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桜人 ―― 源氏異聞  作者: 塔真 光
第6章 地蔵
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6-11

 桜子たち三人がそろって本堂の外に足を踏み出すと、速仁が、北隣の神社に立ち寄りたいと言いだした。

「あれは、桜で有名な神社だろ? お詣りしていこうよ!」

 速仁が指さした先には、〈地主(じしゅ)神社〉という案内板があった。

「一本の木に、八重と一重の桜がいっしょに咲く地主桜のことね」

と、桜子は相づちを打った。だが、首をかしげながら言葉をついだ。

「でも、この時期に、桜は咲いていないわよ」

「そんなの、わからないぞ! ひとつぐらい咲いているかもしれない!」

「わかるわよ! 咲いているわけ、ないじゃない!」


 あきれる桜子に、悠斗が耳もとでささやいた。

「一宮は、桜じゃなくて、あれが目当てじゃないのかな?」

 悠斗が目くばせした先には、〈えんむすびの神〉と書かれた大きな看板が、鳥居の脚元に立てかけられていた。

 それを見た桜子は、

「ふぅぅん、いいわよ、宮ちゃん。うふふっ」と、

ふくみ笑いしながら、速仁の瞳をのぞきこんだ。

「なんだよ! 変な顔で見るなよ!」

「べつにー、……うふふっ。宮ちゃんも元服だね、と思っただけ。うふふっ」


 江戸時代まで清水寺の鎮守社だった地主神社には、清水寺に行幸(ぎょうこう)した嵯峨天皇が牛車をなんども引き返させて社内の桜を愛でた、という言い伝えがある。平安京の第三代天皇である。そんな古い時代から、地主神社と清水寺は、桜の名所なのだ。

 地主神社は、縁結びの神とされる大国主(おおくにぬし)を主祭神とすることから、良縁や恋愛を願う若者たちの信仰を集めてもきた。とりわけ、本殿まえにある一対の〈恋占いの石〉が、室町時代の頃から、神社参拝に愉しみの彩りを添えてきた。片方の石から、十メートルほど離れたもうひとつの石にむかって目を閉じながら歩き、無事にたどり着くことができれば、恋がかなうというのだ。一度で成功すれば恋の成就が早く、二度三度かかると、成就も遅くなるとされる。


 桜子たち三人は本殿まえに足を運び、速仁がまた、ぎくしゃくした舞いを奉納した。地主神社の参詣者の大半は若い女性で、速仁への拍手は、さきほどよりも一段と大きかった。

 悠斗は、

「これだけ人気があったら、きっと良縁が見つかるぞ」と、

速仁をからかった。そして、桜子の左にならんで賽銭を投げ入れた。

「拍手なんて、おれには関係ないよ」

 速仁は、小さな声でそうつぶやき、桜子を上目づかいで見た。

 ――桜ちゃんの拍手だったらうれしいんだけどね……。

 だが桜子は、すでに目をつむり、手も合わせている。

 速仁は、桜子がだれとの恋愛成就を祈願しているのだろうと気にしながら、悠斗のようすをうかがった。

 悠斗も、目をつむり祈願している。

 ――悠斗はいいよな、いつも桜ちゃんといっしょにいられて……。きっと、桜ちゃんとのことを頼んでいるのだろうなぁぁ。おれ、負けないぞ!

 速仁は、今日三度目の握り拳をつくったあと、桜子の右横で、目を閉じて手を合わせた。


 桜子は目を開け、左横の悠斗のようすを、こっそりうかがった。悠斗は、まだ目を閉じている。

 ――熱心だな……。だれとのことを祈願しておられるのかしら? 悠斗さんには、心に決めた女君が、もう、おられるのかしら? わたしのことは、妹だと思って親切にしてくださっているだけなのかな……。

 桜子は、ふたたび目を閉じた。そして、先ほどと同じことを、あらためて祈願した。

 ――人形遊びが好きな、やさしい男君に出会えますように。


 悠斗は、桜子が目をふたたび閉じたのと入れ替わりに、まぶたを開けた。そして、桜子と速仁の横顔をうかがった。

 ――ふたりとも、いやに熱心だな……。桜ちゃんは、だれとのことをお祈りしてるんだろう? 元の世界に、いいなずけでもいるのだろうか。まさか一宮ではないだろうけれど……。おれのことは、ただの兄貴なのかな……。でも、兄貴から恋人に変わることだってあるはずだ!

 悠斗は、ふたたび目を閉じた。


 桜子が目を開けると、悠斗はまだ祈っている。

 ――悠斗さんから、こんなに心をこめて祈願してもらえる女君って、うらやましいなぁぁ。

 桜子は、地面に目を落とした。すると速仁がとつぜん、

「桜ちゃん! なにをお祈りしていたんだ?」

と、屈託のない顔でたずねてきた。

 桜子は、

「そんなの秘密よ!」と、

つっけんどんに答えたが、頬が上気してくるのが自分でもわかった。桜子は、心の動揺を隠そうとして、

「宮ちゃんこそ、なにを祈願したのよ!」

と、知りたくもないことをたずねた。


「蹴鞠のことじゃないぞ!」

「そんなの、わかっているわよ! 縁結びの神さまにそんなことを祈願したら、蹴鞠と結婚することになってしまうじゃない。変な宮ちゃん!」

「願いがかなわなかったら、おれ、蹴鞠一筋に生きようかなぁぁ」

 速仁がそう返事すると、悠斗が話しにわってはいってきた。

「一宮には、そんな熱烈に思ってる女の子がいるんだ!?」

「まぁな……。おれ、月の光の下で、その人に思いを伝えようと思っているんだ……」

 速仁は、目だけを動かし、チラリと桜子の顔をうかがった。だが、速仁の話しに桜子はまったく興味を示さない。むしろ悠斗の方が、好奇心をおもてに表しながら聞いていた。そして、

「一宮の恋の告白が上手くいくかどうか、占ってみるか?」

と、悠斗はからかい半分で〈恋占いの石〉の話しを速仁に持ちだした。

 悠斗から説明を聞いた速仁は、大乗り気だ。

「おれ、一発で決めてやる!」

 速仁は、四度目の握り拳をつくった。


 言葉どおり、速仁は石から石へ、難なくたどり着いた。

 ――やったぁぁ!

 速仁は目を開き、自慢げな顔を桜子にむけた。だが、ほほえんでいる桜子を見たとたん、胸がつまった。

 桜子とは、千年の時をへだてて生きていかなければならない。そんなふたりが思いをかわすなんて、占いどおりに可能なのだろうか? 速仁が頻繁に時空を超えることは、石山観音から止められているのだ。恋が成就し、ふたりの気持ちがひとつになっても、彦星と織姫のように年に一回しか会えないなら、

 ――それって、悲しすぎるよ!

 立ちつくす速仁のそばに、桜子と悠斗が歩みよってきた。

「よかったね、宮ちゃん。――でも、いくらうれしいといっても、泣くほどのことはないのじゃない!?」

「う、うん。――グス」

 速仁は、涙を袖でぬぐった。


「それじゃ、行こうか?」

 悠斗がふたりに声をかけると、桜子はおおきくうなずいた。

 だが、速仁は、あいかわらず、

「う、うん。――グス」

としか言わない。

「それほど宮ちゃんから思われている女君って、だれなの? わたしの知っている人?」

「う、うん。――グス」と、

速仁は、桜子を上目づかいで見ながら、小さくうなずいた。

「へぇぇぇ! わたし、ずっといっしょに勉強していたのに、宮ちゃんにそういう人がいるなんて、気づかなかった。――影ながら、応援するね」

「ありがとう。グス」

 聞きとれないぐらいの小さい声で、速仁は返事した。


 桜子と悠斗が、ようやく涙を飲みこんだ速仁をうながして地主神社を出ようとしたとき、速仁がボソッとつぶやいた。

「桜ちゃんは石占いをしないのか?」

 桜子は、悠斗の顔をチラッと見たあと、

「しないわ。だって、会いたいと思う人には、会えなさそうだから……」

と答えた。そして、悠斗にまっすぐむきなおりたずねた。

「悠斗さんは〈恋占いの石〉を試されたことはないのですか?」

「お、おれ!?」

 悠斗はとまどった。さきほどの桜子の返事を聞いて、桜子には元の世界に好きな人がいるのだ、と感じたのだ。

「試してない。だって、彼女いない歴十九年だったから。――それに、これからも、いない歴がつづきそう……」

 悠斗は肩を落とし、

「も、もう行こう」と、

かろうじて声を絞りだした。

 桜子も、

「は、はい」と、

小さな声で答えた。

――やはり悠斗さんにとってわたしは、かわいそうなだけの妹なんだ!


 桜子たち三人が、それぞれ気落ちしながら地主神社の境内を出たとき、高田はのんびりと、みくじを社務所で買っていた。

 ――おっ、また大吉だ! えーと、恋愛運は、……

「ウッソ!」

 みくじには、一週間まえに由岐神社で引いたものと同じ一文が書かれていた。

〈身近なところに恋が芽ばえる。だいじに育てれば大輪の花が咲く〉

 ――これって、かなり信憑(しんぴょう)性があるってことだよな。

 いったいだれとのあいだに恋の花が咲くのだろう、と不思議に思いながら、高田は、みくじを胸ポケットにしまった。そして、〈恋占いの石〉にも足を運んだ。

 悠斗たちの行き先は、スマートフォンでいつでも確認できる。悠斗たちから少し距離をとった方が、監視していることを感づかれないだろう。そう考えながら、高田は石占いを試みた。

 石から石へ、なんどもチャレンジした。だが、うまくたどり着けない。意固地になり、十回目にして、ようやく成功した。

 ――ふぅぅ。恋愛が軌道に乗るまで、かなり障害があるってことだよな。まっ、いいか、相手がいるわけじゃないし……。、

 高田は肩をすくめながら、ズボンのポケットに手を入れた。

 ――えっ!?

 一瞬にして顔がこわばった。スマートフォンがないのだ。

 ――どこでなくしたんだ!? ランチの時にはあったのに……。

 高田は、大急ぎで悠斗たちのあとを追った。そして仁王門までかけ下ると、そこで前方を見渡した。土産物屋が軒をつらねる目のまえの清水道(きよみずみち)は、観光客であふれている。悠斗らの姿を、高田は完全に見うしなった。

 ――先輩に、おれ、絶対に殺される……。

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