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その夜、桜子と悠斗、速仁の三人は、悠斗の部屋で、嵯峨野の野宮神社に行く相談をした。仁和寺での朱雀院の話しによると、紫式部が野宮あたりの寺社に、源氏の新帖につながる第三の品を奉納したからだ。
源氏物語の〈賢木〉帖のなかで、秋九月の夜のこと、光源氏は、京都西郊の野宮に身をよせていた六条御息所を、ひそかに訪れる。その場所が、〈源氏物語の宮〉として有名になっている野宮神社なのだと、悠斗は桜子に請けあった。
「悠斗さんは、嵯峨野になんどもいらっしゃったことがおありなのですか?」
桜子にそうたずねられ、悠斗は顔をくもらせた。だがすぐに、にこやかに返事した。
「小学生の時に一度だけ行った。だから、三人で行くのが楽しみだ。京都を代表する観光地だし、そこで三つ目の品を手に入れられたら、最高だよな」
悠斗は、あとさき考えず冥界にさえ跳びこめた自身をふりかえり、桜子と一宮たちといっしょなら、法輪寺や清涼寺の近くにも行けそうな気がしていた。
だが桜子は、悠斗が一瞬見せた沈んだ表情に気づき、そのことがうれしかった。
――悠斗さんは、やはり六条御息所さまが、お好きじゃないんだ。うふっ。
桜子は、
「六条御息所さまを、お呼び出ししない方がよろしいですよね」と、
悠斗に問いかけた。
「ああ、そうだよな。仁和寺のときのように、野宮神社でベクトルの法則が働いたらたいへんだ。六条御息所だったら、火の鳥どころじゃなく、ものすごくおっかないものに変身しそうだし……」
悠斗はそう言って、首をすくめた。
――六条御息所には会ってみたいけど……。べつの機会に桜ちゃんに頼めばいいよな。
桜子は、悠斗の素振りを横目で見て、ますますうれしくなった。すると速仁が、右肘を曲げて拳を振りながら、桜子に声をかけた。
「おっかないものでもなんでも、おれがやっつけるからだいじょうぶだぞ」
桜子は、真剣な顔で約束する速仁にも、ほほえみを返した。
こうして、鞍馬堂の夜がふけていった。
三人は、七日後の、また正午に落ち合うことを約束した。そして桜子は、いつものようにガイアのポスターとフィギュアに頭をたれたあと、自分の部屋へもどった。フィギュアの横には横笛が、左横には銅鏡が置かれていた。
速仁は、悠斗の部屋に布団をひいてもらい、そこで横になった。時刻は、もう翌日近くになっていた。
だが悠斗は、机で勉強をはじめた。野宮が舞台になる〈賢木〉帖を、勉強しなおすことにしたのだ。
「ギャハハ」
背中のうしろで、速仁の笑い声が聞こえた。ふりむくと、速仁は、悠斗が高校生時代に愛読していた学園ものマンガを読んでいた。
「それ、おもしろいだろ。マンガ、って言うんだ」
「ギヒヒ」
速仁は、仰むけで、足をばたつかせて笑いだした。
「ギヒヒ、――こいつら、おれよりバカ。ギヒヒ」
「おまえ、笑いすぎだぞ。勉強しなくてもいいのか?」
悠斗は、心にもないことを言った。ほんとうは、いっしょに笑い転げたいのだ。笑っている速仁を見ているだけで、自分も、笑いたくなるほど楽しい。だが、桜子の、いるかもしれない許婚の影が気になっていた。
「桜ちゃんは、勉強ができる男が好きなんだろ? ――源平の戦いについて、おれが教えてやろうか?」
だが速仁は、
「ギヒヒ、おかしすぎて、苦しいぃぃ。ギヒヒ」
と、笑い転げるばかりだった。
そして、ようやく笑いを収めると、速仁は真面目な顔になって答えた。
「おれ、こっちの世界でも勉強なんかしたら、頭が変になるよ。それに悠にいちゃんだって、いくら勉強しても、桜ちゃんの心をつかめないと思うよ」
「おまえ、えらく自信があるんだな、ククッ」
悠斗は、生意気な口をきく速仁がかわいかった。
「ううん、そういうことじゃなくて……。桜ちゃんは、小さいときから、ダンゴムシとかカナヘビとか、けっこう不気味なものが好きなんだよな。さっきも冥界で、鬼王ちゃーん、とか言っちゃって、あんな不細工で怖そうな顔の鬼と仲よくなっていただろ」
速仁にそう言われ、悠斗は、仁和寺でも桜子が増長天を最初から怖がっていなかったことを思いだした。
「悠にいちゃんは、きっと、桜ちゃんの好みじゃないよ。だって、おれの目から見ても、悠にいちゃんは、かっこいいもの。だから、おれの方が有利。――もちろん、ちょっぴり有利なだけね。エヘへッ」
「ありがとな。おれのことカッコいいなんて言ってくれるのは、一宮だけだ。アハハ」
悠斗は笑いながら言い返し、また机にむかった。だが、桜子の好みについて速仁の言ったことが気になった。桜子は、ひょっとして、恐ろしい形相の怪獣が気にいるかもしれない。でも、気にいったら気にいったらで、怪獣がガイアに退治されると知ったら、桜子はガイアを嫌うかもしれない。
――うーん、どうしよう。やっぱり、怪獣のフィギュアは隠しておこうか……。それとも、ガイアがなぜ怪獣を退治するのか、その理由を説明すればいいかな……。
悠斗は、もう勉強どころでなくなった。
「なあ、一宮。おれ、ダンゴムシに似た、物の怪の人形を持ってるんだけど……」
そう言いながら、悠斗は椅子ごと体を半回転させた。だが速仁は、仰むけでグッスリ眠っていた。幼い子どものように、バンザイの恰好だ。
悠斗は口もとをおおきく緩ませながら、タオルケットを速仁の下半身に掛けた。




