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スマホデビューしたら地縛霊に取り憑かれました

作者: 曲尾ノア

 スマートフォンが世に出回って、早ウン年。

 『スマホなんて高校生には贅沢だ!』と親に禁止され(本人たちはチャッカリ機種変してたりする)、周りが続々スマホに変えるのを指をくわえて見ているだけだった苦汁の日々……。

 ――そんな日々とは、ようやくおさらばできる!

 住宅街を歩く俺の右手には、某携帯会社の小さな紙袋が提げられている。

 そう……。晴れて大学生となった俺は、入学以降最初の日曜――つまり今日、バイトで貯めた資金でスマホデビューを果たしたのだ!

 気分を一新しようと、番号も変えた。『7』が多い縁起のいい番号になった。

 ……前のはなぜか、『4』と『9』ばっかりだったからな~。別に悪いことは起こらなかったけど、日本人にとって気分のいいものじゃなかった……。

 お、なんてことを考えていたら、アパートが見えてきた。大学入学を機に、一人暮らしを始めたアパートだ。

 築(ピー)十年の木造二階建て、オンボロアパート。……なぜか伏せ字にされて、放送禁止用語みたいな音が鳴ったが、気にしてはいけない。

 それでも、建物自体はしっかりしている。管理人さんが真面目なためか、耐震補強はバッチリ。外観も適度に補修され、廊下も室内も明るくキレイな感じだ。電灯切れすらも放置されない。

 風呂トイレも各部屋にあるし、ネズミや幽霊が出そうな薄汚れたイメージも一切ない。

 大学から近いこともあって、俺にとってはまさに優良物件だ! 同じく大学から近いマンションなんてのもあるが、家賃月(ピー)十万なんて言われたら、こっちを選ぶに決まってる!

 玄関の扉がキィキィ鳴るとか、時々床がギシギシ鳴るとか、大きな音楽聴くと隣に怒鳴り込まれる薄い壁とか、全然気にしませんよ。気にしませんとも!



 キィィと耳障りな音を立てる玄関扉を、静かに閉める。

 入ってすぐに台所。奥に一部屋と、狭い風呂トイレがあるだけの、俺の城(て言うにはこぢんまりしすぎだけど)。

 アパート二階の角部屋。……西日がガンガン入る暑い部屋だが、その分家賃が安いのだから、文句は言えない。

 午前中である今なら、結構居心地はいい。

 とりあえず台所を通過し、奥の寝室に入る。紙袋を提げたまま、一番奥のベッドに腰掛けた。

「さてっと。早速、スマホスマホ!」

 引っ越したばかりで、ごちゃごちゃした部屋の惨状は、あえて無視。

 紙袋に手を突っ込み、ガサガサとスマホを取り出す。

 わくわくしながら、記念すべき最初の起動――!

「あれっ⁉ ここどこ⁉ 私は誰⁉」

「………………………………はい?」

 ――なんだろう? この状況……。

 スマホを起動した瞬間、そこから女の子がにゅるんと出てきた……。

 ……いや、ホントだって! ホントにスマホから出てきたんだって! 『にゅるん』って感じだったって!

 見た限り、俺と同じくらい。十八歳前後ってところの女の子。

 淡い花柄がプリントされた、白いブラウス。膝上までの黄色いスカート。かかとは低いが、おしゃれっぽいヒールの靴。……まぁ、そのまま大学のキャンパスにいそうな、普通の恰好だ。

 明るい色に染めた、ショートの髪。一目で可愛い子だと思えるくらい愛くるしい顔が、今は不安げにきょろきょろと部屋を見回している。

 うん、普通の子だよ。普通の女の子だよ。

 ……その体が半透明になっていることと、宙に浮いていることを除けば――!

 一般的に考えて、幽霊だよな? つーか、それ以外思い浮かばない。

 ……なんで、スマホから出てきたのかはナゾだが。

 手元にあるスマホは普通にホーム画面を映している。なんの変哲もないスマホのはずだ。普通の、あくまで普通の!

 きょろきょろとせわしなく頭を動かしていた彼女だが、ふとそれを止めた。ぽかんとしていた俺と目を合わせ、パッと瞳を輝かせる。

 かなり可愛い女の子。そんな嬉しそうな顔されたら、悪い気はしない。……向こう側が透けて見えなければな!

「ねぇねぇ! 君、私が見えてるよね?」

 ふわふわと浮かびながら、自分を指差す彼女。

 ……よし、無視しよう。

「あ〜あ。なんか眠くなってきたかも……」

 わざとらしく両腕を伸ばし、大あくびもひとつ。俺を呼び止める彼女を完全無視し、腰掛けていたベッドに倒れ込んだ。

「ちょ……ちょっと待ってよ! 聞こえてるんでしょ? 見えてるんでしょ⁉」

 追いすがる彼女を視界に入れないように、寝返りを打って背を向ける。

 霊感ゼロで、幽霊目撃どころか、不思議現象、金縛りすらも経験のない俺だが、『万一幽霊を見ても、反応を示してはいけない』と聞いたことがある。こちらが見える人だと分かれば、もっとちょっかいをかけてくるから……らしい。

 俺の腰を揺さぶるように、彼女の手が置かれているようだ。……いや、手が触れてるような感覚はないんだけど、そこだけすっげー寒気がするから。

「ほら、鳥肌立ってるよ! いい加減、諦めてこっち向いてよ!」

「あ〜なんか寒いな〜。風邪引いたかな〜?」

 徹底無視! 足で布団を引っ張り上げて、頭までかぶった。

 それに驚いたらしく、彼女の手が離れた。ていうか、寒気が消えた。

「……分かったわよ。もう、いい……」

 さっきの高い声からは想像もできないほど、暗く沈んだ声が聞こえた。

 すべてを諦めてしまったような、絶望したような、悲しい声だった……。

 少し布団を上げて、部屋の中を見回してみる。

 彼女の姿はどこにもない。諦めてくれたか。

 でも、……ちょっと、かわいそうだったか……?

 ――ゆっくりと起き上がろうとした、その時。

「おぉ〜。やっぱ、カーテンなんかつけてるから、怪しいと思ったのよねぇ〜」

 なんかから、彼女の明るげな声が聞こえた!

 ベッドの下を覗かれてるっ⁉

 マズイ! そこには家族にも知られていない、大量の(ピー)な本が‼

 勢いよく布団を跳ね飛ばした俺は、ベッドから飛び起き、後ろを振り向き……。

 ――叫び声を上げる羽目になった。

 薄い壁を通らない、押し殺したような叫び声だった……。アパートに住み始めて一週間も経ってないのに、もう大声を出さない習慣がついているらしい。

 この順応性に、我ながら感心すると言うか、悲しくなると言うか……。

 ……って、そんなことはどうでもいい!

 肝心の、叫び声を上げた原因というのが……!

「ほら、やっぱり見えてんじゃん♪」

 ベッドの中央――俺がたった今まで寝転がっていた場所で、ニッコリ笑っている生首だ‼

 い、いや……。ただ単に、幽霊である彼女が、ベッドの下から頭を出しているだけなのだが……!

 そのまま、ケタケタ笑わんでくれっ! 生首状態でベッドの上を動き回らんでくれっ!

 結構、かなり怖いからっ‼

 ……その願いもむなしく、彼女の生首は枕の横まで滑るように進む。

「話聞いてくれるまで、ここに居座っちゃおうかな〜?」

 ――想像してしまった。

 夜中に目を覚ますと、目の前にニッコリ笑った彼女の生首……。しかも向こうが透けて見える。

 ……ほぼ間違いなく、背筋が凍りつくな。アパートであることを忘れて、思いっきり悲鳴を上げる自信がある。

 こうなれば、俺にできることは、たったひとつ……。

「無視してすみませんでした。お話くらいは喜んで伺いますんで、マジ勘弁してください」

 レッツ土下座だ。

 他に方法があるのなら、教えてください。



 俺は勉強机の椅子に、彼女はベッドに腰掛けている。

 ふわふわ浮いていられると、落ち着いて話もできないからな……。

 『さてっ』と一声上げ、彼女がぽんと手を叩いた。

 ん? 幽霊が手を叩いても、音って聞こえるもんか?

「まずは自己紹介……、って無理なのよね。死んじゃった時に記憶が飛んじゃったみたいで、なんにも覚えてないのよ」

「っていうことは、自分が幽霊だってことは……」

「うん、分かってるよ。私、地縛霊なの」

 よかった。自分が死んでるってことはちゃんと理解してるようだ……って地縛霊っ⁉

 書いて字のごとく、土地に縛られて動けない霊⁉

 え、ここに? アパートに? 俺の部屋にぃ⁉

 確かに家賃はめっちゃ安いけどっ。でもそれはオンボロ&西日ガンガンのせいで……。幽霊、しかも地縛霊がいるなんて聞いてないぞ――っ⁉

 混乱する俺に、彼女がひらひらと手を振った。……我知らず、声に出ていたらしい。

「あぁ、違う違う。今私が憑いてるのは、君のスマホ」

 それでも悪い! てか、どういうこったっ⁉

「私ね、ずっと……、ずーっと暗い場所にいたの……」

 少し悲しげに目を伏せた彼女が、沈んだ声でゆっくりと話し始めた。辛い過去を、必死に絞り出すように……。

 彼女がいたのは、暗くて狭いところ。

 自分が死んだこと以外の記憶を失ってしまった彼女は、なにも分からず動くこともできず、その場にいるしかなかったそうだ。

 なにも見えず、時間の感覚すらわからない。

 何日か、何ヶ月か、ひょっとしたら何年も……。

 そんな恐怖に押しつぶされそうな空間に、彼女以外のものがたったひとつだけあった。――彼女が持っていたスマートフォンだ。

 もちろん操作できるはずもなく、ただあるだけ。

 それに、ついさっき『道』ができた。

 俺の新しい携帯番号が、彼女のスマホに登録されていたらしい。彼女の身内とか知り合いとかが番号を変えて、それが巡り巡って俺の番号に……ということだろう。

 霊的現象とデジタルの融合というか……。いくらデジタル社会だからって、幽霊までデジタル化しなくてもいいのに。

「真っ暗な場所で見えた、希望の光みたいだった……。『道』に飛び込んで、この部屋に出られて……。君に私が見えるかもって思ったら、すっごく嬉しかったの」

 震えながら微笑む彼女を見て、胸がつきりと痛んだ。

 ……俺は……、たったひとりで暗闇の恐怖に閉じ込められていた女の子を、無視してしまったのか……。なんて酷いことを――!

「ずっと外に出られなくてヒマだっ……、辛かった……!」

 ……あれ? 今なにか言い直した?

「幽霊だって、できることはいっぱいあるのよ。映画館で映画見たり、演劇見たり、サーカス見たり……」

 ……んん? 罪悪感が消えていくのはなぜだろう?

「スカイツリーの展望台に昇るとか、遊園地のアトラクション回るとか……」

「……それってさ、別に幽霊じゃなくてもできるよな? 幽霊の利点って、金払わなくていいことだけだよな? どんだけ踏み倒したいんだ?」

 俺のツッコミに、彼女が軽く顔を背ける。『悲しい幽霊』の仮面を取っ払ったかのように、潤んでいた瞳がすっと乾いた。

 って、おい待て。今、舌打ちしなかったか? ぼそっと『同情作戦失敗』って聞こえたが?

「ま。それはそれとして、置いといてっと」

 すっかり明るげな様子に戻った彼女が、小荷物を脇に置くような仕草を見せる。……『同情作戦』とやらを、なかったことにしやがった。

 さっとベッドから立ち上がり……もとい、ふわりと浮かんで、俺に顔を寄せる。

「自分が何者なのかくらいは知りたいの。だから、この番号を持ってた人を探すの手伝ってよ」

 『プリンが食べたいから、コンビニに付き合ってよ』くらいのノリで、エラいことを言われた。

「いやいや。警察でもない一般人に、どうやって調べろってんだ? むしろ君ひとりでも調べられるだろ? 幽霊だから、どこでも入り放題だし」

「私は地縛霊だって言ったじゃない。今は君のスマホに憑いてるから、それから離れられないの!」

 つまり、彼女自身が調べ歩くにしても、結局は俺も一緒に行くことになるわけだ。買ったばかりのスマホを『はいどーぞ』と貸すわけにはいかんし……。その前に、幽霊じゃ持てないか。

「でもなぁ。俺だって明日から大学が……」

「別にいいじゃない。ヒマな大学生!」

「世の大学生に謝れよっ⁉」

 ちゃんと講義サークルバイトを頑張ってる人だっているんだ!

 かく言う俺も『大学生になればテストだけ出ればいいんだ、ひゃっほ~い』とか思ってたひとりだけど!

「……手伝って、くれないの?」

 ぽつりと悲しげに呟いた彼女の声に、心臓がドキリと高鳴る。軽い罪悪感で伸ばした手を拒絶するように、くるりと小さな背が向けられた。

「………………っ⁉」

 一瞬で振り返った彼女の姿に、もう一度心臓が高鳴った。――少々、違う意味で。

 人間の概念をかなぐり捨てたかのような、血の通わない青白い肌。

 頬はこけ、目元はくぼみ……。乱れて伸びた前髪の隙間から、飛び出んばかりの目玉が、ぎょろりと俺をにらみつけた。

 肘を曲げ、手首をだらりと垂らす両腕は、まさに幽霊のアレ。

 靴までハッキリ見えていたはずの足は消え、代わりに霧のようなもや(・・)に覆われている。

 心なしか、部屋が薄暗くなって肌寒くなったような……。

 って……うおぉっ⁉ トドメとばかりに、握り拳くらいの青白い火の玉が出た!

「手伝って……くれないなら……」

 地の底から響くようなおどろおどろしい彼女の声に、きゅっと心臓が締め上げられる。

 ――まさか……、とり殺される……っ⁉

「スマホの着信音とかアラームとかを全部『う~ら~め~し~や~』に変えてやる」

「地味に嫌だっ‼」

 大げさな演出したくせに、やることは嫌がらせレベルだった。


 ――その後。「あ~疲れた」の一言と共に、彼女の姿は五秒で元に戻った。



 結論から言わせてもらう。

 協力する……というより、協力せざるを得なかった。

 試しに実家に電話してみた。スマホから聞こえてきたのはいつもの呼出(コール)音……ではなく、本当に彼女の『う〜ら〜め〜し〜や〜』だった……。

 呼出コール音までそうなのだから、協力せざるを得んだろう! スマホから出る音が全部こうなったら、マジで精神が削られていく!

 嫌がらせをなめちゃいけないな、うん。

 隣で俺の様子を見ていた彼女のドヤ顔が、少し……結構イラッとしたけど……。

 とにかく、『携帯番号の前の持ち主を探す』という無謀な捜査が始まった――。

 ていうか、警察でもない一般人が、そんなことできるのか? と思いつつも、できることを考えていく。

 ……まず、俺たちは――。


※小説の描写としては、なんの面白みもない作業のため、省略します。


 ――なんか注意書きが入った⁉

 短編だからって、あんまりだっ‼



   ◆ ◆ ◆



 今、俺の隣にはふわふわ浮いた彼女がいる。

 そして俺たちの目の前には、アパートがあった。

 といっても、俺が住んでいるオンボロアパートじゃない。それよりワンランク上程度、一般的には『安アパート』に分類されるだろう。

「……まさか、本当に突き止められるとは思わなかったな」

 そう……。番号の持ち主、つまり彼女の知り合いかもしれない人を突き止めたのだ!

 感慨深そうな彼女のキラキラした目が、安アパートを見上げている。

「ここに来るまで、何ヶ月もかかったわね」

「大変だったよなぁ。大変すぎて、なにをどうしたか全っ然覚えてないけど。ついでに、一文で済まされたみたいに、短かったような気もするけど」

 身を粉にした数ヶ月が、短かったワケがない。気のせいだろ、気のせいだ、気のせいだと思え。

 自分に言い聞かせるように心の中で連呼しながら、ある部屋のチャイムを押す。

 この部屋に住む人が、番号の前の持ち主――彼女の知り合いだ。

「はい、どちらさん?」

 ほどなくして、ドアが開いた。

 出てきたのは男性だった。俺より少し年上……二十代半ば頃だろうか。彼女とは似ても似つかない。兄弟とか従兄弟とかの関係じゃなさそうだ。だったらやはり友人とか彼氏かな?

 とりあえず、それとなく彼女のことを聞こうと、口を開いた瞬間――。

「あ――――――――っっ‼」

 彼女の絶叫で、言葉の代わりに心臓が飛び出そうになった。

「なんだよ⁉ いきなりビックリするだろーがっ‼」

 文句を言いながら振り返ると、目を見開いた彼女が男性を指差していた。

「全部思い出した! この人、私の元カレ!」

 ……えぇ? 知り合いひとりと会っただけで、飛んでた記憶全部思い出したのか?

 早くない? 短編だからって早すぎない?

 どたっとなにかが落ちるような音が、後ろから聞こえた。音に引かれるように振り返ると、アパートの玄関で尻餅をついている男性に気づく。

 転んだとかじゃなさそうだ。腰が抜けて、そのまま後ろに倒れ込んだような……。

 なぜか青ざめた顔で、口をぱくぱくさせている。震えた指が、俺を指していた。

 ――いや、俺じゃなくて、彼女を指している? この数ヶ月、俺以外には誰にも見えなかった彼女の姿が見えてるのか?

 なに、そのご都合主義? 短編だからって、都合よすぎない?

「……って、うわっ⁉」

 突然、悲鳴のような叫び声を上げた男性が立ち上がった。邪魔だとばかりに俺を突き飛ばして、そのままアパートの廊下を走っていく。

 まさか初対面の男に突き飛ばされるなんて思っていなかった俺は、あっけなく廊下にすっ転んだ。

「ちょっと、大丈夫?」

 彼女が手を差し出してくれるが、幽霊なので掴めない……。

 気持ちだけありがたく受け取って起き上がると、男性が前の道路に飛び出したところだった。

 自転車でパトロール中の警官に危うくぶつかりかけ、彼にしがみついている。

 ……って、なぜ都合よく警官がいる? 短編だからって、話が早すぎない?

「ど、どうしたんですか⁉ こんなに怯えて……?」

「助けておまわりさん! 昔、殺して埋めた女が化けて出たぁっ‼」

 なんか、勝手に自白してるし! 短編だ(※しつこいので省略します)

 また注意書きが入った⁉ 文句くらい言わせろよ!

 とやっているうちに、男性は警官に向かって自白を続けていた。

 自分の住所氏名年齢に始まり、殺した女性のこと、殺害動機から埋めた場所に至るまで全部。マシンガンのように次から次へと、聞かれてもいないのに吐き出しまくっている。

 もう取り調べしなくても、今の証言だけで調書とれるなってくらいに。

 『とりあえず、署の方でお話を』と警官に引っ張って行かれる男性を見届け、俺と彼女はその場をこっそり離れた。



 やってきたのは小さな公園。

 平日の昼間(結局、大学はサボってるんです)。遊具で遊ぶ小学生はもちろん、赤ちゃんを連れた母親もおらず、公園に人気はない。

 いつもなら、ここぞとばかりに彼女が話しかけてくる。……もっとも、人通りの多い町中だろうが、大学の授業中だろうが、入浴トイレ就寝中だろうが遠慮なしに話しかけてくるのだが……。

 だが、今はしんと静まり返っている。本当に後ろにいるのかと不安に思うほどだ。

 そっと振り返ると、彼女はいつものようにふわふわと浮いていた。

 だが……その顔は今まで見たことがないほど、暗く沈んでいる。

「私、殺されたんだ……」

 ぽそりと絞り出した声は、悲しみに溢れていた……。

 そうか……。自分が何者なのかを知りたくて頑張っていたのに、それと同時に残酷な真実まで知ってしまったのだ。

 それでも、彼女は微笑んだ。どことなく悲しげで、だけど満足げな笑顔。

「でも……でもね。君といた数ヶ月はとっても楽しかったよ。……君に、逢えてよかった。本当によかった……」

「なんだよ、改まって? まるでお別れみたいな言い方……」

 自分の言葉が、尻つぼみになって消えていく。それ以上、明るく振る舞うことができなくなってしまった。

 ――彼女の姿が、薄れていく。元々半透明だったが、それよりもっと……。今にも消えそうなほどに……。

 雲間から差し込むような光が、彼女を照らしている。

「もう……いかなきゃいけないみたい……」

 彼女の右手が、俺に向かって伸ばされている。おずおずとゆっくり、名残惜しそうに……。

 迷わず伸ばした手が、むなしくくうを切った。

 彼女の手がすり抜けてしまったからではない。手が届かないところまで、離れてしまったからだ。

 彼女の姿が、ゆらりゆらりと浮かび上がっていく。まるで、天国に導かれているように……。

「ね、また会いに来ても……いいかな?」

 不安げに眉をひそめる彼女の笑顔が、水の中から見る世界のように歪んでしまう。

 目に焼きつけておきたいのに。楽しかった思い出とともに、心に刻みつけておきたいのに……。

「私、今度は君の側で生まれ変わるから。だから……」

「見つけるっ。絶対に見つけてやるから……、帰って来いっ!」

 お互いに根拠のない約束。

 叶えられるなんて、思ってない。こんなおとぎ話のような願いを叶えてくれるほど、この世界は優しくないと分かってる。

 でも、彼女が輝くような笑顔を返してくれるから……、叶えたいと本気で願った。

「――っ⁉」

 その時、彼女を包んでいた光が強くなった。

 太陽が落ちてきたような強い光に、思わず目をかばう。

 そっと目を開けた時、光とともに彼女の姿も消えていた……。

 ひとりで取り残されて初めて、自分の頬に流れる雫に気づく。

 次から次へと溢れる涙をそのままに……。俺はしばらく、彼女が召された空を眺め続けていた――。



 むくっとベッドから起き上がる。

『はいはい、朝だよ〜! 今日も一日がんばりましょーっ!』

 数ヶ月で当たり前になってしまった彼女の明るい声も、二度と聞くことはない。越してきた時は『狭いな』としか思えなかったオンボロアパートの部屋が、やけに広く感じる。

 昨日までに比べれば静かすぎる部屋の中、俺はのろのろと大学へ行く準備を始めた。

 顔を洗って着替えて、朝食の食パンをかじりながら、小さな液晶テレビをつける。

 ああ……、彼女とバラエティ番組見て、笑い合ったなぁ……。

『――容疑者が、三年前に行方不明となった女子大生の殺人、死体遺棄の容疑で逮捕されました』

 テレビには、見覚えのある男が映し出されていた。

 昨日の……彼女の元カレだというあの人だ。あの場で自白した後、そのまま逮捕されたらしい。犯人の供述で、山中に埋められていた彼女の遺体も見つかったようだ。

 同じ場所に、彼女のものらしいスマホもあったと、ニュースが言っている。だとすると、地縛霊だった彼女は、遺体と同じ場所に縛られていたのか。あんな土の中で、三年間も――。

 ぼんやりと眺めるテレビの中、今度は彼女の写真が映った。

 おそらくは家族写真だろう。モザイクに隠される家族の中、彼女の笑顔だけがハッキリと写し出されていた。

 ……本当なら俺とは全く関わりのないはずの彼女の笑顔が、昨日まで当たり前のように隣にあったなんて、なんだか信じられないな。

『なお警察の発表では、犯人はなにかにひどく怯えており、取り調べは進んでいないとのことです』

 あの時、なぜか見えた彼女の霊にまだ怯えてるってことか? 人を突き飛ばしてまで逃げ出してたからな。

「いや~、あんなに怯えるとは思わなかったけど、いい気味よねぇ~。昨日も留置場でさ、寝てるアイツの耳元でお経唱えてやったのよ。『す~いへ~いり~べ~ぼ~くの~ふね~』ってね!」

「いやそれ、周期表の覚え方だよな? お経っぽく言ってるだけで」

「あ、やっぱり『ひと~よひと~よ~にひと~み~ごろ~』の方がよかった?」

「それはルート2の覚え方。数学になってるし」

「だったら『な~くよう~ぐい~す……』」

「『平~安~京~』ってか? もはやお経に聞こえないって。ってか、全部勉強の覚え方じゃん! ずいぶん真面目なボケだな!」

 ……と、そこまでツッコんでようやくハッとする。

 弾かれるように振り向くと、そこには最初に出会った時と同じ、半透明の彼女がふわふわと浮いていた。

「なんでいるんだよっ⁉ 成仏したんじゃないのか⁉」

「あはは~。ほら、私ずっと地縛霊だったでしょ? 成仏ポイントがたまってなかったのよ」

 『成仏ポイントってなんだよっ⁉』というツッコミを、ムリヤリ呑み込む。というより、それどころじゃなかった。

 自分でも分かるくらい熱くなっていく顔を抑えることが最優先だ!

 あっけらかんと笑う彼女を見てると、涙腺崩壊させながらクサいセリフを吐いた、昨日の自分をぶっ飛ばしたくなる。むしろ、穴があったら頭からダイブしたいっ!

 とりあえず、俺の涙を返せ! ていうか、昨日の記憶を今すぐ消せ‼

「現世で徳を積まなくちゃいけないのよ。ってわけで、今日から君の守護霊やることにしましたっ」

 警備員よろしく、ぴしっと敬礼する彼女。

 その全開の笑顔に、なぜかよこしまなモノを感じた。おかげで焦燥感と羞恥心が消えたけど……。

「まさかとは思うけどな? 現世で遊び足りないからって、自分で作った設定じゃないよな?」

「ぎくっ。まっさか~! 私がそんなセコいことするわけないでしょ!」

 ――だったら、なぜ目をそらす?

「ま。それはそれとして、置いといてっと」

 お得意の『脇に小荷物を置いておく』仕草をして、彼女は俺の後ろにふわりと飛んだ。

 おんぶしてとでも言わんばかりに、肩に腕を回してくる。

「遊びに行こっ。君の守護霊だから、今度は君から離れられないし!」

「いや、俺はこれからテスト……」

「別にいいじゃない。ヒマな大学生!」

「テストはサボったらマズいだろっ‼」

 わざとらしくため息をついた彼女は、俺の目の前に移動して、水を汲むように両手をそろえた。

 その上に、青白い火の玉が現れる。

 五円玉くらいの小さな炎が、上から紐で吊されているようにゆらゆらと――。

 ――って、コレってまさか……?

「あなたはだんだんサボりたくな~る。あなたはだんだん遊びたくな~る」

「それが守護霊のやることかっ⁉」


 ――最後の最後にどうかと思うけど、タイトル変更してもいいですか?

 『スマホデビューしたら小悪魔・・・に取り憑かれました』


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