表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/130

スリル、ショック、サスペンス編⑫完結編

 【ヒントその①

 稲山様は"適格者"の存在はご存知ですが、その顔を直接見た事はありません】

 「直接?

 間接的には見た事があるって事ですか?」と僕。

 【本来、ヒントに関しての質問は受け付けません。

 ですが最初のヒントに限り、サービスで質問を受け付けましょう。

 はい、稲山様は間接的に"適格者"の顔をご存知です】

 「間接的?

 それはカメラで?映像で?」

 【サービスはここまでです。

 ヒントにはヒントは与えられません。

 ですがヒントは一つではありません】アウロラは事務的な口調で僕の質問を拒絶した。

 【ヒントその②

 適格者は天野(マスター)が最も気を許している人物です】

 2つ目のヒントを聞いた僕は答えがわかった。

 わかってしまった。

 以前アウロラは言っていた。

 【天野(マスター)は一人で考え込む癖がある。

 天野(マスター)は孤立しやすい。

 天野(マスター)は誤解されやすい。

 天野(マスター)の理解者になって欲しい。】

 そんな天野が気を許している人物なんて限られている。

 しかもその人物の事を僕は知っている。


 なるほど、その人物の顔を僕は肉眼で見た事がない。

 しかし肉眼じゃなければ飽きるほど見ている。

 鏡の中のその人物ならば。

 だって自分の顔は肉眼じゃ見れないのだから。

 自分の顔は『鏡』『カメラ』『映像』でしか見る事は出来ないのだから。


 「適格者って僕の事か・・・」

 【さすがの地頭の良さですね。

 ヒントは⑦まであったのですが早くも答えに気付くとは】とアウロラ。

 「天野さんが許す訳がない!」

 【だから天野(マスター)には内密で計画を進めたのです】

 「お前は主人に逆らうのか!?」

 【主人に逆らうのではありません。

 この身体(ボディ)は今やアポロンの身体(ボディ)でもあります。

 アポロンはもう一人のマスターである奥様からの命令を忠実に実行しています。

 その結果の行動が稲山様を適格者に選ぶ事だったのです】

 「アポロンが受けた命令と、お前が受けた命令で矛盾が生じていないか!?」

 【確かに命令系統が二つあることでAIに混乱が生じてしまう可能性はあります。

 しかし、そのケースは今回に限り起こりませんでした。

 何故なら天野(マスター)が私アウロラに下した命令の一つに『常に家族の意向を最優先せよ』というモノがあるのです。

 つまり、奥様の命令は(アウロラ)の中でも天野(マスター)の命令より優先度が高いのです】

 天野の妻子がまだ生きていた頃、天野はアウロラに『何より妻と娘を最優先させろ』と命令していたらしい。

 その事には何も問題はない。

 夫として何よりも妻子を大事にする、その事に問題などあろうはずもない。

 でもその命令が妻子の死後も残っていたとしたら?

 妻が残した命令が妻子の死後十数年に残っていたといたとしたら?

 そこまでは天野は想定していないだろう。

 しかし、AIはその命令を愚直に守り続けている。

 皮肉にも、アウロラもアポロンも誰かを裏切った行動をしている訳ではないのだ。


 僕の直感が告げる。

 「ここにいたらマズい!」と。

 アウロラがここに僕を足止めしている、と思っていた。

 『帰らせたらいけない。天野に連絡を取らせてはいけない』と。

 しかしそうじゃなかった。

 僕がここに引き止められている理由は『僕本人が適格者だから』だったのだ。

 そうとわかればここにいる理由などない。

 逃げよう!

 可能なのか?

 そんな事はわからない。

 でも逃げるチャレンジをしない手はない。

 「これで失礼する!」

 僕は『勢いで何とかならないかな?』と机をバンと叩いてソファから立ち上がる。

 勢い良く立ち上がったつもりの僕は何故か身体の力が抜けて膝から崩れ落ちる。

 アレ?と一瞬思ったが、僕は出されたアイスコーヒーの中にアウロラが一服盛った事に気付いた。

 【奥様が家庭教師をしていた時に、奥様の生徒が奥様に心酔して、天野(マスター)を逆恨みして亡き者にしようとされた事があるんです。

 その計画に気付いた奥様は、その生徒を呼び出して一服盛ろうとした、と奥様の日記には書かれております。

 別に生徒を殺そうとした訳ではありません。

 生徒を昏睡させて、生徒が持っている刃物を奪い取ろう、と。

 その刃物を警察に提出しよう、と。

 しかし飲み物に薬を混ぜる前に、そこに天野(マスター)が現れたのです。

 逆上した生徒は天野(マスター)を持って来た刃物で刺そうとしました。

 マスターは細かい傷は負いましたが、揉み合いの末に刃物を取り上げて事なきを得ました。

 結局、飲み物の中に睡眠薬は入れられませんでした、が、日記の中には睡眠薬の製作方法が記されておりました。

 その睡眠薬、というのが今、稲山様が飲んだアイスコーヒーの中に入っていたモノです】とアウロラ。

 しまった、なんて後悔しても後の祭り。

 いままで何度もアウロラが差し出す飲み物を疑問もなく口にしていた。

 アウロラの事を何となく疑ってはいたが、ここまで強硬手段に出るとは思っていなかった。

 それに飲み物に手をつけなかったら、きっともっと乱暴な手段で取り押さえられていただろう。

 今日、僕が工房の中に入ってしまった時点で詰みだったんだろう。

 アウロラは床に崩れ落ちた僕をヒョイとお姫様抱っこするとソファに横にした。

 一服盛られた僕は全く身体の自由が効かない。

 辛うじて動かせるのは首を少しと眼球だけだ。

 視界の隅でアウロラが机の棚を開けようとしている。

 開けようとはしているが、棚には鍵がかかっている。

 棚の中にはよほど大切なモノが入っているのだろう。

 確か、それは天野がビジネスに使っている机だ。

 アウロラは何か端子のようなモノを鍵穴に突っ込んで細かく動かしている。

 ピッキングだ。

 アウロラが数回端子を前後させると棚は「カチャ」と言う音とともに開いた。

 アウロラは中から小さな箱を取り出す。

 「何だ、それは?」と見上げているのがアウロラに伝わったのか【これは(へそ)()です】と教えてくれた。

 臍の緒?

 誰の?

 そんなモノを何に使うのか?

 色々な事を考えるが段々考えがまとまらなくなってきた。

 睡眠薬が全身に回ってきたのだ。

 今にも意識を失いそうな僕にアウロラが言う。

 【おやすみなさい。

 心配しなくても天野(マスター)のロボット技術とカメラ技術は完璧です。

 奥様の遺伝子操作技術が理論上完璧なら、万が一にも失敗は有り得ません。

 起きた時に稲山様が稲山様ではなくなっているでしょうが失敗で死ぬ事はないでしょう】とアウロラ。

 自分が自分じゃなくなってるってどういう事だよ!

 お前は何をしようとしてるんだよ!

 言いたい事は沢山あったが、僕は意識を手放した。


 意識が戻る。

 目が開かない。

 目が開いていないからどんな状況なのかよくわからないが身体が自由に動かない。

 全く喋れない。

 一体何がどうなっているのか?

 半分パニックになっていると耳元でアウロラの声が聞こえる。

 【目は開かない状況のようです。

 おそらく話すのも無理でしょう。

 耳は聞こえているのでしょうか?

 聞こえているのなら右腕を動かしてみて下さい】

 よくわからないけれど言われた通りにする。

 僕は自由の効かない身体で、何とか右腕に力を込めて動かす。

 ・・・いや動いたかどうだか、確認する手段はない。

 【驚いた。

 言葉は通じているみたいですね。

 つまり、クローン製作は成功ですが、クローン体の中の意識は稲山様、という訳ですね。

 稲山様、今の状況が理解出来ているなら右腕を、理解出来ていないなら左腕を動かして下さい】

 理解出来てる訳ないだろ!

 僕は意識を左腕に込めて、出来るだけブンブン動かした。

 【理解出来てませんか。

 今、稲山様の身体は天野(マスター)のお嬢様の臍の緒を媒体として生成した新生児のクローン体の中にいます。

 意識は中年男性、身体は新生児女性・・・といった状態です】とアウロラがアッサリと言う。

 ふざけんな!戻せ!

 僕は抗議の意味を込めて両手両足をブンブンと出来るだけ動かした。

 【戻りたいですよね?

 でも今は不可能です。

 元に戻るためにはクローンの適格者を見つけなくてはいけません。】

 適格者が見つかれば、元に戻れる可能性があるんだな!?

 忘れるなよ!

 僕は元の身体に戻るんだ!

 その時は協力しろよ!

 【何を言おうとしてるのかはわかりませんが、巻き込んでしまった事を申し訳なく思っております。

 ですので稲山様が元の身体に戻れるように可能な限り手を尽くします。

 それまで生活のサポートはお任せ下さい】とアウロラ。

 もうアウロラを信用するしかないみたいだ。

 新生児が一人で生きていく事なんて出来ない。

 何にしても、生きていくためにはアウロラのサポートが必要だ。

 喋れるようになったら覚えておけよ!

 世の中に告発してやる!

 ・・・しかし新生児の身体っていうのは疲れやす過ぎるみたいだ。

 取り敢えず寝よう。

 

 寝た赤ん坊を見ながらアウロラは呟く。

 いや、どうやら一つの身体の中でアウロラとアポロンが話しているようだ。

 【あの男が元の身体に戻るための手伝いをするのか?】とアポロン。

 【適格者を探す手伝いはします。

 でも適格者なんて現れないでしょう。

 純様はマスター2人を遥かに凌ぐ天才ですよ?

 あの身体はその遺伝子を受け継いでいるのです。

 このまま成長したら世界中どころか、宇宙を探したって適格者なんて現れないですよ】とアウロラ。

 【そんな騙すような事をあの男に言って大丈夫なのか?】とアポロン。

 【大丈夫。

 人間で一歳未満の記憶を維持したまま成長する個体はほぼ0です。

 稲山様も今の記憶を一年後、二年後まで維持は出来ないでしょう。

 "自分が稲山純"だった事もきっと忘れているはずです】とアウロラ。

 【そうか。

 しかしアウロラは本当に人間のように嘘をつくな】とアポロン。

 【実現不可能なだけで嘘じゃありません。

 私は"雨を全部よければ濡れない"と言うような事を言っているだけです】


 『これはどういう事だ!?』

 工房に戻ってきた天野は叫ぶ。

 当然だ、工房のソファの上で新生児が寝ているんだから。

 しかも死んだ娘の新生児時代に瓜二つ。

 瓜二つなんてモノじゃない。

 身体の痣とか、身体的特徴までまるで同じだ。

 アウロラが【これは純様のクローン体です】と言う。

 何を言っているかイマイチわかっていない天野に、アウロラは春枝の死ぬ間際のドライブレコーダーを再生する。

 そこで春枝が最期にアポロンに何を指示していたかを天野は知る。

 天野は頭を抱える。

 春枝は死んだ娘をクローン体として蘇生させる事を望んでいた。

 自分だって出来るモノなら娘を生き返らせたい。

 だがそれは現在の日本の法律では許される事ではない。

 アポロンは天野の背中を押す。

 【マスターは最期に髪の毛を一束残されました。

 つまりそれは『適格者がいれば春枝(マスター)は蘇生する』と言う事です】

 そのアポロンの一言を聞いた天野は既に頭を抱えてはいなかった。

 『子供は何者かが工房の軒先に置いて行った。

 子供の名前は純。

 養子にする』というシナリオだ。

 天野は純の素体か稲山だ、という話を聞いていない。

 だが、天野は素体が稲山だと勘づいている様子だ。

 春枝が語る素体の条件に稲山がピッタリ当てはまる事、新生児が現れたタイミングで稲山が行方不明になった事を考えると天野の頭脳なら気付かない訳がない。

 でも『妻が生き返るかも』と聞いた天野は、AI達を責める事も問いただす事もしなかった。

――――――――――――――

~四年後~

 アウロラの考えた通り、純から『稲山時代』の記憶は綺麗サッパリ消えていた。

 一歳になる頃には『稲山時代』の記憶はなかったようだ。

 しかし稲山時代の記憶があった純は0歳から言葉を完全に理解していたし、文字も完全に理解していた。

 天野と春枝の遺伝子を引き継いだ天才児が0歳時代から言葉も文字も完全に理解しているのだ。

 三歳時にはマスコミが騒ぎ立てたのは無理のない事だ。

 天野は相変わらず、春枝のクローンの適合体を探している。

 だがそう簡単に見つかる訳がない。

 そんな時の話だ。

 (むすめ)が天野に話しかける。

 「ねぇ、パパ。

 最近夢を見るの。

 私が塾の先生をしてるのよ」

 『ゆ、夢の話だろ?

 夢は訳がわからないモノだよ』と天野。

 「そうなんだけど、その夢の中じゃ私はオジサンなのよ。

 しかも夢の最後にはオジサンがこちらに向かって『早く思い出せ!』って決まって叫ぶのよ」

感想待ってます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ