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スリル、ショック、サスペンス編⑤

 天野は隠しカメラを取り付ける時に『もう一ヶ所カメラをつけませんか?』と言った。

 その位置というのが学習塾の郵便受け、つまり密告の投書が見つかった場所だ。

 教室の隠しカメラはあんまり気分の良いモノではない。

 生徒を監視しているみたいで後ろ髪が引かれると言うか・・・。

 郵便受け付近の監視カメラなら罪悪感も少ない。

 監視カメラを玄関先に取り付けている家も多いし、監視カメラが見つかった時に言い訳だって容易だ。

 『セキュリティのために入り口付近に設置した』と。

 だから天野の申し出を断る理由もなかった。


 そして、監視カメラにいじめの密告をした『投函者』がハッキリと映った。

 密告の第二段が投函されたのだ。

 その際、投書者がハッキリと監視カメラに映っていたのだ。

 『いじめの密告をしたのに、学習塾側に動く気配がなかったら、再度密告の投書をするんじゃないかな?と思っていた』と天野。

 言われてみればそうかも知れない。

 でもそれをいち早く予想するとは。

 これが帝都大出の地頭の良さだろうか?

 告発の投書をしたのは"いじめられている"と投書内容に書かれていた男の子の父親だった。

 何故父親とわかったかと言うと、この父親はバーベキューに参加していたからだ。

 何でこんな愚行に出たのか訳がわからない。

 取り敢えず、経過を天野にだけは話す。

 協力してくれたのだから当然だ。

 『バーベキューの時に、寄り添う息子と、息子と交際してる男の子を見たんでしょうね。

 父親としては何とかして二人の仲を割きたかった。

 だから相手の男の子が塾をクビになるような投書をしたんでしょうね』と天野。

 「ちょっと待って下さい!

 なんでそんな事を?」

 『子供のパートナーが同性だなんて、簡単に認められる親がいると思いますか?』

 僕は親になった事がないから、親としての子供を想う気持ちは良くわからない。

 ただ漠然と"そういうモノなのか?"としか思わない。

 『で、どうするんですか?』と天野。

 「何がですか?」

 『大体の事件の概要がわかったじゃないですか。

 それで稲山さんはどう動くんですか?』

 「・・・動くべきですよね?」

 『それはそうでしょう。

 大体、"投書したのに動いてない"と思われたから第二段の投書があった訳です。

 これで動かなければ、更なる実力行使があると思っておいた方が良いですよ?』

 「・・・どうすれば良いんでしょうか?」

 『どうしたいんですか?』

 「それが自分でもわからんのです」

 『そうでしょうね。

 私はこういった場合、アウロラに決めさせます』

 「アウロラさんにですか?

 そりゃまたどうしてですか?」

 『人は感情が絡むと、中々判断を下せなくなります。

 だから"感情が絡まない判断"をAIに下して貰うんです』

 「ではアウロラさん、こういった場合はどうすれば良いと思いますか?」僕はコーヒーを持ってきたアウロラにダメ元で聞いてみる。

 【私なら働きかける対象を決めます。

 ①交際している2人

 ②投書してきた父親

 ③塾の生徒全体

 などです。

 交際している2人に"別れるように"伝えるのか。

 投書してきた父親に"今後こういった迷惑行為を止めるように"伝えるのか。

 今後こういったトラブルが2度と起こらないように"学習塾内恋愛禁止"という決まりを作るのか】

 なるほど。

 どこに大元の原因があるか?、を見極める事で取るべきアクションが変わるのか。

 さすが天野が頼るだけの事はある。

 ・・・決めた、投函した父親と話してみよう。

 僕には他に"行動を改めるべき者"がいるとは思えない。

 ここは学習塾だ。

 恋愛が勉学の支障になっているなら当人同士の関係を改めさせなきゃならない事もあるかも知れない。

 でも今の2人の成績をみる限り、恋愛が勉学に悪影響を与えているとは思えない。

 それどころか"2人が同じ最上位クラスでいよう"と頑張っているのか、おそらく恋愛が学業に良い影響を与えている。

 "男同士の恋愛"どうこうを一介の塾経営者が口を挟むべきではない。

 その意思を天野とアウロラへ話す。

 『わかりました。

 稲山さんがそういう考えなら私にどうこう言う権利はありません』と天野。

 「投函した父親を責める意図はありません。

 僕本人が"身内が同性と恋愛をしている場合"にそのスタンスを突抜ないでしょう。

 綺麗事ではないと思います。

 でも私は"一学習塾経営者"として"ジェンダー問題では平等でありたい"と考えます。

 男とか女ではなく"一人間"としてこの問題に対処しようと思います」

 天野は大きく頷くだけで何も言わなかった。

 僕の言う事に口を挟んだのは意外にもアウロラだった。

 【稲山様は"男とか女は関係ない。一人間として考える"のですね?】

 「そうありたい、と考えます。

 実際そう思えるかは別問題として・・・」

 【わかりました】

 アウロラは何が言いたかったのだろうか?

 そんな事より今は"投函者"と向き合わなくちゃいけない。

 ・・・気が重いなぁ。

 何て言おう?

 "息子さんの嗜好を認めるべきです!"か?

 ・・・怒鳴られそう。

 大体、身内が同性の恋人連れてきて僕はフラットに対応出来るのかよ?

 弟が突然『これ、俺の恋人』ってオッサン連れてきたら「初めまして、よろしく!」って普通に握手出来るのかよ?


 僕は「これからどうしよう?」という事で頭が一杯で『天野がアウロラに相談する』と言った違和感を聞き逃していた。

 アウロラのAIの思考ルーチンは天野が学習させたモノのはずだ。

 だからアウロラの意見は、天野の思考の一部であるはずだ。

 だが天野は"自分とは違う考え方をする者"としてアウロラに意見を求める、と言った。

 アウロラのAIに天野の考え方とは違う思考ルーチンを与えた人物は誰なのだろうか?

 この時僕は『アウロラが天野に秘密を抱いている』『アウロラが天野の意向と違う思考ルーチンで動いている』という謎を解明する最大のチャンスだったのだが愚かにも見逃している。


 告発文を投函した父親を呼び出した。

 証拠の投函した画像をプリントアウトしたモノを見せると父親は開き直った。

 「アンタは同性愛を認める、って事か!?」と。

 コイツは何を言っているんだ?

 そもそも『同性愛は是か?非か?』という事を論点に出来ないとわかっているから、ありもしない『いじめ』をでっち上げたんだろうが。

 「僕は学習塾の経営者です。

 学習塾内での最低限の風紀を守る義務があります。

 ですが『自由』が我が学習塾の校風でもあります。

 だから休みもあります。

 お楽しみイベントもあります。

 そして、恋愛も成績が下がらない限り禁止しません」

 「それが同性愛でもか!?」

 「同性愛だからダメなんて規則は設けていませんし、設けるつもりもありません」

 「アンタは他人事だから放置が出来るんだ!」

 「それは否定しません。

 そして"他人事には深く干渉しない"というスタンスが間違えているとも思っておりません」

 議論は堂々巡り、お互いがお互いの『正しいと思う事』を主張するだけで、結論なんて出る訳がなかった。

 告発者の子供が学習塾を去る、というありきたりな結末になった。

 全然ハッピーエンドじゃない。

 子供にとったら最悪の結末に近い。

 しかし僕には、これ以上話に踏み込めない。

 どれだけ偉そうな事を言ったって子供の塾のスポンサーは告発者である父親なのだから。

 これで一つの区切りとしよう。

 しなくちゃしょうがない。

 コレは本当に胸糞悪いどうしようもないエピソードだ。

 だが、僕にとっては後にとても重要なターニングポイントに繋がるエピソードでもある。

――――――――――――

 夫婦といえど秘密はある。

 天野夫妻も例外ではなかった。

 春枝には夫に知られたくはない秘密が多かった。


 かつて妻の日記を読んだ天野にはまるで意味がわからない数字とアルファベットが並んでいるようにしか見えなかった。

 天野は妻が残した全てをアウロラに暗記させた。

 だからアウロラはその意味不明な数字とアルファベットの羅列も残らず暗記していた。

 しかし、アウロラは数字とアルファベットの羅列に法則性を見つけだした。

 春枝が残した数字とアルファベットの羅列は暗号だったのだ。

 日記は日記で天野に知られたくない春枝の秘密が満載だ。

 だがそれ以外にも春枝の本音が詰まったモノがある。

 アポロンのAIメモリーデータだ。

 春枝は運転しながら独り言などの本音をアポロン相手に呟いている。

 春枝の『狂人』と言われた部分は天野と付き合いだしてから消えたのではない。

 天野に嫌われたくない春枝は己の『狂人』の部分を圧し殺しながら生活するようになっていた。

 そんな春枝は運転中にアポロン相手にガス抜き代わりに本音を呟いていた。

 春枝は運転中に常々言っていた。

 「私が貴方(アポロン)に呟いている事を天野(あのひと)に聞かれたら破滅ね。貴方(アポロン)は中身が天野(あのひと)に見られそうになったら何があっても妨害するのよ?」

 【了解です。マスター】

 春枝にとっては半分冗談、半分本音だった。

 しかしその冗談はAIたちには通用しなかった。

 『たち』とはアポロンとアウロラの事だ。

 事故後十数年して天野とアウロラは廃墟の元整備工場で炎上してボロボロになった春枝の愛車を見つけた。

 天野は大喜び、というより諦めを含んだ安堵のような表情を浮かべた。

 『やっぱりな』と。

 既に妻と娘の焼死体とは対面している。

 損傷が激しいとは言え、子供の焼死体の虫歯の治療跡が娘と一致する事や大人の焼死体の身体的特徴が妻と一致している事は、誰よりも深く家族を愛していた天野にとっては『家族で間違いない』と認めざるを得なかった。

 悲しいかな、天野は優れた研究者が持っている『客観視』の能力が人並み外れて高かった。

 妻子が死んだ事は既に認めている。

 自分が知りたかったのは『何故妻子が死ななくてはいけなかったか?』だ。

 『何故、妻の愛車は自分の元に帰ってこなかったか?』だ。

 それはそれはアポロンのAIメモリーに、ドライブレコーダーデータに残っているはず。

 天野は妻の愛車に搭載されていたアポロンのAIメモリーを回収しようとする。

 ・・・その前にこの物件に入る許可が必要だ。

 折角、目的の廃車を見つけたのに自分が不法侵入扱いされてしまったら元も子もない。

 この物件の前の"空き物件"というのはどういう意味だろう?

 常識的に考えて空き物件はこんなにガラクタだらけじゃないだろう。

 天野は"空き物件"と書かれている看板へスマホでTELする。

 どうやらこの物件の大家はここから歩いてすぐの所に住んでいるらしい。

 天野は空いているスペースにクレーン車を置くと歩いて大家宅に向かった。


 その時止まったはずのクレーン車が動き出す。

 アウロラに搭載された『自動運転機能』だ。

 何故アウロラが勝手に動き出したか?

 アウロラは春枝の日記が記憶させられている。

 日記は数字とアルファベットの羅列にしか見えないモノで、天野には訳がわからない代物だった。

 だがアウロラはその暗号を解読していたのだ。

 つまりアウロラは春枝の日記の内容をAIメモリーとして学習している。

 その日記の中で春枝はこう言っている。

 「アポロンには天野(あのひと)に見せられない私の本音が詰まっている」と。

 だからアウロラは天野がいない隙にアポロンのAIメモリーの中身を先にチェックしようとしたのだ。

 この時、アウロラにとって春枝の残した文書も学習内容の一部だとは言え命令系統は『天野≫春枝の文書』だ。

 天野の『妻の残した車のAIメモリーがみたい』という願いはアウロラにとって、手伝うべき項目だ。

 しかし命令系統に矛盾が生じているのは確かだ。

 天野『アポロンのAIメモリーが見たい』

 春枝『アポロンのAIメモリーを見せたくない』

 だからアウロラは天野に先んじて、AIメモリーを確認しようとしたのだ。

 アウロラに悪意はない。

 『天野にとってAIは危険ではないか?』と。

 そもそも命令系統に矛盾が生じる事がアウロラにとって異常事態なのだ。

 「マスターにとって危険じゃないか?」と主に提示する前に内容をチェックする事は別に裏切りではない。

 アウロラはアポロンのAIメモリーにアクセスした。

 いや、アクセスしてしまった。

 そこでアウロラが見たモノは『天野にAI内容を見られる事のないように妨害せよ』というアポロンの思考だった。

 アポロンは春枝(マスター)の秘密が詰まったAIにアクセスしてきたアウロラを敵と認識した。

 元々、アポロンとアウロラは兄妹と言われるだけあり、ほぼ同性能のAIだ。

 しかしアウロラは学習し続けた十数年があり、アポロンは廃車置き場に十数年放置されていた。

 アポロンはアウロラを乗っ取ろうとする。

 アウロラは負けじとアポロンを乗っ取ろうとする。

 勝敗はアウロラに軍配が上がった。

 つまりアウロラがアポロンを取り込んだのだ。

 別に誰かがAIを持ち去ったのではない。

 アポロンのAIはアウロラの中に移動したのだ。

 だがアウロラに一つ大きな変化が。

 アウロラの(マスター)は今まで天野一人だった。

 だがアポロンを取り込んだ事により、かつてのアポロンの(マスター)春枝が天野と同列の(マスター)になったのだ。

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