表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜人 ―― 源氏異聞  作者: 塔真 光
第5章 手がかり
42/160

5-6

 白梅町から仁和寺へむかう電車の沿線には、多くの有名寺院がある。終点の嵐山駅が、名勝地である嵯峨野・嵐山地域の中心に位置することもあって、土日や祝日には、観光客の姿が車内にめだつ。

 車両は、悠斗がいうとおり、年代物である。便もたいていが一両だけで、おまけに途中駅は、ほとんどが無人駅だ。

 北野白梅町駅から五分の御室(おむろ)仁和寺駅も、無人駅である。だが、無人であることと、今日は平日であることが、桜子と悠斗には好都合だった。電車から降りた桜子は、等身大の光源氏と夕霧の親子を、人目に触れることなくプラットホームに呼びだすことができた。


『はーい、孫姫、今日はいかがなさいました? このところ立てつづけに呼んでいただき、たいへんうれしいです。悠斗殿もごいっしょなのですね』

 年の頃四十歳ほどの姿で現れた光源氏は、陽気な物言いで桜子と悠斗にあいさつした。そして、

『だが、なぜおまえまで、ここにおるのだ?』と、

わざとらしく不服そうな顔を、夕霧青年にむけた。


 夕霧は、そんな光源氏には黙礼ですませ、悠斗に歩みよって小声で話しかけた。

『こんにちは、大学の君。そうお呼びすればよろしいですね』

「は、はい。はじめまして……。あっ、はじめてじゃない! 石山寺からの電車のなかで会ってる。夕霧さん、……ですよね? あのときは、小さくて全然動かなかったから、おれ、フィギュアだと思ってた」

『まばたきひとつできず、たいへんでした』

「夕霧さんたちは、自由に大きさを変えられるんだ」

『わたしたち、ではないのです。孫姫さまが、そういうお力をお持ちなのです』

「それじゃ、桜ちゃんに頼めば、光る君だけを小さくすることもできるんだ」

『それはとてもよいお考えです』

 悠斗と夕霧は、顔を見あわせて笑った。


 悠斗と夕霧があいさつをかわしているうしろで、光源氏は、仁和寺で〈雲隠〉帖を探すという今日の目的を、桜子から伝えられていた。だが、夕霧と悠斗のようすが気になってしかたがない。はっきりとは聞こえないが、どうも自分のことを話しているようだ。クスクス笑いが聞こえる。ろくな話ではなさそうだ、と光源氏は思った。

『夕霧、さっ、行くぞ。仁和寺へ参詣し、式部殿が書かれた〈雲隠〉帖を仏さまから譲り渡してもらうのだ』

 せかすように光源氏がそう言うと、驚いて夕霧がふりむいた。

『〈雲隠〉の中身が書かれていたのですか!? 知りませんでした』

『式部殿は、たいせつなことはこのわたしにしか話されなかった。わたしを呼びだしながら、新たな話を書いておられたのだ』

と、光源氏は自慢げな顔で、桜子と悠斗にも聞こえるように大きな声で話した。そして、いかめしい口調でもって言葉をついだ。

『ところが大晦日の夜、物の怪が現れて、新たな帖を世間に流布させないようにと、式部殿とわたしは脅された。もちろん、わたしが渾身の力を奮って式部殿をお守りし、物の怪を退散させた。だが、式部殿は用心されて、新帖を都のどこぞに秘匿されたらしい。それを探しだすのが、この世界での孫姫のお仕事となった。わたしたちは、そのお手伝いをしなければならない。物の怪がふたたび現れれば、悠斗殿と力を合わせ、孫姫をお守りするのだぞ』

『はい、承知いたしました』

 根が真面目な夕霧は、かしこまって返事をした。


『ところで父上、〈雲隠〉とは、いかような話なのでしょうか? 内容がわかれば、秘匿場所を推定できるやもしれません』

 夕霧だけでなく、桜子も悠斗も、光源氏の顔をみつめ、その唇が開くのを待った。

 だが、

『さて、参るといたしましょう。悠斗殿、寺へ案内してくだされ。〈西山なる御寺〉に足をむけるのは初めてです。そこの道を右に行けばよいのですか?』

と、光源氏は素知らぬ顔で、あきれる三人を残して駅舎の階段をサッサと下りていった。

 桜子は肩をすくめ、光源氏に代わって夕霧に答えた。

「空蝉さまが光る君さまをずっと慕っておられたということと、光る君さまが極楽往生された、という話だそうです。光る君さまご自身は、そう言っておられるのですが……。夕霧さまは、どう思われますか?」

夕霧は顔をしかめ、キッパリと答えた

『そんなこと、ありえないです。絶対にありえないです!』


 だが夕霧は、駅から仁和寺までの短い道のりを、トボトボと元気なく歩いた。

 ――あんなに多くの女君を泣かせた父上が、極楽往生できるなんて、ぜったいに嘘だ! でも、もし式部殿がそんなことを本当に書かれておられるなら……。父上とわたしをなにかにつけ正反対にお書きになったのだから、式部殿はわたしを、新たな帖のなかで……。そんなぁぁ! わたしは、いつも損な役まわりだ。

 夕霧は、〈雲隠〉帖の中身を、知りたくもあり、知りたくもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ