をご存知なんですか?」


「いえ・・・すいません。


商社という事は職安で調べて来てわかっているんですが、詳しい事は全く知りません」俺は縮こまりながら正直に答えた。


「いやいや、ウチの会社を知っている方が珍しいんですよ。


『大正屋』と聞いて『明治屋』みたいだと思いませんでしたか?


その考え方は間違っていません。


ただ、我々は『明治屋』さんを数千倍小さくしたような感じではあるんですが」


女性は豪快に笑いながら萎縮する俺の肩を軽く叩いた。


「我々も『明治屋』さんと同じように輸入した物を『大正屋』ブランドで売っているんですよ。


ただ、我々は『明治屋』さんみたいに店舗を持ってはいません。


我々が輸入し、どこで『大正屋』ブランドで物を売っているのかと言うと『ネット』です」


「ネット?」


「そうです。


ネット販売であれば、我々のような規模の小さな会社でも全国、いや全世界に物を売る事が可能です」少し演技がかった感じで米沢さんが言う。


ネットバブルの頃、ネット販売業者は数え切れないくらい存在したらしい。


しかし現在生き残ったのは結局大手だけ。


それにネット販売には詐欺や悪徳業者も多かったらしい。


これは早々に退散した方が良さそうだ。


そもそも『大正屋』ブランドなど聞いた事がない。


小規模だとしても、そこそこネットを活用している俺が聞いた事もない、と言うのは怪しすぎる。


俺の本能が「この会社は危険だ」と警鐘を鳴らしている。


「ごめんなさい。


用事を思い出したんで失礼させて頂きます」もう少し上手い退席の台詞もあるんだろうけど、俺にはこれが精一杯だ。


そもそも俺の世渡りがもう少し上手なら、今回だって無職で求職活動はしていない。


「もう少し話を聞いていってもらえませんか?


ウチに就職してくれなくても構いません。


ウチの会社、知名度がイマイチなんですよね。


ウチの会社名と商品を覚えて帰ってくれるだけでも構わないですから」米沢さんは意外にも全く引き留めようとはしなかった。


俺は軽く傷ついた。


そりゃそうだよな、ハッキリ言って俺なんて全く必要な人材じゃないもんな。


まあ、もうちょっと話を聞いたら解放されるんだ。


「拝聴いたします」俺は集団面接で隣のヤツが使っていた難しい言葉を使った。


「我が社が取り扱っているのは健康食品と医療部外品です」


俺は「医療部外品って何だよ?」と思わずツッコミを入れそうになった。


ここで質問をしたら拘束される時間が長くなってしまう。


そんな俺の気持ちを知ってか知らずか米沢さんは「医療部外品というのはだいたいダイエット食品ですね」と補足を入れた。


ネットの健康食品とかダイエット食品・・・「水に粉を溶かすと肉が溶けるアレ」とか「腸内の宿便を根こそぎ取るアレ」とか詐欺の臭いがプンプンする。


「『胡散臭い』と思ってますね?


我々も輸入した物の効果を完全に確認は出来ていませんし、完全に効果を保証出来るだけの臨床試験も出来ていません。


しかし今回の商品には社運を賭けていますし薬品ではありませんが、臨床試験も万全の体制で行おうと思っています」


「今回の商品?」


「そうです。


正直ダイエット食品は競争が激しいですし、キチンとした臨床試験をしていたら時代遅れになってしまいますし、明らかな詐欺商品が一週間で売り抜けたりしているのが現状です。


今回我々が売ろうとしている商品に競合はありませんのでじっくり臨床試験を行おうと思っています。


そこでですね・・・山本さんに臨床試験の被験者になってもらいたいのです。


もちろん臨床試験に参加していただければ、それなりの謝礼は支払います」


やっぱりだ。


何でこんな就職の意思のない俺なんかにこんな愛想が良いんだろう?と思ったらそう言う事か。


もしかしたら元から求人はエサで、食い詰めてるヤツを臨床試験に参加させるのが目的だったんじゃないか?


まあ良いや。


食い詰めてるのは本当の事だし、日銭の必要性は切実な話だ。


最近食事をしたのは何日前だったか?


相手の策略に乗るのは面白くないが、背に腹は代えられない。


薬ではないらしいし危険は少なそうだ。


臨床試験の話を聞いてみよう。


「わかりました。


お話を聞かせて下さい」あ、こういった場合に『拝聴します』って言葉使うのか。


まあ良いや、就職面接じゃないし。


「お話を聞いて頂き誠にありがとうございます。


では我が社で売りだそうとしていて、臨床試験に参加していただこうとしている商品に関して説明させていただきます。


今回売り出そうとしているのは、このサプリメントの錠剤です。


このサプリメントは摂取する事で涼しくなります。」


「涼しく?」


「そうです。


『暑い時に身体の中から冷やす』物を食べたり、『暑い時に逆に辛い物を食べる』なんて話を聞いた事ありますよね?


これは食事ではなく、このサプリメントを飲むと身体の芯から涼しくなる・・・はずです。


すいません。


臨床データが不足していて実際に涼しくなるかはまだわかりません。


しかし命に関わるような成分は一切入っていませんし、健康を害するような事もありません。


その点だけは安心してよろしいかと」米沢さんは拳を握りしめながら『危険はない』というのを強調しながら話した。


「そうですか。


危険がないならその臨床試験に参加させていただきます。


・・・ホラ、就職面接を途中で遮ってしまったお詫びと言うか・・・」


俺は少し言い訳がましく言った。


良く考えたら「用事があるから帰りたい」と俺は言ったのに、何で未だに引き留められてるんだろう?


最初からウソついて帰ろうとしてたのはバレバレだったんだろうか?


まあ良いや。


「わかりました。


何をすれば良いんでしょうか?」俺は少し米沢さんを急かすように言った。


もう何日も食事をしていないし、早く日銭を手にしたかったのだ。


「山本さんにはこのサプリメントを一週間飲んでもらおうと思っています。


それだけです。


我々が今一番必要なのは『臨床データ』です。


山本さんにはそのデータ集めの手伝いをしていただこうと思っています。


それでですね、臨床試験の一週間の間、このビルに泊まり込んでもらいたいのですが」


臨床試験の間、家に帰れるとは思っていなかったけどこの怪しい雑居ビルに一週間缶詰か。


臨床試験って北里研究所みたいな最先端の病院とか研究所でやるんだと思ってた。


「わかりました」俺は了承した。


正直「一週間は食事の心配はしなくて良い」という安心感はあった。


「では早速ですが、このサプリメントを一錠飲んでもらえますか?」と米沢さん。


俺は米沢さんに差し出された紫色の錠剤を口に含み飲み込んだ。


即効性があるのか今まで暑さを感じていたのに錠剤を飲んだ後、クーラーのかかっているビルの一室を少し肌寒く感じるようになった。


「すいません。


ちょっとクーラー弱めてもらえませんか?


サプリメントの効果なのか、少し肌寒くなってきたんで・・・」俺は少し震えながら米沢さんに言った。


「なるほど。


昔から『男性は暑がり、女性は寒がり』って言いますもんね。


それはともかく山本さんはスーツでここまで来たんですよね。


一週間分の着替えと家に帰る時の服、用意させてもらいますね」と米沢さん。


何で帰る時の服が必要なんだ?


スーツで帰れば良いじゃないか。

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