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悠斗は桜子のために、四条河原町あたりのファッションテナントをはしごし、おもいっきり散財した。服だけでなく、バッグや靴も、押しつけるようにして買った。春恵から渡されたお金だけでは足らず、自分の小遣いも使った。妹を甘やかしているようで、楽しかったのだ。
桜子は、服は決して安いものでないが、貴重なものではないと、ようやく気づいた。だが、悠斗に服を縫ってあげよう、という気持ちは変わらなかった。
布地を買いたいと桜子に頼まれた悠斗は、デパートへむかった。そんなものを買ったことはもちろん、どこにそんな店があるのかも知らない悠斗は、とりあえずデパートに行くことにしたのだ。
老舗デパートに入ってエスカレータで上階へむかいながら、悠斗は何気なしに桜子にたずねた。
「どんな色の布がいいの?」
「濃い青紫です。悠斗さんには、濃い色合いがお似合いだと思うんです」
悠斗は、ギョッとした。平安装束を着ることになるかもしれない。だが、おもはゆくもあった。それに、桜子の手縫いだ。照れくさそうな顔をしながら袖に腕を通す自分が、容易に想像できた。悠斗は、そんな自分が嫌ではなくなっていた。
――祖母ちゃんと祖父ちゃん、ビックリするだろうな、アハハ……。でも、外へ着て出るのは止めておこう。やっぱり、家の中だけだよな。
桜子は、目当ての布を、ようやく和装売り場で見つけた。年配の女性店員は、桜子が反物から仕立てると聞いて感心した。桜子が染めや布地について深い知識を持っていることにも目をまるくした。
「お客さま、よろしおすね」
悠斗にそう話しかけた店員は、ふたりを若い恋人どうしだと、完全に思いこんでいるようだった。
悠斗も、店員がそう思っていることを、なんとなく感じた。だが悠斗は、そう思われているならそれでも構わない、という気持だった。他人の目は、以前ほど気にならなくなっていた。それに、恋人未満だが、妹以上の感情を桜子に持ちつつあることは、悠斗も自覚しはじめていた。
「お帰り。さっちゃん、ええ服あったようやね」
暇そうに店番をしていた春恵が、紙袋をいくつも両手にぶら下げている悠斗に目をやりながら、ふたりを迎えた。
「たくさん服を買っていただきました。ありがとうございます」
桜子は、笑顔の春恵に深々と辞儀をした。
「そんなん、ええんよ。かわいらしい服着た女の子が家にいてくれはったら、なんか、家のなかが明るくなって、わてまで楽しうなるわ。――ほな、夕食の準備をしまひょ。今夜は、おじいさんのためにご馳走なんよ」
「はい、手を洗ってきます」
桜子が洗面所へむかうと、悠斗は手提げ袋を店内の椅子の上に置き、ポケットから封筒を取り出して春恵に差し出した。
「祖母ちゃん、これ、おつり。結構あまった」
「悠くん、まさか安もんを買ってへんやろね。やっぱり、女の子の服やし、おばあちゃんが、さっちゃんと買いに行けばよかったわ」
「そんなことないよ。お店の人にも見立ててもらったし、おしゃれな服だよ。祖母ちゃんも、きっと気にいると思う」
「そうかー、そんならええけど。――おつりは、悠くんが取っておきよし」
「それはダメ。約束違反だろ。おれの生活費は、全部、オヤジが出すことになってるんだから。オヤジはお金だけはたくさんくれるから、祖母ちゃんと祖父ちゃんから、小遣いはもらわない。これが、おれがこの家に住むときの約束だっただろ」
春恵は肩を落としながら、封筒をエプロンのポケットにしまった。そして、今日も売れ残ってしまった若紫餅を木箱に移し、店じまいをはじめた。
悠斗は、たち働く春恵の背中をみつめていた。幼い頃に見慣れていた背中よりも、ずっと小さくなったように思えた。
「祖母ちゃん、おれね、今日から、源氏物語を一生懸命勉強しようと思うんだ」
「えっ!?、――そうか、それはええことやね。悠くんは、もともと頭がええんやから、大学の偉い先生になれるえ」
ふり返った春恵は、いつもの元気さを取りもどしていた。
「頭がいいとは思わないけど、勉強はするよ。いままで、ちょっとサボってたからね。――それから、おれ、土曜とか日曜ぐらいは、店の手伝いもすることにしたから。昔みたいに餅がたくさん売れるよう、考えてもみる」
「なにゆうてるの。悠くんは、勉強だけしてたらええんよ」
「あのな、祖母ちゃん。若紫餅も、源氏物語なんだよな」
悠斗は、にこやかな顔でそう言うと、紙袋を手にぶら下げたまま二階へかけ上がっていった。
「悠くん、なんなん? その、若紫餅も源氏物語やて言うのは」
けげんな面持ちで階段の下から見あげる春恵に、悠斗は二階から大きな声で返答した。
「おれもうまく言えないけど……、紫式部がそう考えてるんだ!」




