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桜人 ―― 源氏異聞  作者: 塔真 光
第6章 地蔵
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6-17

 高田は、清水寺で桜子たちを見うしなったあと、参道の清水道を、両側の土産物屋に桜子たちが入っていないか確かめつつ、足早にかけ下りた。

 そして清水道を下りきると、そのまま西行し松原通りに入った。高田は、悠斗がスマートフォンで六道珍皇寺と六波羅蜜寺を調べていたことを覚えていたのである。

 高田は、二つの寺で桜子たちの姿を探した。

 だが無駄だった。六道珍皇寺の境内には、獄卒鬼王が桜子を地中に引きずりこんだ跡も、悠斗と速仁、夕霧の三人が冥界へ下りていった入口の痕跡も、まったくなかった。ふだんどおりに堂舎が整然とならぶ境内だった。

 それもそのはず、獄卒鬼王の右腕が地上に突き出たときから、桜子たちは別次元の空間へ移動したのだ。


 高田は、トボトボと清水寺へひきかえした。そして、清水寺から、スマートフォンを最後に使った場所へと、地面に目をこらしながらあともどりした。悠斗と桜子を見張りながらランチを食べた洋館だ。

 洋館の受付係が、スマートフォンを預かってくれていた。

「女性のお客さまが、椅子の上に落ちていたと、届けてくださいました」

 そう告げる受付係に、高田はなんども辞儀をした。涙が出るぐらいにうれしかった。

 ――これで三田先輩に怒鳴られなくてすむ。


 高田は、洋館を出ると、すぐにスマートフォンで悠斗の居所を探った。だが、悠斗のスマートフォンは、電源が入っていないようだった。

 ――充電ぐらい、ちゃんとしといてくれたらいいのに。おれ、やっぱり先輩に怒鳴られるよ……。

 高田はうなだれながら、タクシーを拾い、昨日から出町柳駅近くにオープンした銀杏コーポレイション京都営業所へむかった。


 雑居ビルの二階にある営業所のドアを高田が開けたのは、終業時間の直後だった。パート事務員ふたりが、帰り支度をしている。三田は眉をひそめて高田を迎えた。高田が予想外の時間に現れたからである。

 事務員たちが帰ったあと、三田は、横で立ちつくしている高田にむかって、おもむろに口を開いた。

「早かったな。悠斗くんは鞍馬行きの電車にもう乗ったのか?」

 高田は、「もうしわけありません!」をなんども口にしながら、悠斗たちを見うしなった事情と、一宮と呼ばれる少年がタイムワープしてきたらしいことを三田に伝えた。

「どうやら、藤原桜子さんの幼なじみらしいです。――もうしわけありませんでした!」


 三田は、平身低頭の高田になにも言わず、自分のスマートフォンをパソコンにつなぎ、今朝からの悠斗の移動経路を調べた。午後三時四六分に、六道珍皇寺の境内で足取りがプッツリと途絶えていた。

 三田は高田にむきなおり、険しい顔で問いただした。

「おまえも六道珍皇寺に行ったんだよな。何時ぐらいだった?」

「えーと、たしか四時すこしまえだったと思います」

 三田の顔が、ますます険しくなった。三田は、デスクの固定電話の受話器をとり、短縮ボタンと数字2のボタンを押した。


「銀杏コーポレイションの三田でございます。鞍馬堂さまでしょうか? ――先日は失礼いたしました。弊社の京都営業所をようやくオープンさせることができましたので、とりいそぎ、ごあいさつもうしあげようと思いまして。――はい、ありがとうございます。お言葉に甘え、また、おじゃまさせていただきたくぞんじます。甘えついでに、出町柳近辺でオシャレなカフェレストランをごぞんじであれば、お教えいただけませんでしょうか。営業所の懇親会をおこなおうと思っているのですが、わたしは東京育ちなものでして。――そうですか、ごぞんじないですか……。――はい、たしかに悠斗さんでしたら、ごぞんじでしょうね。――そうですか、悠斗さんはご不在ですか……。――アハハ、学生生活を満喫しておられるのでしょう。このことは、もうご放念ください。――はい、失礼いたします。ご主人さまにも、よろしくお伝えくださいませ」


 三田は、あいかわらず険しい顔で受話器を置いた。そして、悠斗にスマートフォンを渡した五日まえから今日までの、悠斗の足取りをパソコンで精査しはじめた。

 すると、仁和寺での足取りデータに空白があることに気づいた。フル充電されているスマートフォンを渡して、二時間後のことだ。だから、バッテリー切れとは考えにくい。しかも、携帯充電器を悠斗は持っていないはずなのに、十五分間の空白のあと、ふたたびデータが記録されている。

 三田は両手を頭のうしろで組み、眉根をよせた。そして、

 ――監視を、もういちだん強めないといけないな。こいつも、たよりなさそうだし……、

と心のなかで舌打ちしながら、高田に顔をむけた。


「さて、おまえの、今日の残りの仕事はどうなる?」

と、三田は高田に、ぶっきらぼうに問うた。

「え、えーと……。おれ、出町柳の駅前で、悠斗くんたちが現れるのを見張ります。それがいいですよね?」

 高田は、自信なげに答えた。

「まあ、それでいいだろう。おまえにしては上出来だ」

 高田の顔に、ようやく笑顔がもどった。


「いまさらジタバタしてもしようがないからな。六道珍皇寺でなにかが起こったにせよ、悠斗くんたちが無事なら、事情はあとで探りだせばよいだろう」

 三田はそう言うと、高田に、早く行けとばかりに目くばせした。

「おれ、悠斗くんたちと同じ電車に乗りこんでも、鞍馬駅で先輩を待っています。それから、懇親会の場所は、おれが探します」

 高田はそう言い残し、三田の片眉がつり上がったことに気づかないまま、勢いよく営業所のドアを開けた。

 ――困ったヤツだ。もう少し頭が切れないとなぁぁ。なにが懇親会だ! ひとりで勝手にしてろ!

 三田は溜め息をつき、ふたたび仕事にもどった。


 三十分足らずして、三田のスマートフォンの地図画面に、〈武藤悠斗〉の絵文字がとつぜん現れた。絵文字は、松原橋の河川敷を示している。そして、ものの一分もせずに絵文字が消えた。六時〇六分のことだった。

 ――松原橋か……。六道珍皇寺から目と鼻の先だが、二時間以上、悠斗くんはどこに雲隠れしていたのだ?

 三田が眉根をよせたとたん、高田から、悠斗の現在地がわかったという連絡が、固定電話にかかってきた。

「ああ、おれも今わかった。えっ!? これから松原橋へ行くって? おい待て。今からだと行きちがいになるかもしれないから、そこで見張っていろ!」

 三田は受話器を置くと同時に、また大きな溜め息をついた。

 ――自分の頭で考えてくれるのはいいのだがな……。さて、仕事だ。帰りは、昨日と同じように終電近くになりそうだ……。あいつ、どうするかな?


 高田は、それから二時間以上、出町柳駅前で立ちつづけた。ようやく悠斗たちの姿が見えたときは、八時をとっくにまわっていた。

 ――先輩はまだ仕事か……。今日も旅館の夕飯(ゆうめし)、食いそこねちゃうな……。

 高田は三田に、悠斗たちが現れたことと、コンビニ弁当をふたつ買っておくことを、メールで伝えた。

 三田から、すぐに返信メールが来た。

〈宿に、今日の夕飯は弁当にしておいてくれと頼んである。だが、そんなにコンビニ弁当が好きなら、おまえはそれを食べてもいいぞ〉

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