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桜人 ―― 源氏異聞  作者: 塔真 光
第6章 地蔵
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6-18

 桜子と悠斗、速仁の三人は、物語世界へもどる光源氏たちを松原橋のたもとで見送ったあと、鴨川の河川敷を四条大橋まで歩いた。そして、そこから四条河原町へむかい、手早く買い物をした。速仁のための靴と服を、悠斗がよく行くファッションビルのテナントで買いもとめたのだ。

 悠斗の好みの服に着替えて試着室から出てきた速仁は、少しおとなびた感じだった。速仁も、この恰好が気にいった。童直衣と指貫よりも動きやすい。桜子を助けて源氏の新帖を探すなら、こっちの方がいいや、と速仁は思った。

 そのあと、桜子たち三人は四条大橋にもどり、そこから地下駅に入り出町柳へむかった。

 こうして三人は、出町柳駅で待ちかまえていた高田が遠くから見つめるなか、意気揚々として鞍馬行きの電車に乗りこんだのだった。


 松原橋から出町柳駅までのそんな三人のようすを、大陰が、フクロウや和服姿になってうかがっていた。そして大陰は、三人が出町柳駅から鞍馬行きの電車に乗りこんだのを見とどけると、河川敷の出町デルタへむかい、そこで和服姿からフクロウにあらためて変化し、夜空高くへと翼を羽ばたかせた。

 老いた体ながらも、全身から喜びがあふれる力強い飛びたちだった。というのも、桜子たちが源氏の新帖につながる第二の品を手に入れたことを、その目でしかと見さだめたのだ。

 高田が出町柳駅で桜子たちを監視していたことがわずかに気になったが、高田など、たわいなくあしらえると大陰は考えていた。


 大陰は、夜に京都の町の上を、風を切って飛ぶのが好きだ。千年まえは、墨を一面に流したような、わずかな灯りしかない闇の世界だった。だが、年ごとに灯りが増えていった。暗闇のなかで浮かびあがるようにライトアップされている東寺の五重塔や、平安神宮の大鳥居。四条河原町界隈や、京都タワーを中心とする京都駅界隈の、華やかなネオン。そして、ビジネス街である烏丸通りに林立するオフィスの窓明かり。町全体を見渡せるほど高く飛べば、街灯と自動車のライトが織りなす、碁盤の目のような光の筋も見える。こうした灯りは、大陰の老いた体に息づく心を若返らせるのだ。そのうえ、晴明神社以外の寺社の上空を飛べない大陰にとって、それを避けるために巧みに翼を動かさなければならないことも、自身の老いを忘れさせてくれて心地よいことだった。

 そして、大陰がもっとも好きな滑空場所は、夜の鴨川だ。南の新幹線高架橋から北の御薗橋まで、ときには橋の下を、ときには橋の上を、あわせて二二個の橋を、自由気ままに通りぬけるのだ。

 大陰は、桜子たちを乗せた電車が鞍馬駅に着いたころ、一条戻橋のたもとで、ようやく翼をたたんだ。そして、青白い光の玉となり、クスノキの古木の根を伝って、地下洞窟に居る安倍晴明のもとへむかった。


『晴明さま、ただいまもどりました、ゴホ、ゴホ』

 大陰は老婆姿で、ヨロヨロと晴明のまえに進んだ。

『ずいぶんと、疲れているようだな』

『はい、ゴホ。今夜は、うれしいあまり、飛びすぎたようです。ゴホ、ゴホ』

『うれしいこと? 式部殿の孫姫のことだな』

『はい』


 大陰は、桜子が銅鏡を得たことを報告したあと、悠斗の父親と藤原兼隆とのあいだのつながりをようやく発見したと伝えた。

『高田が持っていた携帯端末をポケットから抜き取り、記録されている情報をすべて調べました。〈ゆうと〉と〈じゅんいちろう〉という名の漢字もわかりました。ゴホ、ゴホ』

 大陰は、苦しそうに咳をしながらも、言葉をついだ。

『待ち受け画面が、銀杏コーポレイションという、悠斗の父が経営する医療グループの写真になっておりまして、写真上部に標章が嵌めこまれておりました。そして、その標章が、兼隆たちの秘密結社の印とまったく同じの、銀杏の葉でございました』

 晴明の瞳が、ギラリと輝いた。

『潤一郎親子の氏名(うじな)も、悠斗が持っておりましたハンカチに書かれていた名前から、〈むとう〉だとわかりました』

 晴明は、ニヤリとして口を開いた。

(たける)(ふじ)だな』

 大陰は、咳きこみながらもおおきくうなずき、話しをつづけた。

『武蔵国に下った藤原でございます。おそらく潤一郎は兼隆の子孫なのでしょう。源氏の新帖の存在と、孫姫がこの世に送られたことを、なんらかの方法で兼隆が潤一郎に伝えたものと思われます』

 晴明は、なんどもうなずきながら、大陰の話しを聞いていた。

『高田が五日まえに地上の神社で祈願したとおり、潤一郎たちは、新帖を利用して選挙戦を有利に進めたいと、まちがいなく考えております。そのようなメールのやりとりが、携帯端末に保存されておりました。潤一郎は、私利私欲のために、新帖発見の名誉を独占しようと謀っておるのです。ゴホ、ゴホ、ゴホ』

 大陰は激しく咳きこんだ。だが、疲れた体をむち打ち、言葉をついだ。

『悠斗は、父の手のひらの上で踊らされているのでしょう。ですが、孫姫さまを守り、新帖も読みたいという気持ちは、無私無欲からの真情かと思われます』


 天将のひとりが、汲み置きされている堀川の水を、大陰のまえに運んできた。晴明は、太陰がノドを潤すのを見届けたあと、ねぎらいの言葉をかけた。

『よう調べたな、大陰。ご苦労だった。ひとまず体を休め、また明日から、孫姫に心を配ってやるようにな。――ただ、年甲斐もなく夜の町で羽を伸ばすのは、ほどほどにな。ワハハ』

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