表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜人 ―― 源氏異聞  作者: 塔真 光
第8章 かぐや姫
98/160

8-6

 池へむかった桜子たちは、木橋を通って小さな中島に渡った。松が三本、低いながらも枝をよこに伸ばし、それに(から)まりついて藤の花が咲きこぼれている。薄紫の淡い色と、芳醇(ほうじゅん)な甘い匂いを、桜子たちは堪能(たんのう)した。


 桜子は、地面近くまでたれさがっている花房に手を触れた。そして、悠斗と速仁にそれぞれ耳打ちした。

 速仁はうなずくや、勢いこんで懐剣を抜き、その花房をスパッと切りとった。そして、それを夕霧に差しだした。

 悠斗も、リュックサックからサバイバルナイフを取りだし、おなじように一房を切った。

「夕霧さん、ありがとうございました。頭中将さんへ口添えしてもらったおかげで、物語を読むには友だちが大切だということに、確信が持てました。これからも、おれの話し相手になってください。そして、源氏物語の新帖につながる最後の品を探しだすのに、力を貸してください」

 悠斗からも藤の花を受けとった夕霧は、顔を輝かせた。

『はい、もちろんです。第五の品は六条御息所さまがお持ちなのでしょう』

 そして、桜子に聞こえないように小声で、ふたたび悠斗にむかって言葉をついだ。

『ですから、つぎも父上をぬきにして……』

 悠斗と夕霧は、顔を見あわせ、おなじように口もとをゆるめた。

 と、そのとき、桜子のよこに、壮年の男がとつぜん虚空から現れた。

『父上?! ……』

 夕霧は二の句がつげなかった。


 光源氏が優雅な物腰で桜子に辞儀をすると、桜子は、ホッとした顔であいさつを返した。そして、

「おばあちゃまから分けていただいた力を、うしなってしまったのかと不安だったのです。それでいま、光る君さまに来ていただきたいと、あらためて念じました。よかった……」

と、悠斗たちに事情を説明した。

 光源氏は、

『さて、第四の品を探しにまいろう』と、

悠斗と夕霧に声をかけた。そして、速仁の存在にいましがた気づいたかのように、

『オッ、少年もおるのだな……』

と、からかい顔をむけた。

 速仁はムスッとし、

「だれかさんが来ないあいだに、おれたち四人で、だいじな品をとっくに手に入れたぞ!」

と言いかえした。

『うん!? どういうことだ?』

 いぶかしげな表情を浮かべる光源氏に、夕霧は、吉田神社から頭中将のこの屋敷にいたるまでのできごとを伝えた。


『絵合せについてご相談しようと、孫姫さまが父上をお呼びしたのですよ。なぜすぐにお越しにならなかったのですか!』

 詰問口調の夕霧に、光源氏は、

『い、いや……。そのようなことがあったとは、まったく知らなんだ……』と、

肩をすくめるばかりだ。

「わたしのお願いのしかたが悪かったのだと思います。ですから……」

 桜子は、夕霧と光源氏がいつものように口げんかを始めるのではないかと、気が気でなかった。

 ――おふたりには、もう物語のなかへもどっていただきましょうか……、

と、桜子は、もの問いたげな目差しを悠斗にむけた。

 悠斗は、すぐにうなずき返した


 桜子は、夕霧と光源氏にむかって、

「ありがとうございました。おふたりが仲良くされている〈藤裏葉(ふじのうらば)〉の帖へ、おもどりください」

と、早口で告げた。

『エ、エッ!? 来たばかりだというのに……』

 落胆する光源氏をしりめに、夕霧は、藤の花房をふたつ抱えなおして、現れたときの光源氏とソックリそのままの優雅さで頭をたれた。

 体が透けだした光源氏は、気を取りなおし、桜子にほほえみを送った。

『つぎはかならず、つよく念じて、わたしを呼んでくださいよ』

 桜子が笑みを返したとき、夕霧が、

『つぎは、六条御息所さまにお目にかかる予定です。それでよろしければ……、クッ』と、

笑い声をこらえて光源氏に伝えた。

 しかめっ(つら)になった光源氏と、笑い顔の夕霧が、桜子たち三人の目のまえから消えていった。


 そのとたん、まわりの景色がもとの世界にもどった。三人は、大きな池に浮かぶ島に立っていた。藤の花はなく、よく手入れされた木々が、濃い緑の枝をひろげていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ