スリル、ショック、サスペンス編④
天野の言う通りだった。
監視カメラを見る限り、いじめなんて存在していない。
それどころか、いじめているはずの男の子といじめられているはずの男の子は仲が良い。
いや、仲が良いなんてモンじゃない。
実はこの二人、出来てるんじゃないか!?
男の子と男の子だぞ!?
いや、多様性の時代だし有り得るのか?
協力してもらった手前、天野に途中報告をする。
でも天野の反応に特に驚いたところはなかった。
『同性同士でもそういった感情は結構あるんですよ。
私と妻は学生結婚でした。
妻は評判の美少女でしたが、全く男を寄せ付けませんでした。
ですが質の悪い妻のストーカーは存在して、そのストーカーは妻と同性でした。
私は妻のストーカーに刃物で刺されかけた事があるんですよ?
その時に実感しました。
同性間でも恋愛感情はあるのだな、と。
そう言えば、ストーカーの女の子は私に変な事を言っていたな?
"喩え同性でも糸井先輩の研究成果なら、愛の結晶を作る事が出来る"とか。
何が言いたかったんだろう?
あ、糸井というのは妻の旧姓です』
「奥さんの研究成果ですか?」
『妻は"遺伝子の変化"について研究していたみたいです。
とは言え私に妻の論文内容は全く理解出来ないんですが。
論文内容はアウロラに全て記憶させています。
もしかしたらアウロラならストーカーの女の子の言おうとしたことがわかるかも知れません』と天野はふざけて言った。
でも話は一瞬で切り替わった。
その切り替えの速さが天野を『優れた研究者』たらしめているのかも知れない。
今のところ、いじめは確認出来ない。
でもしばらく様子を見よう、という話になった。
「でも結局告発の手紙を投函したのは誰だったんだろう?」と僕は呟く。
『徹底的に調べますか?
手紙についた角質からDNA を採取しますか?』と天野。
「そ、そんな事が出来るんですか!?」
『おそらく。
アウロラに妻の論文の全てを記憶させました。
妻は遺伝子工学のエキスパートでした。
私はロボット工学のエキスパートです。
私がアウロラに与えた目代わりのカメラは、電子顕微鏡レベルで紙に付いた角質からDNA を見る事が出来ます。
そのDNA 情報をアウロラは妻の研究情報を用いて判別する事が出来ます。
ですから手紙の送り主が痕跡を綺麗に消していない限り、アウロラは手紙の送り主をかなりの確率で特定出来るでしょう』と天野。
そんな事も出来るのかよ、本当にアウロラって万能だな。
「でもそれは科学捜査みたいなモノですよね。
そんな事をしていると周りに知れたら、怖れて生徒達が辞めかねない。
それに頼るのは最後の手段にしておきますよ。
事件性も今のところ低いみたいだし・・・」
僕は天野の申し出を断った。
『それが良いかも知れません』
断られた天野は気分を悪くするどころかまるで『そう言われると思ってた』というように逆に上機嫌になった。
―――――――――――――
遡る事十八年前
安アパートの二階。
アパートは二階建てで壁も床も天井も薄い。
隣に住んでいる男は売れていないホストだった。
金づるにしていた女性を連れ込んでいたようだが、女性は毎回違う女性だった。
よくこんな杜撰な計画で女を連れ込むモノだ。
女性の恨みの感情をなめているんじゃないか?
そのうち刺し殺されるんじゃないか?
でも一つ良かった事は夜、僕が寝る時間はホストは働く時間帯だったことだ。
だからホストにとって"夜の営み"は真昼だった。
だから寝ている時に色っぽい声が気になる事はあまりなかった。
そう、"あまり"だ。
今、まさに非常に困っている。
初めて出来た彼女『糸井さん』をアパートに連れて来た。
いやらしい下心はない・・・少ししか。
「食事を作ってあげる」という厚意に甘える事になっただけだ。
大学にはどの学部でも使用出来る巨大な図書館がある。
私も糸井さんもその図書館を頻繁に使用していた。
研究室単位でも資料室はある。
より専門的な資料も揃っているし、資料室で調べモノをした方が効率が良い。
しかし資料室には違う学部の生徒が入れない。
つまり私と糸井さんが一緒に資料室に入る事は出来ない。
だから図書館は私達の『図書館デート』の場だったのだ。
他にデートの場所はなかったのか?、と言われるだろう。
ハッキリ言おう、『ない』と。
私も糸井さんも大学院生。
博士過程を修了して、講師にでもなれば収入もあるだろう。
だが今は、授業料を納めなくてはいけない存在だ。
教授の研究を手伝えば、多少の小遣いは入る。
しかし『手伝い』とは名ばかりで、教授は手伝った助手の研究を掠めとり、自分の名前でその研究を学会に発表するのがどこの学部でも常だった。
『講師になれば』なんて考えが甘い。
講師になろうが、助教授になろうが教授に研究内容を掠めとられる。
教授にならなけりゃ私達に大した収入はない。
それに私も糸井さんも気付いていた。
だから私は予備校のチューター、糸井さんは家庭教師のバイトをしていた。
だから私は予備校、塾というモノに興味がある。
希望に燃えて、努力している若者の姿を見るのは実に気分が良い。
でも糸井さんは「家庭教師先の女の子が私に憧れて帝都大学に入ってきたのは良いんだけど最近ちょっとストーカー化してきたような気がする。
好意を邪険には出来ないし困っている」と言っていた。
『本日、臨時休館日』
図書館の入り口に札がかかっている。
呆然と私と糸井さんは立ち尽くした。
「そんなの、前もって教えてくれたら良いのに・・・」糸井さんは呟く。
『いや、図書館の内部じゃ人がバタバタ動いてるのが見えるでしょう?
おそらく"不慮の何か"があったんですよ。
それで休館せざるを得なくなった』と私。
「不慮の何か?」
『おそらくシステムトラブルでしょうね。
機械化、コンピューター化はほとんどの場合、労働力の削減・時間の削減・費用の削減に繋がる。
でもそれは不慮の場合、突然牙を剥く事があるんです。
そうなった場合、人間は本当に無力だ・・・って、つまんない話をしてごめんなさい!』慌てて私は糸井さんに頭を下げる。
「いいえ。
専門分野について話す天野さんを初めて見ました。
良いモノがみれました!」と糸井さんはイタズラっぽく言う。
「しかし、時間をどうやって潰しましょうか?」と糸井さんが言った時に、私の腹の虫がグ~っと鳴った。
一瞬、場の空気が凍った。
私は恥ずかしいやら、情けないやらで真っ赤になる。
「ご飯を食べに行こうにも、あんまりお金がないですし・・・」
『私もありません。
アパートに帰れば親からの仕送りの米やら野菜やらがあるんで、それで何とか食いつないでるような状態で・・・ごめんなさい!』
私は何を謝っているんだろうか?
「そうだ!食材はアパートにあるんですよね?
だったら食事を作りに天野さんのアパートにいきましょうか?」と糸井さん。
『そんなの申し訳ないですよ!』
「言ったでしょう?
私もあんまりお金がないんです。
一緒に食事が出来るだけで私も助かるんです!」どうやら糸井さんは私のアパートに来ると決めてしまったようだ。
そして、糸井さんをアパートに連れて来た。
そのタイミングで隣の"夜の営み"が、今まさにクライマックスを迎えているようだ。
私と糸井さんはお互いの顔を見る。
堰を切ったように糸井さんはケタケタと笑い始めた。
普通、女の子はこういう関係の話はドン引きするモノだと思ってた。
もしかしたら糸井さんは『下ネタOK』かも知れない。
『今、まさに盛り上がってるみたいですね。
もうすぐ終わると思いますけど、どこかで時間潰してきましょうか?』と私。
「大丈夫ですか?
このまま二回戦が始まる、なんて事がありませんか?」と糸井さんが爆笑しながら目に涙をためて言う。
『二回戦て・・・。
大丈夫です。
隣の人、頻繁に違う女性を連れ込んでるみたいなんですが多分持続力はないんですよ。
大体一回戦で終了です。
それに隣の人、ホストなんですよ。
もうすぐ出勤時間のはずです。
かきいれ時の金曜日に仕事を休む、なんて事はないでしょう』
気付くと隣の"営み"の音が消えている。
隣に部屋の声が聞こえる、という事は逆に私の声も隣に聞こえる、という事だ。
ヤバい、"いつも別の女性を連れ込んでいる"と言った私の話が相手の女性に聞かれた可能性がある!?
もしかしたら修羅場が始まるかも知れない!
こうしちゃいられない。
しばらく糸井さんをこのアパートから連れ出さないと!
『えーと・・・そうだ!近くにレンタルDVD屋さんがあるんですよ!
そこに行きましょう!』
「でも天野さんもあんまりお金ないんじゃないですか?」
『ありませんが、そこなら旧作一泊30円です。
そこでみたい旧作DVDを探しましょう!』
本当の事を言えば、糸井さんと一緒にいて、暇を持て余すなどとは考え難かった。
私は糸井さんの顔を眺めているだけで、数時間過ごせる自信があるしDVDなんて必要はない。
でも隣の部屋で修羅場が始まるかも知れない今、とにかく糸井さんを外に連れ出す口実が必要だった。
私は糸井さんを連れて近所のレンタルDVDショップへ出掛けた。
もうその当時、レンタルDVDショップは下火になり始めていた。
レンタルもネットでダウンロード出来る時代になり始めている。
でもレンタルDVDショップはまだしぶとく残っていたのだ。
借りるDVDを2人で吟味する。
『あ、そっちはダメです。
新作と準新作は30円じゃ借りられません。
借りられるコーナーはこちらだけです』私は糸井さんの手を思わず引っ張って旧作コーナーに連れて行った。
しまった!
初めて糸井さんに触ってしまった!
糸井さん、怒ってないかな?
ビクビクしながら糸井さんの顔を見上げる。
何故かは知らないけど糸井さんは上機嫌だった。
良かった、怒ってないみたいだ。
私はホッと胸を撫で下ろした。
旧作コーナーなんて見たい映画は限られている。
それに見ようとした映画のパッケージには『貸し出し中』の札がだいたいかかっている。
誰しも見たい映画は似たり寄ったりなのだ。
私は『ジュラシックパーク』のパッケージを手に取る。
あ、これ、貸し出し中じゃない。
映画の内容は良く覚えてない。
でも、音楽が凄く良かった記憶がある。
BGMでも良いんじゃないか?
私は『ジュラシックパーク』をレンタルショップの受付に手渡した。
アパートに帰ってきた。
もうだいぶ日が傾いてきている。
さすがにホストは出勤しただろう。
アパートの住人の奥さん同士が興奮気味に立ち話している。
どうやらアパートで男と女の修羅場があったらしい。
知ったこっちゃない。
自業自得だ。
下半身がだらしないからいけないんだ。
「昼ご飯を作るつもりが晩御飯になっちゃいましたね。
でも晩御飯にはまだ少し早い時間なのかな?」と糸井さん。
『そうですね。
晩御飯にはまだ早いですし、借りてきたDVDを見ましょう!』
「ジュラシックパークですか。
聞いた事はあったんですけど、観るのは初めてです」
『それは良かった。
私も観たことはあるんですが、内容を全く思い出せないんですよね』
本音で言えば映画なんてどうでも良い。
『糸井春枝』が私が住んでるボロアパートに来た、それが大イベントだ。
テレビの電源を入れてDVDプレイヤー代わりのゲーム機の電源を入れる。
『CDプレイヤーがない』と言ったら上京時に地元の数少ない友達が餞別でくれたモノだ。
私がこのゲーム機で『実はDVDも見れるんだ』と知ったのはつい最近だ。
『機械を研究している大学生が、ここまで機械音痴で良いのか?』
良いのだ。
研究家など興味あることにだけステータスを全振りしたダメ人間が多いのだ。
ゲーム機の中に借りてきたDVDを入れる。
『ジュラシックパーク』が始まる。
しばらく一緒に映画を観ていた糸井さんがケタケタ笑い始める。
私には何が面白いのかわからない。
『どうしたの!?』
「恐竜の血を吸った蚊が琥珀の中に閉じ込められて数億年が経過する。
そのDNAで恐竜を復活させる。
なるほど、物語として良く出来てる。
でもこの蚊、オスですよ?
蚊のオスは血を吸いません。
琥珀に閉じ込められたオスの蚊から恐竜のDNA を取り出すのは無理です」と糸井さんは楽しそうに語る。
『ふ、ふ~ん』私は生返事をしながら、今日の糸井さんは良く笑うな、と思っていた。
『冷酷な女王』と大学で言われているのが嘘のようだ。
「それだけじゃありません。
恐竜のクローンを作るのに両生類のカエルの遺伝子を変異させるみたいです。
何で両生類なのか、何で爬虫類じゃないのかはわかりません。
きっとこれからの物語に関わって来る部分なんでしょう。
両生類なのは、きっと見た目が爬虫類に近いからじゃないでしょうか?
でも近年の研究じゃ、恐竜は鳥類の仲間だと言われてるんですよ?
ホラ、爬虫類とか両生類って身体から横に足が付いてるじゃないですか?
ワニなんか地面を這いずってるイメージですよね?
でも恐竜の骨格を見て下さい。
地面に向かって真っ直ぐ下に足が伸びてるんです。
これは哺乳類とか鳥類の特徴なんですよ。
鶴とか鷺とか田んぼの真ん中で真っ直ぐ立ってるのを見た事ないですか?
爬虫類とか両生類にはあの立ち方をするのが無理なんですよ」こんなに楽しそうに雄弁な糸井さんを初めて見た。
『両生類に鳥類の遺伝子を植え付けるのは無理なんですか?』私は何を聞いているのだろう?
「今の私では無理ですね。
そもそも両生類なら大丈夫、という話ではありません。
同じ哺乳類、同じ種族ならなんとかクローン製作は出来る、かも」
『かも?』
「クローンを作るには倫理上の問題があるんです。
今現在、クローンを作る事はゆるされていません。
ですが、クローンを作る事に意義はあります。
例えば絶滅に瀕している生き物がいる。
もう生き残りの個体はオス二匹だ。
1匹を死んだメスのクローンにすれば絶滅を免れる可能性があります」
『オスをメスに替える事は可能なんですか?』
「まさにそれを可能にする研究を今、私がしているんです!」そう答える糸井さんはまるで無邪気な少女だった。




