天使編
不治の病というヤツに侵されている。
あと三日間の命らしい。
あと三日で死ぬのにこんなにしっかりしてるのかよ・・・
と自分でも思ったが、余命宣告は統計データらしい。
「この病気の、ここまで病気がすすんだ状態なら統計的に余命はこれだけのハズ」というのが余命宣告で「後数週間の命」と宣告されてから、数年間生きた例も普通にあるらしい。
あと数週間で統計的に死ぬ人が数年間生きたり、統計的に根治不可能の人が天文的な確率で根治したりする。
素晴らしい事だ。
人間の生命力の底力を感じる。
だが、そんな人間が本を出すと途端にややこしくなる。
「野菜スープでガンが治った!」
治る訳がない。
「アホか」という話だ。
しかし、藁にもすがる想いで病に侵されている者は野菜スープを必死で飲むし、その本を買って読む。
俺も藁にすがって『ガンを治したければ鼻にキュウリを突っ込め』という本を読んで鼻にキュウリを突っ込むのを実行していた。
実際には効果はない。
効果はないとしても俺はこの民間療法にすがるしか精神の安定を得る方法を知らない。
それほどまでに「自分はもうすぐ死んでこの世から消えてなくなるのだ」と認める事は恐怖だった。
最初、痛くて鼻の穴を拡げてキュウリを突っ込むことは出来なかった。
俺にこの本を紹介してくれた人は「今では鼻にゴーヤでもナスでもズッキーニでもヘチマでも突っ込める」と言っていた。
だが、彼は数週間前に逝った。
俺は「いらん物を突っ込みすぎたから彼は治らなかったんだ」と思おうとした。
いや、思いたかったのだ。
その日も俺は病室でベッドに横になっていた。
もちろん鼻にはキュウリが突っ込まれている。
統計上、今日が俺の命日になるはずだ。
今日も元気に鼻にキュウリを突っ込めているのはキュウリのおかげかも知れない。
しかし体調が芳しくない。
視野も狭くなってきている気がする。
枕元にいる看護師達が「今日がヤマ」と囁いている。
痛みを取り除くためにモルヒネを使っている時間が長いからラリッているのだろうか?
枕元に天使が見える。
天使は俺に「お迎えに来ました」と言おうとして、キュウリを鼻に突っ込んだ俺の顔を見て「ブヒャヒャヒャヒャヒャ」と豚のようにしばらく笑った。
「・・・大変失礼致しました。
お詫びに一つだけあなたの願いを聞きましょう。
ただ、私は天使であり神ではありません。
出来る事と出来ない事がございます」
「病気を治して欲しいんだけど・・・」
「その願いは神でも聞けないでしょう。
あなたがここで死ぬのは運命です。
あなたの叶えられる願いは来世の願いになります」
「・・・そっか。
じゃあ今度生まれ変わった時女性と肌を合わせたいな。
いや心残りの一つと言えば、やっぱり経験がなかった事なんだよ」
「承りました。
では一緒に行きましょうか・・・」
こうして俺の人生はキュウリを鼻に突っ込んだまま幕を閉じた。
「起きなさい」
母親に起こされる。
「今日は王城に仕える初日ですよ」
どうやらここは異世界らしい。
自分の身体を見る。
そうか、女性と身体を合わせるというのをこう解釈したか・・・天使に「セックスする」とか下品な事言えない・・・と思ったんだけど裏目に出たな。




